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雨のリズム  作者: 海来
50/94

[50] 悪魔と血の契約

この章では、ヒルートと闇の妖精の絡みが主になります。


 ユティとガウが去った後も、今夜の炎の民の村の中央は、月の明かりだけでも辺りがしっかりと見えていた。中央は、広場のようになっていて、その中心には湧き水を汲み上げる井戸があり、井戸を囲むように少し離して木が植え込まれ、昼間には木陰を作る役目を果していた。

 昼間の木陰は、今、月の明かりから一人の人物を隠す役目を果していた。

「ユヴィとユティ……あいつ等を逃がしたのは失敗だったな。頭の悪い大男だと思っていたのにバグと言ったか、奴にしてやられた。今度はそうは行かない、誰も助けてはくれんさ」

 木の陰で、男の声が囁いた。通りの向こうから、一人の老人がフラフラと歩いてきて、男が隠れていた木の陰を覗き込んだ。

「ありゃ? こりゃゴルザ長老じゃーねーですか。どしたァこんなところで、珍しいのォ」

「おお、サンラじいさんか。私は散歩の途中さ。ちょっと疲れて一休みだ。じいさんは、また酔っ払ってるな、カミさんに叱られるぞ。早いとこ帰れ」

「ワシは、まだ酔っ払ってなんぞおらんですわい。まだまだ、ひっく……若いっ」

 サンラじいさんは、よたよたと通りを抜けていった。隠れる必要の無くなった長老ゴルザは、散歩の続きでもするかの様に、自然に歩き出した。その姿を誰か村の者が見たとしても、何ら怪しむ様なところはどこにも無かった。

 ゴルザが隠れていた木の枝が、カサッと揺れて小さな音を立てた。

「フィーナ、だからお前はブルーリーと待っていろと言ったのだ。私が気が付いて早めに支えていなければ、あの男に見つかっていた……あっ〜泣かなくても良いだろう」

 太目の枝に、ヒルートとフィーナがしっかりと抱き合うように隠れていた。

「だって……ヒクッ、ヒルート様とは、この村で離れていたくないんですもの」

「またそれか……大丈夫だ。お前の考えすぎだ」

「いいえ、考えすぎではありません。さっきの男からは、闇の妖精の匂いがプンプンしていました」

「ああ……リクが、この村の中を探ってくれと言っていたのは、あの男の事なのだろう。しかし、何故だ? 炎の民なら闇の妖精に身体を乗っ取られたりはしないはずだが……まさか、闇の妖精はその方法を見つけ出したのか……少々急がねばならんな。フィーナ、相手は闇の妖精だ、今度は一緒には連れて行けない。分かっているな」

 フィーナは、ヒルートの腰に回している腕に力を込めてギュッと抱きしめた。

「だめです。闇の妖精ならなおの事、私が一緒でなくては行かせません」

 フィーナの動きにあわせて、木がゆさゆさと揺れた。

 たまたま、誰かが通りかかっていたら、まず間違いなく見つけられてしまう。

 例え見つけられたとしても、見つけた方はヒルートの魔法で記憶を消され、翌朝目覚めた時には、自分がどうやって家に帰ったか思い出せずに頭をひねる事になっていただろうが、今夜はその犠牲者は出そうに無かった。

「仕方ない。私のローブの中にだけ魔法を留めておこう。お前はそこに入ってジッしているんだ。此処だけは揺りかごの様に安全にしておこう」

 そう言うと、ヒルートはあっという間にフィーナをローブの中に包み込んでしまった。

「おやすみ、フィーナ。愛しているよ」

 その言葉が消えるのと一緒に、ヒルートの姿も木の枝の上から消えていた。










 ヒルートは、気付かれる事無くゴルザの後をつけていた、風の妖精にゴルザの居所を確かめさせながら、かなりの間をおいて追いついていくと、ゴルザは村外れの狩猟小屋の裏手に入っていった。

 誰かが、先に来ていてゴルザを待っていたのだろう、直ぐに話し声が聞こえてきた。その声は、少し遅れて到着したヒルートにも聞こえていた。

 ヒルートはそのまま、狩猟小屋の脇に生えた大木の陰に身を隠し、自分のローブを小さく開くと、その中で丸くなって眠っているフィーナを見つめた。

(お前が言った、嫌な予感は当たってしまうのかもしれんな。だが、案ずるなフィーナお前は私が守る。そのまま眠っておいで)

 ヒルートは、まるで眠っている愛し子に毛布を掛ける父親の様なやさしい顔で、ローブの前を閉じた。

 











 猟師小屋の裏の壁板に背を預けながら、ランガは先程から何度も足を組み替えたり、踵で地面を掘り起こしたりを繰り返していた。長老ゴルザに、ユティから情報を引き出すようにと命じられていたのにも関わらず、情報どころか喧嘩を吹っかけてしまった。

 長老ゴルザは村の為に、ランガの祖父でもある村長むらおさが間違った判断を下す事によって炎の民全てが窮地に立たぬようにと、ランガに竜族の情報を集め見張りをしろと言ってきた。それには、見張り番の相方ユティを使うのが一番だと、上手くやれと言われていたのに、自分の失敗に不安が募る。

 ランガの祖父亡きあとは、村長になる第一候補は、長老衆の中でも年長のゴルザだと言われている。ランガの父は人望も厚く、武芸にも秀でており、次代の村長むらおさとみなされていたが、10年前の任務から戻る事は無かった。戻る身体を失ったか、奪った身体のまま死んでしまったのだろう、そんな炎の民は数え切れないほどいる。

 村長むらおさは、気の弱い所もあるが聡明であり何より勇者ユテの孫であるユティを何かと買っているようだが、ゴルザはランガの父親と仲が良かったこともあり、自分に子供が無いせいかもしれないが、いつもランガに気を掛けてくれていた。ランガはゴルザに傾倒していると言っても過言ではない。

 そのゴルザの期待を裏切ったとなれば、気が気でないランガだった。

「くそっ」

 ランガが踵で思いっきり地面を蹴った時、長老ゴルザが音も無く現れた。

「相変わらず、血の気が多い奴だな、ランガ」

「長老! お待ちしていました。あっあの、ユティから情報を引き出すことが出来なくて……もう一度やってみます。今度は失敗しません。ユティから情報を掴んで、みっ見せます」

 ゴルザは、穏やかな笑みを浮かべながらランガの肩をポンポンと叩いた。

「先程のユティとの言い争いは知っている。ランガ、心配する事も、硬くなることもなかろう。お前と私の二人だけではないか。お前の苦しみも、淋しさも私は知っている。今朝の竜族だと騒ぎたてた件で、村長むらおさに咎められたのであろう。見張り番をサボった事もばれた、そうだな。だから失敗してしまった。ユティといるとイライラしてしまうのだな。村長むらおさも理不尽な振る舞いをなさるものだ。実の孫のお前を差し置いてユティなどを……」

 ランガはうな垂れている。

「……おじいさんは、俺なんかより、ユティを大事に思っている。自分が憧れていたユテの孫だから、ユティの言う事には耳を貸すんだ。俺なんか、何を言ったって……」

 ゴルザは、うんうんと頷いてみせる。

「そうだな。可哀相なランガ。でも、私は違うぞ、お前を誇りに思っているし、自分よりも歳を取っているのに若いままのユティなど、気色が悪いだけだ。力も勇気もお前の方が、数段上さ」

 ランガの顔に輝きが戻った。

「本当に? ゴルザおじさんは、俺のほうがユティより上だって思ってくれるのかい」

「ああ、当然だろう」

 自信満々に頷くゴルザを見て、ランガの顔は一段と輝いた。それを見届けると、ゴルザはランガの背中をポンッと叩いた。

「さあ、今宵お前のすることはまだ残っておるぞ。ユティの小屋に行け。そして、さっきの喧嘩は自分が悪いと謝るんだ……」

 ランガの表情が一瞬にして曇った。

「なっ何故ですか」

 ゴルザは、ランガの身体を包み込むように近寄ると、耳元で囁くように話しかけ背中を摩り上げる。

「大丈夫。私はお前が間違っているなどとは思っておらん。これっぽっちもな。が、ユティにはお前が反省していると思わせろ。そして、あんな事をしてしまったのは、ユティに対する嫉妬からだと言うのだ、同情を引き、情報を引き出せ。それが今宵お前がせねばならん一番大事な仕事」

 ゴルザは、ランガの背中を摩り続ける。

「ランガ……お前の勇敢さも、賢さも、私は全て知っている。私だけはお前の味方。私だけが、お前の味方だ」

 ランガの目の焦点が一瞬だけぶれたが、直ぐに戻った。

「はい、分かりました。仕事は終わらせてきます」

 ランガは、ふらっと歩き出したが、その背中には黒い影が張り付いている。小さな黒い影は、ランガの襟足から髪の毛の中に入ってしまって見えなくなった。ランガの後姿が、村への道に消えていった。

「何年も掛かったが、あいつもそろそろ乗っ取れる頃合か?」

 ゴルザは、卑しげな眼差しをぐるりと回した。

 その時、ゴルザの後ろの木の陰から、ヒルートが姿を現した。

「闇の妖精、とうとう炎の民まで操れるようになったか。お前達も日々学んでいると言うことなのか?」

 ゴルザが一瞬にして身構えた。

「何者だ! なぜ俺が闇の妖精と見破った」

 ヒルートが片方の口角を歪めて笑った。

「私の瞳の色、仲間達に聞いたことは無いのか?」

 月明かりにもくっきりと、ヒルートの金色の瞳が浮かびあがって見える。ビクッとゴルザの肩が揺れた。

「金の髪に金の瞳……金の瞳の忌み子か……何故……こんな所に」

 ヒルートは、何の感情も現れていない白い顔をゴルザに向けている。

「闇の世界への入り口。そろそろ開くのではないのか?」

 ゴルザがギッと睨んだ。

「そんな事を、どこで聞いてきた。お前、まさか……雌竜の仲間か。俺達の邪魔をしに来たのか」

 ヒルートは、無表情のままゴルザを見つめている。

「仲間? そんなものは私には必要のないもの。それよりも闇の妖精、私と契約しないか。お前にとっては、悪い話ではなかろう」

 ゴルザの喉がゴクリと鳴った。

「けいやく、金の瞳の忌み子が? 俺の契約者になるって? いやっ待て……何を企んでやがる」

「なにも……、この世界で学ぶ事には限界がある。私は、闇の世界を探求したい。闇の中にこそ、私の望むものがある」

「金の瞳の忌み子は、魔術とその力に首っ丈と聞いた事があるが、本当の様だ。じゃあ、俺が血の契約をしてやろう。闇の世界に連れて行ってやるさ」

 ゴルザが手を出すと、その手の爪は長く伸び始めた。長く伸びた爪で右手の手首を切ると、プクッと血が盛り上がって流れ出てきた。

「さあ、お前も手首を切れ。それとも俺が切ってやろうか?」

 ヒルートは、ゴルザの手首から流れる血を見て、フンっと鼻を鳴らした。

「愚かな。今此処で血の契約などするはずが無かろう。闇の世界への扉について、まだ聞かねばならん事が多すぎる。お前が扉について全てを話し、私を闇の世界にいざなう事が出来ると確信が持てた時、血の契約を交わしてやろう」

「ケッ、簡単にはいかねえか。くそっ」

 ゴルザは、舌打ちしながら流れ出る血をベロリと舐め取った。舐めとった後は、傷がキレイに無くなっていた。

「この身体も、あと少し使わねーとな。血が出っ放しじゃ壊れちまう」

 自分の肘辺りまで伝っている血を、ベロベロと舐め取るゴルザを、ヒルートは無表情に見る。

「闇の妖精、闇の世界への扉は炎の竜が死んだ時に開くのか? それとも、誰かが開けねばならんのか」

 ゴルザは、まだ足りないとでも言う様に、ベロリと口の周りを舐めた。

「こっちの世界と闇の世界をつなぐ扉は、あそこにしかない。竜が死んでも封印が弱まるだけで、実際にゃ開かねェ。こっち側からじゃねーと扉は開かない。闇の世界側からは閉められるが開かねってことだ。だから、俺達闇の妖精は、お前らにとっちゃァ気の遠くなる時間を使って、この村に入り込んで、この時を待ってた。やっと念願叶うってところだ」

 ヒルートの目が冷ややかにゴルザを見つめる。

「お前達闇の妖精は、自由にこの世界に来る事が出来るではないか。なぜそうまであの扉に固執する」

 ゴルザは、あからさまに馬鹿にした様な笑いを浮かべた。

「だから人間ってのは、特に自分を利口だと思ってる奴ってのは、ケッ何でも知ってるつもりで、実のとこ何にも知っちゃーいねーんだよ」

「どう言う意味だ」

 あくまでも冷ややかな表情でヒルートはゴルザに対している。いつものヒルートなら既に怒りを露にしていた事だろう。

「キキキッ知りたがりの王子様に教えてやるよ。あんた達人間は、闇の妖精も悪魔も同じだと思ってんだろ? ところが違うんだ。俺達は、人間の苦しみや悲しみ憎しみの心を食ってるが、悪魔って奴は人間の肉も好きなのよ。だが、奴らは位も高いが魔力も強すぎて、世界の隙間が通れない。唯一、奴らが通れるのが闇の世界への扉ってわけだ。大昔は開きっぱなしだったのによ。お前らが神様って崇めてやがるクソ野郎共が、炎の竜を封印のクサビとして扉の前に置きやがった。大地の妖精が、頼み込んだって聞いたぜ。まァ、それももう終わりだ。クサビの竜は、新しい命を生む事無く死んじまうんだからな」

 ヒルートの顔に、嫌悪の表情が浮かぶ。

「人間の肉を喰らうとは、何と下等な事か。そんな下等な奴らがお前達の世界では位が高いとなれば、お前達の世界はたかが知れていると言わねばなるまい。やはり、お前と契約を結ぶのは、じっくり考えた方が良さそうだ。お前の手並みも拝見するとしよう」

 その場を立ち去りかけたヒルートをゴルザは、チロリと見た。

「ケッお高く留まりやがって。ハッ、よーく考えるんだな。だが、扉が開く前に決めなきゃ、俺は先に行っちまうぜ。今回の働きで、俺は昇進するんだ。お前なんかいなくても、力も位も上がるんだからな。俺は悪魔になるんだ。この契約は対等だと言う事を忘れるなよ」

 ヒルートは、振り返る事無く滑る様に木々の間を抜けて姿を消した。


 









ヒルートは、何を考えているのでしょうか?……

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