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雨のリズム  作者: 海来
24/94

[24] 生命の女神

ヒルートの館の一室で、世界を救う使命が少しずつ明かされる…

 誰も触れていない扉は、スーと開いた。

 部屋の中には食事に使ったテーブルを挟んで、ヒルートとスカイとタカが座っている。スカイの後ろには真っ直ぐに背筋を伸ばし生真面目な表情をしたローショが立っていた。

 開け放たれた扉の向こうから銀色に輝く小さな生き物が入ってくるのを、4人は目を丸くして見つめている。銀色に輝く生き物が近付いてくると、それがフーミィであることが分かった。

 フーミィは長い楕円形のテーブルの横を通り、床から天井までガラス張りになった大きな窓の前まで移動した。クルリと振り返った刹那フーミィの身体はにじみ出し揺れて他の形を取り始めた。最後尾のズカーショラル夫妻が部屋に入ってきた時、フーミィの身体ははっきりと幼い少女へと変化を終えていた。

 しかし、その少女は幼い子の持つ愛らしさと言うものを持ち合わせてはいなかった。その瞳は銀色に光り何処までも冷たくズカーショラルとアキルを見つめている。夫婦には、フーミィが魔法の力で姿を変えているのでは無いことは直ぐに分かった。

 ズカーショラルが、暗い声を発した。

「せいめいのみ、こ。ユージュア」

「アアァ〜ひどすぎ…る」

 アキルは、ズカーショラルの腕の中で崩れ落ちていった。

 その場にいた全ての者が事の成り行きに訳の分からぬまま呆然としている。

 その中で、ヒルートが最初に気を取り直した。

「生命の巫女とは、本当か? あの魔法の生き物は何処へ行った。生命の巫女が、私の館にいったい何の用があるのだ」

 生命の巫女は、真っ直ぐに前を見たまま、瞬き一つすることも無くズカーショラルを見つめていた。

「私をこの世に送り出す器となった人の子よ。お前達は、私の幸せの記憶をよくここまで育ててくれた。感謝している。私の幸せの記憶は、ここにいる[世界を救う命]達に出会うまでに、愛情を知り、それをはぐくむ事を学ばねばならなかった。良くやってくれた。だが、この後の使命にお前達は関わる必要はありはしない。この場を立ち去るが良かろう」

 生命の巫女の言葉に、ズカーショラルがアキルの横に崩れ落ちた。夫婦は肩を寄せ合い震えていた。

 ヒルートが、生命の巫女を睨みつける。

「何の話をしている。私の質問に答えろ!」

 ズカーショラルが、力なく答えた。

「私の娘は、20年前に生命の女神に[水の宮殿]に連れ去られた。娘は、生命の巫女として生まれたのだそうだ。フーミィは、娘が私達と過ごした幸せの記憶から出来た魔法の生き物だったのだ。そして、世界を救う命に出会うまで、慈しみ育てよと女神は言ったのだ。ヒルート王子、君達が、世界を救う命なのだ。フーミィは君達に出会った。だから、私達夫婦はもう用なしと言うわけだ」

 部屋の中は静まり返った。誰も何も言わない。ズカーショラル夫妻の背後で扉が静かに閉じた。

 生命の巫女が、一同を見回しながら口を開いた。

「その通り。そなた等夫婦の使命は果たされた。立ち去る気が無いならこの部屋にとどまる事を許そう。だが、邪魔はせぬように。そして、これからは二人の絆を糧に生きるが良かろう。女神もそなた等の働きに感謝しておいでだ」

 巫女の冷たい言いように、アキルが震える声で抗議した。

「感謝などいらないのよ。フーミィを返して、愛しているのよ。あの子を、私達に返しなさい。三人でもう一度始めるんだから」

 ズカーショラルはアキルをしっかりと抱いていた。彼には分かっていた。自分達の前にいる世界を救う命には尊い使命があるということは十分に分かっているのだ。だが、納得など出来ない。ユージュアを奪われ、絶望の中フーミィを愛し、アキルを支える事で生きてこられたのだ。

 再び訪れた絶望に、ズカーショラルの理性は徐々に失われているようだった。彼はアキルから手を離すと、勢いよく立ち上がり叫んだ。

「巫女よ! 人間の触れられぬ存在ならば、私が触れてその価値を落としてやろう!」

 ズカーショラルはあっと言う間に巫女の傍まで走った。そのままの勢いで巫女を抱きしめる。

「巫女でなくなれ。フーミィに戻るのだ!」

 ズカーショラルが叫びながら、巫女を抱く手に力を込める。一瞬、部屋の中は巫女の身体から発せられた銀色の光で目が眩むほどまぶしくなった。

「ズカー!」

 アキルの叫び声だけが部屋の中に響いた。

 銀の輝きが消え、部屋の中にいた全ての者の目が周りの状況が分かるほど正常に戻った時、既に巫女の姿はそこには無く、フーミィを抱きしめたズカーショラルがいた。あまりに強く抱きしめられている為、苦しそうにフーミィが声を出す。

「おっお父さん……だっ駄目だよ。巫女には触れてはいけないんだ。彼女は[水の宮殿]に帰ってしまった。本当の巫女じゃなかったんだよ。僕を通して此処に心だけを送ってたんだ。でもね、巫女が僕の中にいる時は僕お話できないから、ホントは嫌だったんだ。ありがと、お父さん」

 フーミィは、ニッコリ笑って、ズカーショラルの首に抱きつくが、その顔から笑顔は消えていた。

「でもね、僕にはね、大切な使命があるんだよ。それはね、変えてはいけないんだっ……」

 フーミィの大きな真っ黒の瞳から大粒の涙がこぼれた。二人にふらつきながら近寄ってきたアキルがフーミィの顔を両手で包み込む。 

「ああ……フーミィ可哀想な子…大切な使命って、いつから知ってたの」

「お母さんとお父さんに出会う前から、女神様に新しい命を貰った時に教えてもらった。黙っててごめんなさい……お母さん。女神様が言ってはいけませんって言ったんだ」

 フーミィは大きな目を伏せた。ズカーショラルが自分の身体を反転させて、アキルにフーミィを預けると、そのまま二人を抱きしめた。

 その三人の後ろで、またもや銀色の光が輝きだした。それは人の形を取っていく。皆の目の前に、銀に輝く長い髪の美しい女性が現れた。その髪は終わり無く何処までも続いている川の流れようでキラキラと輝きを放っている。抜けるような白い肌は人のそれではなかった。美しくはあっても人間では無いであろう女性は、川のせせらぎのような声で話した。

「魔術師ズカーショラルよ。巫女が怒っていましたよ。無理に追い出されるのは、誰しも快いものでは無いでしょう。ですが、そなたの怒りも分からぬではない。慈しみ育てた者を、二度も奪われるのはさぞ辛いでしょうから、今回の無礼については、私が巫女の怒りを鎮めてきました。心配はいりません」

 この美しすぎる女性の出現に、ズカーショラルは20年前の辛い出来事を思い出していた。何も出来ずに娘を奪われた記憶が蘇る。

「生命の女神……フーミィまでも連れて行かれるのですか? 何故、私達夫婦にこのように苛酷な仕打ちをなさるのですか」

 ズカーショラルは妻と子をしっかりと抱きながら、女神に苦悩で歪んだ顔を向けた。

「そなた達には申し訳なく思っているのです。ですがズカーショラル、そなた達にしか出来ない事だったのですよ。巫女の幸せの記憶から出来たフーミィを、使命の果たせるほどに育てるには、そなた達の愛の力が必要だった。他のものを愛し、労わり、守る事をフーミィ自身が知り、そして己の心を育まねばならなかったのです」

 女神は、まるで一つの塊のように抱き合う親子をしばらく見つめてから、眉間に薄っすらとしわを寄せて話し出した。

「ズカーショラル、そしてアキル。今一度、そなた達から愛する子をを引き離す事を許して欲しいのです。この子には大切な使命がある。使命を果たさねばフーミィの命はその時に終わってしまいます。この子はその為に生まれたのですから、そなた達は諦めねばなりません。分かりますね」

 しっかりと妻とフーミィを抱いて、俯いたままのズカーショラルの肩が震えた。

「生命の女神。わかってっ……い、いるのです。世界を救う為に、個人の感情など後回しだと言う事は……20年間、その事を忘れた日は一度も無かった。いつか、この子と別れる日が来ると分かっていたのです、ですが……」

 ズカーショラルは、それ以上話すことが出来なかった。彼の身体はガクガクと震えていた。その姿が淡い光を放ち始めた。ズカーショラルとアキルに抱きかかえられたままのフーミィが、光りの源のようだった。

 光は、温かく安らぎをもたらすようにズカーショラルとアキルを包み込む。苦しげだった親子の顔は、穏やかに微笑みあい、お互いを慈しむように見つめあっていた。

 女神が微笑む。

「フーミィ。そなた心を癒す魔法にも目覚めたのですね。間に合ってよかった。これからの旅の間に、目覚めてくれる事を願っていたのです。リクに匹敵する力を感じます。これで、リアルディアも救われる」

 女神の出現に我を忘れていたリクは、自分の名前が呼ばれた事にビックリして反応した。

「おっおれ? なんで俺の事知ってんの?」

 リクの問いに、女神は静かに微笑んだ。

「大地の魔法使いであり、心の癒し手……リク。そなたはソラルディアを癒す命として誕生したのです。大地の魔法使いであったアースの子孫の中に、空の魔法使いであるスカイの対の人間タカが生まれた時点で、私達は次に生まれる子が心の癒しの力を持って生まれる事を願った。そして、それは叶えられた。そなた達兄弟は二つの世界の救世主となったのです」

 リクは眉間にシワを寄せ、考え込んでしまった。

「何で俺と兄ちゃんな訳? 救世主ってんなら、兄ちゃん一人の方が似合ってる……」

 女神の話を聞いて、皆が其々に反応する。

「生命の女神。先程から話に出てくる[世界を救う命]とは、リクとタカの事なのですか? それとも、私達も関係するのでしょうか。説明をしていただけませんか」

 と言ったスカイは、自分はこの話しにどう関わっているのか知りたかった。

「いきなり現れてくだらぬ事を言い出した説明はしてもらわねば、私も気が済まないな」

 あからさまな嫌悪を見せてヒルートが言った。

「この話は、いったいいつから始まってるんだ。俺達の曾爺さんの時からなのか? それとも、もっと前からなのか」

 タカは女神に問いかけるというより自分の疑問を整理するように呟いた。レインとフィーナは、その姿に魅せられたように、ただ女神を見つめている。

 生命の女神は軽く頷くと一同をゆっくりと見回したてから口を開いた。その声は、優しい母のような、暖かな春の小川のせせらぎのような、皆の心を落ち着かせるには十分な穏やかさがあった。

「このソラルディアは、もう一つの世界リアルディァの対の世界なのです。タカとリクが生まれた世界リアルディァの自然のバランスを保ち、エネルギーを送り込む役割を担っているのがソラルディアだと言った方が良いかもしれません。ソラルディアがあるからリアルディァは存在し、リアルディァがあるからソラルディアは存在する意味があるのです。どちらか一つが滅びる事は、もう一つも滅びる事になるのです」

「滅びるって、どっちか滅びかけてんのか?」

 リクが、目を丸くして言った。女神のリクを見つめる瞳が我が子を見守る母のように優しく細められた。

「リク。そなたも私を見るまで、いいえ……目の前の私を見ていても、神の存在を信じられないのではないですか?」

「……」

 女神の質問にリクは答えられなかった。事実、目の前にいる美しい女の人が女神様だとは信じられないのだ。だが、その反面では人間離れした美しさと底知れぬエネルギーのようなものを感じているのも確かだった。

「ソラルディアには魔法があり、神が人間の身近に存在します。水の領域が死と生を司る神の領域と皆が知っているのです。ですが、リアルディアには魔法は存在せず、今では神さえ存在しない。リアルディアは、魔法の代わりに科学を生み出し自分達がその目で見る事の無い、私達神の存在を忘れようとしています。何百年もの間に科学は進化をとげました。そして、人間を殺し自然を破壊する兵器が作り出され、戦争という名の下に使われた。長年にわたる自然を蝕む行為によるバランスの崩れに、戦争はとどめを刺したのです。リアルディアは、世界を保つ為に大切なものを忘れてしまった。崩壊寸前です」

 ヒルートが女神の話しに水を差すように、舌打ちした。

「世界が崩壊する前に、お前達神様が食い止めれば良いのでは無いのか。神は命を作れるほどに万能なのだろう! 自ら救世主となれば良いではないか」

 強い口調で責めるヒルートを女神は真っ直ぐに見つめ返す。

「ヒルート。この中でそなたが一番、自分の生まれた理由を知りたいのでしょう。そして私を恨んでもいるのでしょう。ですが、仕方なかったのです。世界の崩壊は、既に遠い昔から私達神々には分かっていた事でした。ですが私達にはそれを止める事は出来ない。人間の仕出かした事は人間が食い止め元に戻さねばならないのです。私達に出来るのは手助けすることだけ、生命を生み出す私に課せられた務めは、[世界を救う命]の誕生を待ち、その命が使命を果たせるだけの力を身に付ける様に仕向ける事。使命を果たす為の仲間を生み出す事。それだけなのです」

 ヒルートの顔色は蝋人形のように失われていた。だた、黙って女神を睨みつける金の瞳だけが燃え上がる炎のように怒りを表していた。

「その救世主様の為に、生み出されたのが私達だとでも言うのか」

 そう言ったヒルートの声には感情らしいものは感じられなかった。女神は瞬きをしない瞳でヒルートを見つめた。

「その通りです。あなた達には其々に使命があり、それは救世主と共にあるのです」

 椅子の背に身体を預け黙って聞き入っていたタカが、視線だけ女神に向けて質問した。

「アースの前に[異世界への扉]を開いたのも、あなたですか」

 女神が眼差しをヒルートから、ゆっくりとタカに向けられる。

「いいえ。私ではありません。時と空間の神が、対の人間を持たない人間の中で強い魔法を持って生まれたアースを探し当て、扉を開いたのです。リアルディアを救う為には魔法を持つ者の存在が必要だった。それにはソラルディアから魔法使いを送り込み、リアルディアに血筋を残す以外なかったのです。そして救世主が現れるのを待ち続け、やっと願いが叶った」

 女神は、タカとリクを交互に見つめ安堵の表情を浮かべる。

「生命を司る神である私にも救世主を生み出す事は出来ないのです。生命の巫女が転生するのを待つしかなかったように、救世主となる命の誕生を待っていたのです」

 タカが椅子の背に身体を預けたままの姿勢で聞き返す。

「俺とリクが救世主というわけか? そしてここにいる仲間を合わせると[世界を救う命]達ってことか。では、何をすればいい? リクがソラルディアを癒すのなら、俺はリアルディァを癒すのか?」

 女神が首を振った。

「いいえ。リアルディアを癒すのはフーミィの使命です。タカ、あなたはリアルディアを治める王となるのです」

 椅子に預けたタカの体が跳ね上がった。

「王になるだって? 女神様、あなたは知らないのですか。俺達の住む世界には数え切れないぐらいの国があり、一つにまとめる事など出来はしない。王なんて存在しない。存在できない」

 驚くと共に笑いがこみ上げてきた。あまりの馬鹿げた話しに、今まで聞いた話が全てでたらめのようにタカには思えてしまった。タカは声を出して笑っていた。

「タカ。笑っていられるのも今のうちだけですよ。リアルディアで唯一の魔法使いであるそなたが、王になるのに何の障害もありはしないのですよ。リアルディアを本当の意味で救おうとするなら、それは統一される事以外には有り得ないのです」

 女神の言葉にタカは笑うのをやめていた。以前、英語のスピーチコンテストに出場する時に戦争と平和についてテーマにしたのを思い出した。色々と調べてスピーチの原稿を書いているときに、戦争を終わらせるには世界統一が一番だと思ったのだ。その時も、自分の発想の幼稚さに笑ったのだ。しかし心の奥底では決して笑っていなかった。

「世界統一……」

 タカは呟くと黙ったまま、椅子の背に身体を預けて天井のシャンデリアを見上げた。

 レインがやっと自分の番がやって来たとでも言う様に、急いで質問した。

「アースの前に扉を開いたのが時と空間の神なら、私の時もそうなのですか?」

 女神を見つめるレインの顔は、美しい同性にあこがれるような熱が感じられる。

「そうです。アースの子孫である強い魔法の力を持ったリクを、今度はソラルディアに連れて来ねばなりませんでしたから、リクが生まれて直ぐにリクと一番引き合う命を[生命の泉]から探しだし、魔法の力を注ぎ誕生させていたのです。それがレインそなたです」

「じゃあ…私はリクをソラルディアに来させる為に生まれたというの……」

 レインが困惑した表情を浮かべた。愛する人の為に生まれたのなら嬉しい気もするが、自分の生きる意味がとても曖昧に思えたレインだった。自分には、もう何もする事が残っていないと言われた気がする。今までに見たことも無い美しく、優しい微笑みの女性は、見た目ほど優しくないとレインは思った。

(私の生きる意味を、女神様だか知らないけれど、あなたになんか決めさせない)

「私がこれから生きる意味は何なの…リクが救世主なら私は何? もう要らないとでも言うの! 私の人生を勝手に決められるなんて思わないで!」

 レインの心の中は困惑から怒りへと一気に変化していった。雲の皇女として恵まれた環境に育ち、秀でた魔法の力は雲の魔術師でありながら雲の女王となる将来を約束していた。今まで、レインは自分の為に、自分のしたい事をやってきたのだ。愛する人のためでも、父王や城のため等でも無かった。それは自分の為であり、それはこれからも変わらないはずだったのだ。

「私は! 私は自分で決めたのよ。リクに逢いに行くことも何もかも。誰かに決められたからじゃないわ。私が生まれたのは、私のためよ」

 レインの瞳は、嵐雲の色に変わっていた。レインの急激な変化に驚きながらもリクにはレインの痛みがひしひしと伝わってくる。リクは、レインを抱きしめて落ち着かせるように優しく話し掛ける。

「レン……君は俺をソラルディアに連れてきた。それは神様が決めた事かもしれない。でも、俺は、レンだったからソラルディアに付いてきたんだ。他の誰かじゃねーんだ。俺達は自分達で見つけた運命を信じたんだろ……レン」

 リクは、癒しの魔法を送り込みながら、抱きしめた手を緩めてレインの顔を覗き込む。嵐雲のようなレインの瞳に大きな涙の粒が膨れ上がった。

「俺がホントに救世主なら、レンのいるソラルディアを守りたい。レンを守りたい。そして、大人になったらレンと結婚したい」

 リクを見つめたレインの瞳からポロポロと涙がこぼれた。レインはリクに癒され穏やかになっていく心の中で、自分と目の前にいるリクの運命を感じた。

 神に与えられた運命を、信じたのは自分自身だった。そして、リクもまたレインとの運命を信じてくれた。リクが自分を守ってくれるなら、自分はリクを守りたいと強く思うレインだった。

 レインは自然にリクの背中に手を回す。

「リク…大好き」

 レインはリクのシャツに顔をうずめて涙を拭いた。

 その時、部屋の中に細かい霧のような雨が降りだした。

「リクとレインの癒し雨か……」

 スカイがぽそりと呟いた。一人また一人と部屋の中で掌で雨をすくうような仕草をするが、霧雨は肌を濡らして行くだけで掬い取る事などできはしない。肌を濡らす霧雨は温かくしみこんでいき体中に脈打つ何かを感じさせた。

 その時、女神の手がスッと横に振られた。女神の後ろにある大きな窓が音も無く開いた。リクとレインによって生み出された魔法の霧雨は窓の外に流れ出て、風が霧雨を[最果ての森]へと運んでいく。

 霧雨の中で、森の緑は色を一層濃くして煌き、雨を吸った大地は土の濃厚な香りを放ち、草木や花に命の糧を送り込む。森のリズムが聞こえてくる。それは湧き上がるエネルギーが全ての命と共鳴し奏でられる、命のリズムだった。

 リクの腕に抱きしめられたままのレインが呟いた。

「雨のリズム。これは、私とリクの雨のリズムだわ」

 リクがレインを見つめた。

「俺とレンの雨のリズム……レンに初めて逢った時と同じリズムじゃん」

 リクは嬉しそうに、もう一度レインを抱きしめた。女神がそっと窓を閉じた。

「レイン。そなたの使命はリクと共に有るのですよ。二人が奏でる命のリズムが世界を癒し回復させるのです。リクがいなくては世界は救われない。ですが、レインそなたがいなければリクは世界を救えないのです。忘れないで」

 レインはリクの腕の中で、しっかりと頷いた。部屋の中にはまだ雨が降っている。

「お前達。いい加減に離れろ!」

 タカとスカイが同時に叫んで、お互いの顔を見て笑った。

 リクとレインは慌てて抱き合っていた腕をほどいて、真っ赤な顔を見られない様に俯いた。自分達の置かれた状況を、少しだけ忘れて皆が笑い出した。

 だが、雨に濡れた部屋の中で、ヒルートだけが浮かぬ顔で[最果ての森]を睨みつけていた。








 

 


 

 


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