[39] 炎の竜の卵
リクに剣を突きつけたキートアル。
今度は誰に剣を向けるのでしょうか……
森の中に、朝日が差し込み輝く木々の葉。美しい輝きには似つかわしくない、剣のきらめきがスカイの目に飛び込んできた。つい先程、ヒルートがブルーリーの背から、何かを叫んでいるのは分かったが、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。
リクとレインの事が気になって、走りこんで来た勢いを足を踏みしめて止める。
「レイン、リク。大丈夫か? その男は何者……」
リクに剣を向けているキートアルに気付くと、スカイはごくりと唾を飲み込んだ。
「キートアル……そうか、気付いても良さそうなものだ。君は、大地の領域の西境一帯が自分に与えられる領土だと話してくれた。ヒルートが此処は安全だと保証したのは、それが理由だと気付くべきだった。そうならば……」
キートアルが剣を下ろし、少し離れたスカイと向き合う。
「そうならば、避けて通ったか? それとも、戦う準備をして来たか。妻をめとれば、私に与えられる領土だ。そこへ乗り込んで来るとは、決闘を望んだ。そう受け取ろう!」
キートアルは、大きく息を吐いて顎を少しだけ上げた。まるで自分の中の何かを押さえ込むかのように、黙ったままスカイを見つめている。
スカイの眉が、ピクリと動いた。
「何のつもりで、そんな事を言う。私の怒りを買おうとしている様に感じるが?」
スカイを見つめるキートアルのエメラルド色の瞳は、一瞬だけ揺らいだように見えたが、直ぐに力を込めて睨みつけた。
「ああ、怒って欲しいな。自分の婚約者を奪った男を目の前にしたのだからな! 男ならば、力で決着をつけるべきだろう。私も弁解などするつもりは無い。さあ! 決闘だ。スカイ掛かって来い!」
キートアルの挑発の言葉に、グッと歯を食いしばって、剣の柄に手を伸ばしたスカイだった。緊迫した状態に、皆の動きが止まる中、スカイの後を追ってきたシルバースノーが動きかけた。
そのシルバースノーの腕を、ローショが後ろから捕まえた。
「シルバー様、行ってはなりません」
シルバースノーが、ローショの手を振り払おうとしながら睨みつける。
「どうして、放してよ。今のスカイにとっては関係ない事じゃない。そんな事の為に、怪我でもしたらどうするのよ!」
ローショは、捕まえている手の力を強くした。スカイの危機を救おうと、シルバースノーは再び前へ出ようとする。ローショが再び手にした竜の力を持ってしても、シルバースノーを押さえておくのは容易ではない。
「シルバー様。人間の世界では、特に男にとっては、戦いを挑まれた時に、他の者によって助けられるという事は恥ずべき事なのです。それも、女性に助けられたとなれば、スカイ様の名誉に関わる。ご辛抱ください。誰も手出しは出来ません」
「なんなのっ、人間って面倒な生き物ね。分かったわよ。でも、スカイにもしもの事があれば、あの男は私が食いちぎってやる!」
シルバースノーとローショの会話が、スカイの耳にも届いた。睨み付けていたスカイの目が、穏やかさを戻し、ふっと笑みを漏らす。
「その通りだ。人間と言うのは面倒な生き物だな。本当だ……もう乗り越えたと思っていた怒りの感情を、いとも簡単に蘇らせてしまう。特に男は、剣を突き出され、決闘だと叫ばれれば、受けて立たなくてはならぬと思ってしまう……馬鹿な生き物だ」
剣の柄から手を放し、微笑みながら立っているスカイを、キートアルは怪訝な表情で見つめた。
「スカイ、お前はこの決闘を受けぬと言うのか? 何故……信頼していた友を裏切った私を、その手で斬り倒したいはずだ。私は逃げたりなどしない。いつかお前が、私の前に現れたら、その時は……お前に……」
スカイが少し首を傾げてキートアルを見つめる。
「その時は、私に斬られるつもりでいたのだろう? お人好しのキートアル。そんな事をして、ケトゥーリナは幸せになれるのか? 君はそんな軽い気持ちで、私から彼女をうばったのか」
「違う! 軽い気持ちなどではない。私は……」
それまで、ブルーリーの背に乗ったまま、この状況を眺めていたヒルートが、ふわりと二人の間に降り立った。
「キートアル、スカイは既にお前から受けた傷からも、社会的に受けた傷からも回復しているのだよ。新たな伴侶となる者と、新たな使命によってな」
キートアルは、気が抜けた様に剣を下ろした。
「兄上……、新たな伴侶、新たな使命とはなんなのです?」
「それを話して聞かせるには、かなり時間が必要だ。朝食にでも招待してくれるなら、話して聞かせよう。だから、もう剣を収めろ。この決闘は私が預かる。まァ、そうしなければ、お前はスカイの新たな伴侶となる者に喰われてしまうだろうがな。かわいい弟を失うのは、私も忍びないのでな。朝食をご馳走した方がいいと思うが?」
ヒルートは悪戯っぽく笑うと、スカイの後方のシルバースノーに向かって手を伸ばした。
「あちらのご婦人が、スカイの新たな伴侶となる女性だ。聞くところによると、生まれる前から結ばれるときまっていたそうだ。それならば、お前の負い目も、少しは軽くなるのではないか」
キートアルは、ヒルート、スカイ、シルバースノーと順番に何度も見つめた。
ヒルートが、キートアルの肩に手を置いた。
「これは、私の弟で緑の城の第3王子キートアルです。キートアル、あちらがソラルディアの未来の王スカイの婚約者、銀竜シルバースノー嬢だ」
キートアルの瞳が、一回り大きくなった。
「ぎんりゅう? シルバースノー……何の冗談です? 兄上」
スカイが、クッと笑った。
「キートアル、私は幼い頃からの夢を叶えたのだ。本物の[竜の想い人]になったのだ。そして、ソラルディアの王となる」
そう言い切ったスカイの顔は、晴れ渡る空のように清々しかった。それとは反対に、理解できない事柄に頭の中が混乱しきってしまったキートアルは、小さく頭を振った。
その仕草を今まで黙って見ていたリクが、ニヤニヤしながらキートアルに近付いてきた。
「キートアル。あんたの心配事は、もう無くなったって事ジャン。あんまし呆けた顔しってと、シルバースノーに丸飲みにされるよ。それってヤバくね?」
キートアルは、慌ててシルバースノーを見ると、大きく首を振った。
大きな人工の池のほとりから、今までは存在しなかった樹木が絡まりながら、森まで続いている。絡み合うように伸びた樹木の枝は、外気を中に入れないように壁を作り、天井を作っていた。それは、キートアルが側近の兵士達と共に魔術で作り上げた野営用の宿舎兼食堂だった。
普通で考えるならテントとなるのだろうが、緑の民は緑の魔術により、そこに植物が存在するならば天然のテントを張ってしまうのである。一歩踏み込めば、中はドーム型になっていてかなり広く、ドームの奥には、先程空から見たときに、台所の流し台に見えていたものが、本物の厨房の流し台となってそこにあった。魔法でこのドームを作らないときには、誰にでもポンプから水が汲めるようにと流し場を設置していると、皆をドームに招きいれたときに、キートアルが説明してくれた。
ここは、緑の領域の軍隊が演習を行う場所で、近々に演習が行われる予定があるため、キートアルは側近達を連れて、最終の見回りと水源の確認にやってきたと説明した後で、側近達が食事の用意を終えるのを待って外の見張りに付く様に指示を与えた。
側近達が外に出たのを確認すると、何やら呪文を唱え始めた。ヒルートが、呪文を補強するように手助けした後、キートアルの目をジッと見つめた。
「秘め事の呪文とはな。誰にも聞かれたくないか。お前が、自分の側近すら信じられぬ程、状況は悪いのか?」
静かに聞いてきたヒルートに曖昧に微笑むと、キートアルはスカイやリク達の様子を窺っているようだった。
「信じたいが、信じられないというところです。困っているのは、大地の領域から流れ込んでくる難民だけではないのです。兄上もご存知でしょう。大地の領域の密偵は、緑の城の中にまでも入り込んでいる。大切な情報は鍵を掛けるに限ります。兄上の絡んでいる事なら、私にとっては何よりも漏らしてはならぬ秘め事です」
ヒルートが、ククッと笑った。
「大切に思ってくれる弟を持てた私は、幸せ者なのだな。さあ、食事をご馳走になるとしよう。その間に、山のように話を聞いてもらわなければナ」
キートアルは頷くと、皆に食べ物を勧め始めた。リク達は、それぞれの今までの自分達の経緯をキートアルに話し始めた。ドームの中ほどに熾した焚き火の周りに、リク達とキートアルは車座になって座り、朝食を取りながら話した。
大体のところはタカとスカイが話していたが、それぞれの思い等は各自がその時々に語った。一通り聞き終えたキートアルは、近々の演習と言うのは表向きのことでしかなく、大地の領域に不穏な動きがあることから、領域境のこの地に、野営できる場所を確保したのは数年前の事で、最近入ってきた情報を元に、境周辺は軍が守りを固める事になっていると、真実を語った。
大地の領域は、大地がそのものの力を失いつつあり、作物は育ちにくく、ほとんど収穫が得られない地域では、農民の一揆に始まり、貴族同士の土地の奪い合い等、様々な問題を抱えていて、その余波は緑の領域にも及び始めていた。
スカイが大きく溜め息をついた。
「大地の領域が、困窮しているとは耳にしていたが、そこまでになっているなど、知らなかった。まァ知らなかったのは城の中で私だけかもしれないが……」
キートアルが首を振った。
「いや、このような状況になっている事を、大地の王はひた隠しにしている。緑の領域は同じ空間に存在しているから隠そうにも隠し切れないが、他の空間には今しばらくは隠して置けるのではないかな。だが、空の領域からやってくる[竜の想い人]達は、何かを勘付いているはずだから、城の上層部は知っているかもしれない。彼らは、空の領域の密偵でもあるのだからな。王に報告しないはずは無い」
スカイがひねた様な笑い方をした。
「王位継承の座を追われた者には、極秘事項は明かさぬか。そんなところだろうな」
シルバースノーが、スカイの肩に頭を乗せた。
「あら、空の王の知ることよりも、多くの情報がソラルディアの王にはもたらされてよ。ソラルディアの王は、偽者の[竜の想い人]などの情報はいらないの。本物の[竜の想い人]なんですからね。そうよ私達を引き裂こうとした空の王なんて私が一飲みにしてあげるわ」
スカイがシルバースノーの頭を撫でた。
「スノー。お前は忘れてるよ。空の王は私の父だ。一飲みは勘弁してやってくれ」
「ふふっ冗談よ」
「それなら安心だ。あまり愛してもらった記憶はないが、それでも私の父だから、息子の妻に一飲みにされたのではあまりに可哀相だからな」
笑いあい、いい雰囲気の二人を、キートアルは安堵した顔で見つめていた。横に座っているヒルートにだけ聞こえるくらいの小さな声で、キートアルは自分の気持ちを語り出した。
「スカイはソラルディアの王であり、[竜の想い人]なのですね。少し前の荒んだスカイが嘘の様だ。そんな最悪の状態のスカイから、止められぬ想いと言えど、ケトゥーリナを奪った自分が許せなかった。出会うことがあるならば、彼に斬られて死ぬのが一番かもしれないと悩んでいました。ケトゥーリナも彼のことを気にしているのです。スカイが幸せならば、私達も幸せを存分に味わってもいいんだろうか……」
ヒルートは表情を変えずに答える。
「婚礼が終わっても、浮かない顔の新郎新婦だったはずだな。もう償いはいらぬのではないか。スカイ王子はお前達の償いなど欲する人間ではなかろう。大切なものが何かを知っている男ではないのか? 私よりお前の方がが知っているだろうに」
「ええ、よく知っています。ケトゥーリナも彼をよく知っている。私達は幸せになりますよ。それがスカイの望む事でしょう。兄上?」
「ああ…」
キートアルの隣で、リクが後ろにひっくり返った。リクは仰向けのまま、満腹になった腹をさすって、ゲプッと下品な音を出した。
「キートアル、お幸せに! あ〜腹いっぱい。と来たら眠たくなってきちゃった。寝よっと……出掛ける時に起こして」
地面に転がって、ローブを身体に巻きつけようとしているリクを、タカが引っ張って起こした。
「何がお幸せにっだ。それに寝るのは、まだだ。今キートアル王子に聞いた件を、検討する必要があるだろう。お前の様な奴でも、大地の城に関する予言を見ているのはお前だけなんだ。寝てるわけにはいかないだろうが。バカ」
「ちぇー、何か俺って損な役なんじゃねーの? もしかして、俺以外は寝ても良いとかってんじゃねーよな?」
スカイが真面目くさった顔をリクに向けた。
「この状況で、寝ようなどと考えられるのはお前だけだ。緊張感と言うものが無いのか」
「ない。緊張感とは生まれた時から無縁だっつーの」
即答したリクを、キートアルが口元に笑みを浮かべて見つめた。
「祝福をありがとうリク。それに先程から、私を癒してくれているのだろう。分からぬ様にしているつもりだろうが、私の膝に合わせた君の膝から君の魔法の力を感じる。だが、君が心の癒し手と聞いていなければ、分からぬほどではあるけれどな。ありがとう」
リクがタカにもたれながら二カッと笑った。
「ばれてたか。まだまだ修行が足りんな!」
リクが片眉をキュッと上げるのを見て、キートアルも笑った。
「兄上の真似か? 君はいい度胸をしている。私に剣を突きつけられても、あの横柄な態度でいられるのだからな。ただのこそどろの子供と判断したが、退屈しのぎに配下の者に任せず、私自ら捕らえようとした。が、一瞬見誤っていたかと思ったほどだ」
キートアルの横から、彼の肩に手を掛けて、ヒルートがクククッと笑った。
「お前は、確かに見誤っている。そいつは、ただの子供では無いからな。さっきも話したとおり、正真正銘の大地の魔術師にして、心の癒し手、時の預言者を受け継ぎし者。そして、正真正銘のおおバカなのだよ」
リク達がソラルディアに来た経緯、それぞれの使命、スカイとシルバースノーの事、洞窟での時の預言者トワィシィとルビーアイとの出会い、ローショがミーシャであった前世について、大まかな説明は受けていたキートアルだが、今一つリクが負っているものについてだけ、他の者の話のように受け入れるには、リクが幼すぎる様に思えた。
「大地の魔術師……兄上がそう言われるなら間違いはないのだろうが……」
歯切れの悪いキートアルに、リクがアッカンベーと舌を出す。
「どーせ俺じゃ役不足だろーさ。クソッ。でもな、大地の領域が危機的状況にあると言ったのはあんただし、それについて裏付けになる予言を見たのは、俺のこの眼なんだよ! 大地の城がこれからどうなるかって事も、知ってんのは俺だけなんですーだ!」
タカが、思いっきりリクの後頭部を叩いた。
「いってェ〜……」
「そこまで言うなら起きてろ! このバカ」
リクとタカが、もめている横で、スカイの後ろからローショがそっとスカイに近寄り、話しかけている。スカイは小さく頷くと、ヒルートとキートアルを交互に見た。
「ローショが、キートアルから聞いた大地の領域の現状について、少し気になる点があると言っているんだが、聞いてやってくれるだろうか」
ヒルートの眉がピクリと動いた。
「ローショは私にとっては、友人であり教えを請いたい唯一の人物。スカイの許可を得なければ、私達に話は出来ない事はないだろう……ローショ」
ローショが視線を上げてヒルートを見つめた。その瞳は、嬉しそうに微笑んでいる。
「ヒルートとは友人ですが、私はスカイ様の従者。主にお伺いを立てるのは筋かと思いますが? 私は、ミーシャではなく、ローショなのです。今までもこれからも、それは変わらない、と言うよりも、変えるつもりはありません」
ヒルートがフッと笑った。
「ああ、ローショだ。堅物のローショそのままだ。さあ、気になる事と言うのを聞かせてもらおう」
ローショが視線を送ると、スカイは微笑んでから軽く頷いた。ローショがスカイの横に片膝をついたまま話し始めた。
「ここにおいでの方は皆ご存知の通りですが、私は何度も転生を繰り返し、今こうして此処にいる。ミーシャとして生まれてから転生を繰り返した記憶も、取り戻した。空の領域は勿論、私は大地の領域にも転生した。その時は、70才まで生きておりました。逆算すれば、今から130年前から60年前までの間、私は大地の民だったと言う事になる」
リクがボリボリと頭を掻いた。
「ローショさんが大地の民だったら、何でも知ってていいじゃん? 何が問題なわけ?」
タカが自分の口に人差し指を当ててリクを睨んだ。
「黙って聞いてろ」
「あーい」
ローショがタカに向かって手を振った。
「構いませんよタカ殿。リク殿の質問は的を得ている事が多いですから。今回もその様ですよ」
リクがニンマリ笑ってローショを見たが、ローショは笑っていなかった
「リク殿の言うとおり、私は大地の領域の事ならかなり詳しい。と言うのも私が転生したのは大地の民の中でも、ごく少数しかいない炎の民だからです」
ヒルートとキートアルがハッとして見詰め合った。キートアルが先に口を開いた。
「炎の民だったとは。ローショ殿お願いがございます。どうかっどうか炎の民に関するっ」
ヒルートの手がキートアルの前に伸びた。
「キートアル。お前が聞きたい事は後だ。緑の民に、いやっお前の側近達の中にも入り込んでいるかもしれない炎の民をあぶり出したいのだろうが、そんな事に時間を割いている猶予は我々にはないのだ」
眠そうに目を擦りながらリクが言った。
「ヒルートォ…炎の民って何だよ。あんたらの話しみえねーわ」
眉間にしわを寄せ、伏し目がちのキートアルを見つめたままローショがリクの質問に答えた。
「炎の民とは、大地の民であってそうでない異質の民。休火山のふもとに住み、その火山の中に眠る炎の竜を守って生きる民。千年以上前に、大地の王は炎の竜をその休火山に魂もろとも封印した。その命と引き換えに、炎の民は大地の王の密偵として生きる道を選ばされたのだ。大地の王は、炎の民の持つ類い稀な能力を欲していた。人間の意識の中に入り込んで、その人間の意識を支配し、成り代わる能力。密偵には持って来いの力が、彼らの生きる道を捻じ曲げてしまった」
皆がごくりと唾を飲み込んだ。リクがやっとの思いで口を開く。
「意識を支配して、成り代わるって…そんな事したら、取って代わられた奴はどうなるんだよ」
ローショが皆をゆっくりと見つめる。
「代わられている間の記憶は無くなる。長く入り込まれたままなら、意識を取り戻した時には、廃人になってしまう者も多い。だが、入り込んでいる本人も、身体は朽果ててしまっているだろう。炎の民も、やりたくてしている事ではないのですよ。ただ、自分達にとって神のような存在である炎の竜を守るためだけに、それを受け入れている」
キートアルが、ヒルートの様子を窺いながら小さな声で聞いた。
「炎の民に意識を乗っ取られていると、分かる方法は?」
ヒルートが、フーッと小さく溜め息をついた。ローショも、何とも言えない表情で目を伏せる。
「キートアル王子。あなたの兄上が、あなたに教えたくなかった事を、私に教えろと言うのですか」
キートアルが、ヒルートを目を大きく開いて見た。
「兄上……知ってらしたのですか? でも私に知られたくなかった……」
「ああ、知らないほうが良かったと思えることもあるものだ。さあ、ローショ、気になる事の続きを話してくれないか」
ヒルートはそっけなく言った。キートアルの納得しきれない様な表情を見ながら、ローショは話の続きを始めた。
「リク殿とタカ殿の曾祖父であられるアースが、大地の城から[大地の王の紋章]を持ち去る前と後を私は知っていますが、大地の領域にはっきりとした変化は感じと取れなかった。私が去った後の60年間で、これほどまでに大地の領域が荒んでしまうとは考えにくい。[大地の王の紋章]と大地の魔術師の不在がこれほどまでに急激な変化を領域に与えたとは思えない。何か他の力が働いている。そう思えます、それが何なのかによって、私達の行く先を変更しなくてはならない。そう思うのですが」
リクが目を擦っていた手を止め、その手でてローショを指さした。
「変更する場所って、物凄く暑いトコじゃねーか? こうムワァってしてっとこだろ!」
ローショが戸惑ったように頷いた。
「そうです。どうして……予言で見たのですか」
「うん。見た見た。真っ赤な髪の毛の女の人が、ムワッてした空気の中でゆらめいて見えるんだ。こうね、ボインボインでさっ」
リクの口をタカが塞いだ。
「それ以上女の人の事には触れるな。レンちゃんが睨んでる。重要な事だけ話せばいいんだ」
分かったかと念を押すようにリクを睨んでから、タカは手を放した。リクは止められていた息を一気に吐き出す。
「そそっそうだ。重要な事ね。分かってるって。その女の人って、いやレン違うって。最後まで聞いてって」
プイッとそっぽを向いてしまったレンの顔色を見ながら、リクは頭を掻いた。
「あのさ、その…女の人の後ろに、真っ赤な竜がいるんだよ。ピクリとも動かないんだけど、じっと俺らを睨んでんだ。そこに行くのは、大地の城に行く前でっ」
ガツンとリクの頭に衝撃が走った。
「いってェ〜兄ちゃん。痛すぎだってェ」
「そんな大事な事を、今頃言うなんて、お前の頭はどうなってるんだ」
ブッと唇を出して、リクがふてくされる。
「兄ちゃんが殴りすぎるから、悪くなっちまったんじゃねーか…フンッ」
ヒルートが唇を歪ませて、笑っている。
「リッリクッお前、まだ何か隠しているのではないだろうな。この際だ話してしまったほうがいい。洞窟の中では、これぞ救世主となる者と、感心したのだが、やはりお前はお前のままか……それが、良いのかもしれない」
笑いながら話すヒルートを睨みながら、リクが言った。
「隠してる事なんかねーって。ただ、色んな予言を見て……いやっ忙しくて忘れてたんジャン」
タカが横目でリクを見た。
「色んな予言って、どんな事だ。お前が大地の領域以外の予言を見てたなんて聞いてないぞ。重要な事柄を忘れてしまうほどの事なんだろうな」
タカの言葉がそれ以上続く前に、レインがパチンと手を叩いて皆の気をひく。
「ねっもうリクが忘れてた事をどうこう言うのは、いいんじゃないかしら。大地の領域に関する予言の内容を聞きたいわ。リク、話して」
リクは、自分が見ている、自分自身に関する予言の話しをしなくて済む様に、レインが話をそらしてくれた事に、心の中で感謝した。つい口に出してしまいそうになった自分のあさはかさを反省する。今は、いや兄がリアルディアに帰るその時まで、隠し通しておかなければいけないと、もう一度自分に念押ししたリクだった。
「ん〜、これは見ててもよく分からない予言なんだけどさ。さっき言った女の人、卵を産むんだよ。それも、自分の顔よりも大きいやつでさ。ありえねーての」
ローショが眉間にしわを寄せた。
「顔よりも大きな卵……竜の卵ぐらいですか?」
「俺、竜の卵の大きさなんて知んねーし。鶏の卵ぐらいしか食ったことねーからなっと、うずらの卵は食ったことあるな」
リクがウケを狙ったにも関わらず、誰もクスリとも笑わない。フィーナだけが、肩をピクリと振るわせた程度だった。シルバースノーがローショを見つめる。ローショもシルバースノーの視線に気付き、お互いに頷いた。リクに向かってシルバースノーが聞いた。
「ねえ、卵の色は? どんな色なの」
リクが難しい顔になる。
「ん〜と、こう赤いってか、オレンジってか、金色っぽいつーか。変な色してんだなこれが。卵だってのは分かる。女の人が言ってたからな」
ローショの声が、少し震えた。
「炎の竜の卵……あり得ない。炎の竜は一頭しか生き残っていないはず。火山の中に捕らわれているもののみ。どうやって交尾するというのだ。それも、人間の女性に卵を産むことなど出来はしない」
リクが、クッと笑った。
「このソラルディアに来てから、ありえねー事ばっかじゃん。今更何言ってんのよ。その女の人が生むんだって。俺、見たんだからさッ間違いないのッ」
そう言い切ったリクに、誰も何も言えなかった。
人間の女性が竜の卵を産む? その女性も竜が姿を変えた、シルバースノーと同じ生き物なのでしょうか?