グレイトロック
集合場所にいたみんなの表情はとても晴れやかだった。
誰1人として寝不足は感じられなくて。
「おはようヒヨ。ありがとな」
自信に満ちたテッちゃんの表情がヤケに輝いて見えた。
カメラが来ていた。
「今日1日担当します。よろしくお願いします」
いよいよなんだなって、実感。
“いざ出陣!!”
みんなの顔には気合がみなぎっていた。
移動中はみんなで他愛もない話。
みんな集中して無言になるかと思ったけど全く逆だった。
リラックスしてステージに立つ為だ。
まだ繋がっている他の大会の予選のコトやホントにどうしようもなく他愛もない話や。
会場までの時間はあっという間だった。
会場近くになるとオンエアで見た顔が続々現れて否応なしに緊張し始めてきた。
けど緊張を解してくれたのはあるバンドの人のほんの一言だった。
「wonderful☆worldさんですね」
その後も同じ様なコトを色んな人に言われたけど一番初めに言われたその一言で気付けた。
“ウチらもオンエアされてるんだ”
って。
今まで自分の目でオンエアを見たり地元で声掛けられたりはしてたけど、イマイチ実感がなかった。
だけど自分がテレビで見てた人に声を掛けられるとつくづく思う。
リハーサル後にくじ引きで演奏順が決まった。
ウチらはなんと最後。
みんな絶句。
1人余裕だったのはやっぱりココでもテッちゃんで、
「イイじゃん練習出来るんだもん」
って、抜群の笑顔で言った。
そのコトバにみんな呆れが交ざった吹き出し笑い。
「テツらしいな」
とか、
「全くだ」
って。
そのコトバの通りウチらは会場の外に出て練習するコトにした。
コレが吉と出たのか、ウチらの演奏は今までに無いくらいの出来で、みんなかなりリラックスしていてまぁクンの夢みたいにウチらも客席のみんなもメチャクチャ盛り上がって、
アタシはアタシで今までのどんなライブよりもテンションが行くトコまでいっちゃって、
サイコーに気分が良かった。
今までにないくらい暴れて、飛んで、煽って。
自分が一番不思議だった。
だけど改めて分かったコトがある。
“ウチらが楽しくなきゃ見てる方だって楽しくない”って。
アタマでは分かっているつもりでいたケドつくづく感じたよ。
ウチらの演奏終了後に行われた結果発表待ちのゲストライヴを見ても痛感した。
「オマエ、いつの間にあんなステージング身に付けたんだよ」
終了後、袖に引っ込むなり関に羽交い締めにされた。
続いてみんなに囲まれて。
『自分が一番驚いてるよ。自分でも不思議だった。ナチュラルハイってこのコトなんだね』
ちょっと夢見心地で。
『みんなのお陰だよ。もちろん関もねっ。ちゃんと隣に居たよ』
とびきりの笑顔だった。
自分でも驚くくらいの。
カメラが回ってたケドアタシは照れるコトなく素直にみんなに向かって言えた。
みんなは何も言わず拳を突き出したりただ頷いたりして応えてくれた。
ちょっぴり泣いちゃった。
まさに完全燃焼。
ゲストライヴの間はみんなそれぞれに客席の後ろで盛り上がったり他の出場バンドの人達と交流したりと様々だった。
アタシは客席の後ろで演奏されているバラードを聴きながら今までのコトを振り返っていた。
楽器店の掲示板で“メンバー募集”の貼り紙を見つけてそのままみんなに合流して。
イッパツで意気投合して加入が即決定して。
あまりのレベルの高さに焦って関に相談してキーボードを始めて。
本人が納得する前にしっかり予選で御披露目するハメになって。
みんなの意見のぶつかり合いの数々やアタシがキレたコト。
たくさんの予選のコト。
そして今朝のメール。
いろんなコトが溢れ出す程に甦ってきて目が潤んでいた。
「ヒヨ?」
隣の関に声を掛けられたけど、
頷いて答えた。
関の手が後ろからアタシのアタマに来てそのままアタシは関に寄り掛かっていた。
心の中ではメチャクチャ動揺してたけどなんとなくそうしてたくて何だか心地がよくて、アタシはそのまま寄り掛かっていた。
多分関も特別な意味は無いと思うし。
お互い何を言うワケでもなく、バラードの間はずっとそのままでいた。
そして.....
「いよいよ結果発表です。まずは特別賞4組の発表です」
不思議と緊張は無かった。
充実感しか無かったから。
演奏終了後のインタビューも、心の底からの笑顔で“「悔いはありません!」”って言い切ったし。
それはみんなも同じだった。
客席の一番後ろで見守る関以外は。
だけど、事態は思わぬ方向へ向かって行った。
「続いては10位から4位までの発表です」
ここまででまだ呼ばれない。
今大会の出場アーティストは14組。
特別賞の4組を含めて全国大会では出場バンド全てが表彰される。
つまり3位以上は確定だ。
“まさか”
さっきまで全く感じなかった緊張がイッキに走る。
“順位なんか関係ない”
って思っていても3位以上だって確定したらそりゃ否応なしに緊張するよね。
後ろのまぁクン・センちゃん・ナオくんはコーフンし始めている。
前のテッちゃんはこの展開が当然かのように悠然と構えている。
「お待たせ致しました!!いよいよ3位の発表です」
ドキ→→→→→→→→→→ン!!!!!!!!!!
顔が硬直しちゃう。
手の汗が尋常じゃない。
心臓、破裂しそう。
カラダ全体で鼓動を打っているみたい。
3位の人達の名前が呼ばれた瞬間、前にいるテッちゃんの拳が強く握りしめられたのが見えた。
後ろからも「っしゃ!!」って聞こえて。
アタシはもう気絶寸前だった。
残るは2位か、グランプリだよ。
ウソでしょぉ。
今のアタシ、物凄く顔がひきつってると思う。
どっちにしても凄いコトだよね。
グレイトロックのグランプリか2位かなんだよ?
アタシは顔を上げられなかった。
「それでは2位、準グランプリの発表です」
その後の記憶は見事に無かった。
後は何が何だかさっぱり覚えてなくて。
みんなが言うには、
アタシがみんなにもみくちゃにされたり、
号泣しながら“「ありがとうございます」”って言ってたり、
ボー然としたままで商品を受け取ったり、
記念撮影や囲み取材を受けた...
らしい。
その様子は関がしっかりカメラに収めていてバッチリ証拠として残ってしまっているのだが、
確かなコトは、今アタシの目の前にグランプリのプレートがあると言うコト。
何だか信じられない。
狂喜乱舞するみんなの横で関のカメラでその瞬間を確認した。
“「本年度、グレイトロックフェスアマチュア枠日本代表は、wonderful☆worldの皆さんです」”
鳥肌が物凄い勢いで全身を駆け巡った。
アタシ動けてない。
その場で力強く拳を握るテッちゃんの後ろで確かにアタシはまぁクンとセンちゃんとナオくんにもみくちゃにされてた。
ぽかんとした顔のままでみんなに押されてステージの中央に行くアタシ。
プレートを受け取った瞬間号泣して、その後のインタビューに確かに答えてる。
恥ずかしいぃぃぃぃぃ。
顔から火を噴きそう。
取材の後のミーティングでようやく現実を把握したのだけれど。
グレイトロック当日までの予定が書かれた資料をよこされて。
グレイトロックが行われるのは夏休み中。
それまでの間はとにかく練習とライヴをこなさなくちゃいけない。
またハードな日々が続くのか。
なんて思っていた次の瞬間、もっと現実的な話になっていた。
「彩沢さんは学校はどうしますか?あと1年だから今のまま卒業したいですよね?」
言われた瞬間は全く理解出来なかった。
“学校はどうしますか?って何!?
って、ハテナが飛びまくってた。
「その方がイイと思います。3年なんで冬休み明けは何とでもなるんで」
代わりにテッちゃんが答えてくれててもまだ全く意味が分からなかった。
「じゃ引っ越しは年明けで宜しいですね」
・・・ひっ、、、こ、しぃ???
「はい。全員年明けでお願いします」
またテッちゃんが返事。
引っ越し??????????
アタマの中ぐちゃぐちゃだよ?アタシ。
「では未成年のメンバーは、親御さんにこの書類を書いて頂いて返送して下さい。ご不明な点がありましたら、お電話なり直接我々がご自宅にお伺い致しますので」
よこされた書類、
それは契約書だった。
事務所とレーベルとの専属契約書。
ここでやっと把握出来た。
“デビューしちゃうんだ”
って。。。。。
何故だかグレイトロック出場だけしかアタマに無くて、イコールプロデビューってコトが全然理解出来なかった。
プロデビュー??????????
ダメだ、またトリップしちゃいそう。
クラクラする。
「1つ相談なんですが」
クラクラするアタシの隣のテッちゃんが突然言い出した。
全員テッちゃんに注目。
「1人メンバーを増やしてもイイですか?進化したいんで」
スタッフさん、唖然。
ウチらも唖然。
何で!?
でも、まさか、、、
「まさか」
まぁクンだ。
「ツインボーカルにしたいんです。ヒヨは兼キーボードですが、新しいボーカルにはサックスを兼務してもらいたいと考えています」
何この展開。
だけど、誰も反論しなかった。
予想はついた。
「出来るよな、関」
・・・だよね。
また鳥肌。
心臓が飛び出すよ。
関、ボー然。
よりによってサックスって。
関、サックスの経験なんて、ない、よね。
「その辺はお任せします。全く新たにイチから探すのならまだしも、関クンなら問題ないでしょう。ただ、グレイトロックには間に合ってもあくまでもサポートで出てもらいますが構いませんか?」
Oh my God!
ほんの一瞬だけ考えて笑顔で返事してくれたのはグレイトロックフェスのボス、引地サン。
番組プロデューサーの春田サンも笑顔で頷いている。
関はさっきのアタシ状態。
完全にフリーズしている。
反応出来ない関。
「もちろんです。ご理解頂いたダケで十分です。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
エッ?
他のみんなもアタマを下げてる。
何!?
打ち合わせしたの???
ついついつられてアタシもペコリ。
良く分かんないけど。
ミーティングを終えて帰路に向かう途中も関はボー然としていた。
魂が完全にソコにいなくなっていた。
「関!関ってば!!」
何度呼んでも返事無し。
関の手にも契約書がある。
カメラ回ってるのに。
「ったく、ウチのリーダーにはほとほと呆れるよ」
笑顔のナオくん。
「全くだ」
センちゃんも笑顔でテッちゃんを見る。
「お前は何でいつもいつもいつも1人で勝手に決めんだよ!」
1人キレてるのはまぁくんだ。
テッちゃんは微動だにしない。
「でもオレも考えてた」
なっっっっっ!!!!!
センちゃんもナオくんもアタシもハッとした。
まぁくんとテッちゃんの意見が合った時は必ずと言ってイイ程に正しい方向に進むからだ。
「だろ?」
含み笑いで返すテッちゃんにまぁくんは苦笑いで応えていた。。。
その間も、関はフリーズしたままだった。
地元に着いてすぐにカメラマンさんに言われた。
「じゃ、今回も行きますか、ヒヨリさん」
へっ?
「バイト先に報告」
笑顔のカメラマンさん。
恒例化してんの?
でも・・・、
“辞めます”って言わなきゃいけない現実が突き刺さる。
今度こそ。
とりあえずアタシ1人で入った。
先に言うコト言いたかったから。
裏口から店に入るとちょうど事務所に店長がいた。
マイクだけ着けさせられて。
「おぅ彩沢!!お帰りぃ」
メチャクチャハイテンションで迎えてくれた。
『あのですねぇ、』
コトバに詰まる。
前に言った時より込み上げるモノがあって。
「どうした?」
『申し訳ありませんが、辞めさせて頂きたいです』
涙がにじんでいた。
「優勝したのか???」
店長の声が上ずっている。
アタマを下げたまま頷く。
「やったなぁ〜!!」
店長が抱き着いてくれた。
顔を上げるとカメラマンさんがいた。
手で顔を隠す。
その後、そのまま退職の手続きを取った。
休職中だったから返すモノはすぐに返せて退職届を書くダケで終わった。
店長に話を聞いたスタッフのみんなが次々に事務所にやってきてくれてみんな祝福してくれた。
みんな次々にスマホにツーショットを収めて。
ひとしきり終わって店内に行くとメンバーも関もカメラマンさんもみんな食事していた。
カメラマンさんと関以外ビール飲んでるし。
『何してんのよ!』
アタシが叫ぶと店長が来て、
「彩沢も好きなモン食ってけ!店からの優勝祝いだ」
って言ってくれて。
また泣いちゃったよ。
帰り際にはいつの間に用意したのか花束をもらっちゃって、もちろん号泣。
もちろんカメラは回ってて。
家に着いたのは22時を過ぎていた。
リビングに行くと何故か全員待っていて。
花束と紙袋(プレートが入ってる。)を見て分かったのか、妹の沙依が叫んだ。
「やっちゃったの!?」
ママもパパもおばぁちゃんも顔がほころぶ。
アタシは泣きそうなくしゃくしゃの笑顔で契約書の入った封筒を渡して一言言った。
『お願いします』
って。
「ひーちゃん凄ぉぉぉい!!」
サヨリまで抱き着いて来た。
アタシ、今日だけでも何人に抱き着かれたんだ?
「じゃ明日はお祝いね」
喜ぶママとは正反対に、パパがマジメな顔で言った。
「学校はどーすんだ?」
急に現実に引き戻すパパ。
『このまま卒業させてくれるって。引っ越しは年明けでイイって言ってた』
「そうか。おめでとう。とりあえず就職内定ってコトだな。」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
アタマに物凄い何かが落ちてきた気がした。
“就職内定”
心臓が殺人的にバクバクしてきた。
ホントにデビューしちゃうんだって。
デビューするって実感出来た直後に関の加入のコトがあってすっかりデビューの事実が消えていた。
さっき店長に辞めますって言った時もあくまでも“グレイトロックに出場”ってコトしかアタマに無かったから。
今渡した契約書だって、専属契約書だって意識も無くて。
その日はなかなか眠れなかった。
サヨリが春休み中なのを良いコトに一晩中アタシの部屋にいたせいもあり。
アタシはコーフンするサヨリを尻目に関にメールした。
“大丈夫?”
って。
すると関から電話がかかってきた。
「オレ、無理」
関の声が震えていた。
『何言ってんのよ、らしくない。“ワンワーに入りたかった”って、夢が叶ったじゃない』
アタシは精一杯の笑顔で言った。
「今から入るって。しかもサックス演ったコトねぇし」
関の声が荒い。
『まずはサポートなんだから』
正直アタシだってビックリだよ。
まさかこんな展開になるなんて。
「関っちがどうかしたの?」
隣のサヨリが突っ込んでくる。
『ワンワー、ツインボーカルになるの。アタシと関で』
「マジで?」
サヨリの超音波が耳に突き刺さる。
うるさいよ。
「関っちも今からおいでよ」
サヨリがアタシのケータイに向かって叫ぶ。
『何勝手なコト言ってんのよ!今何時だと思ってんのよ。補導されるわよ』
もう日付が変わろうとしていた。
関の家からウチまではかなりある。
アイツは原チャリを持ってるケド、さすがに。
「行くよ。行ってもイイか?どうせ寝れねぇし」
はぁ??????????
開いた口が塞がらなかった。
待つコト約30分。
関はやって来た。
ウチの親も関の親も容認みたいだ。
関の親もさぞかし驚いているだろう。
ただ付いていったハズの息子がどういうわけか契約書を持って帰宅したんだから。
「親は高校を卒業するならイイって。そのあとは好きにしろって言ってた」
関がヤケに小さく見えた。
『じゃあテッちゃんに断わる?』
わざと言ってみた。
何も反論しない関。
「大丈夫だよ、関なら。アタシは関がいたからワンワーに入れたんだから」
今までずっと言えなかったコトバが今さらだけどどさくさに紛れて言えた。
「ヒヨ」
今にも泣きそうな関の目。
『アタシが隣にいるんだから。大丈夫だよ』
いつもとは逆で今日はアタシが関をなだめてあげてみた。
アタマをグイッと引き寄せてアタマを撫でてあげた。
「よしよし」
サヨリまで乗っかる。
そのあと何故かちゃっかりカメラを持って来ていた関のせいでサヨリと関はアタシの醜態で朝まで盛り上がるのだった-----