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雨のリズム  作者: 海来
33/94

[33] 過去の砂と時読みの瞳

時間がずれているだけなのか、それとも……

 リクがいつに無く、難しい顔をして腕を組み、座っている。リクだけでなく、洞窟の中にいる者が同じ様に座って、難しい顔をして円を作っていた。何も言わずに座っているのは、トワィシィが100年の時間のずれに固執して、話しが前に進まず、皆どうすれば良いか分からないで、煮詰まっているからだ。

 スカイが、トワィシィの方に目を向けた。

「トワィシィ殿。あなたが、自分と愛する者を危険に晒してまで成し遂げようとした予言が、リクに時の預言者の力と、フーミィにルビーアイの身体を与える為と言うのは確かな事なんでしょうか。もしかして、他にも意味が、違う解釈があるのではありませんか」

 トワィシィが弱々しく首を振った。

「ほぼ間違いあるまい。自分達の一生をかけるのだ。失敗ばかりしている私でも、抜かりなく準備もしたし、探求もしたのだ。解釈は唯一つ、心の癒し手に力と身体を与える事。違っているのは、年月長さのみ。この洞窟に仲間と共に現れる心の癒し手に、時の予言の力を与えねばならんのだ。その者の使命を果させる為に、必要な力なのだ。ルビーアイの身体は、心の癒し手の使命を確実にするために必要なのだ。何故、100年前に出逢わなかったのだ」

 リクがパチッと目を開ける。

「そんなの当たり前ジャン。100年前には俺も、フーミィも生まれてねーもん」

 その一言に反応するように、タカが家を出るときに持ってきて、今ではいつも下げている肩掛けカバンを開けた。

「それだ! なんで気が付かなかったんだ」

 タカがカバンから取り出したのは、アースの日記だった。

「ほらここに、1970年って書いてある。ひい祖父さんは、これを書いたとき、既にかなり高齢だったんだ。ひい祖父さんが生まれたのが100年ぐらい前だとしたら。もしかすると、ひい祖父さんは心の癒しの力を持っていたのかもしれない。祖父さんの癒しの力が、トワィシィさんの予言に、何らかの影響を及ぼしていたとしたら、リアルディアに行く事で、予言がねじれてしまっていたら。ヒルート王子あなたなら、こんな仮説が有りうるものなのか、分かるんじゃないですか?」

 ヒルートは、眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。リクが、フーミィのようにクルリと目を回してから、ヒルートを見た。

「もったいぶんないで、早く言えよヒルート。俺もう眠たくなってきた。昼寝していい?」

 ヒルートが細く目を開けて、組んで座っている自分の足元を見つめた。

「リク、寝るのは早い。幼い児ではないのだから、目を開けていろ。今話してやろう」

「おっさすがヒルート。じゃっ早く話してよ」

 ヒルートを覗き込むようにして、リクが笑った。ヒルートは、そんなリクの頭を軽く小突いた。

「一度これをやってみたかった。お前の兄とスカイが小突くようにナ」

「兄ちゃんが三人に増えた。やってらんネーワ」

「兄ではなくても良いのだ。私をこのままで受け入れてくれるお前が気に入っているのだから、友人の一人に加えろ」

 リクが、ヒルートがいつもする様に、眉を片方だけ吊り上げた。

「もう友達じゃん。変な奴だなァヒルートは、友達ってのは告ってなるもんじゃねーだろ」

 リクの言葉に、ヒルートは苦笑いする。

 今まで、いかに自分が他人と深く接してこなかったか、接し方を知らなかったかを痛感する。

「そう言うものか……」

「そーゆーもんだ」

 リクはそっぽを向いてしまった。リクを見つめながら、ヒルートは予言について説明を始めた。

「じゃあ、説明しよう。予言と言うものは、色々なものに影響を受ける。何故なら、未来は必ずしも一つではないからだ。世界の崩壊が食い止められた後の世界は、失敗した時の様にはならないと言うことだ。未来は、幾通りにも別れている。絶対の予言など有りはしないのだ。ただ、時の予言はかなり正確なはずだ。時の予言が、予言の時間を違えたと言う例は聞かない。もしかすると、アースをリアルディアに送った神々の力が、予言に影響していたのかもしれん。時の予言が見越す事の出来なかった時間のひずみがあるとすれば、神々の力以外に考えられんだろう」

 トワィシィの眉がピクリと動いた。

「神々が自らの力を使って、リアルディアに送った? アースと言う人物は何者なのだ? そなた等兄弟の曾祖父なのは分かっているが、何故リアルディアなどに送られたのだ」

 タカは、アースの日記をトワィシィに渡した。

「曾祖父がリアルディアに送られたのは、俺達のような魔法の力を持った兄弟を、魔法の存在しないリアルディアに誕生させる為。かなり魔力の強い者が選ばれたと、女神様がおっしゃっていましたから、アースは大地の魔術師になるはずだったのかもしれません。その力は、リクが持って生まれたようです。私の力は、また別のものですから。そして、俺達兄弟には、世界を救う救世主としての使命が課せられた」

「時の予言の力が必要なのは、この世界の崩壊を防ぐ為とは予言から理解していたが、リアルディアまでも関係していたとは……」

 トワィシィの瞳が、タカとスカイを交互にとらえる。

「タカと申したな。そなたの力、この空の魔術師と同じ波動だな。だが、そなたの中に大地の魔法も存在しておる。後は、水の魔法を持てば、最強の魔術師となろうな」

 タカが頷いた。

「俺は、リアルディアの王になるんです。最強になれれば、その道を切り開くのに有利になれる。でも、水の魔法は手に入れることなど出来ないでしょう?」

 トワィシィがタカの背中にくっついているフーミィに視線を移した。

「やはり、この洞窟で出会うのは、そなたら一行に間違いなかったようだの」

 タカが背中のフーミィを振り返ってから、もう一度トワィシィを見つめる。

「何故そんな事が言えるのです?」

 トワィシィはフーミィを指さした。

「この魔法の生き物は、水の魔力を持っておる。なのに、大地の魔術師の中でも類い稀なる心の癒し手であろう。ルビーアイの身体を与える事が出来れば、この魔法の生き物は竜となる。そして、そなたは[竜の思い人]となれるのだ。愛する竜の力はそなたのものよ」

 リクが大きな声で、笑い出した。

「こっこっこいつ。千年も寝っぱなしで頭おかしくなってんじゃねーの! フーミィは男の子だぜ。[竜の思い人]って、恋人ってか夫婦になるんだろ? スカイとシルバースノーみたくさ。男同士じゃ有りえねーての。あ〜おっかしィ」

 ヒルートが、リクの頭を思いっきり叩いた。

「いって〜なにすんだよっヒルート。思いっきり殴ってんじゃねーよバカ」

「バカはお前だ。フーミィが男だと誰に聞いた。フーミィは生命の巫女の分身の様なもの。本物の身体があれば、性別は女である可能性の方が高いのだ」

 ヒルートの言葉に、一番驚いているのはタカの様だった。

「フーミィ……お前って女の子だったのか?」

 フーミィが恥ずかしそうに、それでもニッコリと笑って、背中からタカを覗き込む。

「フーミィは今、男でも女でもないよ。でも、僕ターカが好きだよ。だから女の子がいい。そしたら、ずーと一緒が、もっと一緒になれるんだよ。一つになれるんだ、知ってる?」

 タカの顔が、一気に赤くなった。

 リクが肘でタカをつつく。

「兄ちゃん、何ソウゾウしてんだよ。やらしいなァ。ププッ」

「ウルサイ! 何も想像なんかしてない」

 今度はタカに頭を叩かれたリクだったが、何かを思いついたように、殴られて痛い頭を摩りながら、ブルーリーの方を見た。勿論、今その身体を支配しているのはルビーアイなのだが。

「でもさ、兄ちゃん。残念だったな、そのソウゾウは実現しねーよ。だって、ルビーアイの身体はもう無いじゃん」

 リクが言い終わると同時に、フーミィの大きな黒い瞳から大粒の涙がポロリとこぼれた。シルバースノーが、スカイから離れてフーミィの横へやってくると、タカの背中から、優しく抱き上げた。

「リク、そんなにハッキリ言ってはいけないわ。フーミィが女の子なのだとしたら、彼女はタカに恋をしている。生まれたばかりの時に女神様から、運命で結ばれたタカの事を聞いていたのなら、彼女は出会う前からタカに恋焦がれていたはずなの。私がそうだった様にね。だから、願いが叶うかも知れないと思った瞬間に、それを打ち砕かれたフーミィは、悲しいなんて言葉では、足りないぐらい辛いのよ」

 シルバースノーに抱かれたままのフーミィの小さな肩が震えていた。声を殺して泣いている姿に、リクは自分の軽々しい言葉を悔やんだ。

 リクが、そっとフーミィに手を伸ばそうとすると、タカの手がそれを止めた。

「悪いなリク。フーミィの心の痛みを癒すのは、俺の役目だ。お前の魔法は、次まで取っておいてくれ。またこいつが泣いた時、俺が傍にいなかったら、お前が癒してやってくれ」

 タカはシルバースノーの腕から、泣いているフーミィを抱き取ると、今は半分閉じられたようになっている、大きなふさふさと毛の生えた耳に口を近づけた。

「フーミィ……お前がどんな生き物だろうと、男だろうと女だろうと、今の俺には関係ない」

 自分の言葉に腕の中のフーミィが、ビクッと身体を硬くするのがタカには分かった。

「ん〜言い方が悪かったかな? 関係ないって言うのは、問題じゃないって事だ。お前が言ってた一つになるって意味とは違うかもしれないけど、俺とフーミィはもう一つなんだ」

 フーミィが顔を上げた。

「ターカ。僕を慰めてくれてるの」

「いや、慰めてるんじゃない。ほんとの事を言ってる。だって、そうだろ? お前は出会ってからのほとんどの時間を俺の背中で過ごしてる。俺にとって、もうそれは当たり前で心地良い事実なんだ。今はお前を愛してるとか、お前が女の子だったらどうとか、そんな事は分からない。リクを思うのと同じ様な気持ちかもしれない。でも、これからどうなるかなんて、誰にも分からない。フーミィは俺が守ってやるって、さっきお前に守ってもらった時、そう思ったんだ。だから、俺の背中から離れるな。ずっと張り付いてろ。いいな」

 フーミィはグチャグチャに顔を歪ませて、涙をこぼしながら笑った。それを見て、タカも笑った。

 フーミィは、するりとタカの腕から逃れると、肩を乗り越えて、いつものタカの背中に張り付いた。

「ターカとフーミィはずーと一緒。一緒がいい……」

「ああ、一緒がいい」

 シルバースノーが、そっとフーミィの頭を撫でた。

「そうよ。誰にも分からない。スカイだってケトゥーリナの事があんなに好きだったのに、今は、私だけを愛してる。フーミィ、思い続けると願いは叶うわ、きっと」

 シルバースノーとフーミィは見詰め合ってクスリと笑った。













 リクが、タカとその背中に張り付いているフーミィを見つめている。皆から少し離れて一人でいるローショの横に座り、ブツブツとローショに話しかけていた。だが、身を硬くして座っているローショは、返事をする様子はない。何故か、視線を上げようとせず、ジッと胡坐をかいた足の上で、手をもぞもぞと動かしているが、リクはそんな事には気付いていないように、話し掛け続ける。

「ローショさん、俺ってブラコンだったみたいだ。ああやってフーミィが兄ちゃんに引っ付いてるのを見てると、さっきからムカつくんだなーこれが。フーミィが嫌いなんじゃねーんだよな。でも、なんかさ自分の場所を取られたみたいな気がすんだよ。これって焼もちかなァ……ってローショさん! さっきからどしたの。なんかおかしいよ? 今は怒ってる竜はいないんだし、そんなに怖がらなくっていいんじゃねーの?」

 ローショが、大きく息を吐き出して目を見開いた。

「リク殿。あなたには、やはり私の恐怖が分かってしまうだな。私をリラックスさせる為に、兄上の事を話してくれているのだろう」

「だって、洞窟に入ってきた時よりも、怖がってるっしょ。ちょっと癒してあげようか? 少しは楽になるかもしんないじゃん」

 リクはローショの方へ手を伸ばそうとした。ローショは、反射的に身を引いた。

「いえ、結構です。申し訳ないリク殿。お気持ちはありがたく頂戴するが、今はあなたに触れて欲しくない」

 リクが、もう少しで触れそうになっていた手を止めた。

 ふっと表情が曇った。

「それは、俺に心を覗かれるから? そうか、どんなに辛くても、悲しくても、人に知られたくない事ってあるもんな。俺の力って人の心を盗み見する様なもんなんだな。ちょっと、へこむわァ」

 ローショが慌てて、姿勢を正しリクに頭を下げた。

「そんなつもりではなかった、申し訳ない。ただ、私には誰にも知られたくない事が……」

 ローショが言いよどんでいると、皆が集まっている方からヒルートの叫び声が聞こえた。

「トワィシィ殿! 指先が!……砂に、砂になっていく!」

 リクとローショは、ヒルートの言葉に驚いて顔を見合すと、皆のいる所へ駆け寄った。近寄ってみると、ヒルートの言ったとおり、トワィシィの指先が、少しずつ少しずつ砂になって地面に落ちていく。

 リクは、あんぐりと口を開けた。

「あっああ、ゆっゆっゆ指がなくなる」

 皆の視線が、トワィシィの指に集まる。トワィシィの指の先から、細い糸のように砂が落ちていくだけだが、ジッと見ていれば指の先が少しずつ失われていくのが分かる。視線が集まる中、トワィシィは落ち着いた様子で、微笑んでいる。

「ルビー。時間が来てしまったようだ。お前と共に永久の旅へ出掛けねばならんが、その前に終わらせておかねばならぬ事があったな。そちらの話はついておるのかな?」

 ルビーアイは、黙ったままで長い首を持ち上げてから頷いた。だが、何か言いたげなそんな眼差しを、トワィシィに向けた。そして、その視線はトワィシィから何故かローショに向かった。ルビーアイの様子に、トワィシィが少し首をかしげながら、同じ様にローショを見た。

「ルビー? その者が何か気になるのか。時間が迫っておる。私は、大地の魔術師に時の予言の力を与えねばならん。お前が気にしている事が何なのか、私には分からんが、こちら用を先に済ませるが、よいな?」

 少しだけ戸惑ったように、ルビーアイは頷きながら目を閉じた。トワィシィも、気にはなっている様だが、自分の指先に視線を落とし、眉根を寄せてからリクを見つめた。

「では、大地の魔術師にして心の癒し手よ。これから言う事をしっかりと覚えてもらおう。私の身体が、全て砂になった後、その砂を集めてこの袋に詰めるのだ」

 トワィシィは、懐から真珠色に輝く巾着を取り出し、リクの片手に押し付ける。リクの手に渡った巾着は、真珠色の輝きを無くし、ごく普通の布で出来たような巾着になった。だが、よく見るとそれは、非常に目の細かい布であるのが分かり、きっと水を入れても一滴も漏らすことは無いように思え、リクはまじまじとその巾着を見つめた。

「これって、普通の布じゃねーの? 何で出来てんだ? ってかさ、トワィシィあんた砂になっちまうのか? せっかく千年ぶりに目が覚めたってのに、千年寝てたのは砂になるためかよ。そんなんバッカじゃねーの……大事なルビーアイを永い事待たせて、それが砂になるためなんじゃァ……俺に力をくれるためなんじゃ、辛すぎるじゃねーか」

 リクの頬を涙がつたった。握った巾着を見つめたまま、リクの涙は止まらない。

 トワィシィが、リクの手に自分の砂に変わっていく手を重ねた。

「私の跡を継ぐ大地の魔術師は、泣き虫なのだな。そんなに泣いては、涙で砂が固まってしまうではないか。この砂は私の力、[過去の砂]と言って、時の予言の力の一つ。この砂が、時をさかのぼり過去を見せてくれる。過去を見なければならぬ時、この砂を東西南北の四方にまいて時の進む方と反対に指を回せ、そなたの念じる過去を見せてくれよう。忘れるな。時の進むのとは反対の方向だ」

 トワィシィはリクのだらりと下げた片方の手を取り、自分の瞼の上に持ってきた。

「そして、全てが砂になっても、残っている物が二つ有る[時読みの瞳]だ。それを、そなたの瞼に乗せ、自分の瞳と同化する様子を強く思い描くのだ。強く、強く念じるのだぞ」

 リクの手が、トワィシィの瞼の上でピクっと動いた。

「それは……」

「そう、それは私の時の予言を映す瞳。そなたは私の瞳を受け継ぐのだ」

「そっそんな事でっできない」

 トワィシィの手にグッと力が入り、リクの手をそれまでよりも強く瞼に押し付ける。そうしている間にも、手はドンドン砂に変わって、指は半分ほどに短くなっている。

「いいや、しなくてはならんはずだ。そなたの使命を果す為に必要なのだから。この世界を守って欲しい。私とルビーの子供の、そのまた子供達やその家族、きっとこの世界に生きているだろう。私達は、愛する者達を守るために、永の眠りにつく事を覚悟したのだ。愛しい者の住む世界を守る為なら、私は何度でも、砂になろう。そして、何度でも、そなたに瞳を与えよう」

 リクの手が震えだした。涙は、どうやっても止まらない。

「ひっくっひ。あんたの瞳を、ヒックもっ貰うよ。世界は必ず救ってみせる、オレッも……大事な者が住む世界を、まっまヒック守りたい。おっ男のやくひっく、やッ約束だ」

「ありがとう……」

 リクの手を放すと、トワィシィはリクの背中を労わるように優しくパンパンと叩き、ルビーアイを呼び寄せた。

「さあ、おいでルビー。私の体に入って、旅立ちの時を共に過ごそう。どうした何がそんなに気になる?」

 リビーアイは、やはりローショを見つめる。迷っているような様子が窺える。

『……その者は、愛しい我が子と同じ波動を持っているのじゃ。あの子が、ミーシャがいるようじゃ。あなたには分からぬのか。あの者はミーシャであろう? 人間と竜の間に生まれた子、美しい金のウロコを持ち、その力は計り知れない。美しく強いミーシャ。かわいい我が子』

 ルビーアイの言葉に、ローショがいきなり立ち上がった。

「違う! 私は竜ではない! ウロコなど持ってはいないし……怪力などでは無い、違う……違うんだ……」

 ローショの声は震えていた。何かに怯える様に、目がおよいでいて、不安そうに辺りを窺う。

 スカイが近寄って、ローショの背中に手を当てて落ち着かせようと摩った。

「ローショ、お前……竜の言葉が分かるのか? いつから」 

 ローショは身を翻すと、スカイの手を跳ね除けた。

「さわるな!!」

 洞窟の中の空気が震えて、何かが動くのが皆に分かった。

 その直後、ブルーリーの身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
















 ローショの身体が、ふわりと宙に浮いた。まるで母親に抱きかかえられる子供の様な格好で、浮かんでいる。トワィシィが、浮き上がったままのローショを見つめた。

「ルビー? 何をしている。放すのだ。その者がミーシャのはずはなかろう……ミーシャが竜の血を分けた子だとしても、人間である私の血も受け継いでいる。千年の年月を生きられようはずがなかろう。もう、時間は残されていない。私の元へおいで、ルビー」

 わずかに、ローショの身体が降りてくるが、ルビーアイは完全には放すつもりは無いらしい、と言うよりは放す決心がつかない迷っている、と言ったほうがいいのかもしれない。

 ルビーアイが泣いてでもいるのか、ローショの身体が小刻みに震えている。ルビーアイに包み込まれたローショは、放心したように目を見開いたまま黙っている。心配そうな顔をしたスカイが、ローショの所に近寄っていく。その傍らには、シルバースノーが寄り添っている。

「ルビーアイ女王。あなたが抱えていらっしゃる男は、私の従者です。名はローショ・マイーザと申します。我が父の執事の息子で、実母も健在です。あなたの子供では有り得ないのです。どうかその者をお放し下さいませんか」

 優しく語りかけるスカイの声に、ローショの身体がぴくりと反応する。自分の身体を包み込むものを押し返すように、ローショは身体を動かして、逃れようともがいた。その動きは緩慢で、自分の動きを阻むものと格闘しているようには見えないが、ローショの額には、玉の汗が光っていて、かなりの力が使われているのが傍目にも分かる。

 そうこうする内に、ローショの身体は降ろされ、足が地面についた。またしても、洞窟の空気が震えて、ルビーアイが移動していく。空気の震えが止まった先には、起き上がったブルーリーが、深い藍色の瞳を半分ほど開けて、ヒルートを睨んでいた。

『私をこんな所に押し込んだ妖精使いは、どんなホラ話で仲間に入ったんだい? 今は、私の身体を女王様にお貸ししなければならん。妖精使いには、後で言い訳してもらうとしよう』

 ブルーリーは、ゆっくりと頭を下ろし、お辞儀した。

 ブルーリーの身体がブルッと震えた。

『青竜ブルーリーよ。今しばらくの間、そなたの身体を貸しておくれ』

 閉じていた瞳が開けられると、その色はルビーアイの燃えるような赤に変わっていた。 その赤い瞳が悲しそうに、ローショを見つめる。

『そなたがミーシャであるはずはないのじゃな。それでも、一つだけ願いを聞いてはもらえぬか?』

 ローショは、自分を見つめる視線に振り返ると、身に付けていた袖なしのチュニックを脱いだ。

「私が、父と母の息子である事に間違いは無い。あなたの子供であるはずもない……では、生まれた時から私達親子を苦しめてきた……これは、これは何なんだ。毎夜、私の夢に現れる金の髪をなびかせ、金のウロコに覆われた皮膚を持つ娘は誰なのですか? 空竜族の女王、あなたならば、答えを知っているのではありませんか?」

 ローショが、背中を向けた。













 

 





ローショの背中に、ローショの生まれながらの秘密がかくされていた……金の髪、金のウロコを持つ娘とローショの関係は?

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