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時は少し遡る。松嶺加寿子の元から帰った伊織はすぐに師匠であり、義姉でもある石上瑠衣の元へ行った。
加寿子から聞いた話を告げると瑠衣は軽く目を瞬いた。驚いているらしい。
「一人にしか見えない森、ねぇ。それで? あなたは何を見たの?」
「……何も」
「?」
「何も見えなかった。……ただ、変だったんだけど……えっと、上手く言えないけど……なんか……あの光景を写した鏡に薄い靄がかかってるように見えたの」
「もや?」
「そう。あんなの、初めてだった」
靄がかかっていたおかげで、若干薄く見えたのだ。なんというか、パソコンで写真を半透明にしたみたいだというのが近いかもしれない。
「それと……松嶺さんが一瞬だけ森の中にいる見鍋景都さんが見えたみたい……すぐに消えたようだけど。ねえ、どういうことだと思う?」
瑠衣は答えない。何事か考え込んでいるみたいで未見に皺を寄せたまま固まっている。
「お義姉さん?」
何も答えない瑠衣に先に痺れを切らした伊織の問いに、瑠衣はようやく顔を上げた。
「……とりあえず行ってみましょう。見てみるわ……この話は一旦こちらで預かるから、あなたは戻りなさい」
すっと立ち上がった瑠衣。厳しい口調は義姉としてではなく、師匠として、いな、どちらかというと研究所に所属している研究者としての顔をしていた。決して妥協しない、そして、この顔をしている時の瑠衣にはどんなわがままも聞いてもらえないことを伊織は知っていた。だから、いろいろな疑問を飲み込んで頷くことしかできない。




