[47] リクのヤキモチ
ローショはディアと再会するが、ディアはローショが何者なのか知る由もない……
眩しく照りつける日の光に反射して、リクとローショに向かい合っている女性の顔を隠す薄布は、白く輝いて、彼女の表情は全く窺い知れない。
リクは、ゆっくりと女性に近付いていく。
「あの、あんた炎の民なんだろ? 何で顔隠してんの?」
女性は近付いてくるリクには目もくれず、ローショだけをじっと見つめている様だった。リクが、自分の目の前まで来て初めて、その女性はリクに顔を向けた。
「あなた達が、竜族の旅の一行だと言う事は知っていますが、人にものを問う時には、自分から名乗るのが礼儀ではありませんか? 私が誰なのかを知りたければ、あなたの方が先に名乗りなさい」
リクは、その女性の真っ赤な髪の毛を見つめてから、ニッコリと微笑んだ。
「俺はリク。でっあんたは?」
微笑んだ割には、ぶっきらぼうなリクの物言いに、女性は、クスッと笑った。
「私の名はディア、竜神の巫女です。先程からのあなたの態度を見ていると、竜族の女王の供の者とは思えませんね。まるで子供……一つ聞きますが、先程の魔法の生き物は、やはりあなた達の所有物なのではありませんか? それとも、子供では答えられませんか」
リクは、大きく口を開けパクパクと開いたり閉じたりを繰り返しながら、どうにか言葉を選び出した様だ。
「あっえっと、ごめんなさい。俺って言葉遣いが悪いみたいで……それに竜神の巫女さんなんて知らないし」
「あら、あなたは相手の身分によって態度を変えるのですか。いいですか、これから竜族の女王と共に旅を続けるなら、あなたのやっている事は、女王にとって大変な損失となる事を覚えておきなさい。若者同士で通用する言葉や態度が、全ての者や全ての時に受け入れられるとは思わぬ事です。ところで、私の質問には答える気があるのですか」
リクがクルリと目を回して、アッと声を出した。
「え〜と、さっきも言ったと思うけど、あの生き物は俺達には関係ない…です。ここではじめて見たんだ。嘘じゃないでっす」
ディアは、ゆっくりと瞬きすると、優しく微笑んだ。
「まァ、そう言う事にしておきましょうか。あなたの素直さに免じて、これ以上は聞きませんが、この村の中では、あの魔法の生き物がもう誰の目にも止まらぬ事を願っています。いいですね」
リクは、背筋を伸ばした。
「はい! ディアさん」
ディアは、リクからローショに視線を移すと、何かを探ろうとするかのよ様に、食い入るように見つめた。
「お耳に入ったと思いますが、私は竜神の巫女ディアと申します。あなたは、竜族の女王となる者の夫ですか」
ローショは、ピクッと眉を動かしたが、いつもと変わらぬ穏やかさを保っていた。
「巫女殿、おそれながら、私は女王の夫となれるような者ではございません」
「ほう、竜人の女王ならば、同じ竜人の男性が一緒であれば、夫となる者か、あるいは夫であると思ったのですが、そうではないと言うのですか」
リクがパッとディアを見た。
ローショは、リクが何かを言う前に、さっと手を上げた。
「これは、失礼いたしました。炎の民には分からないと思い、わざわざ言うのをはばかっておりましたが、巫女殿には私が竜人だと言う事が、分かってしまわれるのですね」
「何故隠していたのですか?」
「隠していたのではありません。言わなくても良い事と思ったまででございます。その方が我が女王が、より貴重な存在に映るかと、浅はかな私の思惑でございました。今は、失礼な真似をしたと後悔しております」
ディアは、自分に頭を下げているローショの姿を、頷きながら見つめた。
「そうですか、分かりました。では、女王に竜人の話を聞かせてもらおうと思っていましたが、女王に手間を取らさなくとも、あなたに伺えば良いですね」
ローショが、眉間に少しシワを寄せる。
「竜人の事を……お聞きになりたいとおっしゃるのですか」
「ええ、竜神が興味を持っておられます。さァ、私についていらっしゃい。リク、あなたには女王に伝言を頼みますよ。女王の従者を少しの間お借りすると、竜神の巫女が言っていたとお伝えなさい」
リクは、ニッコリ微笑むとハイッと返事をして走って行った。
リクの後姿を見つめながら、ディアは微笑んでいる。
「彼は、きっと素敵な紳士になる事でしょうね。真っ直ぐにのびる若木と言うのは、好ましいものです……さて、あなたのお名前を伺っていませんでしたね?」
ローショも微笑んで答えた。
「ローショと申します。彼の事を若木とおっしゃいますが、あなたも美しい若木ではありませんか」
「まァ、女性を喜ばせる言葉をお持ちのようですね。ですが、私はこう見えても100歳に近いのですよ。人では有り得ない時を、この姿のまま生きているのです」
ローショは、横に並んで歩きながら、頷いた。
そっとディアを見た時のローショの瞳には、愛情と苦悩が入り混じっていた。
「そうですか、竜神の巫女は長命だと聞いています。ですが、私もこう見えて、人では有り得ない時を生きているのですよ。本当に長い時を……」
「そうですか……」
静かに話をしながら、ローショとディアは竜神の洞窟がある岩場に向かって歩いていた。
リクが戻ると、先程まで食事をしていた部屋は、きれいに片付けられていて、それぞれにくつろいだ様子で過ごしていた。
タカとスカイは、何やら真剣な顔で話し込んでいて、スカイの横には何段にも積上げられたクッションに寄りかかって、くつろいだ様子のシルバースノーが優雅に座り、二人の会話に耳を傾けていた。
リクは、ローショがディアに連れて行かれた事を話そうと思っていたのだが、奥の壁に並んでもたれながら楽しそうに話をしているレインとユティに気付いて、自分でもよく分からないモヤモヤした腹が立つような、変な気分になって、黙ったままボーと突っ立っていた。
タカが、入り口で立ち尽くしているリクに気が付いた。
「おい、何やってたんだ? 本当に腹をこわしたのか。お前らしくないなボケッとして、大丈夫か」
スカイもリクの様子が気になったのか、心配そうに顔を向けた。
「それに、ローショ殿……はどうした。一緒じゃなかったのか?」
スカイに言われて、自分が言わなくてはならない事を思い出したリクだった。
「あっそうそう、そこでディアさんに会ったんだ。ローショさんが連れて行かれちまって、それを言いに戻ってきたんだった」
スカイとタカは目を合わせて、同じ様に眉間にシワを寄せ、聞いたのはタカだった。
「ローショさんが? ディアって確か、竜神の巫女じゃないのか。何で?」
リクは、チラリとユティに目をやってから、口ごもった。リクの様子に、皆がユティの前では話したくない事か、自分達の秘密に関係する事なのだろうと察しをつけた。
リクは、チラリとレインを見てから、ディアの伝言を伝える。
「女王様に従者をお借りしますと伝えて欲しいとの事でした……女王様……」
シルバースノーが、ゆっくりと頷いて微笑む。
「そうですか、私も一度竜神にお目通りを願おうと思っていたところです。ローショが先に巫女殿に出会ったのなら都合が良いではありませんか。ローショが帰ってから、お目通りの事を相談しましょう」
その時、レインがすっと立ち上がると、ユティに向かって明るく切り出した。
「ユティさん。私ね、村の中を見学したいのですけど、よろしければ案内をお願いできないかしら? お疲れみたいだし、ご無理は言えないのですけれど?」
思い切り上等の甘えたような笑顔で、レインはユティを見つめている。
その様子を見たリクは、自分の頭の後ろが、カァーと熱くなるのを感じていた。今直ぐにでも、レインを自分の所に引き寄せたい思いと、ユティを殴りつけたいカッカと熱くなる思いに、リク自身が驚いていた。
ほんのりと頬を赤く染めたユティが、すっと立ち上がり、レインに微笑み返した。
「こんな可愛らしいお嬢さんなら、疲れなど吹っ飛んでしまうよ。俺で良ければ案内しますよ」
そう言って、レインを促すと部屋を出るために歩き始めた。
「では、俺はレインさんを案内して来ますので、皆さんはゆっくりしていて下さい。小さな村ですから、あまり長くは掛からないと思います、後で俺が送ってきますから任せてください。では、女王様失礼いたします」
シルバースノーが、ユティに微笑むと少しだけ頭を下げた。
「ユティさん、レインをお願いしますね」
「ええ、大丈夫です」
ユティと共に部屋を出て行く前に、レインはチラリとリクを見た。
リクは、ユティには何も言わず、ただ真っ直ぐに前を向いたままだったが、自分にはいつもの笑顔で話しかけてくれると思っていたレインは、肩透かしを食らった様に感じた。
「リク……」
レインは、小さな声で囁いたが、リクはいつもの笑顔を見せてくれるどころか、レインを見ようともしなかった。淋しそうな顔をしたレインだったが、そのまま部屋を出て行った。
瞬きもせずに立っているリクの背中を、タカの腕が優しく押した。
「座れよ、立ったままじゃ話しづらいだろーが」
タカに無理やり座らされて、リクはぺたんと床に尻をついた。
シルバースノーが、クスリと笑った。
「リク! レインはあなたに話をさせるために、ユティを連れ出してくれたんじゃない。ヤキモチなんてカッコ悪いわよ」
リクは、キョトンとした顔でシルバースノーを見た。
「ヤキモチ? これって……ヤキモチなのか。いやッ違うッ!」
タカが思いっきりリクの背中を叩いた。
「違わない。ヤキモチだろーが。お前は小さい時から、母さんが俺を抱っこしてたり、可愛がってると、今みたいな顔してフクレテ、俺にも母さんにも八つ当たりしてたよ。間違いなくヤ・キ・モ・チだろ」
タカは、リクの頭に手を置くと、クシャクシャと撫で回した。
「レンちゃんには、八つ当たりなんかするなよ」
「そんなんしねーよ。だってっ」
「だってじゃない」
タカは今度は、ポンポンとリクの頭を叩いた。
その様子に、ニッコリと微笑みながら、シルバースノーがリクの手に自分の手を重ねた。
「リク? レインにはリクが怒ってたり、拗ねたりしている理由は分からないのよ。だから、あなたがレインに辛く当たったりしたら、レインは訳がわからず戸惑うだけ。逆に腹を立てるかもしれないわ。だから、レインが帰ってきたら、いつもの様にニッコリ笑ってあげてね」
自分を真っ直ぐに見つめて話してくれるシルバースノーの瞳には、嘘は言わないわよとでも言うような、何とも言えない力がこもっているとリクは感じた。
「シルバースノーは、何でそんな自信たっぷりなわけ?」
シルバースノーは、リクの手に重ねた手を強く握ってから、空いている手ですっと何かを指さした。
「見て。私の自信の裏づけがそこにいるわ」
リクがシルバースノーの差した先に目をやると、そこには眉間にシワを寄せて、リクの手を握っているシルバースノーの手を食い入るように見つめているスカイの姿があった。
思わず、リクはプッと噴出した。
「スカイィ〜ヤキモチ焼いてんのかよ」
リクの言葉に、スカイの顔が一瞬で赤くなる。
「なっ何のことだ。私は別にヤキモチなど……」
シルバースノーは、リクの手を放しそのままスカイの頬に手を当てる。
「いいえ。焼いてるのよスカイ。昔からそう、あなた以外の乗り手を受け入れると、あなたは必ず機嫌を悪くして、話しかけてもくれなくなった。初めのうちは何故なのか分からなくて、戸惑ったり、悲しんだりしていたのよ。だって、私が他の乗り手を受け入れるのは、スカイの竜として、行儀の良いところ見せたい為、あなたの為にしている事で、あなたが怒っているなんて、分からないものね」
「そっそれは……お前が、他の奴を乗せて嬉しそうに飛ぶからで……今だって」
「今だって、あなたが妹の様に可愛がってるレインが悲しまないようにって、リクに自覚させる為にしていることよ。ほら、私の手はあなたのに触れたがっている。他の人に触れても、嬉しくはないわよ」
シルバースノーの顔が、スカイに間近に寄った時、リクが二人の顔の前に手を出した。
「ストップ! 俺さ、もう分かったから。その続きは別んとこでして。スッゲー恥ずかしいから……見てる方がさ。それより、ローショさんの事っしょ」
タカも、コホンと咳の真似をすると、ニヤッと笑った。
「そうだな。これ以上は、目の毒と言う事で……リク、ローショさんは、どうして竜神の巫女に連れて行かれたんだ? お前は連れて行かれなかったのは何でだ」
リクの眉がピクッと動いた。
「俺さァ。今回は結構ガンバッタんだよね。ローショさんが上手く自分の過去と向き合えるようにって、計略をたてたっちゅーかさ」
三人が、揃ってリクを見つめる。真面目な会話を意識して、シルバースノーとの間を少し空けたスカイが首を傾げた。
「ローショの過去とは、此処で暮らしていた頃の事か? 確か60年程前じゃなかったか」
シルバースノーが、スカイを見た。
「60年前って、ユティもさっき自分は60歳だって言ってたわ。彼は勇者ユテの孫、彼が生まれた頃にユテは亡くなっている。ローショが死んだのも60年前……ってもしかして」
リクは、コクリと頷いた。
「さっすが、シルバースノー。竜ってすっごく頭が良いってホントなんだ。ブルーリーが自慢するのも分かるわぁ」
タカが、両手を身体の後ろ側について、天井を見上げた。
「ユティのじいさんは、ローショの前世で、巫女のディアって女とも知り合いなのか。さっき、ローショさんが取り乱した様に見えたのは、娘さんがユティを残して死んだと聞いたからって事か。それが、ローショさんが向き合わなくてはならなかった過去なのか?」
リクは、小さく首を振った。
「いやっもっと辛い事が待ってる。その覚悟をして貰う為に、ローショさんには、ユヴィが自ら捨てた炎の村に戻ってくるまでを、過去の砂を使って見せたんだ。これからこの村で起きる、様々な出来事がローショさんの覚悟で決まる。全ては、ローショさんが鍵なんだよ」
何時になく、真面目な表情のリクに、ローショの事を思うと何も言えなくて、三人は少しの間黙っていた。
が、その沈黙を破って、小さな窓からタカに向かって茶色の塊が飛び込んできた。
「うっわ!」
茶色の毛の塊は、ペロリとタカの頬を舐めた。
馬鹿リクのヤキモチ騒動の後、飛び込んできたのは勿論!……