友人の婚約者で私の幼馴染は言う。「病弱な幼馴染がいるから」え?私の事じゃありませんよね?私は貴方を殴り飛ばせるくらい元気ですけど。
私の唯一と言っていいほどの大切な友人である、ナターシャ・コルネリアが婚約をしたのは一年ほど前の事だ。
元々、身体の弱いナターシャは社交活動をしておらず、アカデミーの騎士科との交流会で知り合った公爵家の令息に見初められたらしい。
何度か逢瀬を重ね、夕焼け空の下、薔薇の花束を持って「僕の婚約者になってほしい」と告白されたそうだ。
王都にある、カフェ【夕星の灯】。友人が告白をされた場所で、友人に件の話を聞かされている。
「マクシー?聞いていて?」
名を呼ばれ、視線だけ向けて二度頷く。頷くが、パンケーキを口に入れる手は止めない。
――聞いている。というか何度も聞いた。
ナターシャとアレクセイの恋愛話でマクシミリアはもうお腹いっぱいだ。
(それにしても、いつ言おうかしら)
にこにこと天使の様な微笑みを称えて、ナターシャは婚約者の話をしている。彼女の幸せそうな顔を見るのは嬉しいし、お腹いっぱいではあるが、もっと話を続けてもらってもかまわない。
しかし、話を聞いた一年前には気付かずに言いそびれていたことがある。言うタイミングを逃して一年。さすがにそろそろ言っておきたい。
マクシミリア・シュゼットと、ナターシャの婚約者であるアレクセイ・マッケランは幼馴染である。
シュゼット子爵領とマッケラン公爵領は隣同士で、王都にある別邸も近かった。昔から交流があり、よく両家を生き来していた。マクシミリアは小さい頃から活発な子供だったので、アレクセイと、アレクセイの兄と弟、マクシミリア含め、四人で遊び周っていた。
(あの弱々だったアレクセイがね‥‥)
シュゼット家が子爵の爵位でありながら、マッケラン公爵家と懇意にしているのには理由がある。シュゼット家は代々魔力量の多い血筋で、建国当時から魔術や魔道具の発明など、王国に大きく貢献している。
マクシミリアも然り。膨大な魔力量を持って生まれ、魔術師としても同年代で右に出る者はいない。
ナターシャはお茶を飲み終わると、はたと気付いたように言った。
「あら、もうこんな時間。そろそろ行かないと。アレクセイ様と観劇に行くお約束をしてるの」
ナターシャが立ち上がろうとすると、メイドが引き止めた。
「あっ、ナターシャ様、その‥‥先ほど‥‥」
メイドがマクシミリアの顔をちらりと見た。ナターシャが静かに言った。
「マクシーに聞かれて困る話なんてないわ。いいから言ってちょうだい」
メイドは頷き、言いにくそうに口を開いた。
「先ほど、マッケラン公子から連絡があり、今日は来れなくなったと……」
ナターシャの表情が曇る。
「そう……」
マクシミリアは慌ててパンケーキを飲み込んだ。
「ナターシャ!観劇は何を見る予定だったの?私、このあと暇なのよね~!代わりに行っても良いかしら」
ナターシャは目を見開いた。
「マクシー、貴方が魔道具の論文で忙しい事も、観劇に全く興味がないことも知っているのよ」
ぎくりと身体が反応したが、マクシミリアは更に言った。
「論文はまだ期日があるし、興味がなくとも貴方と行けば楽しいわ。演目は何なの?」
ナターシャは空色の瞳を潤めて微笑んだ。
「『皇女と騎士の逃避行』よ。途中で寝ないと約束するなら、一緒に行ってくれる?」
「もちろん!」
マクシミリアは胸をたたいて返事をした。
(またなの?アレクセイ……)
先週、ナターシャの邸宅に遊びに行った時も同じ事が起きた。婚約者が迎えに来る時間になったので、マクシミリアが帰ろうとした時、邸宅の侍従が言伝に来たのだ。『急用ができ来れなくなった』と。
(全く。風邪を引いてでもなんでも、這ってでも来なさいよ!)
ナターシャの落ち込む顔なんて見たくない。マクシミリアは脳内で幼いアレクセイを蹴飛ばして、カップの残りを煽った。
◇
観劇を見た帰りの馬車、ナターシャがぽつりと言った。
「マクシー、実はね。今日が初めてじゃないの」
観劇中に頑張って起きていたマクシミリアは、馬車の揺れで眠気に負けそうになっていた。
「え?」
「セイ様が、来れなくなった事。今年に入ってもうこれで五度目なの」
マクシミリアの眠気は吹き飛んだ。
「え…えっ?五度目ですって?」
誰かと交際したことのないマクシミリアでも、約束を五度も破られるのは、さすがに多いと分かる。
「何でも、昔から懇意にしている幼馴染が、隣の領地から王都に来たらしくて……病弱な方で、知り合いも少なく、放っておけないらしいの。少し前に体調を崩されて、マッケラン公爵邸で療養されているみたいなのだけど」
「んん?どうしてそれでアレ…マッケラン公子が約束通りに来れなくなるのかしら。公子が自分で看病するとでも?」
マクシミリアは眉を顰める。アレクセイはそんなに献身的な性格だったか?
ナターシャは頷いた。
「ええ。自ら看病なさっているそうよ。……お優しい方だけど、私心配で……話を聞く限り、幼馴染の方は女性みたいなの」
「なんですって?」
それはいけない。マクシミリアは既視感を感じ、その原因を思い出した。
この間、ナターシャ本人から聞いた観劇の内容と似ている。――婚約者が、病弱な幼馴染を優先し、それに嫉妬した婚約者に愛想を尽かし、病弱な幼馴染と結ばれるという愛憎劇だ。それを思い出し、ナターシャもこんなに心配しているのだろう。
マクシミリアは落ち着いて言った。
「ナターシャ、以前見た観劇のことを思い出して不安なんでしょう?」
ナターシャは顔を上げて驚いた。
「覚えているの?」
「もちろんよ。観劇には興味はないけど、ナターシャと話した事は覚えてるわ。あれは劇よ。作り物の話だわ。ナターシャは観劇の人物みたいにその幼馴染に嫌がらせなんてしないし、あのお話みたいに我儘で病弱な令嬢なんていないわ」
ナターシャは微笑った。
「そうよね。……うん。私の考えすぎだわ」
微笑むナターシャに安堵しつつ、マクシミリアは付け加えた。
「でも、五度も約束を破るなんていただけないわ!怒って良いのよナターシャ」
「ふふ。私も怒ろうと思うのだけど、いざ会うと許してしまうの。先日もお詫びに私の好きなお店のクッキーを買ってきていただいたし……」
クッキーで許して良いのか恋愛経験ゼロのマクシミリアは分からなかったが、もしアレクセイに会うことがあれば一発殴っておこうと考えた。
(今、言っちゃえばいいのかも)
「あ、それとナターシャ。実は私も……」
言いかけた所で、馬車がナターシャの邸宅に着いた。辺りは暗くなり、遅くなれば家人が心配するだろう。
「マクシー?」
(また今度でいいか)
「いいえ。なんでもないわ。またねナターシャ」
ナターシャは邸宅の侍従のエスコートを受けて馬車を降りた。
それからしばらく馬車は走り、マクシミリアの目的地で停車する。
「お嬢様。おかえりなさいませ」
出迎えてくれた侍女に荷物を渡し、自室に戻った。今のところ、マクシミリアが外出するのはナターシャと会う時だけだ。魔術アカデミーも卒業間近で、卒業課題である魔術の構築を部屋に籠もってまとめている
。
マクシミリアが今暮らしているのは、マッケラン公爵邸の別邸だ。少し前にマクシミリアが研究に必要な魔道具が壊れ、マッケラン邸の魔道具を使わせてもらっている。特殊な魔道具で、王都でも使用している場所は少ない。
マッケラン公爵邸は広大で、別邸もいくつかあり、この邸宅は主にマクシミリアだけで使わせてもらっている。時々思わぬ客人が来ることを除いて。
コンッココンコンッ!
独特なノック音に、マクシミリアは半眼で振り向いた。するとそこには扉を少し開き、こちらを覗く人影がある。
「エディ。まだ入っていいとは言ってないのだけど?」
「まだ入っていないよ」
「良いと言うまで開けないでよ。レディの部屋よ」
「入ってもいいかな?レディ・マクシミリア?」
マクシミリアはため息を吐いた。
「どうぞ」
エドガー・マッケランはマッケラン公爵家の三男。アレクセイの弟だ。アレクセイはアカデミーの寮にいるので、王都に来てから一度も会っていないが、弟のエドガーは頻繁にマクシミリアを訪ねて来る。
「そうだ。エドガー。アレクセイに私以外の幼馴染がいたのね」
マクシミリアが言うと、エドガーはきょとんとした。
「ん?」
エドガーの首が傾く。
「マッケランの隣の領地から、最近王都に移り住んだご令嬢よ。今、公爵邸でお世話になってるそうね?ご挨拶できるかしら」
エドガーの首がまた少し傾いた。
「……マッケランの隣の領地から、王都に移り住んで、うちでお世話している幼馴染?」
「ええ」
なぜ復唱するのか。
「君じゃないの?」
エドガーは傾げた首を戻して言った。
「私じゃないわ。病弱で、公爵邸でお世話してる幼馴染のご令嬢」
マクシミリアは眉を顰めた。いくら公爵邸が広いとは言え、エドガーが知らないはずはない。
冗談と捉えて答えていたエドガーだが、マクシミリアが本気で聞いていることに気付き、真面目な顔をして言った。
「いないよ。僕たちに、君以外の幼馴染なんて。誰かに何か聞いたの?」
「ええ。アレクセイの婚約者から」
マクシミリアの言葉を聞き、エドガーが手で顔を覆う。
「ちょ、ちょっと待って。さっきから何の話をしてるんだ。誰だ?君にアレクセイの架空の幼馴染と婚約者の話をしたのは」
混乱しているエドガーに、マクシミリアも戸惑う。
「誰って!貴方も知ってるでしょう?私の友達のナターシャ!彼女が去年、アレクセイと婚約したでしょう?」
「――え?ナターシャって……君の唯一の友人と言っていい……たしかコルネリア伯爵家のご令嬢だったかな?」
「そうよ。ナターシャ・コルネリア。ちょっと!どういうことなの?本当に知らないの?」
「僕が聞きたい……」
マクシミリアとエドガーは見つめ合い、やがて二人して蒼白になっていった。
「……嫌な予感がするな」
「……偶然ね。私もよ」
二人はしばし無言になり、各々で思案する。
「アレクセイに最後に会ったのはいつなの?」
「二年前かな。兄さんは長期休みにも帰るのを渋るから」
「私が会ってたのは子供の頃ですもの。少し性格が歪んでいたけど、矯正したんだと思ってたわ」
「兄さんの性格は変わらないよ。むしろ厄介になりつつある」
――はぁ。
同時にため息を吐く。
「とりあえず、病弱な幼馴染はいないのね?」
「ああ。考えてもみてくれ。隣の領地と言っていたんだろう?マッケラン領は山地に囲まれている。陸路で繋がっているのはシュゼットだけだ」
それもそうだ。違和感だらけだったのに、何故気付かなかったのか。
「アレクセイは寮にいるかしら?」
「いや。もう卒業が近いから、先月本邸に帰って来ている。執事に確認しよう」
エドガーはそう言うと部屋を出て行った。
(……アレクセイ)
机に手を置くと、バキッと音を立てて机に穴が開いた。マクシミリアは慌てて深呼吸を繰り返す。
(いけないわ。落ち着かないと)
目を閉じると、ナターシャの笑顔が浮かんだ。薔薇を貰った日の事を嬉しそうに話していたナターシャ。
(何て伝えたらいいのかしら)
婚約は事実なのか。病弱な幼馴染がいると嘘をつき約束を破っていたのは何故なのか。
(何か訳があるのよ。ナターシャを騙していた訳ではないはず)
だってあんなに嬉しそうに微笑っていたのだ。
マクシミリアはベルを鳴らした。
「お呼びですか?」
「ローブを用意してちょうだい。出掛けるわ」
エドガーが公爵邸の執事から、アレクセイの居場所を確認して戻ってきた。王都のカフェだ。先ほどまでマクシミリアがナターシャとお茶をしていた【夕星の灯】
(あんな場所、女性とじゃなければ誰と行くのかしら)
マクシミリアはまた深呼吸をした。気持ちが昂り過ぎると何もかも壊してしまう。
「メタフオラ」
詠唱し、足元に向かって手をかざすと、魔法陣が浮かび上がった。
「ちょっとアレクセイに聞いてくるわね」
魔法陣が淡く光る。
「ちょっと待って!僕も‥‥」
エドガーが最後まで言い切る前に、魔法陣は強く輝き、強い光と共にマクシミリアの姿は立ち消えた。
「早いな」
エドガーは舌打ち交じりに呟くと、コートを羽織り、馬小屋へ走った。
◇
【夕星の灯】の裏口に移動したマクシミリアは店内を覗いた。
すぐにアレクセイを見つけた。マッケラン公爵家の特徴である青銀の髪。同じテーブルに令嬢の姿が見える。髪色も違うので疑いようがないが、ナターシャではなかった。
「パラコルテ」
耳に手をかざし詠唱する。意識を集中すると、アレクセイと令嬢の会話が耳に届いた。
『え?これを私に?』
『ああ。君の瞳に映えると思って』
『アレクセイ様……!うれしい』
『愛するメリンダに喜んでもらえて僕も嬉しいよ』
ビキリ。
マクシミリアが手を添えていた部分の外壁がパラパラと崩れた。とりあえず今は気にしないようにし、 カフェの店員に集中する。
『ちょっと。またよ』
『マッケランの公子よね。また違うご令嬢を連れているわ』
しゃがんでいたマクシミリアは、立ち上がりローブに付いた砂埃を掃った。
(……私の友人についた埃を掃わないといけないわ)
ぼそりと呟く。
「たとえ幼馴染でも許さないわ」
ブーツの足音を響かせ、店内を進み、目的の席へ向かう。アレクセイと向かい合わせで座っていた令嬢がマクシミリアに気付き訝し気にアレクセイに言う。
「あの方、お知り合い?」
「うん?」
アレクセイが振り向いた時には、マクシミリアが席の前に仁王立ちで立っていた。
マッケラン公爵家の髪色も珍しいが、マクシミリアの髪色も珍しい。何年も会っていないものの、白金色の髪色に気付き、アレクセイは悲鳴をあげた。
「うわあああああ」
叫ぶアレクセイを半眼で睨み、低めの声を出す。
「お久しぶりね。アレクセイ。失礼ね。魔物でも見たような顔で叫ばないでほしいわ」
事実、魔物を見た時と同じくらいアレクセイは震えていた。
今のように、魔術を覚える前。有り余る魔力を消費するために、マクシミリアは常に身体強化の術を自身にかけていた。
なので子供時代のけんかは負け知らず。女の子を泣かせたり、年下の子を虐めたりするアレクセイを度々投げ飛ばしていた。
だからマクシミリアの髪を見ただけで怯えるのは仕方ないかもしれない。
(でも悪いのはアレクセイだし……)
「ところでアレクセイ。こちらのご令嬢はどなた?あなた、婚約者がいる身で他の女性と二人きりになってもいいと思っているの?」
咎めるように言うと、座っていた令嬢が目を見開き、アレクセイを睨んだ。
「アレクセイ様…?婚約者とはどういうことですか。やはり私のほかに女性とお付き合いをしていたのですか?」
アレクセイはマクシミリアに会った衝撃を飲み込み、平静を装おうとしている。
「いや誤解だよ。婚約者なんていない。君だけだ」
「でも……私のお友達が、貴方とほかの女性が歩いているのを見たと……!」
「彼は私の友人の婚約者よ。ここで婚約を申し込まれ、承諾した。目撃者もいるわ」
マクシミリアは淡々と間に割って入った。
「目撃者?」
アレクセイは威勢を取り戻しマクシミリアを睨んだ。
「彼らよ」
ちらりと店員たちに視線を向けると、数人が気まずそうに顔を伏せる。それを見た令嬢はアレクセイを睨み手を振り上げた。
アレクセイが小声でなにか唱えた。マクシミリアはすぐさま『解除』の詠唱を唱え、それを打ち消した。
カフェのホールに、頬を打つ乾いた音が響く。
「マクシー……!」
叩かれたアレクセイは令嬢ではなくマクシミリアを睨んだ。
「あのタイミングでシールドなんて張ったら、ご令嬢の指が折れてしまうわ」
マクシミリアはそう言って令嬢にハンカチを渡した。
「もう行きなさい。彼は私が懲らしめるからね」
マクシミリアより年下に見える。瞳に涙を溜めて頷き、席を立って出て行った。
マクシミリアは令嬢が去り空いた席に座った。店員からグラスを受け取り、口に付ける。レモン水だ。少しだけ冷静になり、冷ややかな目でアレクセイを見据えた。
「聞いたわよ。アレクセイ。貴方、病弱な幼馴染がいるんですって?看病で忙しくて、今日は外に出れないんじゃなかったの?」
「な、」
何故それを…と言いかけてアレクセイは口を噤んだ。マクシミリアは更に言った。
「まさか、それって私の事じゃないわよね?だって私、昔みたいに貴方を殴り飛ばせるくらい元気だもの」
二人が座るテーブルの周囲だけ、キンと冷えたように霜が立ち始めた。あらかじめ結界を張っているので、他には被害は出ない。
アレクセイが少し赤くなった頬に手を置いて、ゆっくりと言った。
「……なんだ?ナターシャと知り合いなのか?あれは彼女が一人でそう思っているだけだ」
「なっ……」
マクシミリアは言い返そうと口を開きかけた時、見覚えのある薄桃色の髪が見えた。
「ナターシャ……!どうしてここに?」
マクシミリアが聞くと、ナターシャは小さな声で言った。
「帽子を忘れたの……以前マクシーに貰った…無くなったら嫌だから、夜になる前に取りに来たのよ」
ナターシャは震える手を握りしめ、アレクセイを見つめた。
「アレクセイ様、どういうことですか?説明してください」
アレクセイはナターシャを一瞥し、短く息を吐いた。
「聞いた通りだ。僕に婚約者はいない。君はまさか自分が僕に相応しい女性だとでも思っていたのか?僕は次男だから家督が継げない。僕の婚約者になり得るには、家が伯爵位以上の爵位がなければ」
淡々と、蔑むようなアレクセイの言葉にナターシャは震えた。
「……!!だからまだ父に婚約の報告はしないでほしいと言ったのですね」
「そうだね。君にはさして友人もいないようだし、貴族の常識にも疎い。少し遊ぶにはちょうど良かった」
思っていた以上の幼馴染の問題発言に、マクシミリアの堪忍袋の尾は切れた。実際に頭の方の血管が切れたかもしれない。
マクシミリアとアレクセイの座るテーブルの柱が凍っていく。アレクセイは少し青ざめたものの、嘲るように言った。
「子供の頃のように、俺に歯向かうつもりか?」
「子供の頃……?」
ナターシャがマクシミリアをちらりと見た。
「なかなか言い出せなかったけど、私がアレクセイの幼馴染の令嬢なの。病弱でもなければ、アレクセイのお世話も受けてないけどね」
マクシミリアは少し申し訳なさそうに言った。
アレクセイは更に言う。
「少し特別扱いを受けているからと言って、子爵家の令嬢風情が、公爵家の令息である僕に歯向かう権限などないぞ」
「――何の権限もないのは兄さんの方だろう」
扉が開き、よく通る声が聞こえた。
肩で息をしながらエドガーはアレクセイに向かって言った。
「正気か兄さん。こんな問題を起こして……立派な詐欺じゃないか」
アレクセイが面倒そうにエドガーに視線を向ける。
「何を言ってる。証明するものがないんだ。公爵令息である僕の証言と、子爵令嬢と伯爵令嬢の証言。どちらが重要視されるか分かるだろう」
エドガーは目を見開き、盛大にため息をついた。
「――はぁ。何を言ってるんだ。マクシミリアの方が権限ならあるよ。今までの功績が認められて、アカデミー卒業後は伯爵位を賜るんだからね」
「な、なに?魔道具を開発したくらいで?」
「マクシーがいくつ魔道具を開発したと思ってる?数百は超えるよ?考案した魔術の数も相当なものだ。陛下の信頼も厚い伯爵と、兄さん……どちらの証言か通るかなんて明確だろう」
アレクセイが途端に蒼白になっていく。
「い、いやしかし……」
パンッと乾いた音が響き、皆マクシミリアを見た。マクシミリアは手を打ち鳴らして二人の会話を止めた。
「とりあえずアレクセイは警備隊を呼んで、治安局に引き渡して貰おうかしら」
そう言い、ナターシャを見る。ナターシャは瞳を潤わせながら頷いた。
――そうは言っても、アレクセイはまだアカデミーを卒業していない親の保護下にある状態だ。何の罪にも問われないだろう。
アレクセイもそれを分かっているのか、顔色は悪いが舌打ちをしただけで特に抵抗をしない。
マクシミリアは息を吐いた。
「さて。警備隊が来るまでに……アレクセイ」
「……なんだ」
「椅子からおりて」
「は?」
パリパリとマクシミリアの足元が凍ると、アレクセイは口を閉じて言うとおりにした。
「そこに膝をついて」
「‥‥‥」
睨みながらも、アレクセイは従った。
「ヴァッロ」
アレクセイの頭が、重りが乗ったかのようにがくっと下がった。
「ナターシャに謝罪はして」
手をかざしたままマクシミリアは言った。重みにアレクセイは耐えている。
(そんなにも謝りたくないのかしら)
「ヴァッロ。ほら頭をちゃんと下げて」
「……ぐ…!わるかった」
「誠意が感じられないわ。ヴァッロ」
とうとう頭が地面についた。アレクセイは歯を食いしばりながら声を絞り出した。
「申し訳…なかった……!」
呆気にとられていたナターシャは我に返りマクシミリアに慌ててかけよる。
「マクシー、もういいわ」
「そう?」
マクシミリアは物足りなかったが、蒼白なナターシャに免じて手を下げた。重みから解放されたアレクセイは肩で息をしながら後ずさる。
エドガーが見下ろしながら言った。
「兄さん。もっと危機感を持っていないと。次男なんて長男のスペアでしかないのに……それに兄さんには僕もいるから、スペアにもなり得ないんだったら父上に捨てられるぞ」
「――お前ッ……!」
飛びかかるアレクセイをひらりと躱し、エドガーはナターシャに向き直った。
「うちの兄が申し訳ないことをしました。公爵家から正式に謝罪致します」
ナターシャは隣に立つマクシミリアの手を握って言った。
「私も未熟で世間知らずでした」
マクシミリアは手を握り返す。
「もっと良い令息を一緒に探しましょ」
「そうね。パーティーにも顔を出して、社交を学びたいわ」
「付き合うわ」
【夕星の灯】の従業員達は、後にこれを強制土下座と呼び、魔術師マクシミリアを恐れた者も居れば崇拝する者も現れた。
◇
アレクセイを警備隊に引き渡そうとした時、一緒に来たのは二人の兄のクロードだった。クロードは王室騎士団に所属しており、アレクセイを見るなり一発殴った。
クロードも今回の件がうやむやにならないよう公爵に掛け合ってくれると言った。
アレクセイを教育し直すと言っていたが、それは上手くはいかないだろう。
ナターシャを邸宅まで送り、マクシミリアはエドガーと二人で公爵家の馬車に乗り帰路についた。
馬車の中、外を眺めているエドガーに尋ねた。
「よく知ってたわね。私が伯爵位を賜ること。最近決まったことなのに」
「ああ。陛下が僕にすぐ教えてくれたんだ」
「え?何故?」
エドガーは思案して、少し言いにくそうに口を開いた。
「伯爵位を賜れば。君はいずれ婿をとるだろ?」
「そうなるわね」
「だから……」
「だから?」
きょとんとして首を傾けると、エドガーが半眼で呆れた顔をした。そして首を振りながら言った。
「いや。いい。虚しくなる。君にとってまだ僕がその対象じゃないことは分かっていたし」
「なに?気になるじゃない」
「気にしておいてくれ」
エドガーはそっぽを向き、再び窓の外を眺め始める。マクシミリアもそれ以上聞くのを諦め、夕焼けに染まる街並みに視線を移した。
※名前変更のお知らせ
「マクシミリアン」は女性名として設定していたのですが、男性名と受け取られる方が多く、途中まで男性だと思って読まれていた方もいらっしゃったため、「マクシミリア」に変更いたしました。
投稿後の変更となりますが、より物語を楽しんでいただくための変更となりますので、ご了承ください。
なお、愛称はこれまで通り「マクシー」です。
読んでいただきありがとうございます。
面白いなと思っていただけましたら、いいね、ブクマ、☆を押していただけると励みになります。




