14.逆転の暴走
「警告! 外部マナ濃度、急上昇! 計測不能!」
帝国の巨大戦艦『ベヘモス』の艦橋では、オペレーターの悲鳴が響き渡っていた。 全長200メートルを超えるこの攻城兵器は、主砲発射のために周囲のマナを強制的に吸入する「魔力集束モード」に入っていた。それが仇となった。
『吸わせろ。……腹が裂けるまで食わせてやる』
遺跡の地下深くから、アラストルの冷徹な声が通信回線に割り込む。
次の瞬間、遺跡の周辺地面にある無数の亀裂から、黒い奔流が噴き出した。 それは地下深くで渦巻いていた、高濃度の「星の血液(汚染マナ)」だ。 アラストルは換気システムを暴走させ、本来は地下に封じ込めるべき毒を、地表に向けて一気に噴出させたのだ。
「艦長! 吸入パイプが持ちません! エネルギー充填率、400%を突破!」
「排出だ! 余剰魔力を捨てろ!」
「間に合いません! 炉心が融解します!」
ベヘモスは、掃除機が水を吸い込んだように異常振動を始めた。 内部の魔導回路が、あまりに純度の高すぎるマナに耐えきれず、次々と焼き切れていく。
ズズズ……ドォォォン!!
轟音と共に、ベヘモスの巨体が内部から破裂した。 主砲塔が吹き飛び、漏れ出したエネルギーが青白い爆炎となって周囲の戦車隊を巻き込む。
「ひ、退けぇ! 誘爆するぞ!」
包囲していた連合軍はパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように後退していく。
【遺跡・中枢制御室】
「……ふぅ。これで少しは静かになるだろう」
俺はコンソールの前で息をついた。 モニターには、燃え上がるベヘモスの残骸と、混乱する敵軍の様子が映し出されている。
「相変わらず派手な『花火』だこと。……おかげでノイズが減って、演算速度が上がったわ」
エレオノーラが不敵に笑い、エンターキーを叩く。
「最終フェーズ、移行。……アラストル、準備はいい?」
「ああ。……始めよう」
俺は懐中時計を取り出し、その蓋を開けたままコンソールの上に置いた。 中にある「アッシュ・バレーの石」が、部屋のマナと共鳴して微かに震えている。
「書き換え開始まで、あと300秒。……これが終われば、世界中の魔石はただの石ころになり、魔法は消滅する」
それは、俺たちの勝利であり、同時に俺たちが知る世界の「死」でもあった。
だが。 そう簡単に終わらせてはくれないらしい。
『――システム防衛本能、最大化。……排除対象ヲ、殲滅シマス』
部屋の四隅にある排気ダクトが弾け飛んだ。
「ッ! まだ湧いてきやがるか!」
ガラードがショットガンを構える。 現れたのは、先ほどまでの小型人形ではない。 銀色の流体が融合し、巨大な騎士のような姿を形成していた。 遺跡そのものが生み出した、最後の番人。
「数は4体……いや、6体か! キリがねえぞ!」
「守り抜け! あと5分だ!」
俺は叫ぶが、指はキーボードから離せない。最後のコンパイル作業には、俺の脳の処理能力すべてが必要だからだ。
ズドンッ!
ヴァルカのライフルが火を噴く。 だが、巨大化した銀の騎士は、胸の大穴を瞬時に修復し、無機質な動作で剣(のような腕)を振り下ろしてきた。
「くそっ、再生速度が上がってやがる!」
ガラードが体当たりでヴァルカを突き飛ばし、攻撃を回避する。しかし、その余波で彼の肩が切り裂かれ、鮮血が舞った。
「曹長!」
「へっ、かすり傷だ! ……だが少佐、こいつはマズいぞ。弾切れだ!」
ガラードが空になったショットガンを投げ捨て、腰のナイフを抜く。 ヴァルカもまた、ライフルの予備弾倉がないことを悟り、銃身を棍棒のように構え直した。
敵は6体。こちらは満身創痍。 そして、俺とエレオノーラは動けない。
「……万事休すか」
俺の脳裏に、冷たい計算結果が浮かぶ。 全滅確率、99.9%。
その時だった。
「……少佐。計算違いだ」
ヴァルカが、初めて俺に向かって声を出そうとした。 いや、声帯は石化している。それは、空気が漏れるような音だった。
彼女は懐から、一本のアンプルを取り出した。 俺が持っていた、気管支拡張剤ではない。 カナンでゴロツキから奪い返した、もう一つの薬瓶。
『ニトロ・ブースト(魔力暴走剤)』。 一時的に体内のマナ回路を焼き切るほどの負荷をかけ、限界を超えた身体能力を引き出す劇薬。
「ヴァルカ、よせ! お前の身体じゃ耐えられない!」
俺が止める間もなく、彼女はそのアンプルを首筋に突き刺した。
ドクンッ!!
彼女の身体から、青白い蒸気が噴き出す。 鉄色の瞳が、赫く輝いた。
彼女はライフルを片手で軽々と振り回し、床を蹴った。 その速度は、人間の動体視力を超えていた。
「……!」
銀の騎士の首が、次々と宙を舞う。 それは狙撃手ではない。 命を燃やして舞う、一陣の暴風だった。




