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雨のリズム  作者: 海来
35/94

[35] 弔いの儀式

怒っているはずのブルーリーの様子が? ブルーリーとヒルートはお互いを仲間と認め合う事はできるのだろうか……

 深い藍色の瞳を、すぼめる様にしながら、ブルーリーはヒルートを睨み続ける。

 ヒルートはヒルートで、ブルーリーから視線を外すことなく睨み返している。

 周りの者も、一触即発の緊張感の中に巻き込まれていた。

 一人以外は……。

 リクがヒルートの前に出た。

「あっそうかァ。ブルーリーは、ここにずっと居たんだもんナ。まだヒルートの事何にも知らないんだ。俺が教えてやろうか? こいつってさ、俺より年上のくせに子供っぽいとこあんだよね。プライド高いし、直ぐ怒るし。それに、女心もわかっちゃねーんだわ。フィーナって言う可愛い彼女が出来たんだけどさ。その子が自分の事を好きなのを何年もずーっと分からなかったんだぜ。笑っちゃうだろ。でも、これでも緑の王子なんだって。そんでもって俺達と同じ使命を持ってるんだ。あっ! 俺達の使命の事もブルーリーは知らないんだよな。どっから話して欲しい?」

 ヒルートが、リクの肩を掴んだ。

「リク、もういい。私の悪口を言うのは、それぐらいにしろ」

「悪口じゃないジャン。ほんとのこっ……」

 リクのよく動く口は、ヒルートの手で塞がれてしまった。

 どうしてこの少年はこうなのだろうと、ヒルートは思った。リクの能天気に見える行動の中に隠された、優しさや気配りは、決して自分に出来るものではないとヒルートは感じた。

「リクには敵わない……どうやらリクは、私とあなたが争いを始めると思っている様だ。なし崩しに、うやむやにして終わらせようとしているらしい」

 ヒルートの言葉に、ブルーリーのすぼめられていた瞳がしっかりと開いた。

『始めると思っているらしいだと? 始めるの間違いじゃないのかい!』

 ヒルートは、ブルーリーをしっかりと見つめたまま首を横に振った。

「いいえ。始まりはしません」

『なぜ、そう思う』

 ヒルートがブルーリーに向かって、頭を下げた。

「私が、あなたに謝罪するからです。こんな場所に気高き竜を捕らえた事は、私の間違いでした。あなたが、私にお怒りになるのは当然の事。どうかお許しください」

 ブルーリーは、頭を下げたままのヒルートをじっと見つめている。その瞳には、先程までの怒りは見えない。周りで見ていた仲間達も、ブルーリーの変化に気付いていたが、あえて誰も何も言おうとしないのは、この百戦錬磨の古竜が何を考えているのか、全く理解できないからだった。もしも、ブルーリーの表情に危険なものを感じていたのなら、今では仲間になったヒルートの為に、誰かしら仲裁に入ったはずだった。

 何も言わなければ、怒りをぶつけてくる訳でもないブルーリーの様子を窺うように、ヒルートは下げっぱなしの頭を少し上げた。

 ヒルートとブルーリーの目が合う。

『妖精使い、いや魔術師よ。お前も人並みに我を抑える事を学んだようじゃないか。私の与えた侮辱に対する怒りは消し去った訳ではあるまい。何処へ置いてきた。ん?』

 ヒルートは、スッと頭を上げて、眉を片方だけ上げた。

「フッ置いてきてなどおりませんよ。ちゃんと此処にある。この胸の中で燃えていますよ。ですが、あなたの言われたとおり私は学んだのです。仲間ができると言う事を、自分のプライドよりも守らねばならぬ者があることを」

 微笑すら浮かべているヒルートを、自分も微笑んでいるかのような瞳で見つめるブルーリーだった。

『なるほど、怒りを決して忘れず燃やし続けながら、笑う事が出来るか。空竜族の女王が教えてくれた通り、お前は[闇を操る者]なのだな。お前の使命を全うするには辛い事が多かろうな』

 ヒルートだけでなく、皆が怪訝な顔でブルーリーを見た。

『そんな目で見るんじゃないよ。ルビーアイ様が、私の身体に入られていた時に、[時の預言者]の予言を聞かせてもらった。[想いの国の王]、[この世の王]、[銀の翼の女王]に、[金の翼の戦士]、[闇を操る者]。そして、[心の癒し手]。この6名が、この洞窟に集う事は予言されていたのだよ。誰が、どの予言に当てはまるのかはルビーアイ様は推察しておられた。その使命とやらは、これからゆっくりと聞かせてもらおう。私の使命だけは女王にお聞きしたから解っている。私の使命はミーシャ様と共にあるとな』

 ヒルートが、解ったとでも言う様に頷いた。

「だから私とのいざこざも、無かった事にしてくれると言うのか」

 ヒルートに口を塞がれたままだったリクが、やっと解放されて叫んだ。

「この婆さん! 騙しやがったな。最初から怒ってなんかなかったんじゃねーか!」

 じろりとリクを睨んだブルーリーの瞳はかなり恐ろしかった。

『婆さんか。お前の言った事は忘れず覚えておく事にしよう。いいね小僧』

 リクが慌てて両手を振り回す。

「いや! 覚えなくていいって。俺は、ブルーリーさんが怒ってない時の方が綺麗で好きなんだけどなァ……」

『もう遅いわ! 馬鹿者が』

 リクの肩が情けなく落ちた。ヒルートがリクの背中を叩きながら励ますように言った。

「とりあえず、ブルーリーは使命の為に私を許してくれるようだ。争いごとはなくなった。それで良いだろう。お前が思っていた通りになったのだから」

『その様だな。と言うよりも、お前の学んだ事の大きさに免じてと言った方がよいわ。私も、歳をとったのでナ、少しは丸くなった。まァ、それもいま少しの間だ……』

 ヒルートの眉がピクリと動いた。

「いま少し? どう言う意味だ」

 ブルーリーの瞳が、おかしそうに細められた。

『お前に対する嫌味ではないぞ。今は言えぬが、少々隠し事があってな。ひねくれ者同士、お前にはいずれ教えてやってもいいかもしれん』

 ブルーリーの視線が、フーミィを背中に乗せたタカの前で止まって、今一度細められる。

『いつか、大切なものに気付いたら、解る事だがな……』

 ヒルートが、ブルーリーの視線を追いながら聞いた。

「誰に言っているのだ?」

『さあな……』













 洞窟の中は、涙ゴケの雫の青白い光でかなり明るくなっていた。

 あちこちから、大地の妖精たちが涙ゴケの雫を集めてきては、トワィシィの身体が置いてあった岩の、上の部分に空けられたくぼみに注いでいく。

 小さな影が、青白い光を運びながら動き回る様子は、色は違うが、蛍を思わせた。同時に捧げられる祈りは、優しい子守唄のように洞窟を満たしていた。

 くぼみの中には、岩の陰で朽果て土に返る寸前だった、ボロボロのルビーアイの骨が入れられていた。

 ヒルートが妖精の呪文を使って大地の妖精に探らせ、集められるだけの全ての骨を、くぼみに移したのだ。

 シルバースノーがスカイの肩に身体を預けて、その光景に見入っていた。

「女王リビーアイは、約束の時が来ても目覚めなかったトワィシィを待っている間に、狂い掛けていたってブルーリーが言っていたわね。どんな思いで百年をこの洞窟で過ごしていたのかしら。スカイに二度と会えないかもしれないと思いながら百年を過ごすなんて、私には出来ないわ……」

 スカイが、シルバースノーの銀の髪に触れて、優しく撫でる。

「ああ、確かにルビーアイは、私達が洞窟に入ったときには、常軌を逸していたのだろうな。あの目は、狂った者の目だった。だが、トワィシィ殿の声を聞いて己を取り戻したのも事実だ。愛は狂っていなかった。それが証拠に、ブルーリーに色々と伝えて、トワィシィの身分に適う弔いをしてくれるよう、後を頼んでいく事も忘れなかったじゃないか。私は、王の妻として、お前にも同じ様な強さがあると思っているのだけれど」

「そうだといいのだけれど……」

 シルバースノーは、[竜の想い人]を持つ同じ立場だったルビーアイに、もっと色んな事が聞けたら、どんなに心強かっただろうと思っていた。竜と人間の間に生まれたミーシャは、辛い人生を生きてきたのだろうと、ルビーアイが言った一言も気になっていた。

 いつか時間が許すときに、ローショがその気になったら昔の話を聞きたいとも思っていた。スカイの暖かな温もりを感じながら、スカイと共に生きる夢が叶った今、喜びと同じくらいに不安がシルバースノーの心を占めていた。

 シルバースノーが、スカイとの繋がりを確認でもするかのように、スカイ腕を強く握った瞬間、二人の目の前にリクが現れた。

「ちょっとォ。イチャイチャし過ぎじゃネーカァ。一応葬式なんだろ、これ。もう少しゲンシュク? な気持ちでお願いしますよ」

 二カッと笑ったリクは、直ぐに舌を出した。スカイが、もろに嫌な顔をしたが、リクには全く関係ない様だった。

 タカとフーミィ、ローショも近寄ってきた。ヒルートは、ブルーリーと共に、大地の妖精たちに指示を与えながら、動き回っている。ローショが、リクの背中をポンと叩いた。

「リクど……んっうん、リっリク、あまりお二人をからかってはいけない。同じ宿命を持っていた私の父と母の存在が現れて直ぐに消えた事は、お二人にとって大きな出来事なのだよ」

 リクが、ローショを少し睨んだでから、ローショにだけ聞こえる位の小さな声で呟いた。

「解ってるって、わざとじゃん」

 ローショの目が大きくなった。この心の癒し手は、なんと自然に、人の心を察してするのだろう。悲しみや悩みを深くしない様に、癒しの魔法を送っている事に、本人が気付いている様子もなく、自分の感じるままに動いているただそれだけなのだろう事に、ローショは感心した。

 魔力の戻ったローショには、リク自身が知らぬ間に送っている微量の癒しの魔法を感じる事ができ、いつも、おどけてふざけているように見せているが、人の心の動きを素早く見抜く、リクの類い稀な能力に、ローショは思わず笑みを浮かべていた。

 リクが、トワィシィから譲り受けた魔法の巾着を取り出した。

「ローショさん。お母さんの所に、お父さんも一緒にしてあげれば喜ぶんじゃねーの? ほら、この中から、お父さんの砂を少し持っていけばいいじゃん」

 ローショは、渡された巾着をそっと受け取った。

「リクあなたは、やはり類い稀な人物だ。ありがとう、少しだけ母の元に置いてこよう」

 リクは、眉根を寄せた。

「何のこっちゃ?」

 リクの言葉に微笑みながら、ローショは、[過去の砂]を一握り岩のくぼみに入れて、しばらく砂が底に落ちていく様子を眺めていた。

 ヒルートが、ローショの傍らに立った。

「準備は終わりました。お父上とお母上の弔いの儀式をはじめましょう」













 洞窟の中に、大地の妖精たちが捧げる祈りが、響き渡った。

 洞窟に住む妖精たちが、すべて集まっているのだろうか、岩の下から洞窟の壁まで、一面に小さな陰が蠢いている。

 祈りの声が一際大きくなった時、その小さな影の間から、涙ゴケが一斉に涙を大量に流し始めた。洞窟の壁、天井、床と涙ゴケが生えているところから、青白い光の波が広がっていく。涙ゴケが、洞窟内のかなりの範囲に生息していた為、アッと言う間に洞窟内は、青白い光の雫で覆われてしまった。

 参列している皆は、その圧倒されそうな不思議な光景に見入りながらも、その頬には涙がつたう。自分達の為に、長い年月を眠りの中で過ごし、愛する者に別れを告げなくてはならない運命の予言に、その身を捧げた夫婦。

 トワィシィとルビーアイを思うと、皆それぞれに涙がこみ上げて、止める事は出来なかった。世界を救う使命の為に、いったい幾人の人生が変化し、巻き込まれていくのだろう。それでも、世界の全てのものを救うため、自分達の大切な者を守るため、その幸せの為に、此処に眠る二つの魂と同じ様に、自分達もこの身を捧げねばならないのだと、一人一人が決意を新たにしていた。

 リクが、皆よりも少し前に進み出た。自分の瞼に手を置いて、魔法の巾着を高く掲げた。

「ありがとう。あんた達の事、絶対に忘れない。俺にこの二つのものを託す為に二人が失ったものを忘れない。そして、あんた達が大切にしたかったものを、俺達も大切にする。必ず使命を果すって約束するよ」

 少しの間、リクはそのまま動かなかった。まるで時が止まってしまったかの如く、石のオブジェの様に固まってしまったリクを、誰もが心配そうに見つめる。リクから流れてくる魔法の波動を感じて、リクに何かが起きている事は解っているが、その波動は以前のリクのものとは、少し違っている。それ故に、誰も何もできないでいた。もどかしい様子の皆を宥めるように、手を軽く上げながらローショがリクの横に立った。

「心配はなさらなくて大丈夫です。リクは今、予言を……」

 小さな声でローショが話し始めたとき、リクがゆっくりと動きいた。

 振り返ったリクの閉じられた瞼がゆっくりと開いていく。

 その茶色の瞳から、虹色の涙が零れた。

「予言が見えた。これから直ぐに、大地の城に行くんだ。早くしないと、大地の城は乗っ取られてしまう」

 そう言ったリクの表情は、今まで見た事もないほど大人びて、険しかった。












 





リクが初めて見た予言とは?

大地の城で何が起きているのだろうか……

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