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雨のリズム  作者: 海来
22/94

[22] ヒルートとフィーナ

 身分違いの年上の人に惹かれたら、どうすればいいのでしょうか。諦められると簡単なのですけど…

 この日の朝は少し寒かった。ベットを出るのが難しいほどではないにしろ、起き上がって布団の中の温もりを逃がしてしまうのは、惜しい気がするものだ。

 少女はベットの上で、布団を頭まで被り、もぞもぞと動いている。それでも、エイッと布団を跳ね上げ名残を惜しむ気持ちを跳ね飛ばした。少女は、ベット脇の小さなテーブルからタオルを取ると朝の身支度にかかった。そのテーブルには、年頃の女の子らしい品がいくつか置かれている。小さな鏡、リボンとヘアブラシ、口紅の入った陶器の小さな壷、可愛らしい花柄の香水瓶。どれも少女にとって大切な小道具だった。昨夜のうちに用意しておいた水差しから、桶に水を張り顔を洗う。さほど水は冷たくないが、気持ちを引き締めてくれるには十分だった。歯を磨き終えて、就寝様のゆったりとした衣服から、ベットの枕元にきちんと畳んであった仕事着に着替えていく。

 テーブルの上に置かれた小さな鏡を見ながら、口紅を薄く差し、栗色の長い髪をとかし、右耳の斜め下で薄紫のリボンで束ねた。そのリボンには香水が含ませてあり、柔らかそうな緩くカールした髪は少女が動くとゆれて甘いながらもさわやかな香水の香りをフワリとただよわせた。少女にとって、これが精一杯のおめかしだった。

 少女は、小さな部屋の中で一際目立つ姿見の前に立って、リボンと同じ薄紫のワンピースに真っ白な胸当て付きのエプロンを身に着けた自分の姿を確認した。

 少女の姿を映し出している鏡は、大きなだけでなく、鏡を縁取るように濃いピンクの薔薇が浮き彫りになっている。花は艶やかで、生花に負けない美しさを誇り葉っぱや棘の有る茎は輝く金で出来ていた。

「やっぱり、私ではこの鏡に似合わない……」

 この鏡は、少女が幼い頃から慕い続けてきたこの館の主から今年の少女の誕生日に贈られた物だった。以前から姿見を欲しがっていたのを少女の母親が館の主にポロリとこぼしてしまったのだ。少女も、高価な美しい姿見に初めは恐縮しながらも大層喜んでいたが、鏡に映る自分の姿を初めて見たときには悲しい現実を知ってしまった。

 この鏡には自分は相応しい姿かたちをしていない。見れば見るほど日々その思いは強くなる。子供っぽい顔に小さくて細い身体は、女性特有の魅力的な部分に欠けていると思っていた。

 それでも、毎朝この鏡の前に立ち送り主への思いを募らせながら、いつか自分も大人の女性の美しさを手に入れられますようにと祈っていた。

 鏡と同じ様に自分には相応しくない、男性にしては美しすぎる館の主が自分の事を心から可愛がってくれているのを、少女はよく知っていた。まるで歳の離れた妹を可愛がるように、気軽に少女に触れてくる。しかし館の主のその手は、少女にとっては既に兄のそれとは思えなくなっていた。肩に置かれた手や頭を撫でる手にドキドキが止まらなくなってしまう。

 報われる事の無い恋だとは少女自身解りすぎるほど解っていた。他の二人の王子とはあらゆる意味で立場の違う王子であっても館の主は緑の王子なのだ。[緑の城]に戻る事も許されず、この森で一生を終える事を強いられた王子。だが、王子は王子であって自分とは身分が違う。王子と使用人の恋など、おとぎ話でもない限り実る事は有り得ない。だからと言って止められないのが恋心と言うものだろう。

 少女は、フーっと溜め息を漏らしと鏡を見るのをやめた。

「さあ、ヒルート様を起こして差し上げないと。お昼過ぎまで眠ったままだわ」

 少女は慌ててベットを直し、窓を開けた。窓から朝のすがすがしい風が部屋の中に流れ込んできた。この瞬間が少女はとても好きだった。愛する人が大切にしている森の息吹きを一杯に吸い込めば、自分もこの森と同じように愛される気がした。

 大きく深呼吸をした後、部屋を出て行った。










 月の光に照らされる あなたの瞳は 

                夜の深さと金の色

 日の光に照らされる あなたの瞳は  

                輝く命の黄金の色

 あなたの瞳に映された緑は 

      朝の光を葉に抱き 大地は己が身体を温める

 あなたの瞳に愛されて 

         花達が歌い草木は踊り 水は命を讃え続ける

 あなたの愛するこの森が

       待っているのは金の瞳の目覚める時

    あなたの愛が 目覚める時 

             金の瞳が 恵みを与える


 少女は、かれこれ一時間ほど歌い続けていたが、ヒルートの起きる気配は無い。もうこれ以上待ち続ける訳にもいかない。ヒルートは、魔術を学ぶ時間が減るのをひどく嫌う。それが、自分の寝起きが悪いせいであってもだ。少女は仕方なく厚いカーテンを手繰り寄せ、窓を開けた。

 窓から差し込む日の光にヒルートがピクリと身動きした。窓から入ってきた風に金色の髪がゆれて顔にかかる。くすぐったいのか少しだけ顔を振った。

 少女は黙ったままヒルートの寝顔を眺めている。ベットの端に腕を乗せて、腰をかがめヒルートの顔と同じ高さから覗き込んだ。

(この人は、なんて美しいのかしら。サラサラの金の髪に、長いマツゲ、白い肌と紅をさした様な紅い唇。女の人だって言ってもいい位。それに、金色のあたたかな瞳に見つめられたら、この人を好きにならない人なんていないんじゃないかしら。さあ……目を開けてヒルート様)

 ヒルートの長いマツゲがピクピクと動いてゆっくりと目を開けた。

「フィーナ……歌を歌ってくれなければ、起き、られ……なぃ」

 フィーナと呼ばれた少女はニッコリ笑ってヒルートの顔にかかった髪を手で梳かしあげた。少女は、意識せずに取った自分の行動に頬を真っ赤に染め、手はかすかに震えている。それでも、気を取り直してヒルートに声をかける。

「ヒルート様、私はもう一時間も歌い続けです。くたびれてしまいました。もう起きてください。昨夜のお約束お忘れですか」

「……」

 ヒルートの返事は無い。また眠ってしまったようだ。フィーナは立ち上がって窓枠にもたれた。そして、この朝何度目になるか解らない歌を歌い始めた。


  森が歌う あなたの瞳が恋しいと

     

        風が誘う 日の光と共に踊ろうと

      

    あなたに 愛されたいと 全てのものが溜め息を漏らす


     さあ 目覚めなさい 金の瞳の愛しき人 

 

                 森が手を広げて待っている








 シルバースノーは、人間には聞き取る事のできない小さな音も聞くことが出来る。少女の滑らかにのびる美しい歌声は、シルバースノーの耳には随分前から聞こえていた。それは心地よく身体を巡り、目覚めを誘うあたたかな歌声。窓を開け放ってからは、館の中で眠っている、他の者にも聞こえている様である。其々が、起き出すかすかな物音がシルバースノーの耳に聞こえている。

 シルバースノーに抱かれるようにして、一緒に眠っていたスカイにも聞こえたようだ。スカイは朝早くにこの館に到着すると、ヒルートが其々に割り当てた客室には向かわずシルバースノーと館の前の空き地に残る事にした。やっと傍にいられる様になったのに離れるのは忍びなかったのである。

 スカイは、眠たげに目をこすりながら欠伸をした。

「スノーおはよう……この歌声は、館から聞こえてくるのか」

「キュウルルルー」

 シルバースノーが、長い首をスカイから離すと、館の一角を見た。二階にある大きな両開きの窓に、もたれるように背をあずけた女性のものらしい姿がスカイにも見えた。この目覚めを誘う、心地よい歌声がその窓から聞こえてくるのはスカイにも解った。興味を引かれてジッと見つめていると、歌い手は窓の外に顔を向けた。

 歌い続けながら、館の周りを眺めていたが、その目は自分を見つめる4つの瞳に気がついたようだ。

「キャーッ」

 甲高い悲鳴とともに、歌は終わり、歌い手は窓の向こうに姿を消した。

「スノー、お前の姿に驚いたのだろうな。恐ろしいものを見たような叫び声だった」

 スカイの言葉に、シルバースノーが反論するかのように鳴いた。

「キュルッキュル」

 アハハと笑いながら、スカイがシルバースノーの首を抱きしめた。竜の身体はウロコで覆われているが、戦闘中や飛行中以外はウロコ自体が柔らかく変化する。抱きしめても痛くはないのだ。これは、竜が生まれ持っている魔法の力である。

 だから、スカイはシルバースノーに抱かれるように、長い首を体に巻きつけてもらって眠る事ができる。スカイにとってはベットで眠るより柔らかくて暖かい彼女の身体は深い眠りを与えてくれる至福の寝所だ。でもそれは、スカイだけに限られる事かもしれない。他の者には、特にローショの様に竜を恐れる者にとっては苦痛にしかならないだろう。

「スノー、気を悪くしたのか、すまなかった。お前が美しい事は私が知っている。それだけではダメかい」

 スカイとシルバースノーがじゃれあっていると、先程の窓からヒルートが姿を見せて、こちらに手をふっているのが見えた。

「ほら、スノー。ヒルート殿だ。挨拶をしなくては」

 一際大きな声で、シルバースノーが鳴いた。

「キュルルルル〜」

 その鳴き声は、先程の歌い手に負けないぐらい心地よいと思うスカイだった。








「フィーナ来てごらん。怖がらなくって大丈夫だよ。昨夜出会ったのは、空の王子スカイに銀竜と従者、雲の姫と大地の魔術師、魔法の生き物、空の魔法の力を持った少年…それに、口の悪い青竜だが、青竜はまだ招待していない。あまり気が合いそうにないのでね。彼らは今朝から、この館のお客様になっていただいた。まずは、朝食をご馳走したい。多分、誰もが腹を減らしているだろう。十分な量を用意して欲しい」

 フィーナは、困ったように眉間にしわを寄せた。

「ヒルート様。あのー、竜は何を食べるのですか」

 フィーナの言葉にヒルートの顔がほころぶ。

「ククッ……それは、竜自身に任せた方が良いだろう。まだ子供のお前には持ちきれないだろうから」

 笑いながら言ったヒルートを、フィーナが睨んだ。

「また子ども扱いなさるんですか。それなら私にも考えがあります。ヒルート様、明日から一人で起きてくださいね。今朝もなかなか起きられなかったではありませんか。何時にお戻りになられたのですか、昨夜のお約束も破られたんです。私はもう知りませんから」

 フィーナは、ヒルートにクルリと背を向けると、部屋を出て行こうとした。

「フィッフィーナ、何処へ行く。何もそれ程怒ることではな、い……」

 もう一度ヒルートの方へ向き直ったフィーナの顔は、ニッコリ笑っていたが、目だけは笑っていない。完全に怒っている時のわざとらしい笑顔だった。

「何も怒ってなどおりません。お客様の朝食を準備するだけです」

「……」

 ヒルートは、自分より7才も年下の少女の怒りの笑顔に何も言えず、呆然と立ち尽くしていた。

(フィーナは何をそんなに怒っているのだ。私が朝まで帰らなかった事か、なかなか起きなかった事か、そんな事は今までにも有ったではないか……)

 ヒルートにはフィーナが何故怒っているのかが全く解らなかった。自分が彼女を子ども扱いしている事が、彼女を傷つけているなどとは全く気付いていない。それどころか、ヒルートは必要以上にフィーナを子ども扱いしていた。そうしないと、フィーナに惹かれていく自分の気持ちを抑える事が出来なくなりそうだったからだ。

 フィーナは、館で働く両親の元この館で生まれた。ヒルートが7才の時の事だった。フィーナの母は、ヒルートの乳母をしていた。ヒルートが生まれた時と同じ頃に子を産んでいたが、残念ながら死産だったらしい。その事を聞きつけた緑の女王が、ヒルートと共に[最果ての森]に行き、乳母としてヒルートを育てる仕事をフィーナの母親に言いつけたのである。当時、父親は城でコックをしていたし、母親は女王に仕える侍女の一人だった夫婦にとって、その仕事を断る事など出来るはずもなかった。

 母親代わりの人が生んだ、愛らしい女の子は、ヒルートにとってかけがえの無い宝物になっていった。いつも一緒にいた。少女が幼い頃は、自分のベットに連れて行って、寝かしつけたりもしたヒルートだった。どこか満たされないものを、少女を妹のように愛する事で埋めていた。

 それなのに、最近の自分は少女を女性として意識し、抑えきれない衝動に駆られる事があった。まだ、13才になったばかりの幼い少女に寄せるような感情では無いと、ヒルートは自分を戒めていた。だから、何処までも子ども扱いしなくてはならなかった。

 ヒルートの心の中など、知る由も無いフィーナは、腹を立てたまま扉の取っ手に手を掛けて開けようとしている。その時、勢いよく扉が開いた。

 中年の男が、真っ青な顔をして部屋に飛び込んできた。

「ヒルート様。大変でございます。館の前に、ぎッ銀色の竜が、竜がおります」

「父さん、あの銀竜は館のお客様なんですって。朝食をお出ししないといけないわ。一緒に用意しましょう」

 慌てて飛び込んできたのはフィーナの父親のユウサだった。館のありとあらゆる仕事を仕切っている。とは言っても、館で働く使用人は決して多くなく、数人が色んな仕事を掛け持ちでこなしていた。ユウサは、執事のようなものだが元コックであった為、厨房の仕事が一番のお気に入りである。フィーナの説明に目を丸くして聞き返してきた。

「竜には、何をお出しするんだい」

 それを聞いた、ヒルートとフィーナは二人揃って噴出していた。













 ユウサとフィーナが用意してくれた朝食は、焼きたてパンに厚切りソーセージ、山盛りのサラダに濃厚なミルク、スパイスの効いた卵料理にデザートのフルーツなどで、急にやってきたお客全員のお腹を満たすのにも十分の量があった。但し、シルバースノーは自分で朝食を調達しに出かけていたので人数には含まれない。

 リクが大きくなったお腹を摩りながら、フィーナに向かって言った。

「ねェ、フィーナちゃんだっけ、歳はいくつなの。まだ小さいのに働いてるんだ。すごいよなー」

 感心したように頷きながら話しかけたリクを、フィーナは冷めた顔で見つめ返した。

「働くのは当たり前です。私は13才ですから。幼い子供ではございませんので」

「13才って、俺とレンと同い年なんジャンって、えっと同い年じゃないですか…、だよな」

 言葉を直しながら苦労して会話をしようと努力しているリクだったが、無理しているからか言葉が続かない。仲間達がこっそり笑っているが、リクは気づかない。リクを笑っている彼の仲間達が、自分が幼く見える事を笑っていると勘違いしたフィーナは、目に怒りの涙を溜めて震える声を発した。

「ヒルート様。私はお客様の部屋を片づけに参りますので、下がらせていただいて宜しいでしょうか」

「フィーナ、泣いているのか……どうした、何処か痛むのか、腹か、我慢するのは良くない。早く言いなさい」

「何処も痛くなどございません。私は子供では有りません」

 幼い子を気遣うようなヒルートの言葉にフィーナは我慢していたものが涙と共に流れ出すのを止められなかった。クルリと身を翻すと食堂に使っている大きな部屋を小走りに出て行った。

「フィーナ……」

 何故フィーナが泣いたのか、何故怒っていたのかヒルートには分からない。今朝のフィーナは理解できない行動を取ると、首をひねるヒルートだった。その様子を見ていたレインが、横に座っているリクのわき腹を小突いた。

「リク、あなたがいけないのよ。女性に年齢なんて聞くのですもの。失礼な事よ」

「えっ、だってまだ小さな子かと思ったから、そっか……ごめん彼女に謝ってくるチュー事でって、あ〜謝ってくるよ」

 リクが、そう言って席を立とうとすると、レインがリクの腕を掴んで止めた。

「あなたが行ってもダメなんじゃないかしら。ねっヒルート様、あなたが行かれなくては」

 レインの言葉に、ヒルートは眉根を寄せて首を傾げる。

「何故、私が行かなくてはならないのです。あの子の機嫌を取るのは私の仕事ではないと思うが。レイン姫は不思議な事を言われるのだな。あなたは、城で使用人のご機嫌を取っているとでも言われるのか」

 ヒルートの妙に突っかかるような言い方に、レインはニッコリ笑って答えた。

「ええ、その者が私にとって掛け替えの無い存在ならば、機嫌をとりますわ。それに、フィーナが決定的に怒ったのは、ヒルート様あなたのせいではありませんか。リクが悪いのでは無いわ。リクは怒るキッカケを与えてしまっただけですもの」

 レインは、朝食の間ずっと給仕をしてくれていたフィーナと、彼女を見つめるヒルートの様子を盗み見ていた。恋する女の勘は、同じように恋する者を見抜いてしまうらしい。

 お互いを想いながらも自分を抑えている二人の様子は、レインには歯がゆいばかりだったし、障害の多い恋をしているレインには、フィーナは同志のように思えたから応援したいと考えてもいた。

 そんな自分達を見抜かれているとも知らないヒルートは、額に人差し指をあてがって考え込む様な仕草を見せる。(レイン姫は何を言っているのだ。フィーナの何を知っている、ついさっき会ったばかりではないか。生意気な顔をして一人前の女のつもりか。私の何が悪いと言うのだ)イライラを表には出さないように、ヒルートは優しそうな大人の笑顔を作った。

「レイン姫は心の広い方のようだ。使用人の機嫌にまで心を砕かれる。[雲の城]に働く者たちは、なんと果報者か。フィーナも姫の城で働く事が出来れば、機嫌を悪くする事も無くなってさぞかし幸せに暮らせるだろう」

 ヒルートの反論に、レインの瞳が大きく開いた。

「ヒルート様。何の嫌味をおっしゃっておられるのですか。私は、フィーナの気持ちを考えて欲しいだけです。ついでに、ご自分の気持ちにも正直になられてはいかがですか」

 レインの瞳の色がグッと濃くなって嵐を予感させるのを、リクは見逃さなかった。ヒルートの金の瞳も、怒りをあらわにしていた。リクは勢いよく椅子から立ち上がると、大きく手を広げて叫んだ。

「やっぱり俺が悪かったんだ。謝りに行くから、レンもついて来てよ。ナッ早く」

 リクは、レインの腕を掴むとそのまま歩き出した。リクに引きずられる様に、レインはフィーナの出て行った扉をくぐった。背中で扉がバタンと閉じた。レンは、リクの手を自分の腕から振り払った。

「リク。あなたが謝っても仕方ないのよ。何考えてるの。あのヒネクレ王子が行かなければ意味がないのよ」

 レインの肩にそっと手を置いて、リクがレインの髪を撫でる。

「レン……ごめん。俺、よく分かんない。でも、レンは笑ってる方が可愛いのは分かるんだ」

 レインは、自分の耳元でささやかれる声に、怒りが収まって行くのを感じた。

「魔法を使わなくてもあなたは私を癒す名人なのね。あのままでは、ヒルート様とケンカになっていたわね。ありがとうリク。ネッこのまま散歩に行かない」

「そうだな。フィーナが何処にいるかも分かんねーし、いやっ分かんないし、どうせ俺なんかが謝りに行っても、何にもならないらしいしな。行こうか」

 食堂に残してきた仲間達やヒルートの事など忘れたかのように、リクとレインは手を繋いで歩き始めた。見つめあったり、笑いあったりしながら歩いていく二人の頬は真っ赤に染まっていた。きっと心臓はドキドキと高鳴っている事だろう。どうも、恋する若者は身勝手な行動をしたがるものらしい。周りが振り回されている事など、思いもよらないのだろう。









 リクとレインが外に出ると、早朝の冷え込みが嘘のように暖かい日差しが降り注ぎ、大地からもホンワリとした温もりが伝わってくる。花は我先に咲き誇り、緑も寒い季節を前にしているとは思えないほど青々と輝いている。小鳥はさえずり、小さな動物達が草の間や木の枝を動く気配があちらこちらから聞こえてくる。

 レインは大きく深呼吸した。

「この最果ての森は全ての命が輝いているのね。緑の領域でも、冬はやってくるって聞いているのだけど、この森は違うのかしら。まるで今から暖かい季節にでもなるみたいだわ」

「ん、うん……」

 レインの言葉に、リクが気の無い返事を返した。そんなリクをレインが首を傾げて見つめた。

「リク、どうしたの。何、何を見てるの」

 リクの見つめる先を追ったレインの瞳に、走り去るフーミィの姿が小さく映った。

「あら、あの子何処に行く気かしら、凄く急いでいるようね」

 フーミィを見つめるリクの目が細くなった。レインにもリクの身体から流れ出る癒しの魔法の気配が感じられた。

「あいつ、スンゲー不安みたいだ。動揺してる。必死になって何かを探そうとしてる」

 レインがリクの腕を引っ張って言った。

「追いかけましょう。何かあったのかもしれない」

「あっ、うっうん」

 二人は、フーミィを追って、ヒルートの館へやってきた時に上空を通過した森に、今度は自分達の足で、駆け込んで行った。







 

 

 魔法の生き物フーミィは、一体何処に向かったのでしょうか。

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