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鉄と煤の魔導参謀  作者: と゚わん


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4.静寂の狙撃

俺たちは泥の中を這うように後退し、放棄された露天掘りの採掘場へとたどり着いた。


そこは、かつて魔石を掘り尽くして捨てられた巨大なクレーターだ。だが、俺は知っている。この地下深層には、不純物が多くて採掘が見送られた「揮発性の粗悪魔石層」が眠っていることを。


「配置についたか」


俺は喉元のマイクを押さえて囁く。


『ああ、いつでもやれるぜ。……だが少佐、本当にやる気か?』


ヘッドセットからガラード曹長の押し殺した声が返ってくる。 彼は今、採掘場の四隅に設置した指向性爆薬の起爆スイッチを握っているはずだ。


「やるさ。奴らは高効率を誇るがゆえに、エネルギー源には敏感だ。この地下から漏れ出す魔力の匂いを嗅ぎつければ、必ず踏み込んでくる」


俺は杖をつき、クレーターの中央、剥き出しの岩盤の上に一人で立った。


雨は土砂降りだ。 冷たい雫が頬を叩き、高ぶる神経を冷やしていく。


「……ヴァルカ」


背後の岩陰には、彼女がいる。 姿は見えない。気配すら消している。だが、俺の後頭部に突き刺さるような鋭い視線だけが、彼女の存在を証明していた。


「条件は最悪だ。風速15、視界不良。……だが、俺の計算では、チャンスは一度しかない」


返事はない。ただ、カチリとボルトを操作する微かな金属音が風に乗って届いた。 それで十分だ。


数分後。 クレーターの縁に、白い光が現れた。


『ホワイト・グリント』だ。 泥の斜面を滑り降り、俺の目の前へ悠然と着地する。その後ろには、装甲車に守られたエレオノーラの指揮車両も続いている。


白い機体が、俺に砲口を向けたまま停止した。


『……久しぶりね、アラストル。生きていたの?』


外部スピーカーから響く声は、かつて研究室で聞いていたそれと同じ、優雅で知的な響きを持っていた。


「ああ、死にぞこないさ。……君のおかげでね、エレオノーラ」


俺は咳き込みながら、両手を広げてみせた。


『どうして逃げないの? その体で、私に勝てると思っているの?』


「勝つ? 違うな。俺は君を止めに来たんだ。……その機体に使われている理論は未完成だ。あれは世界を汚すだけの欠陥品だよ」


挑発。 彼女の研究者としてのプライドを逆撫でする。


案の定、スピーカーから聞こえる声の温度が下がった。


『欠陥品? ……貴方は何も分かっていない。この機体こそが、戦争を終わらせる光よ。圧倒的な力で世界を管理すれば、誰も血を流さずに済む』


彼女は本気でそう信じている。 純粋すぎる理想は、時として悪意よりもタチが悪い。


『貴方のその哀れな肺も、私が新しい世界を作れば治してあげられる。……さあ、投降なさい』


白い機体が、威圧するように排気音を上げた。 魔導砲の充填が始まる。青白い光が収束していく。


俺は懐から、起爆スイッチを取り出して見せた。


「お断りだ。……それよりエレオノーラ、足元の数値を見てみろ」


『……?』


「この地下には、数万トンの粗悪魔石が眠っている。俺がこのスイッチを押せば、ここはお前ごと吹き飛ぶ巨大な爆弾になる」


ハッタリではない。実際に起爆すれば、この一帯は消滅する。 だが、それは俺たちも死ぬことを意味する。いわゆる「相互確証破壊」のカードだ。


一瞬の沈黙。 彼女が計器を確認しているのが分かる。


『……なるほど。相変わらず、無茶な計算式を組むのね』


彼女の声に焦りの色が混じる。 高エネルギー反応を探知したのだろう。


「退け、エレオノーラ。さもなくば、この泥沼が俺たちの墓場だ」


俺は親指をスイッチにかける。


緊張が極限まで張り詰める。 雨音だけが耳に痛い。


次の瞬間、エレオノーラが叫んだ。


『……全機、最大防御障壁フル・シールド展開!! 爆発に備えろ!!』


勝った。


俺は心の中で小さく呟く。


白い機体を中心に、半球状の光のドームが展開される。 あらゆる物理衝撃と魔法を遮断する、絶対防御の壁。爆発すらも防ぐ最強の盾だ。


だが、どんなに高性能な魔導機関にも、物理的な限界ボトルネックがある。 最大出力で障壁を展開した直後、回路の焼き付きを防ぐために、強制的な「冷却時間クールダウン」が発生するのだ。


その時間は、わずか0.5秒。 障壁が消え、再展開されるまでの、ほんの一瞬の空白。


俺はスイッチを押さなかった。 代わりに、右手を高く掲げ、指を振り下ろした。


「……今だ」


ドォォォォォンッ!!


雷鳴ではない。 ヴァルカのライフルが咆哮した音だ。


彼女が放ったのは、たった一発の弾丸。 だが、それは俺の計算通り、障壁が消失したコンマ数秒の隙間を縫い、雨のカーテンを引き裂いて直進した。


狙うのは、コクピットではない。 それではパイロットが死んでしまう。


弾丸は、『ホワイト・グリント』の左膝関節のわずかな隙間に吸い込まれた。 そこは、機体の姿勢制御を司るジャイロセンサーと、動力伝達パイプが集中している「アキレス腱」だ。


ガギィィィン!!


硬質な破砕音。 火花が散り、白い巨体のバランスが崩れる。


『えっ……!?』


機体は傾き、自重を支えきれずに泥の中へと無様に倒れ込んだ。 膝から下がねじ切れ、青白いオイルが噴水のように吹き出す。


「次!!」


俺は叫ぶ。


二発目の銃声。 今度はエレオノーラの指揮車両の屋根にある、通信アンテナが吹き飛ばされた。 これで奴らは本隊との連携を失い、孤立する。


『きゃあっ! な、何が……!? 障壁は完璧だったはずよ!?』


狼狽するエレオノーラの声。 彼女には理解できないだろう。魔法の理論に完璧などないことを。そして、それを覆したのは、魔力を持たない少女の、ただひたむきな一撃であることを。


俺は倒れた巨人の前まで歩み寄った。 泥まみれの白い機体は、もはや美しい「光」ではなく、ただの壊れた鉄屑に見えた。


「チェックメイトだ、エレオノーラ」


俺は杖で、泥に沈んだ機体の装甲をコツンと叩いた。


「関節をやられた機体は動けない。通信も切った。……このままここで泥に沈むか、大人しく撤退するか。選べ」


ハッチが開く音はしなかった。 長い沈黙の後、外部スピーカーから、悔しげで、しかしどこか諦めを含んだ声が漏れた。


『……貴方の勝ちよ、アラストル。相変わらず、可愛げのない計算ね』


予備の信号弾が打ち上がり、撤退の合図が出される。 動けなくなった『ホワイト・グリント』は、随伴車両によって牽引されていく。


去り際、エレオノーラの乗る車両が俺の横で停まった。 窓が開くことはなかったが、彼女の声だけが届いた。


『……南の遺跡へ行きなさい。「星の寿命」を延ばす鍵がそこにあるわ』


「……何?」


『私たちが目指した夢の続きは、戦争の中にはなかった。……確かめてきなさい。貴方のその目で』


車両は遠ざかり、雨の向こうへと消えていった。


緊張が解け、俺はその場に膝をついた。 泥水が冷たい。肺が悲鳴を上げている。


「……ゴホッ、オェッ……」


激しく咳き込む俺の背中に、温かい手が触れた。 ヴァルカだ。 彼女もまた、泥と硝煙にまみれ、肩で息をしていた。


「……いい腕だった、ヴァルカ。お前のおかげだ」


彼女は小さく首を振り、俺の口元を袖で拭った。 その鉄色の瞳には、ほんの少しだけ、安堵の色が浮かんでいるように見えた。


泥濘の戦場に、静寂が戻ってくる。 だが、これは終わりではない。エレオノーラが残した「南の遺跡」という言葉。 俺たちが足を踏み入れるべき次の地獄が、そこで待っている。


「……行こう。計算の続きをしにな」


俺はヴァルカの手を借りて立ち上がった。 雨はまだ、止みそうになかった。

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