自分で決めた事だから
処女作なんで大目に見てください
あるところに一人の男がいた。男は日々の生活にほとほと疲れ果てていた。
馬のように働くだけの人生に疑問を持った男はある日ついに仕事をやめることを決意した。
そしてまちを離れ山の奥で暮らそうと考えた。偉大な先人たちの言葉を信じれば、充実した人生がそこにあると信じたからだ。
しかし男は山で暮らした事がない。何かとわからない事があるし、何より一人で生きていくのは心もとなかった。人嫌いで世間から離れようとしているわけではないのだから。
そこで親友のある男に相談した。その男は高い背とがっちりした体格。日に焼けた浅黒い肌から熊か何かを想像させた。
「というわけで、ぜひ君について来てもらいたいんだ」
「なかなか面白い話だね。だが君。本当にいいのかい?山暮らしは想像以上に大変だぜ?偉大な先人たちに見るように大抵は逃げ帰ってきてるじゃないか。しまいにはその経験をさもありがたそうに語りやがる。中には神様になったやつもいるな。俺のような庶民じゃ手も届かないような豪邸に住んでる神様にな。あんたは大丈夫だってのかい?」
「もちろんだ。自分で決めた事だからね。逃げ出すはずが無いよ」
「まぁいいだろう。その話受けようじゃないか。」
浅黒は歯をむき出しにしてサルのように笑った。
「本当かい!助かるよ。実はすでに山をまる一つ買い取ってるんだ。奥地の辺鄙なところだもんで二束三文で買えたよ。さっそく明日出発しよう」
男の胸には期待と喜び、そして前借してきたような充足感が溢れていた。
翌日、朝早くからどれほど歩いただろうか。太陽が真上で輝いている。
しばらくして見渡しのいい平地にでた。
「どうだい?地図によれば近くに川も流れてるし住むには悪くない場所だと思うんだが?」
「熊か狼でも住み着いてなきゃ最高だろうね」
浅黒はあたりを見渡しながら言った。
「まぁ様子を見てみよう。だめだったら別の場所に移ればいい。………うん?」
男はふと遠くの景色に違和感があることに気づいた。浅黒も気づいたようで目を細めて遠くを見ている。
「あれ何かわかるかい?」
「よく見えないな。近くに行ってみよう」
近づいてみてみるとそれが家のようなものであるとわかった。どうやら穴を掘ってそこに屋根をかぶせた簡素なもののようだ。家がまるまる穴に落っこちたようなものというところか。
「ここに誰か住んでるのか?」
浅黒が怪訝そうに聞いてくる。
「いや、そんな話聞いてないぞ。買い付けのときだって一言もそんな話は出てこなかったし、第一こんな辺鄙なところに住むもんか」
「面白い冗談だ。それで、どうするね?」
男は少し考えて
「…まぁもしまだ人がいるのならご退場願おう。ここはもう僕の土地だからね」
「誰かいるなら返事をしてくれ」
返事は無い。入り口であろう扉をノックしてみる。腐った木が崩れ落ちた。
「誰も住んでないんじゃないか?」
「それに越した事はないね。ちょいと失敬させてもらおう」
二人は家の中へ足を踏み入れた。瞬間、鼻を刺す異臭が二人を包む。おもわず咳き込み口に手を覆う。それでもまとわり付くような匂いは手の隙間から入り込んできた。
中はカビの生えた時間が流れているようだった。光が薄く差し込み、その光に反射して埃が舞っているのがわかる。床にはところどころ獣の骨や皮らしきものが散乱しており異臭の原因であろうと思われた。
中には比較的新しい骨もあるので少なくとも最近まで住んでいたであろうことが予想された。
そして、家のもっとも奥。この異様な空間でさらに特異に、他者を圧倒するそれはあった。浅黒がそれに近づく。
「このゴミ箱の中ではなかなかまともな家具だな?この立派なイスは。土くれだがね」
そのイスは壁から掘り出したように浮き出ていた。なぜか埃がまったく積もっていない。家主はよほど大事にしていたようだ。
そのイスは背もたれが高く、ところどころ装丁だろうか、模様が書き込まれている。それは座る用途で使うという意味でイスだろうだが男はこれを見たとき王が座る玉座を思い浮かべた。
「なかなか凝った粘土細工じゃないか」
「そこからはなれろ」
浅黒がイスに触れようとしたとき、不意に後ろから声がした。驚いて二人が振り返るとそこには一人の老人がいた。
髪やひげは伸び放題で、汚れた肌には点々と黒ずみが打たれている。手足はまるで枯れ枝のようだったが腹だけは出ていた。髪の隙間から炯々と目が輝いており、まるで仇のように男たちを射抜いていた。
「そこからはなれろ」
しゃがれた声が響き渡る。浅黒はゆっくり下がった。
「お前らは誰だ?」
男と浅黒は目を合わせた。ここの所有者は自分なのだし話は自分が切り出さねば、と思い、男は口を開いた。
「私はこの土地を買ったものです。突然で悪いんですが今日からここに住む事になったので引っ越してくれませんかね?なんならいくらかお金を渡しましょう。どうせ私らには必要ないものですからね」
「それは外の世界の話だろう。ここはわしの国だ。出て行くのはお前らのだ」
「あなたがなんと言おうと僕が所有者になったんですよ」
「所有者か。ところでお前、わしの頭の上に何が見える?」
「えっ?」
「頭の上だ。よく見てみろ、何が見える?」
今男が鏡をみたら相当マヌケな顔になっているだろう。突拍子のない話に頭がついていけず、しばらく老人の頭の上を呆けたように眺めていた。
もちろん頭の上には何も見えない。頭上を通り越して向こうがわの壁が見えるだけだ。
「何が、といわれても何も見えませんがね。からかっているんですか?」
「何も見えんのならここの所有者はお前ではない」
さっきから話がかみ合わない。男はこの老人を気狂いと判断しかけていた。
「まさか貴様らはわしの国を侵略しにきたのか」
老人の顔がにわかに険しさを帯びる。眼光はさらに鋭く男たちを突き刺す。
老人はなにやらブツブツと言いながら床にはいつくばって何かを探し出した。ごみを掻き分け、そして一体どこに隠れていたのか、床に落ちていたのであろうナイフを拾った。
「国は渡さん」
鈍い光が薄く延びる。老人はやおら男に向かって走り出し、横に一線。ナイフを振った。とっさに身を守ろうとかばった腕に熱が走る。飛び散る血の向こう側に老人と目が獣のように光っていた。
休むまもなく老人がナイフを構えなおし、一突き、ナイフを突き出す。
ひぃ、と情けない声を出しながら男は無我夢中で後ろに跳び下がった。着地に失敗ししりもちをついてしまった。
追い討ちををかけようとする老人。しかし、なぜかそれをやめ横を向いた。
視線の先には浅黒。横から飛びかかろうとしていたところを見越されてしまったようだ。
対峙する二人。老人は浅黒に向かって走り出した。
対して浅黒は腰を落とし迎え撃つ体勢だ。初撃さえなんとかすれば体格差は圧倒的であり老人を押さえ込むのは容易であろう、と男は思った。
ナイフが浅黒めがけて突き出される。浅黒は老人の手を掴み、それを受け止めた。あとは押さえ込むだけだ──が
浅黒は微動だにしなかった。信じられない事に男から見るとそれは老人が浅黒を圧倒しているようにみえたし、実際そうだった。ジリジリと剣先が近づいている。
ついに浅黒は押し切られ、床に倒れこみ、老人が馬乗りの状態になってしまった。すでに文字どうり『目の前』にナイフが迫っている。一刻の猶予も無い。男はそう思った。立ち上がる。床に落ちている木の棒。歩く。走る。床に散らばる骨。老人の頭。脂汗。老人のつぶやき。浅黒が叫ぶ。男も叫ぶ。老人のつぶやき。鈍い。感触。骨。涙。血───。
老人は赤い涙を流して床に横たわっている。男はいつまでもそれを見ていた。白昼夢でも見ているように目の前の現実がうまく認識できない。客席で劇を見ているような感覚だった。
浅黒が咳き込みながら起き上がる。
「よくやってくれた、助かったよ。しかしなんて馬鹿力だ!本気で死ぬかと思ったぜ!」
「……本当に死んでいるのか?」
浅黒が老人のそばにしゃがみ、確かめる。
「死んでるな」
「僕が殺したのか?」
「そうだ。おまえが殺した。だがなにも気に留める必要は無いぞ。このじいさんが襲ってきたんだ。殺されても文句は言えないだろう」
「………」
そうだこれは仕方ない事なんだ。そうわかっていても人を殺したという事実は男を悩ませた。すると
「やぁ王様。調子はどうだい」
いきなり三人目の声が聞こえた。男は驚いてあたりをきょろきょろ見回した。
「僕を探してるのかな。君の目の前にいるんだがね」
目の前には老人の死体があるだけだ。だが、目線を向けるとそこには死体の上に緑色の子供が腰掛けていた。
すくなからず驚き男は後ずさる。真に驚く出来事にであうと人は意外におおげさな行動はとらないものだ。
「な…なんだおまえは?」
「なんだとは君、失礼じゃないか。人にものを尋ねたいならそれ相応の態度というものがあるだろう」
馬鹿にするような口調で子供はぺらぺらしゃべった。
「その…僕の名前は…」
「いや君の名前なんてどうでも良いんだよ。君もそっちの男もおんなじ動物だろう?わざわざ名前で区分けするなんて君たちしかやってないぜ。狼が互いを名前で呼び合うかね。実にこっけいな習慣だよ」
「あぁ…」
「どうしたね。気分でも悪いのか?それともまだ僕の存在を疑ってるのかい?だとしたら君は相当の石頭だな。他の人間もみんなそうなのかい?」
「いや、その…」
ようやく一言くらい話せるくらいの心の平静を取り戻した男は何度もつっかえながらとうとう言葉をつむいだ。
「君は一体だれなんだ?」
「ようやく聞いたまともな文法がそれじゃあお粗末な話だな。まぁいいよ。僕の事も本来どうでもいいんだが知りたいなら教えてやろう。君たちが妖精とか幽霊とかいってるものだと思ってくれていいだろう。まぁ僕はこの土地から離れられないから森の妖精ってとこか」
おおよそ、その話し方から妖精というより悪魔のほうがふさわしいと男は思った。
ここまできて男はようやくこの悪魔の姿を確認した。肌が緑色なのは見た瞬間わかったが、子供だと思っていた悪魔の顔はしわがよっていてどちらかというと老人だ。子供に見えたのは背丈の低さだろう。自分の背丈の半分も無い。指は若干長く、六本あった。衣服は着ていないが股間は丸裸で、性別を感じさせなかった。
「君はいままでのこと見てたのかい?この老人が何者なのか知ってるのかい?」
「おまえはさっきからなにをしゃべっているんだ」
浅黒が怪訝な顔をして聞いてきた。
「なにって…。この緑の小人に話してるんだよ。目の前にいるだろう」
「小人だって?どこにいるんだ?」
「どこって、目の前さ。その死体の上に…」
「無駄だぜ君」悪魔が会話に割って入る。「僕の姿が見えるのはこの土地の王様だけだ、そっちの黒いのには姿も見えないし声も聞こえないぜ」
「なんだって?」
おもえばこの悪魔を見つけたとき腰を抜かしたのは自分だけだった。さらにこの悪魔が饒舌に嫌味を語っているときも浅黒は反応しなかった。たしかに男にしか知覚できてないと考えるとつじつまが合った。
「僕にしか見聞きできないってのかい?」
「今君が僕と話しているのが何よりの証拠だね」
「この土地の王様しか見えないって言ってたね。僕はここに来る前にこの土地を買ったんだぜ。だったらすでに見えてなきゃいけないんじゃないか?」
「それは君のしょうもない世界の話だろう。現に僕はさっきまでこのじいさんの頭の上に乗ってたが君には見えてなかったじゃないか。そういうことだ。このじいさんが殺されるまで君は王様じゃなかったってことだ。だが喜びたまえ。今からは真に君が王様だ。精精がんばってくれよ。このじいさんなんて日がな一日そこの粘土細工に座ってるだけなんだから。退屈なんてもんじゃない、拷問だね」
悪魔は玉座を指差した。
「君のような底意地の悪い悪魔が一緒なんてゾッとしないね」
「へぇ。ではどうするね。このじいさんと同じように殺すかね」
「………」
ぐさりと心を突かれたような気分だった。
「まぁそんなに怖い顔するなよ君。実を言うと僕は物に触れないし、君たちも僕を触れない。空気みたいなもんだ。声も君に聞こえるだけだからね、悪戯もできないよ。どうだい?これで落ち着いたかい?」
そういわれてもなかなか不安は消えない。この悪魔にいつまでも付きまとわれるなんてごめんだった。この短時間でわかった事はこの悪魔が非常に好戦的で挑発的であるということだ。
「おい、ほんとうに大丈夫か?イカれちまったんじゃないだろうな!」
浅黒が男の肩を掴み揺さぶる。
「信じられないだろうけど…そこに悪魔がいるんだ。緑色のね」
男はなんとか浅黒を信じさせるために頭をひねった。そこで悪魔に協力してもらうことを考えた。隠されたものを悪魔に見てもらいそれを自分が話せば手っ取り早く信じてもらえるだろうと考えた。問題はこの挑戦的な小人が協力してくれるかどうかだったが、この健に関しては指示通り動いてくれた。悪魔いわく「黒いのがいたほうが面白そうだったから」らしい。
浅黒が手を後ろに回したてた指の本数から遠く離れた川のほとりに埋まっている骨の数からその大小まで言い当てると浅黒も悪魔の存在を信じるようになった。そこで出した結論が「様子見」。直接害があるわけではないのでしばらくは様子を見ようといういうことになった。二つわかった事があった。悪魔に距離と時間は関係ないらしく一瞬で行き、一瞬で戻ってきた。「我々にとっては当たり前のことだ。知性の問題なんだよ。君たちができないのはお頭が弱いからだ。はたして絶滅するまでに習得できるかね」と言っていた。もう一つは悪魔は嘘をつかない、あるいはつけないということだった。口は悪いが真実のみを口にする生き物らしい。
老人の死体はその場において家ごと燃やそうという事になった。外に出て火をつけると屋根はすぐに崩れ落ちて、火もすぐに収まった。焼けた屋根はすっぽり穴に埋まった。すべてが終わるとあたりはすっかり夜だった。とりあえず火をおこし、地面に穴を掘り葉っぱと持ってきた衣類を詰め込んで顔だけ外に出し寝た。隣の穴から浅黒の寝息が聞こえてきた。だが男はいつまでたっても寝付けなかった。
「おやすみ王様。明日から忙しくなるぜ」
そして男たちは翌日から当初の目的どうり働く事になる。予想通り生活は大変だった。またたくまに時間が過ぎ去り何年たったのかわからなかったが、過去を振り返ると男はそれなりに満足だった。さらに年月がたつと一緒に暮らしたいというものが訪れた。人との接触が無い自分たちのことをどこで知ったのか疑問だったが、浅黒がときどき山を降りて外の人と食料を交換していた事を思い出した。
どうやらそこから人づてに噂が広まったらしい。ここに訪れた人たちの話を聞くと昔の自分を思い出させた。移住者はじょじょに増えていき、それに伴い暮らしは豊かになっていった。大工が来れば家が立派になり、軍人が来れば獣から身を守るすべを教えてくれる。靴職人のおかげで山歩きも苦にならなくなり料理人のおかげであれほど食べた干物が好物になった。あたらしい移住者が来るたびに足りないピースが補われていくような昂揚感があった。悪魔は相変わらず悪態をついていたが空気のようなものなのでもう慣れてしまった。
そしてここに住み始めて何十年たっただろう。移り住んできた人は百を超え、一つの国ができた。流通ができ、独特の経済、社会ができた。男と浅黒はすっかり老人になり、今では指導者の立場になっていた。
そしてある日、変化が起きた。予想外に規模が大きくなり、このことが国に知られる事になった。国はこれを看過することができなかった。将来にわたってこの小さな独立集団が武力を持って自分の国に攻めないとも限らないからだ。すぐに男の下に使者を送り国の支配下に下るよう説得した。その言葉の裏に血なまぐさい匂いを漂わせながら。
もし国の軍がここに攻めてこようものなら自分たちは確実にみな殺されるだろう。男はそれを認め、住民に話をするからと使者を帰した。
その夜、住民を集めそのことを話すと。住民の怒号が耳を刺した。
「ふざけるな!俺たちはそんな事のためにここに来たんじゃない!」
「戦い抜いて奴らに我々の誇りを見せるんだ!」
「もうあんな生活をするのは嫌だ!」
男は何度も住民を説得した。そのたびに帰ってくるのは戦争の声だった。何日も説得を試みたがだめだった。そしてある日、それは起きた。
「君おきなよ。大変だぜ」
何年たっても姿の変わらない緑の悪魔が男に呼びかける。こんな夜中に─と思ったが外がなにやら騒がしい。外に出てみると顔から音を立てて血が引いていった。
遠くで点々と明かりがついている。だがそれはランプのような優しげな明かりではなくすべてを飲み込む凶暴な蛇のような炎だった。そして風の音に混じって聞こえる叫び。なにが起こったのか、認めたくないが男にもわかった。
「反対派の暴動だね。連中、君を殺して国とやりあうつもりらしい。イカれてるねまったく」
「ど、どうすれば…」
「どうって君。逃げたらいいじゃないか。もっともその足腰で逃げ切れたらいいんだがね」
「うう…」
そうしているうちに叫びが近づいてくる。獣のような咆哮を上げ迫ってきてるのだ。
男はいまにも貧血で倒れそうな顔でよろよろと家に二階へ上り、ありったけの家具で入り口を封鎖した。膝が震え体が崩れ落ちる。
「おや、そろそろご到着だぜ」
悪魔が言うのならそうなのだろう。咆哮はいまや家の周りを取り囲み、声で家が潰れるほどの勢いだった。
──反逆者に死を──
叫びは一つの言葉に統一されている。男を追い込む呪いの言葉。耳をふさいでも脳みそに響く呪いの言葉だった。
「いったい、どうして…」
「それはね」
悪魔が頭の上に座る。両足を目の前でをぶらぶらさせるので振り子が振れてるようだった。
「君がいけなかったんだろう」
「なんだって?」
「そもそも君は仕事や社会から逃げるなんてしなけりゃ良かったって話だよ。人間てのは社会性の生き物なんだろう?そこから抜け出そうとするなんて気が狂ってるとしかいえないね。さらにそれを誰も止めなかった事が君の不運だ」
悪魔はペラペラとまるで友人に話しているように気軽に続ける。
「自分で決めた事って言ってもね。それが本人のためにならなかったらしょうがないだろう。お頭はいいが虚弱体質の男が軍人になりたいといってもすぐに死ぬなんて目に見えてわかるじゃないか。逆に政治屋にでもさせてやれば良いんだ。止めてやることがソイツのためなのに君たちの社会ではそんな事はしないね?『本人の選んだ道だから…』、『たとえ成功しなくてもこの経験が…』なんていうが誰がそれを保障してくれる?本人の選択だから本人の責任って実は一番人に厳しい社会だね。そんな中で自由だのなんだの叫んでる君たちはじつに滑稽だ。まぁ君は運が悪かったね。統率力もない裸の王様になっちまったんだからあとの仕事は一つしかないだろう」
扉が叩かれる。ドンドンと、しかし次第に暴力的な音に変わっていく。
「仕事?」
「君だってやっただろう。王位継承だよ」
男はすべてを理解した。自分の立場を仕事を役目を何をすべきかを。
鏡に自分の姿が映る。そこにはあの日殺した老人がいた。
咆哮は相変わらず地面を揺らし、扉には亀裂が走る。破られるのも時間の問題だろう。
「まぁ、しかし。僕の仲間内じゃあ結構な評判だぜ。僕たちは互いに視界を共有できるんだがね。大うけだよ。こんなに盛り上がったのは久しぶりだ。ええとなんだったけなぁ。ああそうだ…
─われわれ死すべき種族は運命に支配されていて
確実で安定したものは何一つ自らに
うけおうことはできません─
だったかな。哀れなる暴君よ安らかにってね」
轟音と共に扉が破られる。その向こうには獣たちが目を光らせ鼻を鳴らしている。
やがて雑音と暴力が老人を襲い、そのすぐあとに静寂が訪れた。
黙ってみていた悪魔はしばらくして横たわっているものに腰かけ口を開く。
「やぁ王様。調子はどうだい」
時間をかけたわりにはまとまってないなんて、穴があったら突撃したい。