wonderful life
“「ヒヨのボーカルに何の不満も無いよ。進化する為に男声も欲しいんだ」”
テッちゃんがそう言ってくれたけど、
正直フクザツだった。
昨夜は関にあんなコトを言えたのに。
一晩経ったら考えが変わっちゃってた。
今までずっと1人でwonderful☆worldのメインを張ってきた。
ステージパフォーマンスもサイドの3人と絡みながらも何とか1人で頑張って来た。
確かにオンナのアタシじゃ出来ないコトもあるよ?
だからこそ“オンナだから”って言われないようにって意識して色々頑張って来たよ!?
メロコアだってパンクだってラップだってチャレンジしてきた。
“何かが違う”って言われないように。
だけどやっぱりダメだったんだね。
「ひーちゃんどーしたの?暗ぁ〜い顔しちゃって」
部屋にいきなりサヨリが入ってきた。
まぁ良くあるコトだけど。
ベッドの上で天井を見つめてボケ〜ッとしていたトコロにサヨリは来た。
『男子の中に女子1人で頑張って来たんだけどね』
天井を見つめたままでボヤいちゃった。
サヨリ相手に。
「ひーちゃんもしかして妬いてんの!?」
ドアを開けたままで放つサヨリの超音波は一段と響いた。
『ドア閉めてよ』
姉、ドン引き。
「面白くなるでしょ。だってオトコとオンナのツインボーカルだよ?演れない曲は無いんだよ?ワンワー無敵じゃん!ワクワクする」
コイツ、ホントに心の底からワクワクしてんな。
顔見れば分かるワ。
“ワンワー無敵”
か・・・。
「しかもさぁ、関っちだよ?全然知らない人ならまだしも。親友の関っちなんだから最強コンビ誕生じゃん。ワンワーどんだけ無敵になれば気ぃ済むのよ」
珍しくサヨリのコトバが胸に響く。
“最強コンビ誕生じゃん。ワンワーどんだけ無敵になれば気ぃ済むのよ。”
『そんなに無敵!?』
自信の無い弱気全開のアタシ。
「無敵どころの騒ぎじゃないよ」
サヨリの目も声も嬉々としていた。
『じゃ、いっか』
またアタシはぼんやり天井を見つめた。
ワンワーの為ならアタシのこんなボヤきくだらなすぎるモンね。
戯れ言に過ぎないよね。
関だってまだ物凄く葛藤してるだろうし。
関の葛藤を考えたらこんなん。
こんな時くらいサヨリのコトバを信じるか。
“最強コンビ誕生じゃん。ワンワーどんだけ無敵になれば気ぃ済むのよ。”
何度も何度もサヨリのコトバがアタマの中で繰り返されていた。
ある日のミーティング。
今まででは到底考えられなかったコトが起きた。
「メジャーデビュー曲はもちろん“@”でイイよね」
全員絶句した。
“あの”テッちゃんが珍しく意見を求めてきた。
“「でイイ“よね”?」”
って意見てよりは同意を求めてるって辺りがテッちゃんぽいけど。
いつもなら
“「で行く“から“」”
なのに。
グランプリ受賞曲だから“@”がメジャーデビュー曲になるのは否定する余地のない自然な流れ。
衝撃は更に続いた。
「で、2枚目なんだけどどうする?」
またしても全員絶句。
今度は完全に意見を求めて来ていた。
しかもさりげなく。
「年末には卒業ソングを出したいと思ってる。ヒヨ、純也、よろしくね」
ふぁい?????
テッちゃんのマリアのような微笑みがどこかしら悪魔に見えた。
全員の視線がアタシに集中する。
「当事者がいるんだから」
唖然とするしかなかった。
でもアタシは思い出していた。
グレイトロックの全国大会当日の朝のあのメールのコト。
あの時の想いをいつか曲に出来たらなって思ってたコト。
“旅立ち”とか“yell”って意味では通じる部分もあるからね。
『わかった』
アタシは意を決して頷いた。
のだけど。
「オマエが創れよ」
関が呟いた。
ボソッと、危うく聴き逃しそうな程の低い声。
本人以外みんな驚いている。
でも誰も何も言わず。
関の様子にはみんな違和感を感じていたけど。
練習漬けの毎日で気が付けば春休みはあっっっと言う間に終わってしまっていた。
春休み中の猛特訓で関の唇は腫れ。
オンエアで関の加入が知られたからか関はイッキに女子からモテだした。
何でもファンクラブが各学年に出来てるらしい。
ウチらはもう3年。
当然進路指導が本格化するのだが、
「彩沢サンは決まってますから、後は必要単位と必要出席日数をクリアだけすれば問題ないですね」
って、三者面談でソッコー言われた。
そりゃこのご時世、進路が決まってるヤツに構ってる程学校もヒマじゃナイってワケだ。
関も同じだったらしい。
同じクラスで担任が同じだから反応が同じなのも当然なのだけれど。
そう、今年も一緒。
唯一の3年間同じクラス。
改めてお互い挨拶しちゃったよ。
クラス発表の掲示板の前で頭下げて。
その後顔見合わせて照れ笑いし合ったケドね。
ここまで来たら親友をも通り越してるよ。
“悪友”?
まさかこんなに深い付き合いになるなんて出逢った時は夢にも思ってなかったよ。
それは関も同じだろうけどね。
最近、週に何回かのペースで関と路上ライブをしてる。
テッちゃんがバイトしてる楽器店の店頭で。
テッちゃんからの進言で。
ムチャ振りマニアのウチのリーダーは今度は全英語詞曲を呈示してきた。
「現役高校生なんだから大丈夫でしょ?」
ってまたいつものあの笑顔で言ってくれちゃって。
あいにくウチの学校はそんなにレベルの高い学校じゃないから(就職校)そんなん求められても困るのに。
授業でやってたって発音はまた別物だし。
と言うことでその練習がこの路上ライヴの最大の目的。
今度のライヴには演るってお達しが出てて。
関はサックスも演んなきゃいけなくて大変そうだよ。
何て言ってるアタシもどんどんピアノアレンジが増えて大変なんだけどね。
卒業ソングの制作もあるし・・・。
wonderful☆worldのミュージックメーカーは主にはテッちゃん。
みんなそれぞれに創るケド最後はたいていテッちゃんだ。
ピアノアレンジもテッちゃん。
全英語詞の作者もテッちゃん。
アタシも関も、2人とも必死です。
そんなコトもあってか3年になってからと言うモノ校内でも関といるコトが多くなった。
関的には声を掛けられるようになったからアタシといた方が面倒くさくないそうで。
アタシもその方がラクに感じてきて。
どうしても学校にいてもアタマの中はグレイトロックのコトしかないから。
毎日毎日練習やら路上ライブやら週末は東京やらでかなりハードな毎日。
“関といる”
と言っても休み時間は寝てるコトが多いかな。
卒業ソングを創ってても気が付いたら寝てたりとか。
とにかくツラい。
とは言っても“ツラい”と感じるヒマがナイ程に忙しいのが現状なんだけど。
夏休みに入るとすぐに東京で合宿が行われた。
5月の連休にも合宿があってその時は主にレッスンだったけど今回はリハーサル中心で、いよいよだって言う現実味が否応なしに感じられて。
昼間はリハーサル、夜はいろんなライヴハウスで武者修行。
連休が終わるとしばしの学生生活に戻り、あっという間に試験が始まり音楽三昧な日常からは強制的に閉ざされ。
試験が終わった途端、グレイトロックの準備もままならないままで“@”のレコーディングが始まり。
あり得ない程の目まぐるしい日々がゴールの見えないまま続き。
思えば誰もが余裕で限界をぶっちぎってしまっていたのかも知れない。
そんな時、誰もが予想していなかった事件が起きた。
今日は関のサックス録り。
アタシは1人別室で曲造り。
モニターからレコーディングブースの様子を映像だけだけどチェックしながら。
朝から何となく関の様子がおかしかったのは気にはなってたんだけど、
関がなかなかブースに入らない。
どうかしたのかなぁ。
気になり関の元に行ってみた。
メンバーやスタッフに囲まれて何やら説得されている。
アタシの登場に気付いてみんなアタシを見る。
1人俯いたままの関。
「出来ないって」
ぁん?????
ふてくされているのは関ではなくまぁクンだった。
アタシは一気に怒りと呆れを通り越していた。
コトバにならなかった。
コトバを発するより先にレコーディングブースに向かっていた。
「ひよ?」
モトさんが呼び掛ける。
そこでやっと発言。
アタシは自分でも驚くほどに冷静だった。
多分感情が1周しちゃったんだと思う。
『したくないヤツはしなくてイイよ。そんなヤツに構ってる余裕ないし。ボーカル録りしましょ。入ります。お願いします』
怒りとか一切なかった。
みんな黙ったまま。
アタシはレコーディングブースのドアノブに手を掛けた。
「やる」
まただ。
低い関の声がした。
アタシは咄嗟にある場面を思い出した。
“「オマエが創れよ」”
卒業ソングを創れってお達しが出た時の関の反応。
あの時と全く同じだった。
アタシは何も言わずレコーディングブースを出た。
出た途端、心臓がバクバクしだした。
アタシは足早に別室に戻った。
堪らずVivienサンの曲をかけて曲創りに戻った。
何なんだよアイツは!!!!!
ったく!!!!!
その時アタシにはアイツの気持ちを考えてあげられる優しさと余裕は少しもなかった。
そんなこんなで瞬きする間もないってコトバがお似合いな程あっという間にグレイトロック前日を迎えてしまった。
今日は移動したあとリハーサル。
その後全出場アーティスト参加のパーティーがあるらしい。
今回の夏合宿中、合間を見ては事務所の先輩になるアーティストさん達やグレイトロックに出場するアーティストさんにご挨拶に行ったりしてほんのわずかではあるけど面識がある人は出来てきた。
だけどやっぱり緊張するよ。
大物だらけなんだもん。
天下のグレイトロックだから当たり前なんだけど。
関やセンちゃんはミーハー心爆裂でコーフンしまくり。
ソレを見てドン引きしながら緊張してるのはアタシとまぁくん。
テッちゃんとナオくんは冷静にご挨拶回り。
“「グランプリおめでとう。頑張ってね」”
って、今までテレビでしか見てなかった人達に次々声を掛けられてアタシはひきつりまくりで。
“「ブログにアップしたいから一緒に撮ってもらってもイイ?」”
なんてコトバまで掛けて頂いちゃって。
取材のカメラにもひきつり笑顔になっちゃうし。
まるで別世界にいるみたいな感覚。
冷静な2人の後ろをドキドキしている2人が付いていき、さらにその後ろをミーハー丸出しの2人が付いていき...
不思議な光景がココにあった。
「ちょっとイイ?」
挨拶回りを一通り終えて食事を楽しんでいると、visual系のトップの“vivien”龍神サンが声を掛けてきてくれた。
さっきの挨拶回りの時もメチャクチャ愛想良く握手を求めて来てくれていた。
アタシがバンドを始めるきっかけになった、まさに張本人。
挨拶回りの中で誰よりもどんな大物よりも緊張した人だ。
その人が今まさに目の前にいる。
しかも呼ばれている!!
『ハイ』
上ずる声で気が遠くなりそうな思いを必死で堪えて必死にアタシは付いていった。
vivienのメンバーに囲まれアタシは地に足が着かず心臓もはち切れんばかりに大きく動いていて。
だけどこんなチャンスそうそうあるもんじゃないからって、自分で自分に必死で言い聞かせてる。
「オンエア見たよ。オレがバンド演るきっかけになったって聴いて、ずっと気になってたんだ。ありがとう」
ぴゃ→→→→→→→→→→
OH 神よ!!コレがどうか夢じゃないコトを祈ります。
クラクラしてる。
倒れそう。
「宜しく!」
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ..........
笑顔が眩しすぎる。
アタシ今金縛りにあってる。
助けて。
こんな幸せ、贅沢過ぎるよぉぉぉ。
アタシの人生の幸運、今ココで全て使い果たしたよきっと。
アタシは完全に夢の中だった。
部屋に戻ってもアタシは夢の中だった。
こんな幸せあってイイの?
そりゃ龍神サンにしてみたら自分に感動してバンドを始めたヤツがデビューしたなんて、親近感湧かないワケ無いだろうけどさぁ。
イイのか?
この先不幸しか訪れないんじゃないだろうか。
ん?メールだ。
え゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ????????????????????
目を疑わずにはいられなかった。
ディスプレイに出た文字が、
“龍神”
だったから。
何で!?
何でアタシのスマホに龍神サンのアドレスが登録されてんのよ!!
いつの間に?????
“確かにオレのアドレスもヒヨリちゃんに届いたね。もちろん、お互いに内緒にしようね。明日、頑張ってね!!応援行くから。オレ達のももちろん宜しくね!”
ちゅど→→→→→→→→→→ん!!!!!!!!!!
アタシ、崩壊・・・。
手が尋常じゃナイ程に震えながらアタシは返信した。
“先程はありがとうございました。余りにも夢の中過ぎて全く覚えていないのですが、いつの間にアドレス交換したんですか?尋常じゃナイ程にビックリしてます。明日はもちろん観させて頂きます。ありがとうございます。”
手はブルブル、足もブルブル、心臓バクバク。
送信ボタンを押した瞬間、一瞬気を失った。
龍神サンのアドレスがアタシのスマホに・・・。
ウソでしょ?
シークレットにしなきゃ!!!!!
おぅ?
操作してたら部屋のドアがノックされた。
「ヒヨぉ」
関だっっっ!!!!!
慌ててシークレット機能の操作を終わらす。
深呼吸してドアを開けた。
「イイ?」
何だコイツ。
すっごく沈んだ顔してる。
前にも見たコトあるぞ?
夜中にウチに来た時と同じ顔してる。
さっきまでのハイテンションがまるで嘘みたいに暗い顔してる。
血の気も覇気も全く感じられない。
『何てカオしてんのよ。さっきまでのバカ騒ぎはドコ行ったのよ』
アタシは努めて明るく振る舞った。
2人でベッドの上に座った。
うつ向いたままの関。
『どうしたの?』
関の顔を覗き込む。
「緊張してきた」
『はぁぁぁぁぁ?????』
呆れるしかなかった。
「緊張を紛らそうと思ってミーハー丸出ししてたんだけど、1人になって緊張し始めてきた。だからチューして」
・・・・・・・・・・
意味分かんない。
呆れすら通り越してる。
『そんな冗談言う為にわざわざ来たの?バッカじゃないの?』
冷たく言い放つ。
こっちはイイ気分だったのに!!
かなりご立腹。
カオにも表して。
「んなワケねぇだろ」
えっ?????
“シリアス関”になっている。
真剣な眼差し。
ジッとアタシを見据えて。
関にこんな目力があったなんて知らなかったよ。
凄く引き込まれる。
「今までヒヨが1人で築き上げてきたワンワーに入るんだぞ?しかもグレイトロックだぞ?プレッシャーに押し潰され無いワケ無いだろ」
だからあんなバカ騒ぎしてたっての?
『だからって何でチューなのよ』
ふざけてるとしか思えないよ。
冗談じゃないワ、バカバカし過ぎる。。。
「いくら何でも直接なんて言わねぇよ。ほっぺたでもおでこでも手でもどこでもイイ。緊張を紛らすおまじない。頼む!!」
関は完全に本気だった。
アタシは瞬間的に、グレイトロックのゲストライヴの時のコトを思い出してしまった。
アタシはあの時確かに関に寄り掛かった。
何とも言い様のない安心感だった。
関もそれと同じなのだろうか。
『前に夜中にウチに来た時と同じコトで今さら悩まないの!オトコでしょ。そもそも何でアタシなのよ。アタシでイイの?』
関は黙って頷いた。
..........
ふぅ。
ため息をついて、
『いくら直接じゃなくたって大事なチューは安売りしたくないんだからねっ!』
そう言ってホンの一瞬、ホントにわずかにほっぺたに軽く触れた。
恥ずかしいぃぃぃぃぃ。
「っしゃぁぁぁぁぁ!!サンキュ!」
パーティーでのテンションに戻った関はガッツポーズで部屋を出ていった。
アタシは内心ドキドキしていた。
さっきの関の強い目力、
ほっぺたに触れた感触、
関の、喜ぶ無邪気な姿。
ドキドキしてる。
あんな風に関を見たコトなかったから。
あ〜ビックリした。
ったく関のヤツ、
人のイイ気分をぶち壊しやがってタダじゃ済ませないから!!!
ん?スマホが光ってるぞ??
龍神サンからのメールだっっっ!!!!!
関に構ってて気付かなかったケド龍神サン、返信してくれてたんだ。
怒りは急速に鎮静化した。
アタシって単純。
“そのうちドライブにでも行こうね。”
*#○※@☆♯∞×∴
思考回路、完全停止・・・。