[13]青竜ブルーリー
絵本や小説の中にしか存在しないはずだった竜が、今タカの目の前にいる…
タカは、数十分前には考えられない事だが、ローショの腰にしがみついて竜の背中に乗り、空を飛んでいた。こんな大変な事を、なんであんなに簡単に引き受けてしまったのだろうと、今更ながら後悔していた。
城の中では目立たないように、ローショの後を普通に歩いていたが、外に出るとローショが走り始めたので、タカも必死で追いかけた。
ローショに連れてこられた場所は、見た目は港のようにだが、海があるわけではなく、白い雲が切れ切れに流れているだけだった。そこから船に乗るのであろう、他より少し高くなった乗船場所には、今は誰もいない。キョロキョロと辺りをながめるタカに手招きして、ローショは、桟橋の端の階段を下りて行く。遅れないようにタカも急な階段を下りはじめた。
「ここは飛風艇の発着場です。今この下には[雲の城]の飛風艇が数艇置いてあるだけです。天候が不安定な今の時期は、城下町に来る商人も馬車を使って旅してくる小商いの者ばかりで、商船は来ないのですよ。ですから、誰にも見咎められる事は無いでしょう」
階段を下りきって前を見たタカは、ローショの言っていた飛風艇に見とれてしまった。船のような形ではあるが、流線型の船体に金色の雲が彫刻され、側面には本物の鳥の羽で出来ているとしか思えない、大きな翼がついている。
「すごい…これで空を飛ぶのか、綺麗だ。どんな風に飛ぶのか楽しみですよ」
ローショが首を振った。
「先程もお話した通り、ここの船は全て[雲の城]のものです。私達は乗ることはできないのです。タカ殿に乗っていただくのは、あちらに待機しております」
ローショの指し示す方向に目をやると、飛風艇から少し離れた芝生に、青く輝くウロコを持った大きな竜が、長い首をグイッと傾げるように、こちらに顔を向けて、くつろいだ様子で待っていた。
その瞳は深い藍色で獰猛な光を宿しているように見えた。その瞳をタカから外す事無く、ゆっくり体を起こすと、コウモリのような羽を背中にぴたりと引き寄せた。大きさは大型トラック2台分と言ったところだろうか。
タカはあまりの威圧感に身動きできないでいた。恐怖がじわじわと尻から背中に這い上がってくるのを感じたが、どうにも抑える事など出来そうに無い。体は勝手に強張ってくる。その時いきなりタカの頭の中に声が響いた。
『スカイ様、魔法が戻られたようね。私の声も聞こえるでしょう。シルバーが来ています。あの子はかなり怒っていますよ。あなたに裏切られたと失望しているんです』
直接話しかけてくるそれは、頭の中で鳴らされる鐘のようにウワンウワンと響く。
「誰、何」
横を歩いていたローショが、頭を抱えて立ち止まったタカの顔を覗き込んだ。
「青竜ではないですか。竜は頭の中に直接話しかけてくるのです。慣れない間はかなり不快な感じがすると聞いていますが、話を続けてください。シルバースノーの情報が聞きたい」
「え、今のが竜だって言うんですか。人間の言葉だった]
「ええ、竜は人に対しては人の言葉で話しかけるそうです。とても知能の高い生き物です。多分どんな生き物とも魔法を使って話せるのでしょうね」
「でも、竜となんて話せない。俺これ以上は近付くなんて無理ですよ」
タカは、大きく首を横に振った。今まで読んだ本の中には竜は存在いていたが、あくまで小説の中の生き物であって、現実に存在するなど今の今まで信じていなかったのだ。シルバースノーの話を聞いても実感などなかった。だから、ここまで来られたのかもしれない。そんな架空の生き物が、目の前に実在して、自分に話しかけるなどと言う、ありえない現実は恐怖を倍増させていた。
「近寄らなくても大丈夫ですよ。声に出す必要はありませんから。自分の頭の中で会話するのだそうです」
ローショが、なだめる様に話しかけてくるが、そう言われてもどうすれば良いのか今一つ解らないタカは、黙って竜を見つめ返した。どう見ても、やはり恐ろしい事には変わりない。すると、先程と同じ声が頭に響いた。だが、親しげな話し方とは全く違っていた。
『お前、スカイ様ではないな。スカイ様は、私の姿を美しいと思いこそすれ、恐怖など感じるはずは無い。お前の恐怖が伝わってくる。体も恐怖で強張っているではないか。何者だ。スカイ様になりすまして何をしようと言うのだ』
頭がジンジンしてきた。敵意をハッキリと表に出したその声は、一層タカを恐怖させていた。ちゃんと事情を説明しなければ、間違いなく捕って食われてしまう。恐怖で一杯の心の中の、限りなく小さくなってしまった理性が警告を発していた。ローショに助けてもらおうと、自分と竜を交互に見つめるローショの腕をひっぱった。振り向いて直ぐにローショが聞いてくる。
「どうです。話はできますか」
タカは、ローショの問いに、答える余裕など無く、助けを求めた。
「ローショさん。俺が怪しい人間ではないと、あの竜に言ってくれませんか」
恐怖で引きつった顔のタカを見て、ローショが申し訳なさそうな顔になる。
「申し訳ない。青竜に何も説明していませんでしたね。竜とは会話できませんが、私の言っている事は解りますから。話してきます。少し待っていてください」
そう言ってローショは青竜の傍まで走っていった。
「竜族の勇敢なる戦士であり、慈愛に満ちた母なるブルーリー。どうか私の話を聞いて欲しい。私と共にいる少年は、異世界からやって来た、スカイ様の大切な対の人間。怪しい者ではない。シルバースノーの元へ運んではくれないだろうか」
ローショはそのまま青竜を見上げている。青竜はローショに向けていた目をタカに戻した。
『異世界の人間か。対の人間同士は瓜二つと聞いた事がある。なるほど、それで魔法の波動まで似ているのか…しかし、シルバーを騙せるなどと思わぬことだ。怒りを煽るだけ。今のあの子は、偽者を受け入れるほど冷静では無いのだよ。心優しい私とは違うぞ』
タカの頭は、またジンジンした。自分の頭に話しかけると言うのはよく解らないので、念じてみる事にした。
『スカイはすぐに来るよ。それまでの間だけ、静かにしていてと頼む事ぐらい、俺にだって出来るだろう』
『シルバーはスカイ様を追ってやって来たのだ。スカイ様の寵愛を受けるのは、自分だけだと信じていたのに捨てられたと嘆いている。代わりにやって来たお前の話しなど聞く耳はなかろう。怒りのあまり、お前を殺してしまうかもしれない。それでも行くのかい』
『……』
タカは、答えられずにいた。恐ろしい光景が頭に浮かぶ。鋭い竜の牙に引き裂かれる自分の姿。ここでスカイを待つ方が得策だと思った。自分はこんな所で竜などに殺される訳にはいかないのだ。リクを連れて元の世界に帰るのだから。
その時、遠くの雲間がオレンジ色に輝いたと思った瞬間、稲妻が城の周りを囲む長い城壁に落ちた。城壁は粉々に砕け、黒い煙が立ちのぼる。
『フン。もう少しおとなしく待つ事は出来ぬのか。さっき近付いた時に、あれほど軽はずみな真似はするなと言っておいたものを。母代わりの私の忠告も聞けぬとは、かなりのヒステリー状態だな』
青竜の愚痴が聞こえてきた。城壁を壊した稲妻は、シルバースノーが放ったものらしい。
『いつまでも待たせるのは危険かも知れぬな。自暴自棄の怒りほど手に負えぬものは無いからな。同じ女として気持ちが解らぬでもないが、どうあがいても叶わぬ事もあるだろうに』
このまま放っておいたら大惨事になるかもしれない、今は自分が行って、スカイがすぐにでも来る事を知らせなければならないと思った。そこで、タカはふと気が付いた。
「ローショさん。ブルーリーはシルバースノーと話をしたと言ってるんです。俺が行かなくても大丈夫じゃないのかな」
「そうなのですか。ではもう一度、私と靑竜とで近づいてみるのも一つかもしれない。あなたに危険を冒して貰わぬ方がよいだろう」
ローショの言葉にブルーリーが鼻から煙を吐いた。
『フンッ。怖気づいたか。まあ仕方のないこと、竜を怖がらぬものなどそうそうおらぬからな。だが、シルバーは私の話を聞こうとはしなかった。スカイ様に瓜二つのお前の言葉なら聞くかもしれぬがな。怖いなら仕方あるまいな。雲の城はいつまでもつやら』
タカはぐっと歯を食いしばった。竜は怖い、怖くない筈がない。でも、タカはそれ以上に馬鹿にされるのが嫌いだった。それに、リクがいる雲の城が崩れてしまうなどあってはならない。どんな恐怖でも、それを回避する可能性を自分がもっているのなら、乗り越えてみせる。
それを可能にしてくれるのは、この青竜だけだ。さっきからの話を思い返してみる。このブルーリーと言う青竜は、確かに獰猛そうだしかなりの皮肉屋だと思った。でも、話しの解らない者ではない。そんなに怖くは無い。そう自分に言い聞かせてみる。シルバースノーの母親代わりのようだし、きっとシルバースノーを気に掛けているはずだ。助けてくれる、そう思い込んでみる。
『俺を乗せて、彼女の所まで行ってくれないか。シルバースノーと話しをしてみる』
青竜は、ジロッとタカを睨んだ。が、その後すぐに目を細め口角をあげバカにしたように笑った。竜が笑うとしたらの話だが、タカにはそう見えた。
『黙っているから諦めたのかと思ったが。ホゥ、私に乗るというのか。そんなに怖がっていて、まともに乗れるとでも思っているのか、愚か者が、百年早いわ。その縮こまった神経では、ローショの尻にしがみついても、振り落とされるが関の山だ』
青竜の嘲りが終わらないうちに、また稲妻が落ちた。今度は城に直接ぶつかって、城の尖塔を砕いてしまった。そこは、レインの私室がある辺りに近い気がした。そこにはリクもいるはずだ。
タカは思わず口に出して、叫んでいた。
「乗せろって言ってるんだ。怖くなんか無い。早く飛び立つ準備でもしろ」
いきなりのタカの叫びに、ローショの全身がビクッと跳ねる。
「せっ青竜と話が付いたのですね。では、出発しましょう」
ローショは、怒鳴ったタカに驚いているようだった。そして、シルバースノーが城に加えた攻撃に、かなり焦っているのだろう。タカの答えも聞かずに青竜に語りかける。
「強靭な翼と、鋭い爪。勇敢な精神と英知を持つ神聖なる竜よ。私達を願う場所まで運んでくれ」
ローショの言葉に、青竜は鋭い棘のある長い尾っぽをローショの前ににスルリと出した。ローショは、タカに手招きして横に来るように促した。
タカは、ローショはどうして竜に話しかけるとき、あんなに大層な言葉を使うのだろう、決まった儀式の様なものなのかと疑問に思った。
ローショの横に立つタカを見て、青竜は先程のとは明らかに違う笑みを浮かべていた。
『本物のスカイ様かと思ったぞ。竜に向かって怒鳴るとは、なかなか勇気がある。大抵の人間は、恐ろしくて、竜には丁寧に接するものと決まっているがな。まァよいわ、早く乗れ。お前の墓場まで運んでやろう』
青竜はフンッと鼻を鳴らした。鼻の穴から黒い煙が吹き出た。その顔は微笑んでいるように見えた。
こうして、青竜に乗ったまでは良かったが、タカは飛び立つ時の衝撃だけで怖気づいていた。騎乗用に二人乗りの鞍が取り付けてはあるが、周りを囲む物は何も無く。青竜が切る風はローショにしがみついて背中に隠れていても、タカの腕をローショから引き剥がそうと襲い掛かってきた。でも、手を離すつもりなど全く無いタカだった。手を離せば、終わりだ。恐怖で一杯のタカの頭でも、それだけはハッキリ解っている。
『人の発する恐怖の波動は心地よいものよ。とくにお前のはピリピリと刺激があって良い感じだわ。ゆっくりと味わいたいものだが、そろそろシルバーに面会の時間らしい』
『あなたの事は、もう怖いとは思わない。あなたの名前ブルーリーって言うんでしょう。怖い割には可愛いらしい名前だ』
青竜ブルーリーは鼻の穴から小さな炎と煙を吐いた。煙はタカの目に入って涙を流させた。
『ふんッまだ恐ろしくて震えているというのに、口だけは達者なようだな。それが続くと良いがな。シルバーは目の前だ』
青竜が言った通り、シルバースノーの隠れている辺りなのだろう、少し向こうの雲がオレンジ色にパチパチとはぜていた。タカは自分の胃がキュッと収縮するのを感じて、それが青竜に乗り自分が空を飛んでいる為か、シルバースノーのヒステリーの矛先を向けられるのではと恐れた為かは解らなかった。きっとどちらも同じくらいタカに恐怖を与えていたのだろう。
青竜は、ゆっくり旋回しながらシルバースノーに近付いていく。
タカとシルバースノーの出会いは…