表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄と煤の魔導参謀  作者: と゚わん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

7.防衛ライン突破

夜の砂漠は、昼の熱気が嘘のように冷え込んでいた。


月明かりだけが頼りの暗闇の中、俺たちの『鉄の棺桶』はエンジンを切り、慣性だけで緩やかな砂丘の斜面を下っていた。 タイヤが砂を噛むわずかな音さえ、風鳴りがかき消してくれる。


「……寒いな」


助手席で身を縮めながら、俺は懐の化学発熱剤(カイロ)を肺のあたりに押し当てた。 石化した肺は気温の変化に弱い。まるで氷の塊を胸に埋め込まれているような痛みが続く。


「少佐、本当にこのままでいいのか? ライトもつけずに突っ込むなんて、正気の沙汰じゃねえぞ」


ガラード曹長が、暗視ゴーグル越しに冷や汗を流しながら囁く。


「問題ない。……俺の計算では、あと300メートルで敵の『第1警戒ライン』だ」


俺はダッシュボードに広げた電子図面を指でなぞる。 情報屋から手に入れた地図と、俺が観測した敵の配置パターンを重ね合わせたものだ。


前方の盆地の底、遺跡の入口周辺には、カロン重工が設営した前線基地が煌々と明かりを灯している。 サーチライトが夜空を舐め、一定間隔で配置された魔導レーダーが回転している。


「あのレーダーは『マナ感応式』だ。大気中の魔素の揺らぎを感知し、魔法使いや魔導兵器が近づけば即座に警報を鳴らす」


だが、それは裏を返せば「魔力を持たないもの」には反応しないということだ。


俺は魔導回路が焼き切れた廃人。 ヴァルカは魔法を使えない先住民族。 ガラード曹長は魔力ゼロの一般人。 そしてこの装甲車は、魔石エンジンではなく、旧時代の化石燃料ガソリンエンジンで動く骨董品だ。


「俺たちは『魔法的なステルス』状態にある。……物理的な目視さえされなければ、幽霊のように通り抜けられるさ」


「幽霊ねえ……。俺たちゃ図体のでかい鉄屑だぜ?」


「だからこそ、奴らの心理的な死角を突く。……見ろ、9時方向」


俺が指差した先。 基地の裏手にあるゴミ捨て場のような区画に、大量の廃棄車両や壊れた重機が積み上げられていた。


「あそこは廃棄エリアだ。奴らは遺跡の発掘で出た瓦礫や、壊れた機材をあそこに捨てている。……あそこだけ、監視カメラの密度が極端に低い」


「ゴミに紛れろってか。……へっ、お似合いだ」


ガラードが苦笑し、ハンドルをゆっくりと左に切る。


俺たちの車両は、闇に溶け込むようにして廃棄エリアへと滑り込んだ。 周囲には、半ば砂に埋もれた削岩機や、ひしゃげたトラックの残骸が散乱している。


「……停止」


俺の合図で、ガラードがブレーキを踏む。 キー、と微かな金属音がしたが、風の音に紛れて誰にも気づかれなかった。


基地のフェンスまでは、あと50メートル。 ここからは徒歩だ。


「ヴァルカ。……先行して『目』を潰せ」


後部座席のヴァルカが、音もなく外へと飛び出す。 彼女は砂の色に似たボロ布を全身に巻きつけ、匍匐ほふく前進でフェンスへと近づいていく。


彼女が狙うのは、フェンスの上部に設置された監視カメラの配線だ。 銃は使わない。発砲音は命取りになる。 彼女は腰から取り出したワイヤーカッターを口にくわえ、猫のような身軽さで支柱を登っていった。


パチン。 小さな音がして、俺の手元のモニターに映っていた監視映像の一つが砂嵐ノイズに変わった。


「よし。……行くぞ、曹長」


俺は杖をつき、ガラードと共に車を降りた。 装甲車はここに隠しておく。帰りの足がなくなるのは痛いが、今は遺跡内部へ侵入することが最優先だ。


フェンスの裂け目を通り抜け、基地の敷地内へと入る。 そこは、喧騒に満ちていた。


「おい、3番コンテナを急げ! 夜明けまでに搬入しろ!」


「クソッ、また発掘班がやられたぞ! 遺跡の防衛ドローンだ!」


作業員たちの怒号と、重機の稼働音。 カロン重工の私設部隊は、遺跡の探索に手こずっているようだった。 彼らの装備は最新鋭だが、その顔には疲労と苛立ちが見える。


「……あそこだ」


俺は物陰から、基地の中央に鎮座する巨大な構造物を見上げた。 砂の中から突き出た、黒い金属の塔。 『遺跡』の入口だ。


その周囲には、厳重なバリケードが築かれ、数台の『二足歩行戦車ウォーカー』が見張りに立っている。 あれに見つかれば、蜂の巣にされる。


「少佐、どうする? 流石に正面突破は無理だぞ」


ガラードが小銃を構えながら囁く。


「……陽動が必要だな」


俺は懐から、カナンで調達した数個の『時限発火筒』を取り出した。 ダイナマイトほど威力はないが、激しい音と煙を出す花火のようなものだ。


「曹長、これをあそこの燃料タンクの裏と、弾薬庫の通気口に投げ込んでくれ。……設定時間は3分だ」


「へへっ、花火大会か。任せな」


ガラードがニヤリと笑い、闇の中へと消えていく。


俺はその場に残り、ヴァルカの帰還を待つ。 3分後。 この基地はパニックに陥る。その混乱に乗じて、遺跡のゲートへ滑り込む算段だ。


だが。 俺の方程式には、常に「不確定要素イレギュラー」がつきまとう。


「……おい、そこのお前」


背後から、低い声がかけられた。


心臓が跳ねる。 振り返ると、見回りの兵士が一人、自動小銃をこちらに向けて立っていた。 魔導センサーには引っかからなかったが、運悪く用を足しに来た兵士と鉢合わせたらしい。


「見ない顔だな。……その軍服、帝国の……!?」


兵士が目を見開き、引き金に指をかける。


俺の手には杖しかない。 距離は5メートル。俺の足では逃げられない。


「……チェックメイト、にはまだ早いな」


俺は杖のグリップにある隠しスイッチを押した。 先端から、圧縮空気が噴出する。 プシュッ!


目くらましの煙幕スモークだ。


「ぐわっ、なんだ!?」


兵士が怯んだ一瞬の隙。 だが、それだけでは倒せない。彼が闇雲に発砲すれば、基地中に知れ渡る。


その時。 ドスッ!


鈍い音がして、兵士の体が不自然に跳ね上がった。 その喉元には、深々と投げナイフが突き刺さっている。


兵士は声も出せずに崩れ落ちた。


「……遅いぞ、ヴァルカ」


煙の向こうから、ヴァルカが姿を現した。 彼女は倒れた兵士からナイフを引き抜き、無造作に血を拭って鞘に収める。 その瞳は「3分も待たせるな」と言いたげだった。


「……計算外の遭遇戦だった。だが、結果オーライだ」


俺は冷や汗を拭う。


直後。 ドォォォォン!!


基地の反対側で、爆音が轟いた。 ガラードが仕掛けた発火筒だ。燃料タンクに引火したのか、夜空を焦がすような赤い炎が吹き上がる。


ウゥゥゥゥ――!! サイレンが鳴り響く。


「敵襲だ! 消火班、急げ!」


「どこから撃たれた!? 魔力反応なしだと!?」


基地中がハチの巣をつついたような騒ぎになる。 見張りの歩行戦車たちが、慌てて爆発現場へと向かっていく。


「……道が開いた」


遺跡の入口、その守りが手薄になった瞬間。


「行くぞ、ヴァルカ! 曹長とは中で合流だ!」


俺たちは影から飛び出し、黒い塔のゲートへと走った。


ゲートは半開きになっており、中から冷たい空気が流れ出している。 その暗闇の奥に、俺が求めていた「答え」がある。


俺たちがその境界線を越えた、その時だった。


『――侵入者検知。生体ID、非登録。排除モード、起動』


頭上から、無機質な合成音声が降ってきた。


ズズズ……!


ゲートの両脇にあった石像――いや、石像に擬態していた『自律防衛人形ゴーレム』が、赤く目を光らせて動き出したのだ。 カロン重工の兵器ではない。 神代の技術で作られた、本物の守護者。


「……厄介な番犬のお出ましだ」


俺は走りながら叫んだ。


「ヴァルカ、関節を狙え! 古代の機械も、動く原理は同じはずだ!」


ヴァルカが走りながらライフルを構える。 背後からはカロンの追手。 正面には古代の殺戮兵器。


俺たちの遺跡攻略は、最初からクライマックスの様相を呈していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ