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鉄と煤の魔導参謀  作者: と゚わん


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6.錆びた街の取引

オアシス都市『カナン』。 その名の響きが持つ「約束の地」という甘美なイメージは、この街には微塵もない。


巨大な錆びたパイプが血管のように地表を這い回り、地下深層から汲み上げられた泥混じりの水が、ろ過プラントへと送られていく。 街全体が、巨大な錆びたポンプの振動音に包まれていた。


「……酷い臭いだ。腐った水と、安酒の臭いが混ざってやがる」


装甲車を降りたガラード曹長が、鼻をつまんで顔をしかめた。 市場の屋台には、砂漠で捕れたトカゲの串焼きや、出所不明の機械部品が並んでいる。行き交う人々は皆、ボロ布をまとい、腰に銃やナイフをぶら下げていた。


ここは法が及ばない無法地帯グレーゾーン。 帝国と連邦、どちらの通貨も通用するが、最も信用されるのは「水」と「弾薬」、そして「現物」だ。


「曹長、補給を頼む。水と燃料、それからヴァルカの使う12.7mm弾だ。足元を見られるなよ」


俺は懐から、帝国軍の正規支給品である鎮痛剤の瓶を数本取り出し、ガラードに渡した。ここでは金貨よりも、こうした高品質な医薬品の方が高値で取引される。


「へいへい。……で、少佐は?」


「俺は情報の仕入れだ。この先の遺跡について、現地のジャンク屋(発掘屋)に話を聞く」


俺はフードを目深に被り直し、杖をついて雑踏へと歩き出した。 背後には、当然のようにヴァルカが付いてくる。彼女は巨大なライフルを布で包んでカモフラージュしているが、その鋭い眼光は周囲の強盗予備軍を威圧するには十分だった。


路地裏にある、廃材で作られた薄暗い店。 看板には『鑑定・買取・情報』と殴り書きされている。


店に入ると、油と線香の混じった匂いがした。 カウンターの奥に、片目が義眼の老人が座っている。この街の古株情報屋、通称「古鉄スクラップ」だ。


「……帝国の軍人さんが、こんな掃き溜めに何の用だね?」


老人は俺の軍服の裾を一瞥し、しわがれた声で言った。義眼のレンズが、カシュンと音を立てて絞り込まれる。


「観光さ。……南にある『星の墓場』へのルートを知りたい」


俺が単刀直入に切り出すと、老人の動きがピタリと止まった。


「……あそこは『呪われた土地』だぞ。入った者は誰も帰ってこない。先週も、腕利きの発掘チームが全滅した」


「全滅? 砂鮫にか?」


「いいや。……『守り神』さ。遺跡を守る自律兵器が、まだ生きてるんだとよ」


老人はカウンターの下から、一枚の古ぼけた地図を取り出した。 赤インクで無数のバツ印がつけられている。


「この地図には、過去の侵入者が全滅したポイントが記してある。……金貨50枚だ」


法外な値段だ。 だが、俺は地図には手を伸ばさず、代わりにポケットから懐中時計を取り出した。 蓋を開け、中の「黒い石」を見せる。


「……こいつは?」


「アッシュ・バレーの石だ。高濃度の魔毒汚染を受けている」


俺は淡々と説明する。


「爺さん、あんたの肺。……呼吸音が変だ。ヒューヒューと音がする。石肺病の初期症状だな?」


老人の顔色がわずかに変わった。


「……俺は医者じゃないが、治療薬の流通ルートなら知っている。帝都の病院で使われている、進行を遅らせるための特効薬だ」


俺は懐から、自分用に持っていた気管支拡張剤のアンプルを一本、カウンターに置いた。 琥珀色の液体が、ランプの光を受けて輝く。


「金貨はいらない。この薬と、その地図。……それから『本当の情報』を交換しよう」


「……何のことだ?」


「とぼけるな。地図のインクの酸化具合を計算した。そのバツ印は、つい数日前に書かれたものだ。……つまり、あんたは『全滅した場所』を知っている誰かから、定期的に報告を受けている」


俺は一歩、カウンターに近づく。


「誰だ? 遺跡に近づく者を排除し、情報を独占している連中は」


老人はしばらく黙り込んでいたが、やがて諦めたように溜息をつき、アンプルをひったくるように手に取った。


「……『連邦』だよ」


「連邦軍か?」


「いや、正規軍じゃねえ。……『カロン重工』。連邦の兵器開発を牛耳る巨大企業だ。奴らの私設部隊が、一ヶ月前から遺跡を封鎖してやがる」


カロン重工。 エレオノーラが亡命した先であり、あの白い機体『ホワイト・グリント』を開発した元凶だ。やはり、彼女も絡んでいるのか。


「奴らは遺跡から何かを掘り出そうとしている。……だが、遺跡の防衛システムが強すぎて手こずっているらしい。最近じゃ、街で発掘屋を雇っては、捨て駒として送り込んでるって噂だ」


老人は地図に、新たな印を書き加えた。


「ここが奴らのベースキャンプだ。……死にたくなければ近づくな。あいつらは、遺跡の怪物よりもタチが悪い」


「忠告感謝する。……取引成立だ」


俺は地図を受け取り、店を出ようとした。


その時だ。 店の扉が乱暴に開け放たれ、数人の男たちが雪崩れ込んできた。 揃いの黒いジャケット。胸には『カロン重工』の社章である、歯車のマーク。


「おい爺さん! 今の薬、こっちに寄越せよ!」


リーダー格の男が、老人の手にあるアンプルに目をつけ、ニヤニヤと笑いながら近づく。


「こいつは俺の……」


「うるせえ! この街の物資はすべてカロン様の優先事項だ!」


男が老人を突き飛ばし、アンプルを奪おうとする。 残りの男たちは、出口に立つ俺とヴァルカを取り囲んだ。


「おっと、そこの兄ちゃんも見ない顔だな。……その杖、いい細工じゃねえか。置いてけよ」


典型的なゴロツキだ。企業の威光を笠に着たハイエナ。 俺は溜息をつき、ヴァルカを見た。 彼女は布の下で、既にライフルの安全装置を外している。


「……計算するまでもない」


俺は杖を床にコツンと突いた。


「3秒だ、ヴァルカ」


俺が言い終わるより早く、ヴァルカが動いた。 布を振り払い、巨大なライフルの銃床ストックで、目の前の男の顎をカチ上げる。 ゴッ、という鈍い音と共に男が宙を舞う。


「なっ!?」


他の男たちが銃を抜こうとするが、遅い。 狭い店内では長物であるライフルは不利――それが常識だ。 だが、ヴァルカはその重量を遠心力に変え、ライフルを棍棒のように振り回した。


鉄塊が横薙ぎに一閃。 二人まとめて肋骨を砕かれ、壁まで吹き飛ばされる。


最後に残ったリーダー格の男が、腰のナイフを抜いて俺に襲いかかろうとした。


「死ねぇ!」


俺は動かない。 男のナイフが俺の鼻先数センチまで迫った瞬間、横から伸びてきたヴァルカの足が、男の膝関節を正確に踏み抜いた。


「ギャアアアッ!」


男が崩れ落ちる。 ヴァルカはその喉元に、冷たい銃口を突きつけた。


店内は一瞬で静まり返った。 老人が唖然としてカウンターの影から覗いている。


俺はリーダー格の男を見下ろし、冷ややかに言った。


「カロン重工の私設部隊と言ったな。……上司に伝言だ」


俺は奪われそうになったアンプルを拾い上げ、老人に放って返した。


「『掃除屋が来た』とな」


店を出ると、外ではガラード曹長が装甲車を回して待っていた。 荷台には水と燃料が満載されている。


「早かったな、少佐。……おや、中で運動会でもあったのか?」


中から聞こえる呻き声を聞きつけ、ガラードがニヤリと笑う。


「軽い準備運動さ。……行くぞ。目的地が決まった」


俺は装甲車に乗り込む。 地図に記された「遺跡」の位置。そして、そこに陣取る企業の私設部隊。


砂塵の向こうで、過去の因縁と、未来の絶望が待っている。 俺は咳き込みながら、懐中時計の蓋を閉じた。


「……急ごう。星の寿命が尽きる前に」


装甲車が砂煙を上げ、南へと走り出す。 錆びた街は、その背中を無関心に見送っていた。

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