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これは、少し前、この一連の騒動の始まりの物語。
俊子の刺繍の中に囚われていた動物や人は無傷で救出された。衰弱もなく、時間もとらわれる前で止まっていたらしく、成長も老衰もない。そして、記憶もない。そのことは純粋に良かったと思う。
五条真司は救出の場にいる必要はなかったし、いたところで、なんの力もない真司にはできることもない。それでも見届けることがあの、俊子を選んだ、そして俊子の行動に一切気づいていなかった真司の役目だと思っていた。
パタパタと動き回っている人たちの邪魔とならないように、壁際でその救出作業を見守っていた真司だからこそ気がついたのかもしれない。
まず一番に救出すべき人でもなく、檻に入れて一時的に拘束をする必要がある凶悪な動物でもない、小さな猫。可愛いけれど警戒対象ではない猫には人の目が向いていなかった。
真っ黒な猫がふらりと部屋から出ていく様子が気になって真司はそっと後を追った。実はこの場にいる人たちの、いな、全ての人が真司を最後に見たのはそこから出ていくところだったのだが、そのことに気づいた人はいない。出ていく真司を気にする人もいなかった。
猫はフラフラとした足取りで廊下を抜けて中庭に出た。時期が冬だからか、肌寒く人が休憩することの多い中庭には誰もいなかった。
中庭は景色を楽しめるように、か、それとも他の理由があるのか、数本の木と草花があって、都会の中での少ない自然を感じられる場所だった。
「ミャー」
木の根元で丸くなって、弱々しく鳴いた猫に真司はあわてて近づいた。衰弱している子はいないと言っていたがその声があまりにも弱々しくて怖くなったのだ。
その子は年老いてはいたがとても毛並みの綺麗な子だった。
「……飼い猫、か?」
この子がいつ俊子の刺繍の中に取り込まれたのかはわからない。動く猫の刺繍は何枚かあった。猫や犬が多かった気がするが、それはメジャーで一番見る機会が多かったから、なのかもしれない。その中の一つだろう。最新は半年前の女の子。ということはこの子はそれよりも前から刺繍の中にいた。
毛並みが綺麗で、そして年老いている猫。きっととても大切にされていたであろうことが伺える。
そっと黒猫を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らしているが、元気がないのは一目瞭然だった。
「……ミャー……」
小さく、力なく鳴いて動かなくなった。もう寿命だったのだろう。きっと俊子の刺繍の中にいなければもっと早くに命を落としていた。でも、刺繍の中にいなければ、愛してくれた飼い主のもとに最期までいられただろう。
そう思うと俊子が犯した罪の重さが余計に肩にのしかかってくる。
「ごめんなぁ……大好きな飼い主のところに返してやれなくて、ごめんなぁ」
小さな呟きと一筋の涙が黒猫の上に落ちた。
『なら、返して……ミイちゃん……』
ふと耳に悲しげな女性の声が聞こえた気がして顔を上げる。だが、何も聞こえず、何も見えない。
真司は、気がついたらあの森にいた。何があったのか、なぜ、あんなところにいた、さっぱり覚えていなかった。




