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雨のリズム  作者: 海来
12/94

[12] 消滅

 スカイは朝早くにレインとリクを起こし、寝室を訪れるであろう人々に気取られないように細心の注意を払った。異世界への扉が開く時刻は昼過ぎである。それまでは誰にも解らぬように一瞬たりとも気が抜けない。レインは人が来るたびに、薄目を開けて確認しないと気が納まらないらしく、気が気ではないし、リクはリクで狭いベットの下が気に入らないのか、人が部屋を出て行ったと見るや、すぐにベットの下から出てこようとする。一度など、戻ってきた乳母のドーリーに見つかりそうになった。

 スカイはこの二人のお守りにクタクタに疲れていた。食欲もあまりなく、必然的にスカイの朝食も昼食もリクがほとんど食べてしまった。自分は全然食べていないと言うレインのために、スカイはおかわりを頼まなければならなかった。

 そんなスカイを心配してかレインが訊ねる。

「スカイ大丈夫。どこか調子が悪いの」

 レインとリクを交互に見てスカイは言い返した。

「調子が悪いかって…悪いに決まってる。お前達二人のせいでな。自分達が何してるのか、始終忘れてる奴らの面倒を見る身にもなってくれないか。あー私はもうボロボロだ」

 スカイはそのままうな垂れた。レインとリクは目配せしあいながら笑っている。

「でも、もうチョットの辛抱じゃん…ゴクッ。ウッマァー、俺はもうすぐ帰るんっ…ブッ」

 リクは、行儀悪く、話しながら飲んでいたハーブティーを噴き出した。

「兄ちゃん」

 ベットの上に座り扉を背にしていたレインと、うつむいて文句を言っていたスカイは、扉に向かって叫んだリクの視線の先に目をやった。そこには半袖の白いシャツに黒いズボンを穿いて、肩から布のカバンを提げたタカがいた。

「はァ〜リク会えてよかった…ゴメン…大変な事になった」

 そう言いながらタカは食事のトレー越しにリクを抱きしめた。リクは顔を引きつらせてタカに聞く。

「母さんにバレたのか。スッゲー怒ってんのか」

 リクの質問にタカの肩がちょっと強張る。

「そんな事じゃないんだ……お前が、お前の存在が消えてしまった……」

「へっ※☆×*;※…何言ってんの」

 リクが声を裏返す。タカはリクの肩越しにスカイを見つけた。自分に瓜二つの人間、対の人間を確認したのだ。タカはホッとする自分に嫌悪を感じた。が、それはリクを連れて帰ってからの計画が成功すると解った安堵だと思いたかった。自分の存在が消えなければ、リクを連れて帰ってもなんとかなる。そう信じたかった。

「今から説明する事を良く聞くんだ。まずは、この曾じーさんの日記を読め」

 タカはアースの日記をカバンから出してリクに渡した。リクは日記を開けて見始めた。レインとスカイもよってくる。

「何これ…魔法文字じゃない。ほら字が変化し始めた」

 レインはそう言うとリクの横で読み始めたが、スカイにはそれを読むことは出来ない。

スカイは言いたくはなかったが、頼まなければ一人だけ事が解らなくなってしまう。それだけは避けたい状況だ。スカイは控えめにリクに頼んだ。

「リク、すまないが、声に出して読んでくれないか」

 スカイは言いにくそうに、だがハッキリと言った。

「魔法の力のない私には、読めないんだ」

 言い終わってスカイは、案外楽に言えたと思った。リクの癒しのお蔭だろうか。リクは了解と言うようにウインクすると、声に出して読み始めた。

「この手紙を読んでいる何代先に生まれるか解らぬ我が孫へ……誰に書いたんだってーの。俺と兄ちゃんか。アッと、スカイ、これは書いてないから」

 リクはニッと笑った。事態が自分にとって最悪な事など、解らずにいるのだ。








 アースの日記を読み終え、タカは自分達の世界で起こったリクの存在の消失に伴う変化について説明した。それを聞いて、皆一様に黙り込んでいた。ただ1人を除いてはだが。

 話はしていないものの、タカのカバンに入っていた母の手作り弁当を見つけると、リクは昼食を食べたすぐ後にも関わらず、勢いよく食べ始めた。

 何も言わず、ひたすら食べ続けるリクの後姿に、みなは掛ける言葉を見つけられずにいた。それもそのはずで、リクは食べるのと、泣くのと、鼻をすするのを同時にやってのけていたからだ。それでも、その騒音は悲しすぎて、皆の気持ちまで落ち込ませるのに十分だった。弁当をきれいに平らげてから、最後に大きくすすり上げて、手の甲で涙をぬぐい、リクは大きなゲップと共に振り向いた。

「やっぱり旨いや、母さんのオベント。グップ。ッゴメン…でも、母さん何考えてんのかな。兄ちゃんの弁当に豚肉とピーマンの甘辛炒め入れるなんて。兄ちゃん嫌いだからいっつも入れないジャン。これじゃまるで俺の弁当じゃねーか。なっ」

 リクは、弁当をスカイブルーの大きなバンダナに、丁寧に包み直してタカに渡しながらそう言った。それに答えるタカの瞳がいくらばかりか輝きだした。

「そうなんだよ。母さんは完全にお前を忘れてなんかいないんだ。何処か心の奥底に今もお前がいるんだよ。早く帰ればなんとかなる。間に合うんだ」

 そう言ったタカの目をジッと見据えてリクが言った。

「ごまかすのかよ。兄ちゃんの事だから、この日記に書いてある意味なんてハッキリ解ってるはずじゃねーか。このまま帰っても、もう元には戻らない。実際、曾じーさんもそうだった。きっと、じーさんの母親だって心のどっかにじーさんの事が残ってたんだよ。だから、じーさんは罰を受けず、その代わりに仕事を与えられた。でも、思い出すなんて事ないんだよ」

 リクは目を逸らすことなく話し続ける。

「兄ちゃん…俺にだって解る事が兄ちゃんにわかんねーわけないじゃん。いいかげん認めろって…俺、大丈夫だからさ」

 解っていた、タカにもそれは解っていた。でも、認めるわけにはいかなかった。自分がリクを助けなければ、これは自分の使命なのだと信じる事で、事実に押しつぶされずに居られた。それを当の本人から誤魔化しだと指摘され、まばたきをする事さえ出来ないほどの重圧を感じた。全ては、兄である自分の責任。リクをこの世界に来させたのは誰でもない自分なのだと言う罪悪感。それはとても重かった。

 リクは、そっとタカの肩を抱き癒し始める。タカは自分の心を癒し始めたリクの魔法を感じると、リクの腕から無理やり逃れて叫んだ。

「俺のせいで、こんな事になって、それでもお前は俺を癒そうとするのか。ヤメロ、俺にそんな資格なんかないじゃないか。お前は、お前は誰が癒してくれる。お前が一番辛いのに……」

 レインがリクの手に自分の手を重ねてタカに言った。

「お兄さま、リクは今とても辛いと思うわ。でも、私とスカイがいる。異世界でとても困って、辛かった私にあなた達兄弟がいてくれたように。それでは駄目ですか」

 リクは自分の手に重ねられたレインの手にホッとする。いつもならドギマギして走り出しそうになるのに、タカを癒そうと体の中を駆け巡る魔法がレインを自然に受け入れているのがわかる。レインに触れられるそれだけで勇気が湧いてくる。リクはタカに語りかける。

「兄ちゃん…俺だって、ホントは悲しいんだよ。母さんも誰も俺を覚えていないって辛すぎるじゃん。でもさ、兄ちゃんは覚えてて助けに来てくれたんだろ。それでいいよ。アースじーさんとは違う、ここに残っていつか必ず、皆に思い出してもらう方法を見つけ出す。心配すんなって。俺には、次期雲の女王のレインと空の王子がついてるんだぜ。こんな心強い味方いねーって」

 タカの頭と心は現実を認められないで揺れていた。リクに兄の存在を否定されたように思えた。(いつから、こいつはこんなに強くなった、いや、自分が弱くなってしまったのか、そんなはずはない、リクは強がっているだけだ。あいつは、いつも泣き虫だったじゃないか。俺が居ないとすぐに厄介ごとに巻き込まれる。俺がいないとダメなんだ。いや、俺は、俺はどうしたらいい。お前が居ないとダメなのは俺なのか)

 タカはガクガクと膝から崩れ落ちそうになった。素早くスカイが抱えなければそのまま倒れていただろう。タカを椅子に掛けさせてスカイが言った。

「とにかく、タカ。君は元の世界に帰るんだ。そして、リクが戻ったときに備えなければいけない。リクの事は私とレインに任せろ。きっと元に戻す方法を探し出すと約束しよう」

 スカイの言った事は、今のタカの頭では理解できても、心では消化できない。(こいつは何を言ってる。認めない。リクの兄は俺だぞ。こんな状態の時に離れるなんて出来るわけない)

「リクをおいて帰れない。俺が一緒にいないとリクが泣く……俺がいないとダメなんだ」

 それを聞いてリクは、もう一度タカを抱いて癒し始めた。レインはリクに寄り添う。

「俺は、もう子供じゃないっつーの。兄ちゃんは母さんの傍を離れちゃダメじゃん。松田家の期待の星だろーが。俺はダイジョーブ。結構ヘーキだぜ。だって、絶対に帰るもん。そん時は母さんに今までどこ行ってたって怒られるんだぜ。その方が怖かったりして」

 リクは少し言葉につまる、母を思うと泣いてしまいそうだった。でも、背中に感じるレインのぬくもりが自分を支えてくれるのがわかる。

「ウソだよ。ホントは怖いんだ。でも、兄ちゃんが母さんを守ってくれるって信じてるから、兄ちゃんが待っててくれるって信じてるから、俺は強くなれるんだって」

 タカの目からいく筋も涙が流れていた。そして、リクの目にも大粒の涙が溜まっていた。この兄弟の絆は、傍目から見てもかなり強いとわかる。絆が強く深い分、母を間にそれぞれが競い合い、嫉妬の思いに悩んでいたのだろうと思える。兄弟はそのことに今更ながら思い至った。タカはポケットから出したハンカチで、リクの涙をぬぐうと言った。

「リク、俺もお前のためにもっと強くなると誓うよ。母さんはお前が帰るまで俺が守る。でも、ヤキモチはやくなよ」

「ヤキモチなんか焼くかよ。やっぱ、困ったときはタカ兄ちゃんだな」

 とリクが微笑んだ。その時、部屋全体がグラッと揺れたように感じた。レインが叫ぶ。

「扉が。固定の魔法が壊れる」

 皆一斉に扉に目を向ける。扉の周りにクルクルと回転していたオブジェのような輝きは急速に回転速度上げている様だった。見る間にそれは円の中心へと渦巻くように吸い込まれていった。リクの魔法とレンによって降っていた雨は扉に吸い込まれていく。アッと言う間に扉を固定していたレインの魔法は扉と共に消えてしまった。

 誰もが息をつめて見つめていた。かつて扉が存在したレインのベットの上には、もう何もありはしないのに、あたかも、まだそこにある様に見つめ続けた。

「どうしてなの…なぜ、こんな時に……」

 レインは放心したようにつぶやいた。固まったままの4人の中で、いち早く立ち直ったタカは何かを思いついたようだ。

「リク、ゴメン約束は守れなくなった。でも、母さんのためにリクは俺が守る」

 タカの様子に皆があ然とする。先程まで落ち込んでいたタカはもういない。リクの魔法の力かと思ったが、どうやらそれだけではなさそうだ。自分の新たな使命を見出して、意気揚々とタカは続ける。

「母さんには少しの間は辛い思いをさせるけど、その代わり必ずリクと一緒に母さんの所に帰る。さあ、行くところは決まった。調べられる事を調べたら、すぐに出発しよう」

 それを聞いて皆同時に聞いた。

「どこに」

 当たり前のことを聞くなと言いたげにタカが答えた。

「空と大地の門」








 レインが目覚めたとの朗報に、[雲の城]は祭りの日の街中のように浮き立ち、騒がしかった。レインが眠り続けている事は、この城にとってそれ程に暗雲立ち込める出来事だったのだ。王位継承者は、今はレインしかおらず、もしレインに何かあれば王位継承権を巡って争いごとに翻弄されていた事だろう。

 レインの帰還は、この日一日を祝いの宴に変えていた。そして、それはレインがこの城の全ての者たちに愛されている証拠でもあった。大騒ぎの城の中を、騒ぎにまぎれて、チョット怪しい二人組みが移動しているのを見咎める者は、誰も居なかった。魔術学校の生徒のローブを着て、深くフードをかぶって足早に通り過ぎるこの二人を、普通の日なら、皆が呼び止め詰問したに違いない。二人組みは、客室が並ぶ階へと、静かに降りていった。

「どの部屋かわかるのかよ」

 背の低い方が小さな声で聞く。背の高い方は人差し指を立てて、口の前に持ってくると、コクンと頷いた。コンッコンッ。背の高い方が、扉をノックするが返事はない。背の低い方が、ノブを回して押しと、扉はスーッと滑らかな動きで開いた。

「兄ちゃん。開いてるじゃん。誰も居ないんじゃしょーがねーよ。入っちまおーゼ」

「コラ。リクやめろ。人の部屋に勝手に入るなんてまずい」

 この二人組みは、タカとリクの兄弟だ。勝手に入ろうとするのはリクで、止めるのは勿論タカだ。

「いいじゃん。スカイの部屋なんだから怒られねーって」

 と平気な顔のリクを、渋い顔のタカは思いとどまらせようとしている。

「ココは、俺たちの世界とは違うんだぞ。勝手に入ったりしたら、もしかしてバッサリ切り殺されるかも知れないんだぞ」

「マジー」

 そう言ってノブを放し、振り向きかけたリクの顔とリクの後ろに立っていたタカの顔の真ん中に幅広の長い剣が下りてきた。きれいに磨き上げられた剣は鏡のように、左右から二人の恐怖に引きつった顔を映し出している。

「魔術師殿。いや見習いと言ったほうがよろしいか。この部屋の使用者が、空の王子スカイ様と知った上での侵入か。答えによっては、お望みどおりバッサリと言うことになるが」

 低くかすれた凄みのある声に、リクはもう一度恐怖を感じる。タカが、相手に自分が抵抗する気の無い事が、よく解るようにゆっくりと振り返る。

「ローショさんですよね。僕のローブの内ポケットに、スカイからの手紙が入っています。取り出して読んでもらえませんか。僕達が泥棒などでは無いことが解っていただけると思います」

 フードを深く被ったままの、顔など殆ど見えないタカを訝しげに睨んで、ローショは眉根を寄せた。

「魔術師の懐に手を入れるなど考えただけでもゾッとする。そんな事をする奴は早死にすると決まってる。魔術師のローブの中ほど、恐ろしい物はそうそうお目に掛かれない。自分で取り出せ。ゆっくりな。変な気は起こさない方が身のためだぞ」

「はい。ゆっくりと」

 そう答えたとおりに、タカはゆっくり、ゆっくりとローブを開き、内ポケットから手紙を取り出す。この男にスカイの手紙を渡すのにためらいは無かった。見た目も声も、スカイの説明どおりのローショそのものだった。背は、タカよりも30センチは高いだろう2メートルは超えているようだ。肩幅がかなり広く、袖なしのチュニックから覗く腕には肩から肘にかけて長い傷跡がある。タカとリクを睨みつける鋭い瞳はブルーで、スカイの明るいブルーに対しローショはグレイがかっている。髪は短く刈り込んでいて、薄い色の金だ。どこを取っても、スカイの説明してくれた、ローショでしかあり得ない。

 手紙を受け取り、読み終えたローショは、即座に剣を鞘に収め、扉を開けて二人を中に招き入れた。

「大変失礼をいたしました。これはスカイ様の筆跡に間違いございません。スカイ様のご命令通り、お二人をこの部屋にかくまいましょう」

 二人が通されたスカイの使う客室は、淡い緑色の歩くと靴が少し沈むような毛足の長い絨毯が敷き詰められ、継ぎ目の全く見えない木製の大きな机と、ゆったりとした皮製のソファーに、繊細ないかにも高価そうな調度品が並んでいた。二人にとっては、海外の古い時代を題材にした映画でしか見たことの無い部屋だった。

 リクはウロウロと部屋の中をまわり、色々な物を手にとって見ている。

「兄ちゃんスッゴイな。高そうなもんばっかだ。レンの部屋はゆっくり見る暇なかったし、ベットルームはいかにも女の子の部屋って感じでさ。豪華ってより甘ったるいって感じだったもんナァ」

「色んな物に触るな。壊したらスカイが困るだろ」

 と言ったタカも、ソファーに身を沈めながら体をゆすってすわり心地を試している。そこへ、奥の寝室からローショが出てきた。

「とりあえず、衣服をお着替えください。スカイ様のものをお貸しするようにとの事でしたので、見繕ってあちらのベットルームに置いてございます。私は緊急事態をスカイ様にお伝えするため行ってまいります」

 ローショは困ったように眉間にしわをよせた。迷っているようだ。そんなローショの様子にタカが口を挟む。

「あの、緊急事態ってどうしたんですか。俺たちに手伝える事なら、って言ってもこんな状態じゃ無理か」

 そう言ってフードを脱いでローショを見た。ローショはタカを見ると大きく目を見開いて驚いている。

「スカイさま。目と髪の色をどうされたのです。いや、ちがう」

「スカイじゃねーよ。俺の兄ちゃんのタカ。俺の名前はリク。スカイに瓜二つでビックリしただろ。異世界に住んでる対の人間同士なんだってさ。スカイの手紙に書いてなかった」

「いえ、その事については……スカイ様は、お二人を守らなければならない大切な方とだけ。後は私に対する指示が書かれていただけで…」

 ローショは、少し平静を取り戻すと、何か考えている。

「ねー何考えっぱなしなんだよ。ローショさん、オーイ」

 リクが、初対面の時の恐怖などすっかり忘れて、ローショの腕を掴んでゆすった。そんなリクをタカは呆れ顔でみている。この人懐っこさはタカには無いリクの持ち味だ。

 ローショが、タカの方を向いて聞く。

「タカ殿、あなたは魔術が使えますか」

「魔術は使えませんが、魔法の力ならありますよ。それが何か」

 二人の間に割って入るようにリクが自慢する。

「兄ちゃんの魔法の力はスッゴインだぜ。レンが強い魔法の力だって褒めてたもんナ」

 ローショは一人頷いた。

「そうですか、では着替えを済ませたら、私と一緒に来てくださいませんか。リク殿は着替えの後、もう一度ローブを着てレイン様の部屋に行き、スカイ様に伝言をお願いします。魔術学校のレイン様のご友人を装うと良いのではありませんか」

 兄弟は眉を寄せて見詰め合った。リクが口を尖らせて文句を言う。

「なんでだよ。俺このローブ嫌いなんだよ歩きにくいんだぜ。転びそうだてーの。また着るのもヤダね。それにレンの部屋になんか行けないよ。今頃、人でいっぱいさ。ヤバイからって、せっかく逃げてきたのに捕まったらどーすんのさ」

 タカもリクに同意するように頷くと

「そうです。リクに危険が及ぶかもしれない……でも、ローショさんには、それが一番良い方法に思えるのですね。差し支えなければ、緊急事態の内容を教えてください。自分達が入る危険の中身が解らないのでは、お手伝いするとも、しないとも答えられないです」

 と、しっかりした口調で言った。タカの態度と話し方に感心するように、ローショが少し微笑んだ。イカツイ顔は笑顔になると、とても優しく感じられる。

「あなたは、スカイ様に本当にそっくりだ。そうですね、先にお話しするのが筋でしょう。鍵をかけ忘れたのに気付いて戻ってきたのは、神の思し召しかと思われます」

「早く。早く教えて。緊急じ・た・いィ〜」

 一人はしゃいでいるリクを見て、少し悲しそうな表情のローショはつぶやく。

「スカイ様の弟君も、リク殿のような明るく人懐っこい方であれば、どんなに良かったのかもしれない……あ、失礼しました。緊急事態の事でしたね。スカイ様の騎乗用の竜だったシルバースノーが、[空の城]を抜け出して、この城の上空の雲間に隠れているのです。しかし、気が立っているのか、私の乗った青竜が近付くと、攻撃を仕掛けてくるので危険なのです。私には竜と会話するほどの魔法の力は無いので、どうすることも出来なくて困っているのです。スカイ様が来てくだされば、彼女も落ち着くと思うのですが」

 タカはジッとローショを見つめながら、落ち着いて答える。

「俺の魔法は、竜と会話できるんですか。行ってみないと解らないと言う所ですか。まァ、危険な状態の竜を放置しておくよりも、とりあえずスカイが来るまでのツナギの役目の人間を連れて行こうと言うんですね。そんな事で、俺が納得して弟を危険な場所にもう一度帰らせるとでも思っているのですか」

 タカの言葉に、一瞬口ごもったローショだったが、フッと溜め息をついた。

「やはりスカイ様に瓜二つ。そうですね、私が浅はかだったのでしょう。どうぞ、お二人はこの部屋でお待ちください。時間はかかるでしょうが、仕方ない。シルバースノーが暴れ出さない事を祈りましょう。私がスカイ様の元へ走り、そのまま二人でシルバースノーの所に参ります。初めの計画に戻るだけです。お二人だけを残して出掛ける事が気になっていたのですが、タカ殿が魔法をお使いなら、鍵をかけた上に強化の魔法を使えば、問題ないでしょう。ぶしつけな事をお願いして申し訳ありませんでした」

「いえ、わかっていただー」

 タカが言い終わらないうちに、リクが寝室から飛び出して、廊下に続く扉に手をかけた。服も着替え、その上に嫌がっていたローブもしっかり羽織っている。

「俺、先行ってスカイ呼んでくるわ。兄ちゃんは竜と話ししてなよ。後で俺にも話しさせてくれよ。約束ナァ。困ったときはお互い様っしょローショのおじさん」

 そのまま、リクは廊下に走り出た。部屋の中を風がスーッと通り抜けた。そして、扉は音も無く閉じた。

「あのバカ…」

「追いかけましょう」

 動きかけたローショの前に、タカが手を出して止める。

「あいつ、足はかなり速いんです。追いつけないと思いますよ。いつも、こうなんだ。何にも考えずに走り出す。気にする事はありません。あなたのせいではありませんよ。あいつのする事は、いつも俺のせいになるんだから。ハハハッ」

 笑ったタカの顔はあきれ返っていた。ローショは何とも言いようの無い表情で首を傾げた。

「では、タカ殿は私と一緒にきてくださいますか」

「勿論、他にすることもありませんから。お手伝いできるか解りませんが、とりあえず竜に会いにいきますよ」

 タカは急いで着替えに入った。スカイの服を着て、鏡の中にいる自分はスカイにそっくりだ。鏡に向かって手を合わせる。

「竜がスカイと間違ってくれますように」

 言葉では自分の安全を願ったが、心の中はリクの心配で一杯だった。 
















シルバースノーは何の為に[雲の城]まできたのでしょうか? タカとリクは上手く自分の役割をはたせるのか。タカはともかく、リクは気になるところです。

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