11.創世記の改竄
「……接続。演算領域、展開」
俺の声と共に、中枢制御室の空気が張り詰めた。
俺とエレオノーラは、巨大なカプセルの左右に陣取り、それぞれの端末を遺跡のホストコンピュータに物理接続していた。 俺たちがやろうとしているのは、この星の管理システムへの「ハッキング」ではない。 根本的な「OSの書き換え」だ。
「魔素の循環プロトコルを逆転させるわ。……汚染されたマナを『燃料』としてではなく、『個体物質』として固定化する。理論上は、世界中の魔石がただの石ころに変わるはずよ」
エレオノーラの指が、目にも留まらぬ速さでキーボードを叩く。 彼女が担当するのは「術式の構築」。 対して、俺が担当するのは「演算処理」だ。
「……言うのは簡単だがな。変数は数億を超えるぞ」
俺は額に脂汗を浮かべながら、脳内で膨大な数式を処理していく。 石化した肺が熱く脈打ち、脳の処理速度を加速させている。俺の身体そのものが、このシステムの外部演算装置として機能していた。
『――警告。不正な介入を検知。システム保護のため、抗体プログラムを起動します』
無機質なアナウンスが響く。 次の瞬間、壁面のパイプから、スライム状の銀色の流体が滴り落ちた。 それらは床で蠢き、人型――先ほどのゴーレムよりも小型で、俊敏な「殺戮人形」へと形を変えていく。
「ちっ、やっぱり出やがったか! ここの白血球どもめ!」
ガラード曹長が吼え、ショットガンをぶっ放す。 散弾が銀色の人形を吹き飛ばすが、すぐに液体に戻って再生してしまう。
「曹長、物理攻撃は時間を稼ぐだけだ! 『核』を探せ! 奴らの身体の中に、赤く光る点が移動しているはずだ!」
俺は計算の手を止めずに叫ぶ。
「無茶言うな! あんなチョコマカ動くもんの核なんざ、狙えるか!」
「……」
ズドンッ!
ガラードの愚痴を遮るように、重い銃声が響いた。 ヴァルカだ。 彼女は制御室のコンソールの上に陣取り、ライフルを構えていた。 放たれた一撃は、襲いかかる人形の胸部を一瞬で貫き、その奥にある「核」を粉砕した。
銀色の人形が、ドロドロの液体となって崩れ落ちる。
「……ナイスだ、お嬢ちゃん!」
ガラードがニヤリと笑う。 ヴァルカは表情を変えず、次弾を装填する。 彼女は俺とエレオノーラの背中を守る、鉄壁の盾だ。
「アラストル、第3層の防壁が硬い! 私の演算能力じゃ突破に40分かかるわ!」
エレオノーラが悲鳴のような声を上げる。 40分もあれば、俺たちはこの銀色の怪物たちに飲み込まれる。
「……貸せ。俺がこじ開ける」
俺は自分の思考領域を、エレオノーラの端末へと割り込ませた。
「なっ、馬鹿なの!? 石肺病の進行が早まるわよ!」
「計算通りだ。……俺の肺の稼働率はまだ60%残っている。これを『燃料』にすれば、一時的に処理能力を3倍に引き上げられる」
俺はポケットから気管支拡張剤のアンプルを出し、首筋に直接突き刺した。 薬液が脳へ駆け巡る。視界が白く明滅し、世界が数式へと分解されていく。
「……見える」
防壁のアルゴリズム。そのわずかな「論理的矛盾」。 数千年前の天才が書いたコードにも、必ず隙はある。
「そこだッ!」
俺がエンターキーを叩き込んだ瞬間、モニターの文字列が赤から緑へと変わった。
『――第3層、突破。システム権限の一部を譲渡します』
「やった……! 信じられない、人間の脳でやる計算じゃないわ!」
エレオノーラが驚愕する。
「感心している暇はないぞ。……本番はこれからだ」
俺は咳き込み、掌についた血を服で拭った。 まだ始まったばかりだ。 この星の運命を書き換える方程式は、あまりにも長大で、残酷なほどに複雑だった。




