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雨のリズム  作者: 海来
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[17] 世界を救う命

ズカーショラルと妻のアキルの間に生まれたユージュア。この家族の過去から、思わぬ世界の秘密が明かされます。

 ……私達夫婦は、同じ孤児院で育ったのです。

 互いに強い魔法の力を持っていたせいか、幼い頃からお互いをよく理解できましたし、仲がよくいつも一緒でした。当時の校長に見出され、魔術学校に入学したのも同じ年でした。

 魔術学校に入ってからも、親の無い無一文の私達に対する風当たりは相当ひどいものでした。ですが私には、ありがたいことにタナトシュと言う親友が出来ました。彼は、私が孤児であることも、無一文で学校の下働きをしながら学んでいた事も、全く意に介さず一人の人間として友にしてくれました。

 ですが、アキルの周りには彼女を受け入れてくれる人間はいなかった。当然のように彼女には私しか居ませんでしたから私を頼ってくる。そんな彼女を愛しいと思うようになるのに時間は掛かりませんでした。私達は、深く強い絆で結ばれていました。

 魔術学校を卒業して教師となる為の学校に通うのは大金が必要でしたが、二人の魔法の力が他者をかなり上回り成績も優秀でしたので奨学金を得る事が出来ました。私達は互いに高めあいながら学び、無事に二人とも魔術学校の教師の仕事にも就くことが出来たのです。

 魔術学校の教師になって何年か過ぎた頃アキルはお腹に命を宿しました。当然のように私達は結婚し数ヵ月後には女の子が生まれました。

 名前をユージュアと名づけ慈しんで育てました。自分達が知ることの出来なかった親の愛をユージュアには存分に味わって欲しかった。私達家族は幸せに暮らしていたのです。そう、あの方が私達の幸福に足を踏み入れるまでは。

 その日も三人で昼食をとっていました。ユージュアはもう直ぐ4歳になろうとしていました。ユージュアは、嫌いな野菜を食べずに済まそうと母親の目を盗みテーブルの下に落としていました。私は知っていて、いつもの様に知らぬ顔をして、ユージュアにだけ解るようにウィンクして見せました。

 妻は、そんな私とユージュアの耳をキュッと引っ張って

「私をごまかそうなんて、あなた達イイ度胸ね。晩御飯は野菜ばかりにしてしまうわよ」

 と笑いながら怒っていました。笑い声が、部屋一杯に広がったその時、私達しかいなかったはずの部屋に、見たことも無い女性が一人立っていたのです。

 彼女の銀色に輝く髪は、終わり無く続く川の流れの様でした。身体から穏やかに光を放ち肌は色など無いかと思えるほど透き通って美しかった。

『生命の巫女。この時を待っていました。この数百年そなたの転生はなされなかった。その間にも滅びは進んでいるのです。早く手を打たねば私の手にも負えなくなってしまうのです。さあ、共に[水の宮殿]へ参りましょう』

 彼女の声は、川のせせらぎの様で、とても心地よかった。しかし、見た目の異質な美しさと同様にその声も人間を超越した存在である事を私達に理解させたのです。

「生命の女神…」

 私は、ユージュアを見つめ手を差し伸べる彼女に向かって呟いていました。彼女は、初めて私達の存在に気付いたように、少し眉を寄せて私達夫婦に語り掛けました。

「人の子よ。この世に私の大切な巫女を送り出してくれた事に礼を言います。ですが、この子の事は忘れるのです。生命の巫女は女神である私に仕える者。人の子であるそなた等には触れることの許されぬ存在なのです」

 言い終わるか終わらないかのうちに、女神はユージュアをその手に包み込むようにして、そのまま一緒に姿を消しました。私は、目の前で起きた事実を受け止める事ができないまま、呆然と立ち尽くしていました。

 どの位そうしていたのでしょうか、私は自分の腕に激しい痛みを感じて我に返ったのです。私の左腕には妻がしがみついていました。妻は私の腕に力いっぱい爪を立てながら娘の名を叫び続けていたのです。彼女の指は、私の血で赤く染まっていました。

 私は妻をなだめ落ち着かせようと努力しました。しかし、彼女は錯乱状態のまま追尾の魔術を使ってユージュアを追おうとしたのです。人間を超えた存在である女神を追尾するなど出来はしないのは解っていました。しかし、私には妻について行く事しか出来なかったのです。それが、再び辛い別れに出会うことになるとわかっていても、妻を一人で行かせることは出来ませんでした。

 追尾の魔術はとうに追う相手を見失っていました。しかし、女神の住む場所はわかっています。水の領域にある[水の宮殿]、誰もある場所など知らない、行く事の叶わぬ聖域です。

 私達は、移動の魔術を繰り返し、水の領域にたどり着きました。ですが、水の領域に入った私達は、当然のように迷い彷徨って数日を過ごしました。水の領域では、時の流れは意味を持たないようでした。一日が果てしなく長かったり、あっという間に終わったりするのです。自分達が、何のためにここへ来たのかも、ぼんやりとした意識の中で解らなくなりかけていた時でした。私達の前にユージュアが現れました。

 娘は、ユージュアであって、既にユージュアではありませんでした。生命の巫女になっていました。声も姿もそのままなのに、私達のユージュアでは無いのだけは、ハッキリと解るのです。

 巫女は、私達夫婦の前に音も無く進んできました。

「人の子よ。そなた等は何ゆえこの領域を立ち去らぬ。この領域は[生と死を司る泉]を守る聖なる領域。私を生み出したと言えどもここに留まる事は許されん。巫女に親はおらぬのだ。そなた等は、私をこの世に送り出した器にすぎん。さあ、この領域から早々に立ち去るのだ」

 感情のこもらない瞳が、私達を捉えていました。私はうな垂れるしかなかったが、妻は巫女に近付いて話しかけました。

「ユージュア。私を忘れてなどいないわね。私達と過ごした幸せな時間を忘れてなど無いわよね。ユージュアお家に帰りましょう。こんな事は悪い夢だわ。お家に帰ってゆっくり眠りましょう。そうすれば、悪い夢など消えてなくなる。ね、お母さんと一緒に」

 そう言いながら妻は巫女の腕を掴もうとしたのです。

「触れるでない。下がれ」

 巫女は冷たく言い放ち、手をサッと横に振り、魔法で妻をはじき飛ばしたのです。幸いにも、妻は後ろに居た私の腕の中におさまりましたが、それに怯むことなく妻はもう一度、前に進み叫んだのです。

「では、何故。何故、私達の元に生まれたの。私の赤ちゃんでなくても良かったじゃないの。あなたが、ユージュアでなくなったなら、私のユージュアは何処にいるの。言いなさい。言いなさいよ」

 妻の絶叫に、巫女はスッと目を細めました。

「そなた達でなくてはならなかった。生命の巫女は、深い絆で結ばれた男女の間にしか転生することは叶わぬ。もう一つの世界が滅びの向かっているこの時、私には、今まで以上の強い力が必要だったのだ。これまでの器以上に、強い絆で結ばれた男女でなければならなかったのだ。それが、そなた等であった。それだけの事」

 私は、巫女の言葉に興味を持ち、思わず聞き返していました。

「もう一つの世界が滅びに向かっているとは、何の事だ」

 巫女は、私をジッと見つめ、ほんの少し笑ったような気がしました。

「この世界と対の魔法を持たぬもう一つの世界。魔法の代わりに科学とやらを持ったが為に自ら滅びようとしている世界と、ソラルディアは対なのだ。一つが滅びれば、もう一つも滅びる。それは、女神の力を持ってしても避けられぬ事。二つの世界を救うには、空間の流れに逆らう力を持った、新しい命を生み出さねばならぬ。その為に力を蓄え、私は今、この時に転生したのだ」

 私は、人間の触れる事の出来ない秘密に触れた気がしました。すでに聞くのが恐ろしくなっていました。質問などしなければ良かったと後悔さえしていました。

 そんな私の様子に、巫女は気づいていたのだろうと思います。

「これから私にはやらねばならぬ事はが山のようにある。そなた等の相手はしておれぬ。そなた等を領域の外まで飛ばしてやろう」

 その言葉通り、気が付くと私達夫婦は水の領域と大地の領域の境界線に立っていました。それは、場所を移動した事以上の意味を、私達に知らしめる行為でした。ユージュアはもう存在せず、巫女には私達は必要ないのだと、はっきりと教えたのです。その時、私達の耳元に、女神の川のせせらぎのような声が届きました。

『巫女がユージュアであった頃の記憶が、どこかに居るはずです。それを慰めに育てなさい。そなた達は、いつかこの世界を救う命に出会うでしょう。その時の為に、それを慈しみ育てるのです。良いですね』

 それを最後に、女神の気配も、勿論巫女の気配も消えました。私は女神の残した言葉の意味を考えながら妻の手を取り歩き出そうとしました。その時になって、私は初めて妻の顔を見たのです。彼女はきつく唇をかみ締めていたため、唇は歯によって切り裂かれ、血を流していました。

「アキル。口を開けて。血が出ている。ほら口を開けるんだ」

 妻は、口を開けました。が、それは私の忠告を聞いたからではなく、私を拒絶する為だったのです。

「あなたを愛さなければ良かった。あの子を失うくらいなら、初めからズカーあなたを愛さなければ良かった」

 妻の言葉の意味は聞かなくとも十分に解りました。私達がこれ程に深い絆で結ばれていなければ、ユージュアは普通の人間の子供として生まれてきたのだと巫女になった娘の言葉は語っていたのです。

 帰路は、悲痛なものになるはずでした。実際、丸一日は無言の旅が続きました。ユージュアの幸せの記憶から出来た、魔法の生き物に出会うまでは……








 雲の王は目の前の生き物に目を奪われていた。その生き物は人間に似てはいるが身体全体を薄茶の毛に覆われていて、耳が人間の二倍ほどあり先が尖っている、目は真っ黒でクルクルとよく回りとても愛らしい。その愛らしい生き物は、ズカーショラルの膝の上におとなしく座っている。

「これが私とアキルが育ててきました魔法の生き物フーミィでございます。見た目は人間と異なりますが、心は人間の子供よりも純粋です。魔法はこの子独特のもので人が心に強く思う者に姿を変えること。それと、先程言いました純粋さ、そのものが魔法でございます。この純粋さは、何者にも自分を受け入れさせる力となります」

 ズカーショラルが、魔法の生き物フーミィの説明を、王とタナトシュにしているところだ。タナトシュが、フーミィの頭をそっとなでた。

「よろしく、フーミィ」

 フーミィは、タナトシュを見上げて笑った。その笑顔は愛らしいと言う言葉では表現しきれていない程にタナトシュの心を奪った。

「これほどまでに人の心に入り込めるとは、スゴイ。これならば、レイン様達に怪しまれず、色々と探り出せるかもしれんな」

「ああ、今回の件はスカイ王子の事もあるし、あの少年達の本当の目的も解ってはいない。私にはこの一件が、滅びようとしている世界とソラルディアを救う新しい命と言うものに、関係しているのではないかと思えてならない。彼等は、魔法の無い世界から、なぜか魔法を持ってこのソラルディアにやってきたのだから」

 それまで、黙ってフーミィを見つめていた王は、フーミィに手を差し伸べた。フーミィも王の手を取る。目と目がしっかりと見つめあった。

 王とタナトシュはアッと息を呑んだ。

「これが、この者の魔法の力か…」

 王の声は少し震えていた。今、自分の手を握るのは、幼い頃のレイン。その事に王は驚くと同時に、可笑しくなってきた。

「ワシが心の奥底で望んでいるのは、幼い頃のレインと言うことか。それではワシの望みは叶うはずも無いのう」

 少し笑いながら、幼いレインを見つめる王の姿は、タナトシュには痛々しく映った。

「陛下。レイン様は必ずお戻りになられます。陛下にこんなに愛されているのですから」

「ああ、そう願うとしよう。さあフーミィ、レインの所に行っておくれ。そして、ワシにレインの気持ちを教えておくれ」

 王の言葉に、フーミィはニコニコ笑って返事をした。

「うん。レインに聞いてくるよ。おじさんの事好きかって。でも、おじさんに頼まれたのは内緒なんだよね。わかってるよ僕」

 幼い頃のレインの姿には、到底似合わない言葉使いだった。王は、今度は大きな声で笑った。

「これはこれは、アハハハハッ姿はレインでも、中身はフーミィに変わりないのじゃな」

 大きな声にビックリしたフーミィはズカーショラルの胸にしがみついた。

ズカーショラルは、フーミィの頭を優しくなでる。

「そうなのです。ですから、私はこの子をユージュアとは呼ばないのです。この子は、新しく生まれたフーミィなのです。妻にも理解して欲しいのですが、彼女には無理なようです」

 王は、軽く頷くと立ち上がった。

「それが今のそなた達夫婦の問題なのであろう。いつか、フーミィを加えた3人で家族に戻れると良いな」

「はい。そう思っております」

「では、フーミィをアキルの元に送ってくれ。空の王にシルバースノーの事で、探りを入れられんとも限らんし、スカイがこの一件にどう関わっているのか掴まねば、空の王に報告も出来んからな。それに、あの兄弟の本当の目的も早く知らねばなるまい。ソラルディアに危険が迫っているのならば尚更じゃ。慎重に頼むぞ」

「フーミィには、潜入して情報を収集する方法は十分に教えてあります。キッチリ仕事をしてくれるでしょう」

 王はもう一度、フーミィに近寄って微笑みかけた。

「フーミィ頼んだぞ」

「うん」

 ズカーショラルは、直ぐにアキルの元へフーミィを送り出すためフーミィと共に、王の部屋を後にした。

 タナトシュが、王の机になにやら置いてから、王に声をかけた。

「陛下。明日の朝には、空の王への伝言を送らねばなりません。今夜のうちに、書き上げていただかねば。[空の城]でもシルバースノーを探している事でしょう。スカイとシルバースノーがレイン様と逃亡しているなど知られるわけには参りません。先手必勝です。空の王から探りを入れられぬような、素晴らしい文面をお願いいたします」

 王は、タナトシュを横目で睨んだ。

「タナトシュ。そなたも意地が悪いのう。ワシが、その手のことは苦手なのを知っておろう」

「いいえ。存じません」

 タナトシュは、涼しい顔で答えた。











フーミィは、レイン達一行にすんなり入り込めるのでしょうか?

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