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雨のリズム  作者: 海来
54/94

[54] ガザの苦悩

炎の民の長ガザと長老衆がユティと共に竜神の間に到着します。

ほんの少し前に起こった出来事は、ガザの理解を超えていること。

それ以上に、ガザは知らないことが多くありすぎる様で……

 長い長い光の階段を下り、ようやく底に辿りついた村長むらおさガザは、そのまま立ち止まり、皆が下りてくる階段を見上げた。

「村の中にいきなり雨が降り出したかと思ったら、空気が澄み渡り木々や動物達が活き活きとし始めた。ワシ等の心からも不安を拭い去る穏やかさが漂ってきおった。この洞窟に入ってから、その心地よさは格段じゃ……どう言う訳じゃ……」

 ガザだけでなく、長老衆も村の者達も全てが、苛立ちや不安を抱えていておかしくない状況の中、穏やかになっていく自分の心に驚いていた。ブツブツと話すガザの背中に手を添えて、ユティが奥の方を指した。

「その答えは、この奥にあります。きっと、彼が力を使っているのでしょうね」

「彼? 誰のことじゃ……ユティ、お前ワシが知らぬことを知っておるようじゃな……」

 ガザに横目で睨まれながらも、「早く!」と叫んで、ユティはガザをおいて走り出していた。

 一方、竜神の間ではローショがユティの波動と、他にも数名の人間の気配を感じ取り、金色の翼を背中に隠した。

 ユティが竜神の間の入り口の前に着くと、ローショがゆっくりと近付いてくるところだった。ユティは、広い部屋の中を見回して、ディアを見つけ出していた。柔らかそうな大きなクッションに身体を預け、横になっているディアは幸せそうに笑って、小さな竜を抱いていた。

 ユティは、ディアの無事な姿に思わずホッとしたが、横になっていることに違和感を覚えた。闇の世界への扉が開いたりすれば、ディアの身にも危険が迫っているのではと危惧していたが、竜神の間には危険など微塵も無いようだった。

「ロッローショさん、あの……ディアは、巫女はどうかしたんですか? 怪我をしたとか…」

 ユティは、自分の祖父の生まれ変わりであるローショに、いろいろな事を聞いてみたかった、お祖父さんと呼んでみたかったが、ローショたちの旅の目的や使命を知ってしまった今、自分の後ろから来る炎の民に、それを勘ぐられる様な事はしてはいけないと思った。

 ローショは、ユティの心を読んでいるかの様に、優しい眼差しでユティを見つめた。

「ユティ、ディアは新たな竜神をこの世に生み出したのだ。竜神の卵を産み落とした時に、かなり身体に負担が掛かってしまった。癒しの魔術を使っているから大丈夫だが、少し休ませてあげないといけない。それだけだ、安心していい」

 ユティは、自分の祖父であるローショの言葉をすんなりと受け入れられる自分が、何だか嬉しかった。そして、安心したようにニッコリ微笑むとローショに頭を下げ、ディアの元に走った。

「ディア、すばらしい事をしたんだね。竜神を生み出すなんて、ディアにしかできない。でも、身体は本当に大丈夫なの? それに、どうやって産んだんだよ。ディアは巫女様だけど、人間だよね。どうしたらそうなるのか、俺には解らない。他にも色々聞きたいことっ」

 畳み掛けるように質問するユティを制するように、ディアは自分の横に座ったユティの頭を、子供にするように撫でた。

「あなたは昔のまま、心配性の優しい子ね。でも、質問が多過ぎるようよ。とりあえず、答えられるのは私は大丈夫と言うことと、此処にいらっしゃる皆さんと生命の巫女が私を死の淵から救い出して下さった事。そして、ほら、この子が新たなる竜神様」

 ユティが、幼竜に手を伸ばそうとした時、ガザが部屋に入ってきた。ガザは、大きく肩で息をしながら部屋の中を見回した。

「これは……ハァハァ、あの少年と少女は、何をしているんじゃッハァハァ……彼らを中心に霧雨がふっとる」

 ガザの後ろから入ってきた長老衆も、あ然としてリクとレインを見つめている。ガザと長老衆の驚きの顔を見た二人は、目を合わせて微笑んだ後、レインがガザにも微笑んだ。

「彼と一緒に、癒しの魔術の最中ですわ。ほら部屋の中が穏やかに和んでいるでしょう。ちょっと辛い出来事があったものだから、もう少し雨を降らせなければなりません」

 ガザは、眩しそうに目を細めながらリクとレインを見つめてから、竜神の間の中をもう一度見回した。

 そのガザの目に映ったのは、闇の世界への扉の前に身体を丸めて寝ている、自らが崇め守ってきた、大きな炎の竜だった。その大きな炎の竜の前に、ガザは自然とひれ伏していた。

 長老達も、ガザに習ってひれ伏した。

「竜神よ。今もなお、あなた様が扉を守って下さっているとは……先程の地震に、闇の妖精の出現と、焦るあまりお呼びも掛からぬうちに此処まで参ってしまいました。もしもの時はと、霊玉は封じの印を使って置いて参りましたが、無用の事だった様でございます。どうぞお許しくだされ」

 炎の民が、自分に向かってひれ伏す姿を、片目を薄っすら開けて見ていたブルーリーが、フンと小さく鼻を鳴らした。その目には、何とも言えない不思議な戸惑いが現れていて、助けを求めるようにローショを見つめた。ローショもそれに気付いて、ガザに近付き横に跪いた。

村長むらおさ、そこにいるのは以前の竜神ではないのです。以前の竜神の身体を、訳あって私たちの仲間の青龍に頂いたのです。どうぞ、頭をお上げになって下さい」

 すぐさま頭を上げたガザは、ブルーリーとなった炎の竜とローショを代わる代わる見つめた。ガザの前に大きな炎の竜の顔が迫った。しかし、その瞳は以前にガザが見たことのある真っ赤な瞳ではなく、洞窟の中では深い藍色と言うよりも、黒曜石のように見えた。

「こっこれは、まことの様じゃ。この炎の竜は竜神ではない。では、竜神はどうなされた。何処へお隠れになったのじゃ。お前様は知っておるのか!」

 ガザは、落ち着いているように見えるものの、内心では取り乱している様だった。ただ、この場に降注ぐ癒しの雨が、心をなんとか平静に保つ手助けをしているのは間違いない。ブルーリーは、ガザの前から自分の顔を遠ざけ、元のようにフィーナを包んだ。ローショは、ゆっくりと奥のクッションに背中を預けているディアを指した。

「竜神の巫女が、新たなる竜神を産み落とされた。先程の地震、あれは新たなる竜神の誕生によるものです」

 ガザは、ディアが抱える幼竜と今はブルーリーが宿主となった炎の竜を見比べた。

「あの、小さな竜が……まさか新たなる竜神だと……では、あの炎の竜は何故生きておる。何故、神の元に帰らぬまま、お前様方の仲間の竜に身体を譲られたのじゃ……そんな事をすれば、竜神の力は弱まってしまう……今この時にも闇の妖精が扉を開けようと狙っていると言うのにじゃ。何故!」

 ローショは、ブルーリーの方をちらっと窺がってからガザに視線を戻した。

おさ、よく聞いてください。闇の世界への扉はもう既に開かれましっ……」

「何と! やはりゴルザとランガに取り付いていた闇の妖精に開けられてしもうたかっ……」

 最後まで聞き終わらぬうちに、悔しそうに打ち震えるガザの腕に、ローショは優しく手を掛けると、ほんの少しだけ力を入れて握った。

「ガザ、扉は開けられましたが、我らの大切な仲間が闇の世界へ入りあちら側から扉を閉じたのです。その者の犠牲によって、扉は守られた。ほら、炎の竜の後ろで扉は静かに閉じられているでしょう」

 ガザは、ローショに促がされブルーリーの後ろに回ると、闇の世界への扉が閉じている事を確認した。

「しっかりと閉じられておる。お前様方のお仲間には申し訳ないことを……ワシ等の守りが甘かったがために……」

 ローショは、肩を落としているガザの背中を優しく押すと扉の前から遠ざけて、ディアの近くに連れて行った。

「私達の仲間は亡くなったわけではありません。きっとこの世界に再び戻ってきてくれると信じています。ですが、ゴルザという名の炎の民は、亡くなりました。おそらく、闇の妖精に身体を支配されていた時間が長すぎたのでしょう。本人の意識は、とうに死んでいたのではないかと思います。ご遺体は、そこの角に、布を掛けて置いてあります。後ほど私達が外に出しましょう」

 ガザは、ローショを驚きの表情で見つめ、直ぐにローショの視線が指した先を見つめた。

「ゴルザが亡くなった……それ程に長く、乗っ取られていたとは。なぜ気付いてやれなんだのか……ワシも焼きが回ったものじゃな。ゴルザのことは気にせんで下され、ワシ等の手で外に連れて行きますでな。闇の妖精に乗っ取られていたとはいえ、ワシ等の……炎の民の仲間ですからの」

 ガザは、身体に入った力を抜いた。

「そうじゃったか、お仲間が……尊い犠牲を払ってくれたと言うのは、もしや洞窟の入り口の前に魔術で障壁を作った魔術師かの……? ワシらを洞窟へ入らせんようにしてあった……」

 ガザの所に、ユティが走ってきてガザの横に座った。

「やはり、皆さんの仲間だったんだ。あの魔術師は、俺とランガの命を救ってくれたんです。金の瞳に金の髪……きっと最果ての森の王子だと思う……ローショ……さん、違いますか?」

「そう、彼は緑の城の第二王子ヒルート、緑の魔術師です。彼は、自分の身を犠牲にして、あの扉を閉じると同時に、果さねばならない事の為に旅立ったのです。それは、彼がこの世に生を受けた時から決まっていた事……。私達も辛いのですが、仕方がないのです」

「生まれた時から決まっていた事とは、どんな事かのォ?」

 ガザは、不思議そうに小首を傾げた。ユティが、たまりかねた様にローショを見上げて唇を噛締めた。

 ローショも、ユティの自分を見上げてくる瞳に気付いた。その瞳が訴えている、何もかも知りたいと渇望するような熱を感じていた。ローショも、ユティの質問になら何でも答えてやりたい気持ちで一杯だったが、ユティの目を見つめ返しただけで、語りかける事はあえて避けた。私情に流されて、使命を果す妨げにするわけにはいかなかった。

 ローショは、静かに頷いて話し出す。

「細かい事は、お話しできないのです。とにかく、今は扉は閉じられ、癒しの命のリズムによって、この周辺の闇の妖精も一掃されていますから心配はありません。ただ、竜神はこれまで持っていた記憶も力もほとんど失っている。竜神にとって、これまで以上に炎の民の力添えが必要になることでしょう」

 ガザは大きく頷くと、ディアが抱きかかえた幼竜を見てから、大きな炎の竜に目をやった。幼竜は、ディアの腕の中で大きく口を開け、何かに噛み付くような仕草をしたかと思うと、二股に分かれた舌をチロチロと出して、周りの霧雨の味を確かめているようだった。時折、身体よりも大きい翼を広げ、パタパタと動かしては長い首を伸ばしてちゃんと動いているか確かめているように見えた。

 幼竜の身体を見て、ガザは少し首を傾げた。炎の竜特有の紅色は、眉間から首の付け根辺りまであるタテガミだけで、ほかは桜色をしていたが、それは生まれたばかりの炎の竜では当たり前の事だとはガザも古い書物から学んできていたが、この幼竜は決定的に今までの炎の竜との違いがあった。

 背中の翼が、金色に輝いているのだ。

「新たなる竜神は、これまでの力を失ったか……金の翼までついておる。竜神の生まれ変わりの時には古い体は神の元に戻されるはず。身体がそのままであり、尚且つ命があるなど、どの古文書にも載ってはおらん……それが力を失った原因かも知れんのう……何もかも、分からん事だらけじゃ……」

 ユティの目に、ガザがひどく歳を取ったように映った。これまで信じてきた自分自身の知識が否定されてしまった、お前は何も知らない愚か者だとでも言われたかのように、ガザの顔は沈んでいた。

 ユティは、ガザの為に、そして自分の欲求を満たす為に、一つの提案をしようと思った。

「あの……、ロッローショさん……おさにだけでも、あなた達の真実を話して貰えませんか? これから俺達がこの地を守っていくためには、知っておかなければと思うんですが」

 ユティは、自分の祖父の生まれ変わりでもあるローショを真っ直ぐに見つめた。ローショは、困ったように仲間達を見回した。

 スカイがローショの横に並んだ。

おさお人払いをお願いします。この話は、あなたと私達の間だけに交わされる秘め事となるでしょう」

 ガザは静かに頷いた。ローショがユティの顔を見ると、興奮したように頬が紅潮し、瞳がキラキラ輝いていた。

 スカイが、ローショの耳元に囁いた。

「お前の孫は、相当な知りたがりの様だ。さすが、ゆくゆくは賢者ユティと呼ばれる炎の民の村長むらおさらしいな。将来が楽しみではないか。私達の助けになってくれるらしいからな」

「え? そうなのですか……賢者ユティ」

「ああ、リクが話してくれた。間違いないだろう」

 ローショは、見た目にはさほど歳の変わらぬ我が孫を、愛しそうに見つめた。


























ガザに全てを語ることで、何かが変わろうとしているのかもしれません……

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