03
その日の放課後、ミステリサークルは二手に分かれた。美桜と由衣夏と榊原の三人で刺繍展へ、残りは部室で情報収集をする。電脳世界を自由に操作できるという能力を持つ元部長の尼崎も協力してくれるらしい。突如始まった総力戦に余計に恐怖を感じた。
問題の絵を眺めていた美桜たち三人に声がかけられた。声をかけてきたのはきっちりとしたスーツを着こなした柔和な笑みを浮かべた男性だ。
「超能力高等専門学校のイラスト同好会の方ですね? 先生がお会いになるそうです」
ミステリーサークルのメンバーの顔を知る人は少ないが、ミステリーサークル自体は有名なのだ。二年生以上の部員だと顔を知られている場合もあるが、一年生の二人の顔は知らない可能性が高い。まあ、知られていたところで、メインになり得ない二人ならなんとでも誤魔化しが効く。
スーツの男性に連れて行かれた先で待っていたのは年配の、両親と同年代くらいの女性だった。刺繍に使うであろう道具をはじめにいろいろな道具や紙が散らばっている。芸術系の能力を持つ人たちの研究室でよく見る光景だった。美桜の場合はパソコンでイラストを描く、パソコンかタブレットで小説を書く、と言ったように電子媒体を使っているのでこのようなことにはならないが、自分で描いた絵を具現化することのできる能力者の由衣夏の研究室は同じようになっているので、見慣れてはいる。
会う許可はしたが、それでも刺繍作家の俊子は一心に針を動かしているので、案内された席で美桜たちは静かに待っていた。これもまたよく見る光景だった。そして、あの状態の作家に声をかけることはできない。声をかけたところで意味はないだろう。一般人だったら怒りだすかもしれないが、ここにいるのが能力者だからこそ理解できる光景だった。
美桜たちが騒ぎ出さないのに、案内役の男性がほっと息をついた。
「申し訳ありません。さっきまでは、区切りだったのに、まさかあの後で制作を始めるなんて……」
「よく見る光景ですので、お気になさらずに。……私は違いますが、この二人も似たようなものですし」
それには反論できない。
「よかったです。……超能力高専の方なので、多少はお目溢ししていただけるとは思っていましたが……ああ、申し遅れました。私、五条真司と申します。私自身は能力者ではありませんが……ああいう人をサポートできればと思っております。先生の意識が戻るまで、皆様方のお相手をさせていただきます。イラスト同好会、とのことですが、どのような作品をお描きになっているかお聞きしても?」
五条、という名字に無意識に緊張した。夫婦なのか、親戚なのか、五条という名字は別に珍しいものではないので、ただ単に同姓なだけ、という可能性もあるが。
まず、由衣夏がスケッチブックを取り出した。さまざまな絵を描いてある。自室や研究室には膨大な量のスケッチブックが置いてあるが、基本は今使っているスケッチブックと色鉛筆や鉛筆のセットを持ち歩いていた。気になるものがあればすぐにペンを出すくらいに由衣夏はイラストを描くのが好きだった。写真のようだが、心のこもっていないイラスト(失礼……)を一瞬で描く紫苑と違って由衣夏は時間をかけて、写真のようではないがあたたかで優しい絵を描く。
一ページずつ絵を見ていく真司の目が小さく輝いていた。五条俊子との関係は不明だが、ここでスタッフをしている以上こういった心のこもった作品を見るのが好きなのだろう。
由衣夏の絵の後で、自分のイラストを出したくないなぁ、と切実に願う。実力も、こもっている心も違いすぎる。
幸い美桜のイラストを出すことにはならなかった。真司がスケッチブックに夢中になり、由衣夏を質問攻めにしている。
「すみません、失礼とは思いますが、この絵が動いたりは……」
「いいえ、私の能力は五条俊子さんとは違って、描いた絵が動くわけではありません.あの、見てみますか?」
「是非!」
どんな力なの説明していないのに即答する真司はよほど興味があるらしい。
「……えっと、これにしようかな」
スケッチブックをパラパラとめくった由衣夏が一枚の子犬のイラストを出してテーブルの上に置いた。以前学校の近くで見つけた子犬だった。あまりに可愛くて見入っていた美桜を置いて由衣夏が彼らに突撃した。そして、何をどうしたのか、飼い主を口説き落として子犬の写真を撮ってきた。美桜もそのデータをもらって描いたが、由衣夏のような温かみのある絵にはならなかった。
「ああ、可愛らしいですね」
「はい! 一目惚れしてお願いして描かせてもらったんです。と言っても私は、うちの部長のように一瞬で描くことができないので写真を撮らせてもらっただけなのですけど……」
楽しそうに笑う由衣夏に美桜は見入った。あの場面を思い出して、同時に不意に浮かんだ、問題の鹿と女の子のイラスト、美沙希が見たという夢。お告げのような単語の羅列。ぐるぐると頭の中を巡る言葉の渦。
美桜はタブレットを取り出して言葉を紡いでいく。動物の言葉がわかり、彼らを魅了する能力を持つ女の子が主人公だ。世界観はこの世界。特別なものなんて何もない。よく見る光景の物語。主人公の他に思いつくままに登場人物の設定や、様々な設定をメモアプリに追加していった。
美桜が一心に文字を紡いでいくその横で絵から、子犬のぬいぐるみを出した由衣夏、そのぬいぐるみに夢中になっている真司。その、成人男性がとてもかわいらしい笑みを浮かべているのを見て、念の為、写真に収めてからスケッチブックに鉛筆を走らせ始めた由衣夏。少し離れた位置で一心に刺繍をしている俊子。
その光景に唯一理性を保っている榊原が深いため息をついた。
後発的な能力は夢中になるものがあればあるほど目覚めやすいと言われているが、そんな能力者が三人も集まればもはやカオスである。ちなみに榊原は普通に生まれた時から力を持っていた。生まれてすぐにテレポートして大騒ぎになったらしい。最も生まれてすぐだったので、分娩室の扉の外の出る程度の力しかなかったが。だからなのか。榊原はこの空気にはついていけない。ミステリーサークルの中で、こんな発作(?)を起こしやすいのは美桜と由衣夏と元部長の凛だけだ。その少ない(と言っても部員のうちの約半分だが)彼らのうちの二人を選んでここにきたのは、刺繍作家も同じタイプだと思っていたからだが、まさか、能力者ではないスタッフもまた似た雰囲気だと思っていなかった。正直いたたまれない。
(……これ、まともに話せるようになるのか?)
榊原が再度深いため息をついた時、ピカッと大きく光り、自分の世界に入り込んでいた三人の能力者に小さな雷が落ちた。




