表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨のリズム  作者: 海来
20/94

[20] 緑の城の王子

ヒルートの放った妖精のウェブを、簡単に外してしまったリク、彼にはどんな力が備わっているのでしょうか? 

 真夜中をかなり過ぎ傾きかけた今夜の月は、その光を隠す雲は無く森の木の間からでもいまだに小さな空き地の様子を隠すところなく照らし出していた。

 その月の光を受けて輝くヒルートの金色の瞳は、妖精に張らせたウェブを、いとも簡単に破ってしまった少年と魔法の生き物に釘付けになっていた。

 タカとレインは、ブルーリーが消えた後の硬い岩と化した地面に仰向けに横たわっていた。タカの胸の上にはフーミィが首にしがみつくように乗っていて、リクは二人の間にあぐらをかいて座っている。その目は今もフーミィに向けられていたが、やっと自分を見つめ続けるヒルートの視線に気付いた。

「こんばんは。この生きもんってオニーさんのペットですか」

 リクのとぼけた質問に、我に返ったヒルートが呪文のような言葉をとなえた。

「リク」

 とレインが叫び。 

「逃げろ」

 とローショが少し離れた場所から叫んだ。

「バカ」

 と叫んだのは、タカとスカイだった。

「誰だぁ〜バカっつったの。で、逃げろって何」

 リクがいつもの様に軽い口調で切り返す。身体は動かす事が出来ない為、レインもタカも目の前のリクをただ見つめていた。皆、リクまでブルーリーと同じように地面の下に消えるものと思っていた。だが、何も起こらない。

「何ともないのか、リク」

 タカは心配顔で聞いているが、リクは先程と変わらずぶつぶつと文句を言いながらフーミィにもう一度手を出しかけていた。今度こそ自分がこの生き物を抱っこするぞとでも言うような変な自信がみなぎっている。

 リクを見つめるヒルートの瞳が細められた。怒っていると言うより探っている目つきで、リクの様子を窺っている。

「お前は何者だ。大地の妖精が契約を破ってまで救おうとする者とは……お前は普通の魔術師ではないのか」

 リクは、首をかしげた。

「俺、ん〜よく普通の神経じゃないっては言われんだけど、普通の魔術師ってのもわかんねーなぁ」

「お前は私をバカにしているのか。私が聞いていることに答えろ。妖精の術が使えなくとも魔法の力を使えばお前などどうにでもできる。早く答えた方が身のためだ」

 その言葉を聞いてさすがのリクも相手の敵意を感じた。周りの仲間達をぐるっと見渡してやっと事の次第が飲み込めたようだ。

「もしかして、みんな動けないってこと。捕まってんのか、やっべー」

 言うが早いかリクが走り出した。

「逃がさんぞ」

 ヒルートが瞳をカッと見開いたとたん、走っていたリクの腕と足は何かに絡め取られたように後ろに引っ張られ、身体が前のめりに倒れた。

「くっそっ痛ってェ〜」

「リク殿、大丈夫ですか」

 リクは、転がった自分の上から掛けられた声に頭を上げた。ローショの心配そうな目が直ぐ上から見下ろしていた。リクが、瞬時に魔法で足を絡め取られたのは、ローショが座ったままウェブに捕らわれている場所だったらしい。タカとレインが横たわったまま捕らわれている為、自分達には見えないリクを心配して、口々にリクを呼んでいる。リクは、タカとレインに向かって大きな声で返事をする。

「ごめん。捕まっちまった。かっこワリ〜ぺッぺッ」

 リクは、顔面着地をしたために口の中に入った土と草を唾と血とともに吐き出した。その間にヒルートがリクの直ぐ後ろに近付いてきた。その顔には相手を馬鹿にした笑みが戻っている。

「逃げられなくて残念だったな。走って逃げるとは、私を何処までも馬鹿にするつもりなのだ。それとも本当の馬鹿なのか、いや本物の馬鹿に違いない」

 リクは魔法で手足を拘束されていたが、身体をひねって起き上がる事は出来た。少し、バランスを崩して、ローショにもたれかかる様な体勢になりながら、ヒルートを睨み返した。

「あんた、バカバカって繰り返すの止めてくんないかなァ〜ムカツクんだよ。おまけに魔法使うなんて卑怯じゃネーカ。それにィその顔、イヤミったらしくて見てるだけでゲッて感じ。近所のクソババアみて〜なんだよ」

 ヒルートはムッとした表情になってリクの前髪をグッと掴み顔を無理な角度までのけぞらせた。ヒルートの手にはいつの間にか小ぶりの短剣が握られていた。それを無理に反らされたリクの首にそっとあてがう。

「お前は、礼儀正しく話すと言う事を親に教えてもらわなかったのか。せめて自分の命が危ない時には、相手を怒らせない方が良いこと位は教えてもらっておくべきだったな」

 ヒルートがスッと短剣を横に滑らせると、リクの首に、赤い血が一筋流れた。リクは一瞬痛みと恐怖を感じたが、自分の前髪をきつく握っている手から相手の感情が流れ込んできて、恐怖を押さえ込んでしまった。

 その感情は、全てを諦めた者の持つ冷めた心。その氷の様に冷たい表面の下には本来持っている優しさが出口を探して彷徨っている様に感じた。だが、確かに怒りも感じる。何かによって傷つけられた者の怒りだ。リクは、この怒りを静めることが出来ればこの状態を切り抜けられるかもしれないと思った。

 この青年が、人を殺すどころか他人を傷つけた自らを嫌悪し、怒りに任せてやってしまった事を後悔し始めているのも、リクは感じ取っていた。

 前髪を掴んでいる手に、リクは自らの頭をグッと押し付けて、癒しの魔法を送り込んだ。ヒルートがリクを見つめた。短剣がリクの首からゆっくり外れる。

「なんだ…これは」

 ヒルートは、自分の手から優しく流れ込んでくる暖かい魔法を感じていた。捕らえた相手から送り込まれる魔法は、危険で直ぐにでも断ち切らなければならない事は十分に承知していた。なのに、魔法が自分の心を、優しく癒していく感覚に手を引く事が出来なかった。そして、危険を回避する事以上に、初めて目にする魔法に対する探究心が勝ってしまった。

 ヒルートの中に流れ込んだ癒しの魔法は、ブルーリーから受けた侮辱の為に自分では抑えきれなくなっていた怒りをそっと撫でる様に包み込み、心の奥底にある心の痛みの根源との繋がりを断ち切った。そして、流れ込んできた時と同じように、優しくヒルートの怒りを連れてひいていった。

 ヒルートは、リクの前髪から手を引き抜いた。

「心の癒し手…お前は、やはり大地の魔術師だったのか」

 リクを見つめるヒルートの眼差しには今までのバカにしたような光はなく、ただ驚きが浮かんでいた。

「大地の魔術師じゃねーって。魔法が使えるようになったのだって、つい最近なんだから」

 ヒルートは、小さく首を振る。

「そんなはずが無い。心の癒し手は、大地の魔術師にしか現れない。それも、この数百年一人も現れていないはず……」

 ヒルートは、呆然と立ち尽くしていた。その時、大振りの剣がヒルートの首の真横でピタッと止まった。

「魔法使い殿。皆の拘束を解いていただきたい。さもなくば、あなたの首をこの剣先がえぐる事になる」

 いつの間に妖精のウェブを外したのか、ローショがリクの身体を支えながら、ヒルートに剣を突きつけていた。

「まさか……なぜウェブが外れている……」

「リク殿が私にもたれた時に勝手に外れた。そんな事よりも早く私の願いを聞き入れられたほうがよろしいのではないか。あなたが魔法を使うより早く、私はあなたを仕留められる自信がある」

 ヒルートは短剣を足元に落とし、両手を挙げた。

「勿論、妖精のウェブは外させてもらう。彼が大地の魔術師だと解ったのだから、大地の妖精が張るウェブなど何の意味も無い。大地の妖精は彼の指示に従うのだから」

 ヒルートは、小さく呪文を唱えウェブとリクを拘束していた魔法を解いていった。その後、ローショの突き出している大剣を無視するように、ヒルートはクルリと身を翻して立ち去ろうとしたが、二三歩歩いただけで、思いついたように振り返った。

「大地の魔術師。私の館でお前の魔法の力について語り合って過ごすというのはどうだ。私は、魔法の研究をしている。向学のために話しを聞きたいのだ」

 それを聞いたリクが、もろに嫌な顔をした。

「それって、勉強しようって誘ってんのかよ。マジ有り得ねーし。俺って勉強嫌いな人なんだよねェ〜絶対ムリだから」

 そう答えたリクの横にいつの間にか来ていたレインは、ヒルートを睨みつけて怒った。

「あなた、何を考えているの。リクを殺そうとしておいて、何が語り合おうよ。聞いて呆れるわ。謝罪は無いの、どう言う神経をしているのよ」

 レインの物凄い剣幕にリクは驚いていた。だが、この怒りは自分を思っての怒りだということは解っていた。リクは、この怒りを静めるにはどうするのが良いのだろうと無い知恵を絞り始めた。(こんな時、母さんだったら何て言えば笑ってくれるかな。でも、母さんと同じでいいのか)

「あのさ、レン。こいつってそんな悪い奴じゃないんだって。俺の事も、本気で殺す気なんか無かったんだから、ね」

「そんな事問題じゃないわ。ここの領主だかな何だか知らないけど、リクを傷つけるなんて許せない。私がどれだけ心配したと思ってるの。心配したのよ」

 レインは泣き出してしまった。リクは、慌ててレインの顔を覗き込む。

「ごめん。泣かないで、俺の事心配してくれたんだ。ありがとうレン」

 レインの頭をなでながら、リクは必死でレインをなだめていた。リクが、この後どうすれば泣き止んでくれるのだろうと思いあぐねていると、スカイが近付いてきてレインの肩に手を置いた。

「レイン、君の気持ちはよく解る。でも、少し落ち着いた方がいい。リクも困っているし彼の困った顔は見たくないだろう。もう泣き止んだ方がいい」

 スカイに反論しそうになったレインだが、リクの困ったような顔を見て、次の言葉が出てこなくなった。スカイは、ヒルートの前に立つと、目上の者にするように、敬意を込めて一礼した。

「緑の王子ヒルート殿ではございませんか」

 スカイの一言に、仲間達の視線は全てヒルートに向けられた。ヒルートの金の瞳が、相手を値踏みするようにグッと細められた。






ヒルートは[緑の城]の王子なのでしょうか? 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
http://www.honnavi2.sakura.ne.jp/modules/yomi/rank.php?mode=r_link&id=6800
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ