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雨のリズム  作者: 海来
55/94

[55] 行って来ます

ガザに語られた旅の真相。

幼竜の様子。

別れ。

炎の村での最後の夜は、直ぐに明けてしまいそうです。

 洞窟の竜神の間は、スカイとタカが作り出す灯りで照らされて結構明るく奥の方まで見渡せた。

 二人で分かち合った魔法の力は、強力でありながら同じ要素を持っているため、他の誰よりもこの作業を負担しあう事は容易だった。

 ローショが中心となりながら、これまでの旅と使命についてガザに語り終わったところだった。

 ディアの横にローショが胡坐をかいて座り、反対側にユティが座っていた。ディアの対面にはガザが腰をおろし、あとの者はガザとユティの間に男、ガザとローショの間に女と別れて座っていた。

 レインとシルバースノーの手は、二人の間に挟まれる様にして座っているフィーナの手をしっかりと握っていた。フィーナは、少し微笑んで落ち着いているように見せてはいたが、ヒルートが闇の世界へ一人旅立ったことからは、なかなか立ち直れるものでもない。レインとシルバースノーは、しばらくの間、お互いの愛する人よりもフィーナの事を気遣ってやれねばと決めていた。

 そんな中、フーミィはタカの後ろから首に手を回し、肩に顎をのせている、どうやら今までずっと肩に乗っていた癖はなかなか抜けないようだ。

 話の途中、ガザはほとんど口を挟む事無く聞いていたが、ローショが竜族の女王ルビーアイと大地の魔術師トワィシィの間に生まれた娘ミーシャの生まれ変わりであり、何度も生まれ変わりを繰り返し前世では炎の民の勇者ユテであった事を聞いた時には、唇が振るえ涙を浮かべてローショを見つめ続けていた。

 その他は大体において、おさとしての落ち着きを見せ、想像を超える話を受け止めているようだった。ガザは、幼竜に視線を向けた。

 幼竜は、口からポワンと火の玉を出しては空気中に浮かべて、遊んでいる。

「竜神が成長して、力を得られるのはどれ程の時間が必要かのぅ……ワシももう長くは生きられんでの、そればかりが気掛かりじゃ。お前様たちの使命を果すためにも、此処の扉は開かせてはならぬもの……」

 ブルーリーが、自分だけ輪の中に入れないのを拗ねているのか、目だけを皆の方に向けて、鼻から黒い煙を吐いた。

『それほど長くは掛からんのではないかい? あの子はほら、生まれたばかり赤児には出来ん事をやっておるではないか。頼もしいものよ』

 幼竜は、先程出した火の玉を豆粒ほどに小さく分けて、クルクルと回しながら一つ一つ爆ぜさせては満足そうに翼をパタパタと動かした。

 ブルーリーの言葉は、ガザにはキュルルルっと小さく長く鳴いたようにしか聞こえない事にローショが気付いた。

「ガザ、私たちの仲間の青竜ブルーリーは、今は炎の竜の身体に入っていることは、さっき話したと思うが、彼女は長い間、幼い竜を数多く育て上げた経験を持っている。彼女の話によると、あまり長くは掛からないだろうと言っているんだ。普通の幼竜よりも格段に成長が早そうだぞ」

「ユテ! 本当かっそれなら竜神の事は安心じゃ。お前様も大いなる使命を果すのが早まると言うものよ。そうか、そうか」

 ガザが笑うのを見ていたリクが、何を思ったのか走って幼竜のところへ行くと、抱き上げた。

「お前さ、名前いらねーの? 俺さ、お前にピッタリの名前考えたんだけど、パッシーってどうよ」

 幼竜が、リクの顔目掛けて鼻から煙を吐き出した。

「ゲッホッゲッ、何だよ気にいらねーのかよ。くそガキ」

 シルバースノーが近寄ってきて、リクの腕から幼竜を奪いディアの元に連れて戻った。

「リク。いい、よーく聞いて。竜の名前はその竜そのものを表すの。だから、炎の竜でも昔は名前があった者がほとんどよ。色々な特徴が違っていたから、それに合わせたの。でも、この地を守っている炎の竜は、種族の最後の生き残りであり、竜神でもある。だから、名前なんかいらない。竜神でいいのよ、わかった?」

 リクの顔が、ぐっと険しくなる。

「わかんねーな。どんな理由があっても、一人一人名前がなきゃダメだ。竜神じゃ可愛そうだ。大きくなって、こいつの名前を皆が忘れて、龍神ってしか呼ばなくなっても、こいつだけが覚えてる自分の名前が必要なんだよ。だって俺は、大地の魔術師とか、時の魔術師とか、心の癒し手とか、そんな名前じゃないから。俺はどんなに歳をとってもリクだから。パッシーにもパッシーで名前がいるんだよ」

 リクが、必死になって叫んでいると、幼竜がいきなりディアの手から飛び立っった。

 幼竜は、リクの腕の中に自ら納まったと思うと、ポッと炎を吐いてさっきと同じ様に豆粒大にすると爆ぜさせた。

「アッチッアッチイッテ。こらパッシーやめろ」

 そう言ったリクの身体が、ふわりと浮き上がった。

 幼竜は、リクの服を前足でしっかり掴むと、翼を開いて飛び上がったのだ。

「うっわ! 怖いって! 降ろせよパッシー」

 幼竜が、リクの服をパッと放しかと思うと、リクはドカッと床に落ちてきた。

 その様子を見ていたディアが、微笑んでいた。

「どうやら、竜神様はパッシーと呼ばれることがお好きなようですね。どうパッシー?」

 幼竜パッシーは、ディアの元に飛んで返った。

 ローショがアハハと笑った。

「竜神の名前は、パッシーに決まったようだな」

 パッシーは、それを聞いて直ぐにローショのところに飛んで行った。

 ガザは、ホッとしたような、納得できないような、不思議な顔つきをしていた。

「我らが尊い竜神様が、パッシーとは可愛らしいのォ……」

 パッシーは勿論、老人の小さな呟きも聞き逃さない聴力を持っていた。

「イッタ! 痛いのぅ……」

 ガザの背中にパッシーが乗っていた。

「炎の竜と勇者ユテの子は、元気がよいわ。ふぉふぉふぉ」











 炎の村に着いて二回目の夜を洞窟の中で過ごし、三回目の朝日を洞窟の出口で浴びているリク達一行と、ガザにユティとディアだった。

 ゆっくりと昇って来る朝日は、炎の村を少しずつ暖かい色に染めていく。新たな旅立ちにはぴったりの清々しい朝の空気が朝日の色と溶け合って、それぞれの旅の決意を引き締めてくれる。

 そんな中で、ローショだけがスカイの前に跪いて地面の一点を見つめていた。 

「お許しを頂けると……スカイ様」

 ローショは、眉間にシワを寄せたまま俯いていた。スカイは困ったように溜め息をついた。

「なァローショ。私もいつまでも子供ではないし、いずれは使命の為にしばらくの間は別々の行動を取らねばならなかったのじゃないか? そうだろう」

 ローショは、顔を上げる様子はない。

「スカイ様が魔力を取り戻され、ソラルディアの王となる使命を受けられてから私なりに考えて参りましたが、やはり一度は空の城にお戻りになられる必要があると思います。それまでは、スカイ様のお傍を離れる事はできません。お父上に王位継承権の復権を願い、それが受け入れられるまで」

「いらぬ! 空の城の王位継承権は弟のウィンガーに渡したのだ。私は、己の力と己の仲間の助けを借りてソラルディアの王となる……ローショ、もう私個人の事で心配はなしだ。今、お前を必要としているところにいるべきじゃないのか? 私にも、お前は必要だ。しかし、今直ぐではなくていい、お前の助けが欲しい時は、直ぐに呼ぶから」

 スカイは、膝を折ってローショの肩に手を置いて俯いたローショの身体を起こした。ローショがハッとスカイを見つめると同時に、スカイはローショの首に腕を回して抱きしめた。

「ローショ……お前は私が幼い時から、ずっと……いつでも私の味方だった。どんなに辛い時でも、お前が一緒にいてくれた、ありがとう。お前は、私にとって師であり、兄であり、友だった。お前はいつも従者としての一線を越えてはこなかったが、お前の愛情は分かっている。だから、心配はいらぬ……お前にしっかりと育ててもらったから、少しくらい離れていても、大丈夫だから……」

 ローショの肩が震えた。

「ありがとうございます……では、お言葉に甘えて此処に……ディアの元に留まりましょう」

 ユティに支えられて立っているディアが、その手から逃れてスカイに深く頭を下げた。

「未来のソラルディアの王よ感謝いたします。私たち炎の民に、勇者ユテを……返してくださった。新たなる指導者を下さった。感謝してもしたりません」

 ディアのこの言葉に、反応したのはリクだった。

「ディアさん、新たなる指導者って、ガザじーちゃんの後を継ぐ村長むらおさだよね」

「はい、ユテが戻ってきてくれたのなら、そろそろ引退を考えていたガザにとっても、村のもの達にとっても、最高の後継者ですから」

 リクは、ディアを気遣うように横に立っているユティを見た。

「ガザじーちゃんは、もう少し頑張ってもらわないとね。その後はユティがおさになる。ローショはこれからも忙しすぎるから、この村の長は務まらないみたいだよ」

 話を聞いていたユティが、きょとんとした顔で、リクを見つめ返した。

「俺? 村長むらおさってもっと先の話じゃなかったのか? 俺はまだ、賢者には程遠い……」

 リクがププッと笑った。

「あったりまえじゃネーカ。賢者って顔じゃないじゃん。もう少し、威厳ある顔になってからなんじゃネーカ」

 リクの言った事にガザが眉をしかめた。

「ワシは、そんなに長生きは出来んのだぞ。ユティ、早く老けてもらわんと困るのぅ」

 今度は、ユティが眉をしかめた。

おさ、俺の顔の問題じゃないでしょうが」

 リクが、ガザの真似をした。

「そうじゃのぅ、ワシが長生きだと言う話じゃのぅ……あれ? あんま似てねーか? って要するに、ガザじーちゃんは自分で思ってるより、元気で長生きだっつー事だな」

 その時、シルバースノーの銀色翼が大きく開かれて、朝日に反射してキラキラと輝くのが目に入った。

『さァ、出発しましょう。座席の用意は出来ているわ。それとも、大地の城までずっと歩いていくつもりかしら?』

 シルバースノーの背中に座席をくくり付けたフーミィは、素早く座席の一番後ろに陣取った。

「ターカ! 早くおいでよ」

 フーミィは、一つしかない自分の座席の前の二人乗りの席を指してタカを呼んでいる。

 タカは、ローショと固く握手を交わし、ディア、ユティ、ガザにきちんと挨拶を済ませるとシルバースノーに走り寄りフーミィの前の席に座った。とたんに、フーミィがタカの首に腕を回したのは言うまでも無い。続いてレインが、ローショを抱擁した。

「ローショ、愛する人を大切にしてね。スカイのことはシルバースノーがいるから大丈夫よ。結構お尻に敷かれてるみたいだし」

 ローショは、優しく微笑むとレインの背中を押してシルバースノーの方へ向かわせた。

「レイン姫、あなたもリク殿を尻に敷かれているようですよ。気丈なあなたも素敵だが、優しい時のあなたは、もっと素敵です。お忘れなく」

 レインが何か反論しそうになるところを、リクが手を掴んで連れて行った。レインと共にシルバースノーに近付いてから、リクは振り返ると皆に手を振った。

「じゃっ! 行って来ます。また戻ってくるから」

 スカイと、皆を見送る事になったローショが、一緒に微笑んだ。

 スカイが、ローショの手を握った。

「ローショ、行って来ます。ディアさん、ユティ、村長むらおさ、ローショを頼みます」

 ローショが、握られた手を放して頭を下げた。

「いってらっしゃいませっ」

 ローショと共に、見送りの三人も頭を下げた。

「いってらっしゃいませ」

 スカイは、目頭が熱くなったが、涙など見せるまいと唇を噛んだまま、シルバースノーの所まで走ると、魔術で身体を浮かせて銀竜の背中にふわりと飛び乗り硬いタテガミを握った。

「スノー……行こう……」

『……スカイ……ええ、行きましょう』

 シルバースノーは、助走も無く一気に舞い上がった。その為に、かなり揺れて乗っているリク達はヒヤッとしたが、シルバースノーは直ぐに体勢を立て直した。

 ローショ達四人が手を振っているのが、シルバースノーの翼に見え隠れしている。スカイは、唇を結んだままそれを見つめていた。

 大地の城の警備が手薄な道程をガザに教えてもらっていたから、警備の手薄な場所までシルバースノーに乗って旅をする。シルバースノーは、その道程をしっかりと把握している事は皆が分かっていた。そうなれば、おのずと前に注意を払うよりも、残してきた仲間達に想いが向く。

 この場所で、三人と一頭の仲間と別れることは、時読みが教えてくれていた事だったと、リクは思った。

 ディアとユティの元に残ったローショ、闇の世界へ使命を果す為に旅立ったヒルート、そのヒルートを愛し彼自身の守人であるフィーナは彼女の両親の住むヒルートの館までブルーリーが送り届ける事になっている。ブルーリーはと言えば、その後は幼い竜神パッシーの教育係と扉を守る役目を果さねばならないので、洞窟に戻る事になっている。

 ほんの短い間しか行動を共にしてこなかった仲間だった。でも、その存在感はリクの中で大きくなっていた。[己が見]を経験して、自分の未来に恐怖し、不安に駆られた時、直ぐに気付いて勇気付けてくれたローショとブルーリー。二人はもう一緒ではないと思うと、もっと早く強い大人の男になりたいと願いギュッと目を閉じた。

 その瞼の裏に、いきなり閃光がひらめいた。リクは一瞬グッと眉間にシワを寄せたが、空を翔る旅の途中の仲間にはそれを知ることは出来なかった。(何だ? 時読み……か)

 いつもの時読みとは少し様子が違っているようで、暗い暗いどこまでも続く闇の向こうに何かが見える。それがだんだんと近付いてくると、目玉なのが分かった。

 目玉はたった今えぐり取られたのではないかと思えるほど血を滴らせている。

《ワシの目をやろう。お前の目玉はこのワシが貰い受けよう》

 誰かがそう言った。長い爪の生えた大きな手がリクの目の前に迫ってくる。

「やめろっ!!」

 リクは、思いっきり目を見開いた。

 今にも瞼の裏側から目をえぐられるのではと思えて、もう二度と目を瞑れないと思った。

 凄まじい風の中で、横に座っていたタカだけがリクの声をハッキリと聞いた。

「リクッ! どうした?」

 タカの方を向いたリクの表情からは、何も窺い知ることは出来なかった。

「ごめん! 俺っ寝ぼけたみてーだわ!」

 何となく違和感があったものの、最近では[時の預言者]として自分から何も言わない弟に、聞き返す術を知らないタカだった。

「そっか」

 一言だけ言うと、前のレインが座る座席の背もたれに頭をくっつけるように屈んで風を避けるリクを、じっと見つめていた。

 リクは一人、誰にも言えない恐怖と戦っていた。その頃には、炎の民の村は、米粒のように小さくなっていた。


















 















リクの瞼の裏に現れた目玉の主はいったい……?


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