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超能力者たちの事件簿  作者: 白雪
鹿と少女の戯れ
6/8

06

 自宅の自室に戻った美桜は怒り狂っていた。紫苑から、彼らが手に入れた情報を教えてもらって、日記を見た。物語だったらこのあとスカッとする結末が待っているだろうほどに胸糞悪い、完全なる悪の所業だ。でも、ここは現実で。あれだけのことをやらかしても、与えられる罰は大したことはない。やったことに釣り合うとは到底思えなかった。

 部屋にこもってパソコンに向かっている美桜の脳裏でぐるぐると回っているのは五条俊子の日記の内容だった。一字一句覚えられるわけではない。それでも忘れることのできないほどの衝撃があったのだ。今、美桜を突き動かしているのはその忘れられない記憶と、地獄へ叩き落としてやるという強い思いだけだった。

 芸術系の能力者は一度集中すると誰の声も音も聞こえなくなることが珍しくない。その状態をゾーン、と呼ぶ人も多く、美桜の両親にしてもそんな娘に慣れていたし、学校側もそういう生徒が一定数いるのはいつものことで、出席日数不足はレポート提出でカバーできる。

 いつのまにか母親が置いてくれた手でつまめる食事に手を伸ばし、頭が疲れると倒れたように眠り、そんな日を三日ほど過ごした美桜はバタン、と倒れた。その手には印刷したばかりの、三百枚程度の原稿が握られていた。


 美桜がゾーンに入って学校を休み始めてから数日後、由衣夏は榊原と美桜の家を訪ねた。

「篠崎の勘、あたったみたいだな」

 由衣夏はここへ来る前、榊原に嫌な予感がする、と懇願してついてきてもらったのだ。美桜がゾーンに入って学校を休むのは初めてではない。だが、あの日記を見た時の美桜の無表情でありながら、暗く澱んだあの目がどうしても忘れられなかった。

 訪ねていくと美桜は部屋で倒れて……否、床に転がって寝ていた。それ自体はよく見る光景だ。だが、空気が重い。その原因が美桜が手にしている紙の束であることは想像に容易い。

 美桜の両親はソレを気にした様子はない。だが、青白い顔色で部屋を睨んでいる榊原はきっと由衣夏と同じものを感じている。

「……先生、あれ、なんですか? ものすごく嫌な気配がするのですけど」

「……わからない。だが、完全呪物レベルだな……人を呼ぶ。篠崎、見張っていなさい。……ああ、何があるかわからないから、触るなよ」

 こんな、心の底からゾッとするもの、触れるはずがない。


「……なんか、変な夢見てた気がする……」

 目を覚ましてからの第一声がこれだった。自分がどこにいるのかわからないが、不思議で長い夢を見ていたような気がする。

 パチパチと目を瞬いて、次に視界に入ってきたのは真っ白な天井だった。そして、微かに感じる消毒液の匂い。あまり馴染みがない場所ではあるが、ここが病院の一室なのだと、すぐにわかった。

「……ここ……」

「起きたか?」

 静かな声音に視線を向けた美桜は困ったような表情で小さな箱を持って立っている榊原の姿に再び目を瞬いた。

「先生?」

「意識はしっかりしてるな。どこまで覚えてる?」

「……小説を書いてたのは覚えています……なんか、めちゃくちゃ腹が立っていて……」

 今でも思い出すとイラつくが、それでも腹立たしさは半減している。今は落ち着いている、気がする。

「……それが理由か、気持ちはわかるが、な」

 深いため息をついた榊原が手にしている箱が気になる。

「あの、先生……ソレ……」

「御崎が作った呪物だ」

「……なんて?」

 聞き間違いかと思った。呪物なんて作った記憶がない。呪物、見たことはないが存在だけは何度も聞いたことがある。どんな力からでも生まれる可能性がある不幸を呼ぶもの。特に創作系の能力者はうっかり呪物を作らないように、と何度も言われていた。だが、呪物なんて物騒なものをうっかり作れるとも思っていなかったので、ヘソを出していると雷様にヘソを取られるぞーと同じレベルの話だと思っていた。呪物を作るような人間は醜く歪んでいるに違いない。そう思っていた。それなのに、それを作った? 美桜が?

「負の感情を纏って力を使うな。何度も言われていなかったか?」

「……本当に、呪物、なんですか?」

「今は封印箱に入っているからわからないが、初めに見た時俺も、篠崎も絶句するほどには禍々しかったぞ。それに鑑定の能力者に鑑定してもらったから確かだ」

 鑑定の能力者は、あらゆるものを、それこそ人もものも鑑定をすることができる能力者だ。数が少なく貴重なので余程のことがなければ鑑定はしない,と聞いたことがある。どうやら、その余程のこと、が美桜が書いた物語にあったらしい。

「でも、あの、私の力で呪物って……」

 美桜の力では人を傷つけることはできないはずだ。物語の世界で死んでも現実世界に影響は出ないし、不思議と精神的な負荷も半減しているので、恐怖心すらほとんど残らない。

「……発動対象は五条俊子だけに限定はされているが……体に傷はつかないが精神的守り皆無。出てきたら廃人まっしぐらだろうな。……お前の力、あれは相当守りに割いていたんだな」

 呆れと感嘆が混ざったような榊原の声。驚いたのは美桜も同じだが。

「知りませんでした」

 そういうものなのだと思って考えてもいなかった。でも、確かに言われてみれば物語の世界で相当怖い思いをして殺されたとしても、その恐怖を現実世界に持ち込まないこと、それもまた与えられた能力の一つなのかもしれない。

「……五条俊子以外には発動はしないが、物語自体は読めるからな、読んできたけど……読んでるだけでここまで嫌な気分になる小説なんて初めてだった。読んだことを心の底から後悔したよ。……これは封印しておく。……御崎も、このことは忘れなさい」

「……五条俊子は、どうなるんですか?」

「まだ決まっていないが……死者はいないからな。数年の懲役刑だろうな」

 少ない,と思う。死者はいない,と言われて、それにはホッとしたが、無駄に時間を奪われた被害者はいるはずだ。

「まあ、今は精神に問題がないかも含めてここで検査中だが、いずれ、刑が決まるだろう」

 ぽつり,とこぼされた情報は美桜の頭にいつまでも残っていた。


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