04
鋭い光が目を焼くと同時に強い痺れが体を襲った。美桜の口から思わず呻き声が漏れる。
「……何をやっているんですか?」
ようやく戻った視界の先で見たのは、見覚えのある顔。超能力研究所の上層部にいる一人。美桜のような末端の能力者では直接話したことがない、雲の上の人。でも、顔と名前だけは知っていた。
「麻上様」
唯一雷の攻撃を受けなかった榊原が驚いたように目を見張っていた。
雷の能力を持つ麻上月夜、どうやら彼の能力の雷を当てられたらしい。それに気づいた美桜は慌ててタブレットを見る。電気機器は電気に弱いのだ。でも、先ほどと変わらず、雷の影響を受けているようには見えない。
そんな美桜の様子に月夜が呆れたようなため息をついた。
「体よりタブレットですか……これだか芸術家タイプは……安心してください。その程度の加減はできます。で? いつまでこの状況を続けるつもりですか?」
顔は笑っているのに、めちゃくちゃ怖かった。それは他も同じだったらしく、コクコクと頷いている。
ちなみに由衣夏のスケッチブックや俊子の刺繍さえも無事だった。上層部ともなれば能力の練度が素晴らしいらしい。
「お待たせして、すみません」
「……いえ、夢中になっていたのがこちらも同じですので……」
今回の件で文句が言えるのは、榊原だけだろう。美桜や由衣夏に文句を言う権利はない。
ちなみに、いち早くぬいぐるみから意識を戻した真司が、「自分には無理」と判断をして、唯一止められるであろう麻上を呼んできたらしい。確かにあれがなければ、夜まで続いた可能性が高い。そして、紫苑にめちゃくちゃ怒られただろうことは簡単に想像できる。
「えっと……超能力高専の、イラスト同好会、ですか?」
「はい。この間部活メンバーで見にきたのですが、中でもこの二人が感銘を受けまして、是非話をしたい、と」
榊原の説明に俊子が不思議そうな表情を浮かべた。その視線は美桜を見ている。気持ちはわかる。さっきまで絵を描いていた由衣夏はともかく美桜は文章しか書いていなかった。少しくらい取り繕うべきだったのだろうが、それができればきっと美桜はこの力に目覚めはしなかっただろう。
「とりあえず、自己紹介をしましょうか。と言っても私のことは知っていると思うけれど……五条俊子。刺繍の能力を持っています……まあ、刺繍が動く力です」
「イラスト同好会顧問、榊原彰良と申します。テレポートの能力を持っています。そして、こちらが篠崎由衣夏。描いた絵を具現化する能力を持っています。そして、こっちは観神美桜。物語の世界へ入ることができる物語の能力者です」
由衣夏の力の説明で、由衣夏が出したぬいぐるみに視線を俊子は、美桜の力の説明で軽く首を傾げた。
「物語の世界へ?」
「架空の世界を擬似体験する力だと思っていただければ」
「なぜイラスト同好会へ? 漫画や絵本ではなく、小説を書いているのでしょう?」
その力が目覚めたのきっかけの予想はついただろうが、だからこそ不思議だと顔に書いてあった。
「ほとんど小説です。まあ漫画も読みますし、その世界を体験することもできますが、私が書くのは小説だけです。ですが、その、趣味というか、物語のイメージ作りと言いますか、イラストを書くこともありますし、他の方のイラストを見てイメージが刺激されて物語を書くこともあるので、ネタづくりの意味も強いです」
自分の好きなことのために周りを利用する,というのは能力者によく見られる傾向だった。事実として由衣夏が描いた絵に創作意欲を刺激されることもある。逆に由衣夏が美桜の小説に創作意欲を刺激された、と挿絵のようなイメージ描を描いてくれることもある。
「そう、そうね。後天的な能力者なんてみんなそんなものよね。……私も、作品のためならどんなことでもするもの」
一瞬、―俊子の目に暗い色がよぎった気がして、どきり,とした。その色はすぐに消えたが、美桜の脳裏にこびりついて離れない。
「あの……今刺繍した絵ですけど……」
話を変えたくて、さっきまで俊子は刺繍していた布を見る。その横に構図を決めるためのスケッチもあった。整った絵だが、不思議と若干簡略化されている刺繍ほどの魅力を感じない。刺繍の構図は野原だった。背の低いカラフルな花の周りをやはり色とりどりの蝶が飛び回っている。草花は風にそよいでいる動きを見せているが蝶に動きはない。
「蝶は動かないんですか? えっと、生き物が動くきっかけ? を知りたくて……」
「それ、よく聞かれるのだけど……まず、この子達が動くかどうかはまだわからないわ。生き物の刺繍は不思議なことに刺繍してすぐに動くわけではないの。……初めて動いた時も毎日毎日動かないかなぁって撫でてて……そしたら突然動いたのよ。多分だけど……毎日毎日霊力を注ぐ形になったんじゃないか、と。まあ、今までの傾向からの予測でしかないのだけど。……命あるものを動かすにはそれだけの力が必要なのよ……多分,ね」
自分の能力について語っているにしては曖昧な表現に、少し不思議だなぁとは思ったが、そういうこともあるのだろう。能力は不思議で、術者だからとして全貌を把握できる訳ではないのだ。この時は、よくある芸術系の能力者だとしか思っていなかった。それ以外の意味なんて考えたこともない。でも、後にこの会話を思い出す時、ひどく陰鬱な気分になった。
俊子が生き生きとした表情で語る様子はまるで由衣夏を見ているようで、目の前にある刺繍の、小さく風に揺れている色とりどりの花。その花と花の間を飛び回る蝶の姿を幻視した気がしたが。
「もし、この刺繍の蝶が動いたら……」
だから、俊子があまりに幸せそうな表情で語っているから、再びこの刺繍展にきた理由を、忘れかけていた。
「悪いが、それは動かない」
ヒヤリとした声音に思わず背筋を正した。いつのまにか、数人の大人たちが部屋の壁に沿って立っていた。近くには紫苑たちミステリーサークルのメンバーがいた。おそらくテレポートを使ったのだろう。それくらい音も気配もなく現れた。
カツン、と硬い靴音が響き、おそらく中心的な男性が腕を上げ、パチン,と音を鳴らすと俊子の周りに氷の檻が出てきた。ほんの一瞬の出来事に、なにが起きたのか、さっぱりわからない。
「五条俊子、誘拐、監禁、および不正能力使用違反で拘束する」
不正能力使用違反。自身の力を犯罪行為に使うこと。通常の犯罪よりもよほど罪が重くなる。ニュースでは何度も聞いたことがあるが、その言葉を直接聞くことになるなんて思わなかった。普通に生きていたら一生耳にすることもない言葉だろう。




