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雨のリズム  作者: 海来
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[5] 王の悲しみ

レインが眠り続ける部屋の中では、さまざまな思いが・・・・

 かなり広めの部屋は、先程までの混雑のためにまだ少し暑いような気がする。だが、光沢のある高級なシルクに、贅沢にフリルをあしらったベットカバーが掛けられた大きなベットの周りにだけは、数人の者がベットを囲むように集まっている。皆一様に沈んだ顔は青白く、涙の跡が幾重もある。その者たちの視線の先には、頬をバラ色に染めたまま眠り続けるレインの姿があった。

 ドーリーは、夕食の時間になっても現れず部屋に閉じこもっているレインが心配で仕方なかったが、施錠の魔法は彼女の手におえるものではなく侍女にタナトシュを呼びに行かせた。ドーリーは、以前にもこんな事があった後レインが二日間寝込んでしまった一件を思い出して、背筋が寒くなる思いだった。

 そして、自分では解く事の出来ない施錠の魔法をタナトシュに頼んで解いてもらい、ベットルームに入ると直ぐに床に倒れているレインを発見したのである。

 後ろには許しも受けずにタナトシュが入ってきていた。

「匂いが気になって入ったのだが、この部屋の中に強力な魔術の痕跡がある。レイン様は何をされていたのだ……こっこれは、まさか」

 そう言ってタナトシュはキラキラ輝きながら回る魔術の痕跡に手をかざした。

「やはり。いつからだここにあるのは。たしか、二年ほど前にレイン様が同じように倒れられたことがあったな。その時この技を使ったのか」

「タナトシュ様。何のことでございますか。それよりも姫様をベットに寝かせるのを手伝っていただけませんか」

「ああ、そうだな……すまぬが、誰か国王陛下をここにおつれしてくれ。緊急だと言え。急ぐのだぞ」

 タナトシュの剣幕に侍女の1人が駆け出した。

「あの、そんなにひどい状態なのですか、レイン様は……」

「うむ。かなり非常事態だと言っていいだろう」

 ドーリーはひきつけをおこしそうだったが、タナトシュに手伝ってもらってどうにか無事にレインをベットに寝かせた。








 侍女は数分で王の謁見の間に到着したのだが、王は今し方着いたばかりの[緑の城]の王からの使者と、謁見の真最中だった。

 ケトゥーリナの駆け落ちについての両者の見解の相違から、王は話に熱中しすぎていた為にタナトシュの伝言を聞き入れなかったのである。

「では、緑の王はこの[雲の城]の第一皇女であるケトゥーリナが自ら進んで緑の領域に助けを求め、それを保護しておるだけと申されるか」

 [緑の城]からの使者は眉をピクリとも動かさず真っ直ぐに雲の王を見据えて口を開いた。

「話しが伝わりませんでしたか。どうも私は説明がにがてなようです。よろしければ、今一度説明させていただきましょう。ケトゥーリナ皇女と我[緑の城]の第三王子キートアルは、互いに求め合い結婚したいと申しております。つきましては、雲の王からの結婚に対する許しを頂き婚礼の儀に関する取り決めを行う日時の調整をしたいとの事でございます。陛下には、ご理解いただけましたでしょうか」

「小ざかしい戯言じゃ。皇女は略奪されたのだ。結婚などは、認めんぞ」

「[緑の城]の後継者であるこのユウリィエンがお持ちした我王の言葉を戯言と申されるか。このように話しの解らぬ父君を持たれたケトゥーリナ皇女はなんと哀れなお方か。これでは、一国の皇女としてでなく、国も無い親族も無い淋しい嫁入りとなることでしょうな」

 黙って聞いていた雲の王の顔は真っ赤に膨れ、目は飛び出さんばかりに怒りに燃えていた。

「なんと無礼千万。話し合いなどと言うものではないわ。衛兵。使者のお帰りじゃ。帰ってそのほうの王に伝えよ。今後、わが国は[緑の城]との友好関係を絶つとな」

「確かに伝えましょう。怒りに我を忘れた悲しき王は娘を捨てられたと」

 顔色一つ変えず、使者であるユウリィエンは立ち去った。

 その後姿を、喰いちぎらんばかりに睨んでいた王だったが、なぜか気持ちは怒りとは違う何かに支配されていた。

 目を瞑り気持ちを静めようとしていたところへ、やっと目どうりの叶った侍女が気の進まぬ様子で入ってきた。タナトシュの伝言と、レインの様子を聞いた王は年甲斐もなく全速力で娘の部屋に急いだが、彼が娘のベットルームに着いたのはタナトシュが伝言を持たせた時から30分も後のことだった。








 ベットに寝かされ呼んでも起きず、身動き一つしない娘の様子に王はまばたきせずに言った。

「タナトシュこれはどういう事なのだ。レインは寝ておるのであろう。死んではおらぬ。頬がこんなに良い色をしておるではないか。寝ている娘を見せるのにわざわざワシを呼んだのか。そうであろう、タナトシュ、そうだと言え、言わぬか」

 そんな事でわざわざ自分を呼びつけるなどこの執事がしようはずも無い事は王にもわかっている。雲の王である彼は、レインほどではないにしろ魔法の力も高い、何かとんでもない魔術が行われたのだとは察しがついている。だが、今は目の前の光景をうのみにするには、娘を愛しすぎている父親でしかなかった。

「陛下、まことに申し上げにくいのですが……先程からレイン様をお調べしておりましたが、レイン様は中身が…何と言うか、そのゥ……心そのものが無くなっておいでのようで。亡くなられてはいないのです。それは確かなのですが、意識が戻られる事は無いかと存じます。何故この様な危険な術を使われたのか私にも……」

「誰じゃ。誰がやったのじゃ。そやつを見つけ出し、この手で首を刎ねてくれるわ」

 そのまま怒り狂った王は泣きわめき崩れ落ちた。王を支えたのは、悲報を聞いて駆けつけていたスカイだった。タナトシュは王の言葉に一瞬身を硬くしたかと思うと、目を見開いたまま呆然と立ちつくしている。スカイは王を肘掛け椅子に座らせるとタナトシュに近付き耳元で囁いた。

 身近な者だけを残して他の者たちを部屋から出したほうが良いのではないかと言ったスカイの言葉に、タナトシュはハッと我に返ったようにあわてて侍女やその他大勢を下がらせた。

 こうして数人だけがレインの元に残り、王が少し平静を取り戻すまでの間一言もしゃべらず、じれったい時を過ごしていたのである。

 王が夢から覚めたように虚ろな顔を上げた。

「タナトシュよ。何が起きたのだ。この中でそなたが一番わかっているのではないのか。もう先程のような乱心はせぬ。教えてくれぬか、このあわれな年寄りに」

 タナトシュは意を決したように王の前に膝をつき、頭をたれた。

「陛下。この件に関しましては、陛下に首を刎ねられるのは私でございましょう。すべては、このタナトシュの責任でございます。」

「何と申す、なぜそなたの責任になるのじゃ」

 タナトシュはより一層ふかぶかと頭を下げ、土下座して輝く魔法の円を指さした。

「ここにあります魔法の円は、二年前にレイン様が[異世界への扉]を固定するために作り出しました魔法の守護者でございます。扉そのものは、ハッキリとはわかりませぬがかなり前からここに出ていたものと思われます。おそらくは、レイン様が魔術の勉学によりお励みになられ出した頃かと……。私が気付くべきだったのです。あのような姫の変化の裏に隠された事実に。私はおごっていたのでございます。レイン様の成長は自分の功績だと。なんと愚か者でしょうか……こんな、危険な魔術を行なっておられよう等とは思いもよらず」

 その時ドーリーが二人の間に割って入った。

「前にレイン様がお倒れになる程の魔術をお使いになられたとき、タナトシュ様にこのオブジェをお見せしてさえいれば。私が悪いのです。タナトシュ様ではございません。姫様の我儘を見逃してばかりで、お母上の妃殿下がお亡くなりの際に頼むと申し付かっておりましたものを……」

 そのまま泣き出してしまったドーリーと、タナトシュの肩を、王がグッとつかみ起き上がらせた。

「そなた達の責任ではない。このじゃじゃ馬め何と言う事を。全てはこのハネッカエリの企てた事、そなた達が気付かずとも無理は無いではないか……誰にこの様な事が信じられると言うのだ。して、レインは異世界に行ってしまったのか。もう戻れんのか」

 そう言いながら王はフリルのついた袖で涙をぬぐった。

「この様な事例は、今までに聞いたことがございません。異世界に旅立った者はおりますが、体を残して行った者はなかったかと存じます。扉を通り抜ける為にはかなりの魔力が必要なのと同じぐらいに体力も必要なのです。体がなければ戻る事は不可能に近いかと……」

 震える声で答えたタナトシュだが、はたと思い当たったように叫んだ。

「陛下。このタナトシュ今から異世界に旅立ちます。そして、必ずやレイン様を連れ戻ってまいります。ですが、もしもっもしもそれが叶わぬときは、異世界にてレイン様とともに生きながらえ、命に代えてレイン様をお守りいたします。どうか、これが私の出来る唯一の罪滅ぼしとおぼし召し、お許しをいただきたく」

 タナトシュの両肩を握り締めながら、しばらくの間うなっていた王だったが、左右に小さく首を振った。

「ならぬ。ならぬぞタナトシュ。必ず帰れる見込みの無い旅にそなたを出すほど老いぼれてはおらぬわ。レインが自分の意思で旅立ったのじゃ。失敗し、さぞかし不安であろうが、致し方あるまいて。もしかすると、レインそのものの存在すらあやしいのではないのか。そなたの気持ちだけで良い……そのように早まった考えをするものではないぞ、よいな」

「陛下しかし……誰かがやらねば、それならば私以上に適任者などおろうはずもございますまい」

 王はスッと立ち上がるとベットの横に膝をつきレインの額に手を当てた。

「お前は、何を仕出かしてしまったのじゃ……この様に皆に心配を掛けて……こんなに皆に愛されながら何が不満だったのじゃ。それとも、いつもの好奇心か。馬鹿者が。タナトシュ……この様な状態でいつまでもつものじゃ。永遠か、このまま眠ったままで年老いていくのか。それとも、限りがあるのか」

「年老いることはございません。レイン様に残されているのは……おそらくは、わずかな時間だけで……ございましょう。ですから、私めに異世界へ行けとご命令くださいませ、陛下」

「そうか……」

 そう言ったまま、父王はレインを見つめ続けた。

「タナトシュよ。それならば、こんな所で泣いている暇などなかろう。どうにかして呼び戻す方法はないのか、そして、この体を少しでも長く持ちこたえさせるにはどうすれば良いのか。調べてまいれ。この国の全ての魔術師を城に集めよ。タナトシュ、それがそなたの使命ぞ。よいな」

 王はそう告げるとまたレインの額を優しくなで始めた。

 タナトシュは感謝の気持ちと使命を果たす決意を込めて王の前に膝をつき深く一礼するとすばやく部屋を後にした。

 そんな王の横に同じように膝をついてスカイが声をかけた。

「きっとレイン姫は私との婚礼の件が気に入らなかったのでしょう……帰ったら、この結婚は破談になったと言ってさし上げましょう。姫の喜ぶ顔が目に浮かぶではありませんか。姫のそばにいらっしゃりたいのは解っております。ですが、せめて椅子に座ってください。国王が膝をつくものではございません。さあ……」

「このような時も父であるより王であれということか。スカイ、すまぬな……」

 ドーリーが差し出す椅子に腰掛けた王は、深い溜め息をはいた。

「タナトシュもこれから忙しくなることでしょう。陛下のお供は私が替わりましょう」

 スカイのいたわりの言葉に、王は涙に潤んだ目で見つめ返すと、ゆっくり頷いた。

 この日一日で父は二人の愛娘を失うのかもしれないと思った。1人は彼自身の怒りにまかせた態度によって、もう1人は何もわからぬままに。ひどく自分が老け込んだように感じた。

 横で静かにたたずむ青い瞳の青年を見ていると、自分には息子がいない事が胸にチクリと刺さった棘のように思えた。

父親である前に王でなければならない。この悲しい父の元へレインは帰ってこれるのでしょうか?

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