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雨のリズム  作者: 海来
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[4] リクとレン〜出逢い〜

レインは扉をぬけてリクの住む世界にやってきました。でも、なんらかの手違いが生じて・・・・・・

 タカは玄関のドアを開けてすぐにいつも長い黒髪の少女が立っている辺りに目をやった。が、今朝はその姿はなかった。毎日現われる訳ではない少女の存在を確認する日が続いている。始めは幽霊かとも思ったが、そんな非現実的なことは信じない質だ。だが、現実に目の前にいるとも感じられない。何者だろう、いや、いったい何事が起きているのだろうかと思う。

 気になりながらも、何も害がなければいいし、何かあるならそれはきっと自分の秘密に関係していると考えていた。誰にも知られていないタカだけの秘密。

「行こう……」

 タカはふと傘はいるだろうか、と思った。よく晴れた空を見上げ今朝の天気予報の『本日快晴』を思い出し気のせいだと歩き始めた。



 タカに数分遅れてリクが玄関を出てきた。まっすぐに見たその場所に、いつもの少女が立っている。

 だが今朝は、目の前に立つ少女の幽霊の体が一瞬ぶれて見えた。そう思った瞬間に少女の像が霧のようにひろがり、リクの体を覆うように渦を巻いてアッと言う間に通りすぎた。

(……レ…ン……)

 リクの頭の中に少女の声が響いたような気がした。

「レン…きみの名前な……の…」

 思わず振り返ったリクだったが、そこには誰もいない。ただ少女のいた場所から自分の後ろに広がる通り雨の跡とかすかな雨の匂いだけが残っていた。一瞬の出来事だったのに体中にしみこんだ雨のしずくのように、少女の心が自分の心にしみこんだように思えた。

 喜びと不安と恐怖の入り混じった不思議なリズムがリクのなかに留まっている感じがした。 体は少し痺れたようで、頭はボーっとしている。

「リク! あんた何してるの! あらぁ、泣いてるの?」

 仕事に行くために玄関を出てきた母にいきなり声をかけられ、自分の頬に触れてみて自分が泣いていた事に初めて気付いたリクはあわてた。この年頃の男の子は、人に涙を見られることを必要以上に恥ずかしく思うものだろう。特に母親にはそうかもしれない。子ども扱いされるとでも思っているのだろうか。

 リクは水からあがったばかりの犬のように全身をブルブルッと振った。飛び散った水滴が日差しにキラキラ輝いた。

「キャッ!冷たい、やめてよ」

 っと母は一歩ドアまで下がった。

「泣いてるなんて言うからさ。雨だよ、あーめ」

「雨なんかいつ降ったのよ。出て行ってから一時間も何やってたの? まさか、中学生にもなって水遊び? ほんっとバカなんだから」

「いっ一時間? そんなに経ってんのかよ。アッと言う間だったのに……やっべェ〜部活はじまっちまうよ! ネェ母さん、車で送ってよ、ね?」

「土曜日の朝練なんて行かなくってもいいんじゃないの? まっそんなわけにもいかないんでしょうね。通り道だし、いいわ送ってあげる。早く乗りなさい。でも、あんたビショビショじゃないの、着替えなきゃ」

「そんな時間ないよ。車の中でユニフォームに着替えるからさ。早く行こう」

「もう勝手な子ね」

 あわてて車に乗り着替えをすませたリクはヘッドパッドに頭を預け空をながめた。この車は天井が大きな窓になっている為かなり空が広く見えた。青い空にところどころ白い雲が浮かんでいて、今日はとてもよい天気になりそうだった。


『さっきの雨ホントに降ったんだよな。彼女の名前だよな、レンって……きっと死ぬときスゲェ〜怖かったんだな。んで、まだやりたい事なんか残ってんのかな……俺になんかして欲しいのかなァ……もしかして、一緒に霊界に行きましょうよォなーんて言われたら困るよな。ん? 俺とり憑かれたりとかしてねーよな……それはヤバイかも? 怖え〜んじゃね? でも結構可愛いんだよなァ〜そっこんな風に目が大きくて、マツゲなんかバチバチで、サラサラの黒髪が風になびいたりなんかして……って……オイ! 窓の外にいるよォ。やっぱとり憑かれてんじゃん、俺!』


「なーにバカみたいに口開けてんの? ほらァ着いたよ」

「憑いてねーよ! そんな事言うなよォ。怖え〜じゃん!」

「なにが怖いの、ふざけてないで早く降りてよバカ! 仕事に遅れるじゃないの」

 車から叩きだされたリクは、恐々辺りを見回した。

「ここよ。私を探してるんでしょリク? あなたリクって言う名前なんでしょう?」

 校門の横の高い桜の木の上から声がした。驚く間もなく少女が飛び降りてきてフワリとリクの腕の中に、まるで重さのない羽のようにおさまった。

 恥ずかしくてあまりよく見ることは出来ないのだが、着ているものが気になった。薄いピンク色に小さな花のプリントのどこかで見たようなワンピースと言うかエプロンだった。

「これ……母さんのエプロンだよね。それに、裸にエプロンって、なんぼ幽霊でも……」

「裸にエプロン? これが? ドレスじゃなかったのっイヤ! 見ないで!」

 少女はあわててリクの腕からすり抜けて木の陰に隠れた。リクは自分のユニフォームを脱いで、後ろ手に渡そうと手をのばした。

 エプロンとは言ってもドレスエプロンと言う代物らしく、数日前に母が買ってきた物だ。

『このエプロンいいと思わない? 今日バーゲンでみつけたのよ。まるでノースリーブのワンピースみたいでしょう似合う? フフフ』

 と笑いながら一回転してみせてくれたのを思い出した。

「とりあえずワンピースには見えるよ。うん。これ上から着るといい。幽霊でも恥ずかしいのか……俺も恥ずかしいんだけど……」

 差し出した手まで真っ赤なのは言うまでも無い。

「ありがとう。でも私、幽霊じゃないわよ」

「えっ? でもそんなに軽いし、車について飛んでたよな? やっぱ幽霊じゃねーの?」

「違うわ……私、失敗したみたいなの。どこを間違えたのかしら?」

「間違えたって何を? 幽霊じゃないんなら、いったい何なんだっつーの」

「魔術よ。扉を通り抜けて、こちらの世界に来るための……何年も掛かったのよ。色々な書物を調べて、いっぱい勉強して、何度も練習したわ! 体力も魔法の力も十分だと思えるほどになるまで待ち続けたわ……なのに、どうして体がないの?」

 大きく見開いた目に涙をためて、叫んでいる少女は、エプロンの上に赤いサッカーのユニフォームを着て、不安と怒りにブルブルと震えながらリクの前に立っていた。リクの見る限りでも、抱きかかえた感じでも、体重は限りなく無いに等しいのだが、少女の体は実在しているように思えた。

「体が無いってさ、あるじゃん。服だって着れるんだし大丈夫だよ」

 自分で言っていても、あまり説得力はないなと思いつつも、励ますように少女の肩を軽くたたいた。

 やっぱり、体はそこにある。

「魔法の力を注いで保ってるのよ。体がないとリクが私だって解らないでしょう……でも、それが精一杯で、ドレスを出す余裕がなかったのよ」

 うらめしそうに上目使いに見つめられて、リクはそのすねた様なまなざしに心臓がバクバク鳴って、まるで耳の中に心臓があるみたいに感じた。

「あなたに逢いにきたんじゃないの。なのに体がないなんて。ひどすぎる」

 少女はリクの胸にすがって声を出して盛大に泣きはじめた。リクの心臓は破裂寸前だった。

 その時、

「リク、なーにしてんのォ? やーらしーのォ! この子、誰? 彼女? 待ち合わせのコンビニに来ないと思ったら、こんな事かよ、ムカツクやつだなァ!」

 破裂寸前の心臓は大きな音とともに爆発してしまった。と思ったが、どうやらそれは免れたようだ。今度は全身に冷や汗が噴出すのを感じながらリクはゆっくり声の主の方へ顔をむけた。そこには思ったとおり、保育園からの腐れ縁の翔汰がニヤニヤ笑いを浮かべて立っていた。

 慌てて、少女を押し戻したが、手を離すことはできそうになかった。

「でもリク君、約束すっぽかしといて、校門の前で上半身裸のラブシーンは行きすぎてねーか? スケベ!」

「ちっちっち違うって! そんなんじゃねーの! ゴメン…色々あってさ、忘れてた。ってゆーかさ、この子がエッとアッと、ん〜難しくて説明できねェ〜」

「まっいいって言うかァ、後で聞くっつー事で、ヤバイんじゃねーの? とりあえずここじゃさ、その格好も」

「あっそっか、でもどうすりゃいいのよ。翔汰ァ助けて……」

「とりあえず、隠れるとこっと、ん〜いいとこあるわ。ついて来て」

 そう言って駆け出した自分より小柄な幼なじみが、むしょうに頼もしくみえた。

『いっつもふざけてるくせに、ここって時に頼りになるんだよなァ翔汰。でも、後で話しを大きくして皆の笑い者にはしないでくれ! 今回はお前の悪い癖だけはカンベンしてくれよなァ……でも無理かも』

 三人は、今では滅多に使われなくなった古い体育倉庫に誰にも見られずに入り込んだ。

 鍵は掛かっているが飾りのようなものでダイヤル式の錠前は壊れていないのだが、錠前を掛ける留め金自体が錆びて腐っている。

 翔太は先週たまたま破れたサッカーゴールを補修するために古いネットを取りに行かされて、この事実に気付いたが、何かの時のためにと、あえて先生に報告するのは何年か先に延ばすことにした。

「リク? その制服濡れてんじゃねーの」

「ああ、雨が降ってたから……俺のとこだけ……」

 チラリと少女に視線を向けたが、少女は抱えた膝に顔をうずめたまま上げようとはしない。

「お前のとこだけって、さっきからさァお前の話しわっかんねーわ」

「だって俺もわんねーもん」

 今朝からの出来事や、ここしばらく見ていた幽霊の事は着替えながらではあるが、おおざっぱに話し終わっていた。

「で、この子の名前も、どこから来たかもわかんないの」

「名前は、多分だけどレンだと思うけど」

 少女の肩がピクッとうごいて顔をあげた。

「レン? リクにはレンって聞こえたの?……完全じゃないものね、今の私は……それが原因なのかしら……」

「レンって名前じゃないの? 俺あの時、レンって聞こえて、てっきりきみの名前だと思って、ゴメン……勘違いだったのか」

「いいえ、いいのレンで、そう呼んで今の私にはぴったりよ」

「じゃあホントの名前はなんての?」

「秘密よ。私が本来あるべき姿に戻る事ができたなら、その時は一番にリクに教えるわ。それまでは聞かないで、そのままレンと呼んで」

 何が少女を変えたのか先程までの打ちひしがれた顔ではなく心を決めて前に進む者の表情がそこに見えた。リクはその瞳に嵐雲のような激しさが宿っているように思えた。

「とにかく、むこうに帰らなければならないわ。置いてきてしまった私の体もどうなってるのか解らないし、あまり時間がないような気がするの」

 少しあせりを見せながらレンはジッと一点をみつめて考え込んでしまった。リクはその様子を頭をかきながら見つめるばかりで、何をどうすればいいのか、皆目見当もつかない有様だった。

 そんな二人を交互に見ていた翔汰が、フーっと大きな溜め息をついた。

「じゃあさ、レンちゃん。もっと詳しい事教えてよ。俺ら何にも解らないんじゃどうしてあげればいいのかも解んないじゃん。リクも頭ばっかりかいてたってどーにもなんねーだろ。いつものことながらボーとしてるよなリクはさ、これを癒し系ってんだからな。は〜女子の考えてっ事はわかんねーよなァ。レンちゃんも、これが好きなわけ?」

 レンの顔がサッと赤くなった。

「えっ? 好き? 好きと言うのとは違う気がするわ。私たちのは運命なの。初めて彼を見つけた時に私にはハッキリと感じる事ができたわ。だから、長い時間をかけて逢いに来たんだもの。私たちは出会わなくてはいけなかったのよ」

 リクが首を傾げてレンを見つめた。

「きみは、いったいいつ頃から俺を知ってるの? つーか、いつ見つけたの?」

「五・六年前かしら。とっても可愛らしくて、天使のようだったわ。私、胸がドキドキして、その時に運命だってわかったのよ」

「ハイハイ、のろけはそこまで、運命ね? じゃあさ、その後の事から話してよ。とりあえずザッとでいいからさ。細かい事は後でゆっくり聞くわ」

 1人あっけに取られているリクを横目に、レンは今までのソラルディアでの成り行きを説明し始めた。

 何故かスカイとの結婚話だけは抜け落ちていたのだが。ここには誰も知る者はおらず、わざわざ話すこともないだろう。話しが終わりに近付いた頃、レンはリクの家族の話をはじめた。

「なに、じゃあ兄ちゃんはきみに気付いてるって言うの?」

「おそらく彼だけは気付いてると思うのよ。お兄さまを見かける様になってから、私を見つめるようになるまでさほど時間はかからなかったわ。彼は魔術師なの?」

「兄ちゃんが、魔法使い? いや、それはあり得ねーナ。こっちの世界には魔法使いなんていねーもん。兄ちゃんは天才って方が正しいかな? 兄ちゃんの知らない事や出来ない事を探すほうが大変だかんな」

 その時、翔汰がパチンっと指をならした。少しオヤジくさいが小柄な翔太がやるとコミカルで何だか、可愛らしく見えてしまう。

「それだよ! リク、お前の兄ちゃんだ。どーすりゃいいか知ってるんじゃねーか?」

「それって、無理ねーか? なんぼ兄ちゃんでもこればっかはさァ」

「聞いてみなきゃ解らんじゃん。とりあえずはお前んちだ。帰ろうぜ。困ったときはタカ兄ちゃんって、ちいせー時から決まってんだろ」

 翔汰は脱兎のごとく駆け出した。

「翔汰! まっ待てよ。あいつ思いついたらまっしぐらかよ。レンついて来て」

 先に飛び出した翔汰を追って、走り出した二人の手はしっかりと繋がれていた。




レンはレインに戻れるのでしょうか?鍵を握るのは以外にも・・・・

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