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石上瑠衣は義妹に教えられた場所へ来ていた。大きな道の左右には何もない。本当に何もない。野原、に見えるがこの時代、自然を保護するでもなく、都市開発に使うでもなく、ただただ何もない空間が存在していることがおかしいと思う。
「なんか……めちゃくちゃ変な場所」
「だな、本当に何もない」
とん、と静かに着地したのは飛行の能力を持つ瑠衣の夫の司だ。上空から見てもらったのだが、何も見つからなかったらしい。まあ、遮るものがないこの場所で何かを見落とすとも思えないが。
「すごいな。ここまで何もない空間なんて初めて見た。誰もおかしく思わないのか……?」
ここまでテレポートで運んでくれた榊原彰良もまた不思議そうな表情を浮かべている。
「開発の話が出そうですよね。認識阻害系の力が働いているのでしょうか……でも、そんなに強くはなさそうですけど……」
「かなぁ……何かしら警戒していれば違和感を覚えるのかもしれないな」
「先輩は、伊織を送ってきた時に見てないんですか?」
「ここまでは来てない。彼女は紐付きじゃないだろう?」
「そうですね、悪用しようもない力ですし……」
瑠衣は深く息をついて目に力を込める。すると周りの景色が変わり始めた。多くの情報が見える。だが、そこに欲しい情報はなかった。
「……はぁ」
「何か見えたか?」
「何も……こういう場所じゃなければ問題ないくらいですけど……この場所の違和感がすごいです。……結界、が貼られているのでしょうか?」
「瑠衣に鑑定できないとなると相当だな」
「その中で違和感を感じるものを見た、木更津の力はすごいな」
「ええ、あの桜の時から私を軽く凌ぐようになりましたから。本人には言わないでくださいね、調子に乗るので」
「伊織ちゃん、調子に乗るタイプにも思えないけどな」
「乗るわよ。根がお調子者だもの」
その言葉にあまり会ったことがない司はよくわからないという表情を浮かべていたが、教師である榊原には納得できるものがあるのだろう。大きく頷いている。
「もしここが強い結界が貼られてるとなると……上層部にも話を通して調査をしたほうがいいだろうな」
「でしょうね……とんでもない事態が起こっていなければいいのだけど……」
瑠衣はとんでもなく嫌な予感がしていた。手遅れになる前に結界を解かなければならないと、強く願う。
伊織がそれを見たのは、調査権が正式に研究所に移ってから約一週間ほど経った頃のことだった。と言ってもできることはないらしい。同じ結界の能力者、伊織のような鑑定の能力者、能力無効系の能力者が何度か現地に行っているらしいが、何もわからない。もし、結界関連の能力者だとしてもとても強い力が使われているらしい。それは、命をかけたかのような。
松嶺家の存在が思い浮かんだが、行方不明者はいない。最もなんらかで認識阻害をされていたらどうしようもないが。
伊織は毎朝、学校へ行く前に鏡を通してあの場所を見ることを日課にしていた。普通に見ているだけだとなんの違和感もないが、力を入れていくと靄が見える。でも、入れすぎると倒れてしまうので、その辺の判断が難しい。
いつものように鏡に力を入れていく。写っていた光景に薄い靄がかかった。いつもと変わらない光景にため息をつきそうになったが、すぐに目の前の光景が変わる。薄い靄が揺らいでいるのが見えた。ゆらゆらと揺らいで、その中に森林が見え隠れしている。今までにはなかった状況だ。
「義姉さん!! 松嶺壮の道に行こう!!」
慌てて電話をした伊織の唐突な一言に電話の向こうが一瞬沈黙した。
「何かあった?」
伊織が毎日あの場所を見ていることを知っているのですぐにピンときたようで、瑠衣の声も真剣なものになる。
「靄が……ずっと、かかっていた靄が揺らいでるの。その向こうに、森が、見える気がする」
「……すぐ行くから、準備して」
途中で松嶺加寿子に連絡を入れてから、研究所の一行と一緒にすぐにあの道に来ていた。警察関係者をはじめとして様々な能力者で構成されているメンバーにこの事態を上層部も相当気にしていることがわかった。
しかも二十人以上はいるであろう人数をたった一人で県を跨いで移動させた(電車なら二時間はかかる距離だ)榊原はとてつもなく力が強いらしい。さほど珍しくもないオーソドックスな力だったのであまり興味もなかったが、この霊力の強さはありえない。今まではいずれ上層部として研究所を引っ張っていくと思われているのが不思議だったが、今ならわかる。この人はもはや規格外だ。普通の能力者であればこの人数の移動に相当の往復が必要だと思うし、なんなら一日では終わらないだろう。
「先生って実はすごかったんですね……」
あの道に着いて第一声がそれだったので、榊原からは思いっきり睨まれた。解せぬ。
「おまえな……そんなことより力を使え。それは飾りか?」
真剣な表情で道の両脇の野原を見ているのは数人いる鑑定の能力者だ。その中には瑠衣もいる。
「多分、すぐに現れると思いますよ」
「は?」
鏡に目を映す。肉眼では何も変わりなく見えるが、鏡に映るそれは揺れていた。ゆらゆらと画面が揺れていて、酔いそうだ。
鏡の中で霞がふっと消えた瞬間、今までなかった森林と一本の道が現れた。どよめきが聞こえてくる。
「あ、ああーーー! 澤村のおばあちゃんち!!!」
加寿子があげた悲鳴にパチリ、と目を瞬いた。
「松嶺さん?」
「え? 嘘……なんで忘れてたんだろう……めちゃくちゃお世話になったのに、本当に、なんで……」
呆然としている加寿子に説明を求めることもできず、伊織は榊原に視線をやった。軽く端末を操作していた榊原の表情が曇る。
「澤村哲、千織……松嶺家の遠縁で子供がいない老夫婦だ。……そんな人間の存在影も形もなかったぞ。相当強い認識阻害がかけられてたな」
松嶺家の遠縁という言葉に息を呑む。命を対価に力を使える一族。めちゃくちゃ強い結界や認識阻害。嫌な予感しかしない。
大騒動が起こっているが、伊織のような鑑定者は後方支援なのでできることはなく、ただ、見ていることしかできない。
その日、あの森の中から、老夫婦の遺体と、見鍋景都と五条真司が発見された。二人は命に別状はなかったし、さほど衰弱もしていなかったが、いるとは思っていなかった真司の存在に現場は余計に大騒動になった。
「五条真司?」
「刺繍の能力を持った刺繍作家、五条俊子の夫だ。あの刺繍の事件からしばらくして連絡が取れなくなっていたんだ。まさか、ここに囚われていたとはな……」




