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雨のリズム  作者: 海来
36/94

[36] 翼の作り方

 レンとフィーナの待つ館に戻った一行。

リクは、時の予言を受けてから、人が変わったようにしっかりしたはずだったのですが……

「もう! リクなんか大ッ嫌い!」

 ヒルートの館の広間に、レインの大声が響き渡った。

 真っ赤な顔を横に向け、頬をぷっと膨らませたレインの横でリクが頭を掻いている。

「レン、ゴメンって、な? レンの方が可愛い。少なくても俺はそう思ってるって、な?」

 怒ってそっぽを向いていたレインが、少しだけリクの方を見たが、その視線は冷たい。

「少なくてもってどう言う意味なの? そうよね私なんてシルバースノーに比べたら、お子様みたいなものなんだわ。解ってるわよ。こんな苦労してシルバースノーの様な輝く鎧を作って身に付けたって、彼女の様に魅力的な身体にはならないものね。わかってる……ヒック、グシュ……」

 自分で言って泣き出してしまったレインを、どうして良いか解らずにリクは頭を抱えてしまった。

 リク達が洞窟から戻ってきたのは、既に日が暮れてからだった。トワィシィとルビーアイの弔いの儀式を済ませ後、ヒルートがその管理を大地の妖精に委ねる契約を結び、洞窟を去ろうとしたのだが、大きなブルーリーを外に出すような通路は無い。シルバースノーが降りてきた縦穴から出ようにも、昔に開いていた頂上の穴は、トワィシィの魔術で塞がっていた。おそらく、自分達の眠る洞窟への侵入を、極力少なくする為のものだったのだろう。

 頂上に群生している木々は、お互いに根元から絡むように成長していて、その間は長い時をかけて自然の力によって、土や泥が溜まり、固く埋められていた。

 もう一度、大地の妖精のウェブに包んで、地中を移動する案をヒルートが申し出たが、当のブルーリーは、竜は空の生き物で土の中など二度と入るものか、と怒り出してしまった。

 皆の力を合わせ、トワィシィの魔術を解いていくのに、かなりの時間を要し、ほどいた魔術の木を補強しなければ、山全体が崩壊してしまいそうで、慎重に作業が進められ時間を取られた。そんな訳で、帰りが遅くなってしまったのだ。

 暗くなった屋敷の前の空き地に、リクと、フーミィを背負ったタカと、スカイを乗せてブルーリーが降り立ち、シルバースノーとローショは自らの翼を使って降り立った。

 皆の帰りを待ちわびていたレインとフィーナは、物音を聞きつけて、飛び出してきた。その時の二人のいでたちは、シルバースノーのそれによく似ていた。レインが白、フィーナが緑ではあるものの、光沢のある鎖かたびらに柔らかそうな皮の鎧を身に付け、足元は皮のブーツと、誰の目にもシルバースノーを真似ているのが解った。レインとフィーナが、ヒルートの屋敷にあった物を使い、魔法の力と、魔術を駆使して仕上げた苦心の作であった。二人は、この衣裳の製作の為に、ブルーリーの元へは向かわず屋敷に残ったのだ。

 その二人の目に飛び込んできたのが、月明かりに輝くシルバースノーの銀の翼だったのだ。シルバースノーは、月明かりに照らしだされ、その美しさを際立たせていた。

 レインの瞳が、憧れの輝きから、失望に変わるのにさほど時間は掛からなかった。

「こんなはずじゃなかったのに……」

 そう呟いて、屋敷に駆け込んでいったレインを追って、リクが屋敷に入って行った。

 皆が、屋敷に入り、ヒルートはフィーナに洞窟での出来事を話し始めた時、広間から聞こえてきたのが、レインの怒鳴り声だったのだ。

 残りの者達が広間に入った頃には、レインは既に泣いていた。リクが情けない顔をして、タカを見つめた。

「兄ちゃん、どうしよう……」

 洞窟を後にするときに見せていた、大人びた顔とは正反対のリクの顔に、タカは不思議と安堵していた。さっきまでは、リクが自分の知っている弟ではなく、自分よりも遥かにしっかりした大人に見えて、取り残されたような気持ちと、訳のわからない不安が湧き上がってきたのだ。もしかするとリクには、兄などもう必要ないのではないか、そんな不安が頭をよぎっていた。

 誰にも自分の気持ち知られたくなくて、平気なふりをしていた事が、今リクの顔を見た瞬間に、とてもおかしな事に思えてきたタカだった。

「どうしようって、お前レンちゃんに何言った? それが解らないとどうしてやりようもないな。まァ、お前の言草によると、彼女もいない一人身の俺には、女の子の気持ちなんか解らないかもしれないけどな」

「くそっ。こんな時に仕返しかよ。ってそんな事言ってる場合じゃねージャン。にいちゃーん、頼むよ助けておねがい」

 タカがニヤリと笑った。

(やっぱり、リクはいつもと同じ、甘ったれの俺の弟だ)

「だから、何を言ったんだ?」

 リクがホッとした様子で説明し出した。

「レンが言ったんだ。シルバースノーみたいな綺麗な鎧を着たら、私も綺麗になれるって思ったのに、あんなに美しい翼を付けられたら、どんなにしたって敵わないって」

 タカの眉がピクリと動き、次の言葉を予想して、少し眉間にしわを寄せた。

「で? 何て言ったんだ」

「だっだから俺、ついさァ。そりゃあ無理だって、シルバースノーのボインボインには始っから敵わないって言っちまって。そしたら、レンが怒った」

「バカッ!」

「ばか者が!」

「愚か者!」

 タカ、スカイ、ヒルートの声が重なった。

 リクの顔が歪む。

「そんなに色んなバカって呼ぶな! 自分でもバカだって思ってるんだから」

 その時、シルバースノーが、スカイの後ろから、リクとレインに近付こうとしていた。それを押し戻すようにして、スカイが一歩リクに近付くと、怖い顔で睨みつけた。

「リク! その言い方は許せん。スノーに失礼だろう!」

 リクの身体を掴みかけたスカイの手を、シルバースノーが止めた。

「スカイ、その事はいいじゃない。女性の事をそんな風に言ってはいけないと、あなたが後で教えてあげて。それに竜は、そんな事気にしないものよ。覚えておいて」

「しかし……」

 シルバースノーは、スカイの手を握った指に力を込める。

「いいの。今はレインの事を考えてあげて、あなたにとって可愛い妹のようなものなんでしょう」

 そう言ったシルバースノーは、スカイの手を離し、リクとレインに近付て行った。

「リク、さっき洞窟で、ヒルート王子の事を女心が解っていないって言っていたけれど、解っていないのは、あなたの方みたいね。でも今回だけ、私の姿を綺麗だと言ってくれたレインに免じて助けてあげるわ。これはレインの為よ。これからは、女心が解ったふりはお止めなさいね」

 リクは、少し微笑みながら自分の頭をコツンと小突いていったシルバースノーに、黙ったまま頷いた。

 リクにしてみれば、レインに泣かれる最悪の状況から救ってくれるなら、誰にどんな説教をされても、黙って受け入れることなど容易い事だった。頼りのシルバースノーの背中をジッと見つめていたリクは、そこにあるはずの銀翼が消えている事に気付いた。

「シルバースノー、翼はどうしたんだ?」

 ニッコリ笑って、シルバースノーが答えた。

「必要のないときは、しまってあるのよ。さあ、もういいでしょ。レインと話をさせて。もう誰も邪魔しないでちょうだい。人間は無駄な事に時間を使いすぎるわ」

 そう言いながら、シルバースノーはレインの肩に優しく手を回した。

「レイン、その鎧と鎖かたびらはどんな物で作ったの? とても素敵に出来ているわね」

 レインが、少し顔を上げてシルバースノーを見たが、まだ何も話そうとはしない。シルバースノーは、微笑みながら話し続ける。

「私のはね、本当は鎖かたびらでも、鎧でもないのよ。これは、私のウロコそのものなの」

 レインの瞳が大きくなったのを見てとると、シルバースノーはレインの耳元に口を添えて、声を潜めて囁いた。

「誰にも言っては駄目よ。竜にとってウロコは人間の皮膚と同じ。だから人間で言えば裸なのよ。ウフッでも、これは秘密、スカイしか知らないわ」

 レインは感心したように頷いている。

「まあ……だから翼がしまえるのね。凄い……わっ」

 レインは自分の口に手を当てて、声を抑えようとしている。シルバースノーが、クスリと笑った。

「これは誰にも言っては駄目よ。ね? だから裸ってことは、私もたまには着替えが欲しいでしょう。レインの物を参考にしたいのよ。とても素敵だから。ね、どうやったのか教えて」

 レインの顔が笑顔になって、声も大きくなる。

「あのね、ヒルート王子の研究室で見つけた銀製の大きな杯で鎖かたびらを作って、ヒルート王子の書斎にあったソファーで皮の鎧とブーツを作ったのよ。鎖かたびらなんて、身に付けただけで力が湧いて来るような感じまでするの。不思議だわ、強くなった様な気分」

 それを聞いていたヒルートが、おかしな呻き声を出した。

「力がみなぎるのは当たり前だ! あの杯は巨人族の手によるもので、力の杯と言うんだ。その杯で酒を飲めば、力がみなぎると言う魔法の品だ。巨人族は、力の杯の作り方を秘密にしている。それを解き明かしたいが為に、苦労して手に入れたのだぞ。それを、それをそんな物に使ったのか……」

 今にも崩れ落ちそうな程、ヒルートは落胆している様だった。フィーナが慌ててヒルートを支えるように横に立った。

「ヒルート様、申し訳ありません。私……研究室には入れてもらえなかったから何も知らなくて、普通の銀杯だと思ってしまって。ごめんなさい。此処には他にめぼしい物が無くって」

 フィーナの瞳には、既に犯してしまった過ちを悔いる涙が大きく粒になっていた。ヒルートは、フィーナを見つめるが、その涙を見た瞬間に、何とも情けない表情になった。

「フィーナ泣かなくてもいい。いや、泣くな。お前の涙は、私にはこたえる。作ってしまったのなら仕方ないではないか。力の杯が、お前を守ってくれる強靭な鎖かたびらであると信じよう」

 フィーナの顔に笑顔が広がった。

「ヒルート様!ありがとうございます」

 フィーナに抱きつかれて、ヒルートは顔を真っ赤にして苦笑いをしているのだが、その手は何かを惜しむように、フィーナの鎖かたびらに包まれた肩や背中を摩っていた。

 その姿を見ていたスカイが、ヒルートに頭を下げる。

「ヒルート殿。レインがあなたの大切な魔法の品に勝手な事をして、申し訳ありません。レインは私にとって妹のようなものです。私が謝って元に戻るわけではありませんが、謝罪させてください」

 スカイが謝罪している姿に、慌ててレインも、ヒルートに頭を下げた。

「ヒルート王子。申し訳ないことをしました。フィーナに無理を言って、研究室に入れてもらったのです。彼女は悪くありません。私が悪いのです。お許し下さいますか」

 ヒルートは、首を横に振った。

「スカイ王子、レイン姫も、もう良いではないか。私の研究していた品が、貴方の事も守ってくれると嬉しい」

 レインは、もう一段頭を低くした。

「ありがとうございます。いつか必ず、力の杯を手に入れて、お返しいたします」

 頭を低くして謝っているレインに向かって、何かを思いついた様にいきなり人差し指を立てて何か言いたそうに口をパクパクとし始めたヒルート。いつもの落ち着きは微塵も無く、慌てている。

「あ〜レッレイン姫。力の杯を鎖かたびらに変えた時、何か変わったところはなかったか? その〜魔法の紡がれ方とか、練りこみ方とか。ん〜何と言えばいいのだろう……」

 レインがパチンと手を叩いた。

「有りました。魔法の力を注いで、杯を銀の鎖の様に細く寄り合わせようと思ったのですけど、私が魔法の力で鎖に変えようとしたら、杯が勝手に髪の毛程に細い銀糸になってしまいました。私は、銀の繋ぎをほどく様に魔法の力を注いだだけなんですけど、あっという間に銀糸になって、驚きました」

 ヒルートの眉間にグッとしわが寄る。

「髪の毛のように細い銀糸? どう言う事だ? これは力の杯の製造法に関係が有りそうだな。そうか……もしかすると……よし、フィーナ。私はしばらく研究室にこもって調べ物をする。いつもの様に頼んだぞ」

 フィーナの手から逃れるように歩き出したヒルートを、リクが止めた。

「ヒルート。今は研究なんかの時間はねーの。早く大地の城に行かなくちゃならないんだ。力の杯かなんかしんねーケド、諦めろ。使命を果すまでだ、その後に死ぬまで杯を追いかけてろ」

 ヒルートが小さく呻いた。

「ん〜この私が、お前に説教されるなど考えられん。が、時の預言者には従わねばなるまいな……フィーナ、旅の仕度をしなさい。できる限り早く済ませなさい」

 ヒルートは、ガックリと肩を落としてまま、うな垂れている。レインと、心配そうにヒルートを支えるフィーナは、二人で顔を見合わせた。レインは、その視線をリクに移す。

「何のことかしら? 時の預言者ってリクが?」

 リクが、誇らしげに胸を張った。

「そう俺が時の預言者。レンの未来も解っちまう。聞け時の予言を! 美しい黒髪の少女は、時の預言者にして心の癒し手と愛し合い結ばれるんだ。予言がそう語っている。エッヘン!」

 レインがプッと噴出した。

「あら、ボインボインじゃなくてよろしいのかしら?」

 リクはレンの直ぐ前に歩み寄る。

「いや、ボインボインになってるって予言が言ってるから大丈夫」

 ローショが、笑いながらリクの肩に手を置いた。

「リク? 時の予言はそんな事は語らないでしょう。それは、あなたの願望だ」

 シルバースノーも笑っている。

「そうね、リクの願望だわ。でも、それはレインの事が大好きって事の様ね。レイン、愛する人を想い続け、想われ続けると、胸は大きくなるのかもよ? 愛し愛されるって素敵な事だわ。もう許してあげれば?」

 レインが意地悪そうに上目遣いにリクを見る。

「許してあげないわ。私が本当にボインボインになるまではね」

 レインは自分の言葉に目を丸くしたリクを見て、思わず噴出した。リクがふてくされる。

「え〜そんなの長すぎるってェ〜レンがボインボインになるまでなんて待てねーって」

 また冷たい目でリクを睨んだレインを見て、皆が笑った。笑いながら、スカイがリクの頭を思いっきり小突く。

「イって〜」

 そして、小突いた手を、そのまま高くあげる。

「もうこれまで! 出発の準備にかかろう」

 レインが、スカイと同じ様に手を高くあげた。

「あのー、私もフィーナも何の事だか解らないままなんですけど。それに、いきなり出発って言われても困るわ。ローショに、金の翼の作り方を教えてもらってからじゃないと……」

 皆が一斉に溜め息をついた。









 



 月明かりの中を、青竜が飛ぶ姿は、地上から見れば黒い影の様に見えるだろう。

 その影の上空を、銀と金の翼の生き物が飛んでいる事も、黒いその影が、背に人間を数名乗せていることも解らないほど、その影は大きい。

 ヒルートの屋敷の空き地の端に、フィーナの父と母が立っている。母親は、どんどん小さくなる影を、食い入るように見つめていた。

「行ってしまったわね。あの子の顔を見た? 今からどんな困難が待ち受けているかも解らないというのに、幸せそうに笑っていたわ。叶わぬと思っていた恋が、今はフィーナと共にある。ヒルート様が、フィーナを選んでくださるなんて、信じられて?……」

「……グスっ……」

 母親は、自分の夫でもあるフィーナの父親を呆れたように見つめた。

「花嫁の父にでもなったつもりかしら。あなた、まだ早いわよ。あの子達が、使命を終えて戻ってくるまでに、フィーナの嫁入りの準備をしておかないと。私達にできることなど限られているけれど、親としてやれるだけの事はしてやりたいわ。泣いてばかりいられませんよ」

 フィーナの父親は、恨めしそうに妻を睨んだ。

「お前は淋しくないのか。フィーナはヒルート様と一緒に、飛んでいってしまったんだぞ。ヒルート様もヒルート様だ。いきなり私からフィーナを奪うなど考えられんわ! 畜生めっ!」

「自分の主に対して、なんて事を言うのあなたは。焼もちを焼いたって仕方ないのよ。そんな事よりも、フィーナの相手があの子で良かったじゃないですか。二人とも、私達の子供のようなものですもの」

 夫はフンっ鼻を鳴らした。

「お前だって何を言う。ヒルート様を、あの子呼ばわりするなど、身分をわきまえろ」

「あなた!」

 フィーナの父と母の、淋しさを紛らす為の言い合いは、かなりの時間続きそうだった。

 どんなに気に入った相手でも、娘を連れ去る男には、何処の父親もあらん限りの焼もちを焼くものらしい。

 



















 


 



 いよいよ、新たな仲間を加えて、リク達の旅が再開します。

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