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雨のリズム  作者: 海来
25/94

[25] 守人

穏やかな雰囲気の部屋の中で、一人思い悩むヒルート。彼の使命とはいったい……

 リクとレインの奏でた命にのリズムによって[最果ての森]は命の輝きを増していた。にぎやかに動き回る動物達の姿が館の窓越しにもよく見えた。森は全ての動植物に恵みをもたらし、自分自身のエネルギーを増強させているようだった。

 リクとレインの癒しの雨に、部屋の中は一時穏やかな様子になっている。女神は、何も言うことなく救世主と仲間達を優しく見守る様に佇んでいる。

 タカがリクとレインをからかいながらリクの頭を軽くポンポンと叩く様子や、フーミィを抱き上げて肩に乗せ笑っているズカーショラルを楽しそうに見つめるアキルの姿、スカイとローショが肩を寄せて何やら話しては小さく笑う様子を、ヒルートは森を見つめるふりをしながら横目で見ていた。

 自分には、心を許し語らう友人も、愛し愛される家族もいない。そんなものはとうの昔に諦めたはずだった。それでも、ヒルートの金色の瞳は、世間ではありふれた風景に吸い寄せられるように、それを見つめてしまう。

 あくまでも誰にも気付かれぬようにそっと見ているつもりのヒルートだった。そんなヒルートの横に何も言わずヒルートを見つめるフィーナがいた。フィーナに気付かずヒルートは独り言を言った。

「私の受けた啓示は何だったのだ。私が[世界を救う命]の一人ならば、なぜ…人々に忌み嫌われるような啓示を受けねばならなかった。なぜ……親にまで恐れられる存在でなくてはならない。なぜだ」

 小さく呟くヒルートの声には、感情がこもっていなかった。感情を込めれば必ず怒りしか湧いてこないと分かっていた。怒りに我を忘れそうで、感情を押し隠して生きていた幼い頃の様にしていなければ、耐えられそうに無いヒルートだった。

 フィーナが生まれ、自分以外の誰かを心から大切に思うことを知ってから、感情を必要以上に押し隠す事は無くなっていた。フィーナとその両親、弟のキートアル以外は、自分を恐れ忌み嫌っていると言う事実や、魔術をどんなに愛して学ぼうと、自分は魔術師にはなれないと言う現実と向き合うと、殻に閉じこもってしまう事は度々あった。だが、追尾の魔術を使っていたアキルを森の中で見つけ、この一行と出会うまでの何年間は、穏やかに過ごしていた。

「なぜだ……」

 また呟いたヒルートには、その疑問以外浮かんでこない。フィーナがそっとヒルートのローブの袖を握った。

「ヒルート様、どうしたのですか? いつものヒルート様ではないみたいです」

 フィーナの声に現実に引き戻された様に、ヒルートはいつの間にか俯いてしまっていた顔を上げフィーナを見た。

 金色に輝く瞳を、フィーナはじっと見つめている。

「ヒルート様、泣いているのですか……」

 フィーナに言われて、慌てて自分の頬に手をあてたヒルートだったが涙など出ている筈もなく、戸惑ったようにフィーナを見つめた。

「涙は出ていませんわ。でも、泣いているみたいに見えます」

 フィーナの手が、頬にあてられているヒルートの手に重ねられる。ヒルートは、フィーナの手の温もりに思わずその手を握り返していた。張り詰めていた糸が切れたようにヒルートの口から大きな溜め息がもれる。

「フィーナ。おかしな事を言うのだな。私は泣く事など無い。そんなに心配そうな顔をするな。お前の方が泣きそうではないか」

 ヒルートの言葉にフィーナは本当に泣き出してしまった。ヒルートを、眉を寄せて心配そうに見つめたままの緑の瞳から静かに涙が落ちていく。

 自分を主張することなくヒルートを思いやって健気に泣くフィーナに、ヒルートは体中の血がフィーナを求めて駆け巡るのを感じた。ヒルートは震えながらフィーナの手を離した。これ以上握っていたら、フィーナを壊してしまうほど強く抱きしめてしまいそうだった。今のヒルートには、フィーナの存在が必要だった。こんな自分を兄のように慕ってくれる大切な人間の存在が必要だった。

 自分を抑えるには、フィーナから離れなくてはいけないと思った。そんなヒルートの背後から、女神が声をかけた。

「ヒルート、なぜ自分の思いを拒むのです。そなたの望むものは目の前にあると言うのに。そなたが欲しいと言えば手に入るのですよ。差し伸べられた手を掴む理由などありはしないと言うのに」

 部屋にいた他の者にも女神の声は聞こえたらしく、ヒルートの方を見た。今まで、自分達の事に気が向いていたので誰もヒルートとフィーナの会話を聞いていなかった。女神のよく通る声だけが耳に入って、何のことだろうと耳を傾けた。

 女神に向かって振り返ったヒルートの顔は、恐ろしいほどの怒りが露わになっていた。その表情に皆が息をのむ。

「今なんと言った。欲しいと言えば手に入るだと! ならば女神とやら、お前に聞こう。お前達神の啓示を受けてからの私の人生で、欲しいと思ったものの何が手に入ったと言うのだ。母と父、家族の団欒、魔術、自由。これまでに欲しいと本気で願ったものは、何一つ手に入らなかった。お前に私の心の闇が分かるというのか。何かを失うことすら許されずに生まれた者の、心に巣食う妬みや憎しみという闇を、お前たちは知っているというのか」

 一気にまくし立てたヒルートの息は上がっていた。肩は震え、握った拳は肩以上に大きく震えていた。

 女神は、視線をヒルートにおいたまま答えた。

「そなたの心の闇こそ、そなたの使命に欠かせないもの。そなたを本物の妖精使いにするために、妖精の集うこの森で育つように仕向け、闇の妖精と契約できる権利を得る為に、そなたを辛い境遇におき心に闇を誘ったのです」

 ヒルートの顔が一瞬にして青冷めていく。

「闇の妖精との契約だと。ふざけるな……誰がそんな事を」

 レインがヒッと声を上げた。口に手をあてたまま目を大きく見開いているレインに、リクが不思議そうに聞いた。

「どうしたんだレン? 闇の妖精って何?」

 レインの代わりにスカイが答えてくれた。

「闇の妖精とは、俗に言う悪魔のことだ。悪魔と契約を交わすような妖精使いは滅多にいない」

 答えたスカイの顔に嫌悪が浮かんでいた。タカが、スカイとそっくりな嫌悪の顔で言った。

「悪魔と契約しなくては彼の使命は果せないのか?」

 リクが眉根を寄せて、ヒルートと女神を交互に見た。

「ヒルートの心に闇を誘ったって。それって、悪い人間になるってことか」

 あくまでも冷静に女神は黙って立っている。女神が何も答えようとしないのを見ていたズカーショラルは自分が説明しようと口を開いた。

「闇の妖精は自分達に近い者としか契約しない。善なる心を喰らい闇に染め、自分達と契約させると聞いている。食われた心は闇に落ちるのだ。心に闇を抱える者は、自分の欲望に忠実であるが故に、彼らに恵みを与えるとも言われている。闇の魔術を使う者の中には彼らと契約し生き長らえている者もある。だが、その者達は人間よりも悪魔に近い存在になってしまう」

 ズカーショラルは妻と子を抱えたまま説明した。アキルの顔も、レインと同じように青ざめている。ズカーショラルの手は妻を落ち着かせるように背中を摩り続けた。

 魔術学校は全ての魔術師を束ねている組織でもある。そこの教師であるアキルは、闇に飲み込まれた魔術師を何人か知っていた。そのアキルを震え上がらせるほどに闇の妖精との契約は恐ろしい見返りを要求されるのだろう。

 いきなり、リクが自分の足をドンッと床に打ち付けた。その表情はリクが今まで見せた事の無いような怒りで真っ赤になっている。

「神様か何か知んねーけど。あんた達、酷すぎネーカ? ヒルートの心を悪魔に食わせようとしたのか。闇を誘ったって、そういうことかよ」

 リクは、一瞬言葉を切ってヒルートを見た。ヒルートがリクの言葉に眉をひくつかせた。だが、何も言う様子は無い。リクはそのまま話し続ける。

「でも、ヒルートの心は、闇に染まってなんかない。俺はヒルートの心を覗いたんだ。氷みたいに凍えた心の下に、あふれるほどの優しさと愛情を感じたんだ。あいつはいい奴だ。悪魔なんかの仲間にはなれねーって」

 女神はまばたきしない瞳をリクにむけて静かに頷いた。

「その通りです。ヒルートは、他の者よりも純粋な善の心を持って生まれました。その輝きの透明さは、今でも変わらないのです。だからこそ、妖精たちはこぞってヒルートと契約を結びたがる。心に闇を持ちながら闇に染まりきることなく使命を果せるだけの力を、彼は持っているのです」

 リクには、女神が少し微笑んでいるように思える。こんな時に何故笑えるのだと、女神に対して不信感がわいてくる。それでも、女神の話の中に納得できる部分があるかもしれないとも思う。

「そして、その類い稀なる純粋さ故に、闇の妖精はヒルートの心を欲しがるのです。多くの光の妖精たちと、闇の妖精の双方ともに契約を許される、この世で唯一無二の妖精使いとなるべく、ヒルートの全ての条件は整っていたのです。私は、彼の全てを見守ってきました。その苦しみも、絶望も、孤独も理解しています。だからこそ、ヒルートに使命を果たす力があると確信しているのです」

 リクは、ヒルートの様子をもう一度うかがうように見つめた。ヒルートは黙ったまま何処か遠くを見つめるように佇んでいる。先程までの怒りはなりを潜めてしまっていた。

 ヒルートとは対照的に、何事も無かったかのように微笑む女神をリクは見つめた。リクには、神と言うものが分からなくなっていた。自分が想像する神様は、慈悲深く、計り知れない優しさを持っているはずだった。しかし、目の前の女神は、ヒルートの苦しみを当然の事のように静観しているのだ。納得いかないムカツキがこみ上げてくる。

「使命使命ってうるせーよ。使命の為なら何をやっても良いのかっ! ヒルートの心をいじくり回す権利が、あんた達神様にはあるのかよ。神様だって、やっちゃいけねー事があんだろうが! ヒルートの心の闇は俺が癒やしてやる! 使命なんてシラネー!」

 リクは、ヒルートに向かって歩き始めた。

 そのリクとヒルートの間にフィーナが立ちはだかった。大きく手を広げて、まるでヒルートを守っているように見える。

「こないで! ヒルート様には触れさせない。あなた達は何を勘違いしているの? ヒルート様の心は、とても優しくて美しいのに。心に闇なんて有りはしないわ。ヒルート様を傷つけるのはもう止めて。使命だか何だか知らないけど、ヒルート様に酷い事をしないで、こんなに優しい人を苦しめないで。お願い……します」

 フィーナは、リクと女神を睨みつけながら泣いていた。話した後は、キュッと唇を引き結び、ヒルートの方に後退っていく。

 トンっとフィーナの背中がヒルートの腕に当たった。ヒルートはゆっくりと顔を上に向けると、引きつったように笑い出した。

「私の心が、類い稀なる純粋さを持っているとは、お笑い種ではないか。私の中身は、既に闇で埋め尽くされている。お前達神が望むとおり、闇の妖精と契約してやる。ただし、私の欲望を満たす為にな。私が居なくては使命が果せぬか? 困るなら、他の奴を探せばいい。なんなら紹介してやろうか? 闇の心を持つ魔王でもなクックワッハハハハハハ……」

 笑い声とは反対に、ヒルートの金の瞳からは涙が流れていた。今まで堰き止められていたものが、一気に流れ出るように、留まることなく流れ続ける。

 ヒルートは自分の中身が捻りあげられ引きちぎられるような痛みを感じていた。既に自分の心は闇に染まっている自覚が、ヒルートにはあった。認めたくは無かったが、フィーナを愛する事を避けてきた本当の理由は、自分の心にある闇だったのだ。気付かない振りをしてきただけなのだ。今、何度も求め、何度も諦めた全てが剥ぎ取られていく感覚に、どうしようもない絶望を感じた。

 皆が呆気に取られている中、フィーナがヒルートの手を強く握り締めて、歌い始めた。



 金の瞳が濡れる時 森も静かに泣くでしょう


 金の瞳がかげる時 大地は凍えてしまうでしょう


 闇が密かに育つ時 金の瞳に愛されし子 金の瞳の守人となる


 金の瞳の愛し子は 金の瞳を抱きとめる


 愛し子輝き 金の瞳は緑に染まる


 金の瞳が濡れる時 守人の愛しき歌は響くでしょう


 森をごらん 風を 雲を 大地をごらん


        全ての命が 金の瞳を守るでしょう 



 歌い終わったフィーナは、ヒルートの手を握ったまま、もう一方の手をヒルートの頬にあてた。フィーナは、金の瞳を見つめ捕らえたまま、驚きに薄く開かれたままのヒルートの唇に、そっと口づけた。

 ヒルートの涙が止まり始め、見開かれた金の瞳に溜まっていく。

  ……そして、最後の涙はポロリと落ちていった。

   ヒルートの金の瞳は、日の光に照らされたフィーナの緑の瞳を映して、緑色に染まった……

 

いつものフィーナからは、想像できない行動。フィーナが歌う歌にはどんな力が備わっているのでしょうか?

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