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鉄と煤の魔導参謀  作者: と゚わん


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8.神代の迷宮

「――伏せろッ!」


俺の警告と同時に、巨大な石の腕が頭上を薙ぎ払った。 風圧だけで身体が吹き飛ばされそうになる。


『排除、排除、排除』


目の前に立ちはだかるのは、身長3メートルを超える『自律防衛人形ゴーレム』だ。 カロン重工の量産品のような鉄と油の塊ではない。艶やかな黒曜石で構成されたボディは、関節部に青白い光を漏らしながら、生物のように滑らかに動く。


「くっ……! 硬すぎる!」


ヴァルカが走りながらライフルを撃つ。 だが、12.7mm徹甲弾は黒曜石の装甲に弾かれ、火花を散らすだけだ。 現代の兵器が、数千年前の遺物に通用しない。これこそが、神代の技術力ロスト・テクノロジーの絶望的な壁だ。


「ヴァルカ、闇雲に撃つな! 奴の動力源を探せ!」


俺は石柱の影に滑り込み、呼吸を整えながら敵を観察する。 奴の動きにはパターンがある。攻撃の直前、胸部の装甲がわずかにスライドし、廃熱を行っている。 いや、違う。熱ではない。 あれは周囲のマナを「吸入」しているんだ。


「……なるほど。内蔵燃料ではなく、外部からのマナ供給で動くタイプか。だから数千年も稼働できる」


方程式が解けた。 ならば、弱点は一つ。


「ヴァルカ! 胸だ! 奴が腕を振り上げた瞬間、胸の中央にある『吸気口』が開く! そこへ鉛をぶち込め!」


ゴーレムが再び動く。 右腕を大きく振り上げ、俺を押し潰そうとするその瞬間。 黒い胸板がスライドし、青い光の渦が露わになった。


ズドンッ!!


ヴァルカの狙撃に迷いはない。 吸い込まれるように、弾丸が光の渦へと突き刺さる。


『ガガッ……エラ……ー……』


体内で破砕音が響く。 供給回路を破壊されたゴーレムは、糸が切れた人形のように崩れ落ち、その巨体で床を揺らした。


「……ふぅ。……まずは一体」


俺は額の汗を拭う。 だが、息つく暇はない。ゲートの奥から、さらなる駆動音が聞こえてくる。


「おいおい、冗談だろ? まだいやがるのか?」


背後から、煤だらけのガラード曹長が駆け込んできた。 どうやら陽動任務を終え、混乱に乗じて脱出してきたらしい。


「曹長、ゲートを閉鎖しろ! 制御盤はそこだ!」


俺は壁に埋め込まれた操作パネルを指差す。古代文字が並んでいるが、配列は直感的に理解できた。 ガラードが言われた通りにレバーを押し込むと、重厚な金属扉が地響きと共に下降を始め、追ってきたカロンの兵士たちと、奥から現れようとしていたゴーレムの群れを遮断した。


ドォン! 扉が閉まり、静寂が訪れる。


「……助かったぜ。外は火の海だ」


ガラードがその場に座り込み、水筒の水をあおる。


俺たちは、遺跡の内部――『エントランスホール』と思われる広間にいた。


そこは、外の世界とは別天地だった。 壁も床も、継ぎ目のない乳白色の素材で作られている。 照明はないはずなのに、空間全体が淡い青色に発光しており、空気は冷たく、そして不気味なほど澄んでいる。


「……ここが、神代の遺跡……」


俺は杖をつき、壁に近づいた。 触れてみると、石でも金属でもない、人肌のような弾力があった。


「少佐、ここは墓場か何かか? 気味が悪いほど静かだぞ」


「いいや、墓場じゃない」


俺は壁に浮かび上がる幾何学模様――数式と回路図の複合体――を読み解く。


「ここは……『管理施設』だ。かつてこの星の大気を制御し、マナの循環を調整していた巨大なプラントの一部だよ」


神代の人類は、魔法を神秘としてではなく、科学として扱っていた。 この施設は、いわば星の「エアコン」や「空気清浄機」のようなものだ。 それが暴走し、あるいは停止した結果、今の汚染された世界がある。


「行くぞ。地図によれば、この回廊の先に『中枢制御室』へと続くリフトがあるはずだ」


俺たちは青白い回廊を奥へと進んだ。


道中、いくつもの死体を見つけた。 カロン重工の傭兵たちだ。 ある者はゴーレムに押し潰され、ある者は壁から突き出た防衛レーザーに焼かれていた。 だが、奇妙な遺体もあった。


外傷が全くないのに、苦悶の表情で死んでいる男たち。


「……こいつら、何で死んでやがる?」


ガラードが死体をつつく。


俺はハンカチで口元を覆いながら近づいた。 死体の皮膚には、青い結晶のような斑点が浮き出ている。


「『マナ酔い』だ」


「酔い?」


「この施設の空気は、マナの純度が高すぎるんだ。俺たちのような、汚れた空気に慣れきった現代人が長時間吸い込むと、急性の中毒症状を起こしてショック死する」


皮肉な話だ。 かつて人類にとっての恵みだった純粋なマナが、退化した現代人にとっては猛毒になる。


「……全員、マスクを二重にしろ。極力、深呼吸は避けるんだ」


俺は自身の石化した肺をさする。 不思議なことに、俺には息苦しさよりも、むしろ「楽」な感覚があった。 石化した肺の細胞が、この高濃度のマナと共鳴しているのか? いや、あるいはもう、俺の身体は人間よりも「石」に近づいているのかもしれない。


回廊を抜けると、巨大な吹き抜け空間に出た。 底が見えないほどの深淵。 その中央に、一本の巨大な柱がそびえ立っている。 柱の周囲には螺旋状の通路が巻き付き、無数のドローンが蛍のように飛び交っている。


「……壮観だな」


圧倒的な文明の差を見せつけられ、言葉を失う。 カロン重工が必死になって解析しようとしているのも頷ける。ここにある技術の一つでも持ち帰れば、世界の軍事バランスが変わるだろう。


「少佐。あれを見ろ」


ヴァルカが吹き抜けの向こう側を指差した。


そこには、俺たちと同じように遺跡に侵入した「先客」の姿があった。 カロン重工の正規発掘部隊。 そして、その中心に立つ、白衣を纏った金髪の女性。


エレオノーラだ。


彼女は数人の護衛と、荷物持ちのゴーレムを引き連れ、閉ざされた扉の前で何か作業をしていた。


「……追いついたか」


距離はおよそ300メートル。 吹き抜けを挟んだ対岸だ。


「撃ちますか?」


ヴァルカが問いかける。 ここからなら、彼女の頭を撃ち抜くことは容易だ。


「待て。……様子がおかしい」


俺は双眼鏡でエレオノーラの手元を見た。 彼女は扉をこじ開けようとしているのではない。 扉のパネルに、何かを「接続」している。


それは、黒い箱のような装置だった。 そこから伸びるケーブルが、遺跡のシステムに強引に割り込んでいる。


『……解析完了。セキュリティ・レベル低下。……ゲート、開放』


遠くから、合成音声が響いた。 重厚な扉がゆっくりと開き始める。


その隙間から溢れ出したのは、青い光ではなかった。 どす黒い、泥のような闇。


「……!?」


俺の背筋に悪寒が走る。 あれはマナではない。もっとおぞましい、呪いのようなエネルギー。 『魔毒』の凝縮体だ。


「馬鹿な……エレオノーラ、お前は何を開けたんだ?」


彼女は「パンドラの箱」を開けてしまったのかもしれない。 扉の奥から、ズルリと「何か」が這い出してくる気配がした。


「……急ぐぞ! 奴らに接触する!」


俺たちは隠密行動を捨て、対岸へと続く連絡橋を駆け出した。 もはや、カロンとの戦争ごっこをしている場合ではない。 この遺跡は、俺たちの想像を超える「何か」を封印していたのだ。

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