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雨のリズム  作者: 海来
48/94

[48] 闇の世界の入り口

毛玉はやっぱりフーミィ。

フーミィはタカの癒しになってるのかな?

 毛玉から出てきた赤い舌は、ペロペロとタカの頬をなめては、キャッキャッと喜んでいる。

「ターカ? フーミィ淋しかった。会えて嬉しいターカ」

 タカの肩にスルリと上がり背中に移動すると、フーミィはタカの首にしっかりとしがみ付いた。タカは、フーミィの頭を優しく撫でている。

「俺も淋しかったよフーミィ、会えて嬉しい。ところで、ヒルート王子達はどうしてるんだ?」

「あっフーミィ忘れるところだった。リークみたいに叱られるよ」

 フーミィの言草に、リクは横を向いてケッと息を吐いた。

「お前は一言多いっつーの……で? ヒルート達は?」

「そうそう、あのねヒルートが凄いものを見つけたの。闇の世界への入り口だよ。竜神の洞窟の奥にあったんだ。今は竜神の力で閉じられてるって、ヒルートが言ってた」

 フーミィの言葉に、皆が一斉に息を呑む中、リクだけが落ち着いている様子で皆を見ていた。

「ヒルートが見つけたか、そうだろうな」

 タカが、リクを睨みつけた。

「お前どこまで分かってるんだ。さっきから思わせぶりな事ばかり言って」

「全てじゃない。だけど、時読みの瞳を貰ってから、何度も何度も未来を見るんだ。細かい断片みたいのが、少しずつ集まって、意味が分かってくる。でも、その時が来るまで、ハッキリとワカンネー事もあるんだって」

 リクは、少し苛立った様に横を向いた。

 タカは、フーミィを肩に乗せたまま立ち上がった。

「ワカンネー事じゃないだろう! 分かるように考えろ。答えを出せ! お前はいつもそうだ、中途半端で終わらせるのは、悪い癖だぞ」

 息荒く言いつのるタカを、リクは見ようとしない。

「兄ちゃん、分かろうしないとか考えようとしないんじゃないだって。出来ないし、しちゃイケネーんだよ。知らなくちゃなんない事と、知っちゃいけない事がある。それを理解できるのも、決めるのも……俺の…時の魔術師の力なんだ。時に逆らう事無く、これからを選ばなくちゃならないんだ」

 横を向いたままで話すリクを、タカは拳を握り締めて見つめていたが、何故かふっと力を抜くとリクの横に腰を下ろした。

「リク、お前いつの間に……そんな小難しい事考える頭になった。お前は、どうしてそんなに早く大人になろうとしてるんだ」

 タカが、大きくため息をついた。フーミィが、タカの耳元に口を寄せてきた。

「それはね、リクの時の魔術師の瞳が沢山のものを見るから、見たくないものも見るから、そしてレインを本当に愛し始めたから。心の底からレインが欲しいと思ってるから」

 タカはリクの頭を離してハァーっと大きく溜め息をついた。

「そうか。俺も誰かを心の底から愛したら、大人になれるのかな? フーミィ?」

「そうだよ」

 小さな声で答えたフーミィの柔らかい毛を、ゆっくりと撫でながら、タカがリクの肩に手を置いた。

「ありがとフーミィ、お前がいてくれて良かった。癒されるよ。じゃあ、時の魔術師。話せる事を聞かせてくれ」

「兄ちゃん、色々と黙っててごめんナ。これからも、話さない事は多くなるけど勘弁ナ」

 タカは、リクの頭をクシャっと撫でた。

「もういいよ。分かってるから、俺の方こそ悪かった」

 リクはコクリと頷くと、話し始めた。

「じゃァ、この村の事から話すわ。この村には、数年前から闇の妖精が入り込んでるみたいなんだ。黒い影がこの村の人間に入り込んでいく映像を見た。でも、誰かはワカンネーし、その場所がこの村だって事も、此処に来てから分かったんだ。闇の妖精が、闇の世界の入り口を開けるために、長い年月を掛けて炎の村と民を狙ってきた。やっと念願叶うってとこだな。もっと早くその時期は来ていたはずだけど、60重年前にローショが眠らされていた竜神の封印を解いちまったから、今まで持ち堪えたってトコだ」

 タカは相変わらずフーミィの毛を撫でながら、リクの話に聞き入っていたが、その目は穏やかにリクを見ていた。

「なァリク、もともと炎の竜は闇の入り口を開けさせない為の見張り番みたいな役目だったって事なのか?」

「ああ、多分……でもワカンネーんだけどさ?」

 シルバースノーが微笑んだ。

「それはリクでもワカンネー事なのね? その話なら聞いたことがあるわ。炎の竜は大地の妖精と繋がりの深い竜なのよ。此処の村の中央にある山が炎の山なんだけど、その山は大地の妖精の故郷ともいえる場所なんですって。そのあたりが、炎の竜がこの山にある闇の世界への入り口を封印している理由ってところじゃないかしら」

「そうなんだろうな。でもォそもそも、竜神を封印した大地の王自体、闇の妖精に操られていたらしい。これも、過去の砂を使って見たんだけど、今の大地の王からしたら何代も前の王様なんだから、それだけの長い年月を掛けて来た闇の妖精にとって、60年なんて寝て起きたぐらいの時間にしか感じねーかもしれないけど、でも、もう一度、竜神の力が弱まったら、奴らがそれを見過ごすとは思えない。闇の入り口は確実に開けられちまう。ローショさんが覚悟を決めないと、最近弱ってきている炎の竜が死んだら、闇の妖精を止められないかもしれない」

 スカイが身を乗り出した。

「ローショの覚悟とは何だ。リク言え」

 リクが、ゆっくりとスカイを見た。

「言えねーよ。ローショさんにも本当のトコは言ってないし、言う気もない。それはローショさんが一人で向き合わなくちゃなんない覚悟だ。ただ、一つ大事な事を伝えないまま、連れて行かれたことが気になる」

 スカイは、掴みかからんばかりにリクに詰め寄る。スカイにとってローショは、従者であるばかりでなく、兄であり、武術の師匠であり、友人である大切な存在で、そのローショの関わる事が、辛い出来事であるなら、取り除いてやりたい気持ちで一杯だった。

「大事な事を伝えずに、ローショに覚悟を決めろなどっ、リクお前、よくもそんな無責任な事が言えたものだな!」

 シルバースノーの手がスカイの肩を押さえた。

「スカイっ感情的になってはいけないわ。リクはリクなりに最善を尽くそうとしてる。あなたにも分かってるはずだわ」

「っく……すまない。だが、その事を伝えずに、ローショは無事に乗り切れると思うか?」

 リクが、ジッと考え込んでいる。

 その時、フーミィがタカの背中からスルリと降りてきて、タカの腕の中に納まる。

「フーミィが行ってあげるよ。巫女のお部屋は知ってるよっ、ねっ僕が行くよ」

 フーミィの提案に、皆が頷きかけた時、部屋の入り口から、喉にナイフをあてがわれたレインが入ってきた。レインをナイフで脅しているのは、ユティだった。

「お前達、何者なんだ。過去がどうのとか、闇の妖精やら、竜神が弱っているってどういう事だ」

 リクとタカが、パッと立ち上がってレインに近付く。

「お前、レンに何してやがる。そのナイフ外せよ。こっちは魔術師が沢山いる。お前なんか、あっと言う間に捕まえられる」

「近寄るな! 残念だが俺に魔法は通用しない。母さんが自分の残りの命を全部使って守りの魔法を掛けてくれたんだ。どんな攻撃の魔法も、乗っ取りの魔法も効きはしない。さあ、この村に何の目的で来たんだ。話さなければ、この娘がどうなっても知らないぞ」

 リクは近寄る足を止めて、タカの肩に乗っていたフーミィを引き剥がすと、ユティにフーミィの顔が見えるように抱えた。

 ユティは、怪訝な表情を浮かべてフーミィを見た。

「何だ? この生き物は」

 レインの喉に押し当てたナイフはそのままに、ユティは、フーミィを不思議そうな顔で見つめると、リクに抱えられていたフーミィの身体がユラリと揺れた。

 ユティの目の前で、真っ白な衣裳に身を包み微笑んでいるディアがリクの腕の中に現れた。

「ディア……」

 放心したようにディアを見つめるユティに気付かれない様に、そっとフーミィが変身しているディアから離れユティの横まで移動したリクは、素早くナイフを取り上げるとレインを自分の方に引っ張って抱きしめた。

 あっと言う間の出来事に、ユティは何もすることが出来ないまま、立ち尽くしていた。一瞬、フーミィからユティの目が離れて、その姿はいつもの茶色の毛の小動物に戻ってしまった。

 ユティをキッと睨んだまま、リクが言った。

「ユティさん。あんたに魔法が効かなくても、フーミィ自身の魔法は発動すんだよ。残念だったな」

 リクに抱きしめられながら、真っ赤な顔のレインが首を傾げた。

「でも、ローショが掛けた記憶を操作する魔法は効いたじゃない」

 フーミィを抱えなおしたタカが、リクを小突いた。

「ローショさんの前世は、ユティの母親の父親だろ。母親が子供を守るためにかけた魔法の保護は、その子の祖父であるローショさんの魔法を拒まなかった。そんなところじゃないかな。ところで、リク。レンちゃんを助ける為でも、フーミィを危険な目に合わせるのは、俺が許さんぞ! いいな」

 リクは、キュッと肩をすぼめた。

「ごめん……でも、フーミィは抱っこしてたから許してよ」

 そんな会話の中、スカイとシルバースノーはしっかりとユティの身体を確保していた。うな垂れて座り込むユティは、部屋の中の人間を一人一人見ていった。

「あんた達、何者? ローショってあの人が俺の祖父なわけないだろう。祖父は60年も前に死んだんだ。あんた達が話してることは、辻褄が合わないじゃないか!」

 リクは、まだ怒った様な表情をしながら、レインの事はしっかりと抱きしめたままだった。

「辻褄なんか合わないさ。俺なんかこの世界に来てから、ずっと辻褄なんか合っちゃいねーの」

 やっとレインから手を放し、リクはユティの横にしゃがみ込んでから、タカの肩の上のフーミィに声を掛けた。

「フーミィさっきはごめんな。怖かったか? 怖かったついでにワリィけど、今直ぐに、巫女さんにワカンネー様にローショさん所に行って来て。この村に闇の妖精に身体を乗っ取られてる炎の民がいる事、それと闇の世界への入り口の事と、竜神が失われれば入り口は開いてしまうって伝えて。出来るか?」

 リクの瞳をフーミィがジッと見つめると、その身体がゆらりと揺れて、レインの姿が現れた。

 フーミィが変身しているレインは、タカの背中にしがみ付いている。

 レインが、プッと笑った。

「やだっ、フーミィたら」

「こらフーミィふざけんな! 出来るのかって聞いたんだぞ、答えろって」

 レインのままの姿でフーミィは笑っている。

「勿論できるよ。当たり前じゃないかリークの馬鹿! でも、お母さんが恋しいのは終わったんだね。今はレインが恋しいんだ。やーィ」

 リクが拳を上げると、フーミィは元の姿に戻って、タカの背中からシュッ窓枠に飛び移った。

「ねっターカ。リークはもうお母さんがいなくても、淋しくないよ。ターカがいなくても淋しくないよ。ターカも早くそうなればいい」

 ニッコリと笑ったフーミィは窓枠からパッと飛び出して行った。ユティの横に座ったリクは、タカの様子を窺う。タカは、ポリポリと頭を掻いている。

「フーミィがいれば、俺も淋しくないよ。リク、もう心配しなくていいって」

 リクは、コクリと頷いて見せたが、ユティに向けた目は笑ってはいなかった。そのリクの様子を、タカも心配そうに見つめている。どんなに大人になった様に見えても、タカにとってはリクはいつまでも弟だった。心配しないではいられないし、何かあれば自分が助けてやらねばと、やはり思ってしまう。

 そんなリク達をユティは不思議そうに見つめている。

「あの生き物は何だ。変身するみたいだけど。俺の時はディアになった。どうして?」

「フーミィの瞳の奥を覗くと、覗いた人間が心の奥底で想っている人間の姿に変わるんだ。だから、あんたん時はディア、俺ん時はレンだったんだよ。さァあんたの心の乱れを癒してやる。その後で、俺達の話を聞け。あんたには、いずれ話さなきゃならなかったんだ」

「どう言う意味だ」

「あんたは、いつか必ず俺達の助けてくれる人間になるからだよ。今直ぐじゃない、もう少し先の未来で、俺達を助けてくれる。だから全部話す」

「未来が見えるって言うのは本当なのか……」

 リクは、ユティの腕にそっと手を宛がって癒しの魔法を送り込んでいく。

「あんたの母さんは賢い人だな。攻撃や乗っ取りの魔法は効かなくても、癒しの魔法は効くんだからな。あんたの事がスッゲー大事だったんだろうな」

「ああ、賢い人だったそうだ。だけど、失敗もしてるさ……」

 リクは小さく首を振った。

「人を好きになった事が失敗じゃないさ。賢いユティ……あんたは賢者ユティとして名を残すんだ。そんな事ぐらい、分かってた方がいいんじゃねーか」

 リクがニッコリと笑っている横で、ユティは口をポカンと開けていた。

「賢者ユティ?」

















賢者ユティに全てが話される。

闇の世界への入り口は、開いてしまうのか……

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