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雨のリズム  作者: 海来
19/94

[19] 妖精使い

 今夜は誰も、ゆっくり寝られそうにはありません。

 自らが張った結界の直ぐ際まで黒い影が近付いていた事に気付かずに、ズカーショラルの妻アキルは、結界の中で目を閉じて眠る努力をしていた。

 明日からの追尾を考えると少しでも睡眠を取っておかなければいけないことは解っている。フーミィがレイン一行に加わったことで、内情を探るのは楽になったが銀竜を伴う一行の追尾は、細心の注意と技術が必要で精神力も魔法の力もかなり消耗する。

「ふ〜」

 なかなか寝付かれず溜め息が出てしまう。若い頃はこんな所でも直ぐに寝られたものだったとアキルは思う。けれど、彼女も40才半ばを過ぎ体力気力共に下り坂になっていたし、野宿をしなければならないような仕事はここ何十年もしていない。

 魔術学校は時折極秘に仕事の依頼を受ける。人を探す、癒やす、情報収集など他にも色々な依頼を受けるが、その中の追尾が彼女の担当だったのはもう20年も前の事である。

 20年前に、アキル自身が生んだ娘のユージュアが生命の巫女として女神に仕える為に連れ去られてからは、夫であるズカーショラルが彼女を一人にさせるのを拒んでいた。その為、学校の講義以外の極秘の仕事は他の教師が担当する事になってしまったのだ。

 だが、今回は特別だった。魔術学校が直接受けた依頼ではなかった事もあるが、夫の無二の親友であるタナトシュが執事を務める[雲の城]の皇女を追わなければならず、他の者には任せたくなかった。タナトシュが今でも夫を支えてくれている恩に報いる為、と言うのが特別にアキルが追尾を買って出た表向きの理由だった。

 それとは別のもう一つの理由に夫は気付いているだろうかと、アキルは思った。この20年の間、ズカーショラルは妻の傍を離れる事は無かった。仕事で遠出する時は、必ず妻を同行させた。ズカーショラルは妻を今でも愛していたし、妻の身を案じていた。妻がいつか自分の元を去り、娘を求めて水の領域に足を踏み入れ、彷徨い続けたあげく命を落とすのではないかと言う不安が夫にはいつも付きまとっていた。

 夫を以前のように愛する事をアキルはこの20年間拒絶していた。ユージュアを失った事を受け入れられないのと同じように、夫の愛を受け入れられずにいた。夫のズカーショラルを拒絶し傷つける事でアキルは自分を保っているようなものだった。

 そんなアキルにとって、ずっと傍を離れない夫の行動は息が詰まるほど重かった。しかし、重いはずの夫の愛情が、20年の時を経てアキルの気持ちを変化させ始めたのも事実で、その事にアキル自身が戸惑っていた。その戸惑いを夫には気付かれたくなった。長い間、ズカーショラルを拒絶してきた自分を、アキルは許せずに苦しんでいた。今更、夫の愛を受け入れる資格は自分にはないと思うと、ズカーショラルの傍にいるのは、アキルにとって今まで以上に辛いことになってしまっていた。

 そんな思いが、アキルがこの追尾を買って出た本当の理由だった。それでも、唯一アキルを夫の元に留まらせていた存在である、魔法の生き物フーミィを[雲の城]に置いて来るのは辛かった。

 フーミィをユージュアとして育てる事がアキルの生きる意味の全てと言ってよかったのだ。アキルは、ズカーショラルがフーミィを手離して、自分のところに送った理由に察しがついた。

「ズカー。だから、あなたはあの子をここに送ったのね。私が淋しくないように。いつも私達の事を……そう、私達家族の事を考えてくれるのね」

 アキルは胸が熱くなった。自分を受け入れないどころか、その愛をも拒絶している妻をいまだに思いやり、愛し続けてくれるズカーショラルが愛しく思える。

 この深い絆が娘を生命の巫女としてこの世に転生させた原因だと解っていても、拒絶しようとしても、やはり変わらぬ絆だと気付いてしまった。アキルは、夫とユージュアの顔を思い浮かべてみる。

 頭の中に浮かんだユージュアの顔は、4歳の頃のままで、髪はゆるくかかった天然のカールでアキルと同じ栗色をしていて瞳は丸くて黒に近い茶色、頬をバラ色に染めてはにかむ様に笑いながら父親に抱かれている。

 その愛らしい顔を思い浮かべていたはずが、いつの間にか夫がフーミィと呼んでいる魔法の生き物に姿を変える。フーミィはズカーショラルに抱きしめられて心地よさそうに微笑んでいる。ユージュアではなくフーミィの存在がアキルの心を和ませていた。最近になって時々こんな事が起きる。

 アキルは、ユージュアの姿を思い浮かべるのを持続できなくなっていた。と言うのも、現実でもアキルの目の前で、ユージュアは魔法の生き物フーミィの姿に戻ってしまう事が多くなっていたからだった。

 フーミィは、見詰め合った相手が心の底で強く想う者に姿を変える魔法の力を持っている。その力が弱まっているだけなのか、それとも自分の持つ娘の記憶が薄れているのか、アキルは同じ疑問を繰り返し考える事が多くなっていた。

 考えれば考えるほどに、不安は大きくなっていく。

「いいえ……私はユージュアを忘れたりしない。忘れるものですか」

 アキルには、その訳がわからなかった。今夜は、眠れそうに無いと思いながら、アキルはもう一度目を閉じた。 

 



 





 アキルが結界を張ってから動き出した黒い影は、一度アキルの傍までやってきたが、そのまま結界から流れる魔術の気配を辿ってレイン達のいる方向へ姿を消した。

 その動きは、まるで実態を持たない者のようで、動くたびに影がゆらめき、形を変えた。

 影は、アキルが今一度眠ろうと目を閉じたこの時には、既に飛び出した木の間に戻ってきていた。アキルが結界を張った場所から少し離れた木の間、今しがた影が戻った場所から深緑色のローブに身を包んだ人間が姿を現した。月の光を反射して輝いた瞳は、金色だった。

「ご苦労様、夜の妖精。君達はとても良いお使いだ。もう遊びに行ってかまわない。さぁ」

 深緑色のローブの人物がそう囁くと、黒い影はパッと散って、小さな粒に分かれた。よく見ると、其々が半透明の小さな翼を持った妖精だった。妖精たちは、少しの間ローブの人物の周りを飛び跳ねていたが、少しずつの塊になってそのうち何処かへ姿を消した。

「この女、変わった連中を監視しているようだ。今夜は面白い事が起きそうじゃないか」

 ローブに身を包んだ青年が小声で呟いた。深緑のローブの横に、もう一人現れた。それは、小柄な少女だった。彼女は、緑の瞳の上にある整えていない子供っぽい眉毛をキュッとしかめて拗ねているようだ。

「私は、おもしろくなどございません。ヒルート様との久しぶりの夜の散歩が台無しです」

 そう言った少女はプイッと顔を横に向けた。ヒルートと呼ばれた青年は、可笑しそうにククッと笑うと少女の頭を優しく包み込むように抱きしめた。

「ごめん、ごめん。でもね、ここは私の領地だ。私は自分の領地で起きている事を知らねばならない。品行方正な良き領主でありたいとは思わないが、この地において私は私の知らぬところで事が起きるのは好まない。特によそ者がしでかす事はね」

 ヒルートの言葉に、少女はコクリと頷いた。

「どんな人達なんですか。あの魔術師が監視してるのは」

 ヒルートは、笑顔のまま少女の顔を覗き込むと優しく話しかける。

「銀竜と青竜を連れているらしい。これだけでも珍しいが、人間も色んな人種みたいなんだ。雲と大地と空の魔法の力をそれぞれに持った者が三人いるし、魔法を全く持っていない者、それに全てが魔法でできた生き物までいるんだ。夜の妖精達は面白い組み合わせだと笑っていたよ。彼らは、家族を呼んで銀竜と魔法の生き物をもう一度見に行くそうだよ」

 少女は、目を輝かせた。

「全てが魔法でできた生き物と銀竜ですか。私も見てみたいです」

 ヒルートは、眉根を寄せて少女を見つめた。

「お前は魔法の生き物となると、どんなものでも可愛いと思っている。見た目とは違うかもしれないし、今回のは見た目だって恐ろしいかもしれないよ。魔法の生き物は結構危険なものが多い。気を付けなければいけない」

「大丈夫です。ヒルート様が一緒ですから心配ありません」

 真剣に見つめ返す少女に、ヒルートは大きく首を振る。

「お前を魔法で屋敷に送り返そう。一人で夜道を歩かせるわけには行かないからね。目を開けたら、お前は、自分のベットの上だ」

「嫌です。一緒に居ます。一人だけ帰るなんて嫌です」

 ヒルートは、左右にブンブンと首を振った少女の顔を優しく両手で包み込むと額に軽く口づけてから、少女の瞳を見つめた。

「いや、駄目だ。これから何が起きるか解らないんだ。お前を危険な目には遭わせられない。先にお帰り。そして、朝には私を起こしに来ておくれ。それはお前にしか出来ないのだから、いいね」

 少女は口を尖らせていたが、しぶしぶ頷いた。本当は、朝に自分を起こして欲しいと言ったヒルートの言葉が嬉しくて、自分だけが独占できる朝のヒルートとの時間の事を思い浮かべるだけで、顔がにやけてしまいそうだったのだが、自分がそんな些細な事で喜んでいるなど、恥ずかしくてヒルートには知られたくなかったからわざと不機嫌そうにしていた。少女は、顔を上げてヒルートを見つめて言った。

「朝になって、いつも以上に寝起きが悪いと私の魔法の歌でも起こせませんからね。早く帰ってきてくださいね。約束を守っていただけないなら、もう歌いませんから」

 わざとすねた表情は子供っぽいはずなのにやけに艶を帯びていて、ヒルートは一瞬ドキッとしてしまう。そんな自分を少女に知られるのは大人のプライドが許さない。すかさず笑顔を作った。

「はい。かしこまりました。私の目覚めには、あなたの歌が必要です。仰せの通りにいたしましょう。女王様」

 どう見ても女王には見えない少女に、ヒルートはわざとらしくお辞儀をして見せた。

「まあ、女王様ですって」

 少女の顔が笑顔になるのを確認すると、ヒルートは意識を集中させた。

 少女の身体がゆらめいたと思った瞬間、その姿はその場から消えうせた。一瞬にして自分のベットに戻されて笑顔がふくれっ面に変わり枕を投げた少女の姿をヒルートは魔法の力で確認した。

「やはり、まだまだ子供ではないか。何を焦っているのだ私は……」

 ヒルートは少女の事から無理やり気持ちを切り替えて意識をもう一度集中し直し、自分の身体に浮遊の魔法をかけた。ヒルートの身体は音も無く木の間を縫って移動しアキルの張った結界の前でピタリと停まった。結界の中で目を閉じている中年の女魔術師をジッと見据える。

「まだ、起きているのでしょう。夜更かしは身体に悪い。早くお休みにならなくては」

 そう話しかけたヒルートを、結界の中のアキルが目を大きく見開いて見つめた。結界の中のアキルの姿を捉えられる者など、ほとんどいない筈だった。何の防御も取れないまま、結界に守られているはずのアキルの身体がガクリと崩れ落ちた。アキルの横たわった直ぐ下の地面から生えていた草がスルスルと伸びて身体を包み込むように絡まった。

「私は女性には優しいのですよ。ご婦人を土の上に寝かせるわけにはいきませんからね。草のベットで申し訳ないが、ゆっくり休んでください」

 ヒルートは既に意識を無くしているアキルの指からのびる魔術の気配を目で追ってから、それを辿るように移動し始めた。

 ヒルートは、もう一度アキルを見た。その目には、明らかに軽蔑の色が浮かんでいた。

「女魔術師殿。魔法使いにしてやられたと知った時、あなたはどんな顔をするのでしょうね。でも、あなたが悪いのですよ。私の領地で魔術など使うものだから」

 移動を続けるヒルートの口元が、片方に歪んで皮肉な笑みを作った。

    










 シルバースノーは何かの気配を感じた。それはいつも存在している気配、木や草花の中に、水の中に、雲の中に、風の中に、あらゆるものの中に存在する妖精の気配である。

 だが、今夜はいつもと少し違うようなのだ。集まりすぎている様に思えた。妖精に直接話しかけても、返事は無い。何かまずい事になっていると思った瞬間、シルバースノーは自分とスカイを絡め取った妖精のウェブ(くもの巣の様な網)を感じ、身動きできなくなってしまった。

 声を出して他の者に危険を知らせようにも手遅れだった。皆が一斉にウェブに捕らわれていた。レインとタカは不安げに目を動かして辺りを窺いながら囁きあっている。ブルーリーは怒りをあらわにして燃えるような目で睨んでいる。

 ただ一人、どこまでも図太い神経できっと天地がひっくり返っても起きないだろうと思われるリクだけが心地よい寝息を立てて眠っていた。

 いや、もう一匹、タカの腕の中に潜り込んでいたフーミィもすやすやと眠っていた。シルバースノーは、ウェブを弾き飛ばそうと魔法の力を集めた。その時、シルバースノーの背後から声が聞こえた。

「美しい銀の翼の竜殿。わが領地へようこそ。無駄な努力はお止めください。大切な翼が傷むのは勿体ない。ところで、公式の訪問を知らせる文書は頂いておりませんが、何用でわが領地へおいでになったのでしょう。おっと失礼した、名乗るのを忘れておりました。私はこの地の領主、緑の魔法使いです。以後お見知りおきを」

 皮肉と嘲りを隠す様子も無い冷ややかな声だった。シルバースノーの目の前に、滑るように現れたローブ姿の青年の瞳は、月の光に照らされて金色に輝いていた。

「もしかして、私の魔法の研究にその身体を提供する、その貴い行いのためにわざわざいらしたのですか。青竜などと違い銀竜の魔法を研究できるなど、滅多に無い事。ありがたくお受けしますよ」

 その言葉に怒りをぶつけたのは、シルバースノーではなくブルーリーだった。

『何をほざいている。緑の魔法使いが聞いて呆れるわ。高だか妖精使いの分際で、銀竜の魔法を研究するなどできるはずも無かろう。下らぬ事をほざいてないで早くウェブを解く事だ。身の程知らずの愚か者が』

 今まで、皮肉な笑みを浮かべていたヒルートの顔が、一瞬で強張った。もとから白かったヒルートの肌は今や蝋人形のように生気を失い金色の瞳だけが異様に熱を帯びたように輝いていた。

「青竜よ。お前は自分の吐いたセリフを忘れたなどとは言わぬだろうな。お前は、自分の愚かさを後悔しながら暗黒の中でその生涯を送る事になるのだ。己の言葉を忘れるような愚か者では面白味が欠けてしまう。そんな勿体無いことはないのでな」

 ヒルートが呪文のような言葉を発すると、ブルーリーの身体が地面に沈み始めた。絶叫となったブルーリーの鳴き声は森の中にこだました。すっかりブルーリーの身体が地面の下に隠れると鳴き声も聞こえなくなった。

 ブルーリーの腹にもたれていたレインとタカは、ブルーリーの沈んだ地面が岩のように硬くなったのを背中で感じた。その岩がどれほど硬いかは岩の冷たさと一緒に二人の背中に伝わってくる。

 震える声を搾り出すように、タカが叫んだ。

「何をした。ブルーリーを何処へやった答えろ」

 ヒルートは冷たい瞳でタカを見た。蝋人形のようなその表情からは何も窺えない。

「何処へやっただと。知りたければお前も後を追わせてやろう」

 ヒルートが口を開きかけたその時、フーミィがタカの腕の間から飛び出して、タカにしっかりしがみ付いた。

「ターカは何処にも行かない。ターカはフーミィと一緒。何処にも行かない」

 ヒルートはフーミィを凝視した。妖精のウェブを抜けられるものなどいるはずが無かったのだ。

「どんな魔法でも、世界に同化している妖精のウェブを破る事は出来ない…はず…」

 ヒルートがフーミィに目を奪われていた隙に動いた者がいた。

「アッレェ〜おっかしいなぁ。ブルーリーと寝てたはずなのに。地べたじゃさっみ〜じゃん。あれっ、兄ちゃん、それ何、カッワイイな俺にも抱っこさせてよ」

 今までの出来事を全く知らない眠気まなこリクが、タカにしがみついているフーミィに手を出した。

 リクは、フーミィのわきの下に手を入れて思いっきり引き寄せようとしている。

「何こいつ。離れねーよ。こっちに来いって」

 乱暴に身体を捕まれながらフーミィが叫んだ。

「バカやめて。リーク止めてったら、やめて」

 リクがぱっと手を離した。

「お前、何で俺の名前知ってんの。どっかで会ったっけ、会ってたら忘れねーよな。てかさ、しゃべってるよ、こいつ。すげーじゃん」

 ヒルートを除いて、その場にいたウェブに捕らわれたままの全ての者の口から溜め息がもれた。




 ヒルートは、ブルーリーを何処へやったのでしょうか? どこまでも、オトボケなリクは、みんなの助けになれるでしょうか?

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