05
可愛らしい洋館は、外だけではなく、中も可愛かったし、花園は四季折々の……普通に考えて同時に咲くはずがない花が両方咲いていたりして若干テンションが上がってしまった景都は自分でも楽天的だと思う。
中から出てきた老夫婦はとても優しそうだった。状況は恐怖だが、彼らは近所のおじいちゃん、おばあちゃん、という雰囲気でほんの少し言葉を交わすだけで恐怖の感情がゆるゆると解けていくのがわかった。なんか、懐かしい感じがするのだ。初めて会ったはずなのに、初めてじゃないような、そんな気分だ。
この屋敷の敷地の外へは彼らも出ることができないらしい。それどころか、彼らは自分のことすら覚えていないようで、ここは別世界か、もしくはなんらかの力で切り離された空間ではないか、と想像している。正直能力を持ってると言ってもさほど強い力ではない景都は霊力や能力についてさほど詳しくないので、そのなんらかの力というのがなんなのかはさっぱりわからないが。
外に出る方法がわかるまで、景都はここで暮らすことになった。他に方法がない、と言った方が正しいが。
外に出れなくても生活には困らない。表側は花畑だったが屋敷の裏には野菜畑が広がっていた。自分たちで食べる分くらいはそこでの細々とした畑仕事で賄えるのだ。
働かざるもの食うべからず。裏の畑を夫婦で管理するので、表の花畑の管理は景都がすることになった。と言っても不思議な花畑だけあって、管理はさほど難しくない。ただただ、この広大な花畑の中で声が一切ないのが景都には落ち着かなかった。
「ねー、そろそろなんか話そうよー」
いつものように水を上げながら泣き言を口にする景都。だが、帰ってくる声はない。老夫婦とは会話をしているが、いつもよりも圧倒的に話さない生活はいささか退屈だ。
返ってくる声がないのにため息をついた。今日もダメか、と。
「……」
小さな声? いや、そこまではっきりしたものではない、小さな息遣いが聞こえた気がして景都は顔を森の方へ向けた。森の木々もまた沈黙をしているし、いくらまっすぐ歩いても必ずこの場所へ戻ってきてしまうので、今はあまり足を踏み入れていなかった。その沈黙の木々に呼ばれているような気がして、景都は足を森へ向けた。
鬱蒼と生ひ繁る木々、そう言えばこの小道から外れて歩いたことはなかった。あの時は森の中で迷うのが怖かったのだ。でも、いくら歩いてもあの場所に戻る、というのであれば森の中を歩いても迷うことはないのではないか、そんな気がした。
森の木々の間、道なき道に足を踏み入れると、ぐっと光が減り、梢が擦れる音だけが聞こえてきてひどく不気味だ。
「やっぱ、帰ろう、かな……」
「待って……もう少し……」
小さな弱々しい声。子供のような声が耳に聞こえてきた。まだ、生まれたばかりの植物の声に聞こえた。これが花なのか、木なのか、草なのかはわからないが、
その切実な声に導かれるようにして景都は再び奥へと入っていった。
どのくらい歩いたのか、五分か、十分か、とにかくそこまで長い時間ではない。声の聞こえる方へと歩いて行った景都の視界が突然開けた。
「わぁ……」
思わず歓声を上げた。色とりどりの花々が目に鮮やかに映る小さな花畑が広がっていた。だが、それよりも景都を興奮させたのは、耳に聞こえてくる囁き声だった。大きすぎないこの声は景都にとってよく聞く日常の光景で、ひどく落ち着く。でも、ここに来てからは全く聞こえてこなくて、たまには静かなのもいいなと思ったのも少しの間だけで、あの音がないことがひどく寂しく感じていた。
「こっち……」
「こっちだよ……」
「はやく、はやく」
パラパラと聞こえてくる声は、幼いながらも強い意志を感じるものだった。その声に導かれるようにして花畑の中央に向かった景都はそこにあったものに今度こそ絶句した。
花の中にあったのは、透明な棺だった。白雪姫で出てきたガラスの棺を思い起こさせる。でもガラスの棺とは違う。透明だがガラスではないように見える。じゃあ、なんなのか、と言われてもわからないが。
その棺は周囲に花の様子を映していて、その中に何が入っているのか景都には見えなかった。
ゆっくりと棺に近づいていくとすすすと花が踏まれないように動いていく。
「……はぁ?」
一瞬普通にその光景を受け入れてすぐに、ギョッと目を見張った。動く花なんて初めてみた。もしかしたらそう言う花を育成できる能力があるのかもしれないが、景都は知らない。こう言う時、力が弱いからと高専にも行かず、最低限のこと以外学ばなかった過去の自分に文句を言いたくなる。
もっとも、本気で学んだところで有名どころや友人、知人の力以外はどんな力はあるのかはわからないかもしれないが。それくらい能力は千差万別なのだ。
とりあえず、ここは普通の場所じゃないのだから、そんなことでいちいち驚いていては体がいくつあってもたりない。
深く息をして、棺に近づいた。その棺は不思議なモノに見えた。ガラスでもプラスチックでもなく、触れることはできるのに、なぜか普通の物質でもないように感じるのだ。
そして、上から覗き込んで初めてその棺に一人に男性が眠っているのが見えた。年齢は多分四十代から五十代くらい。景都よりは全然上だが、両親よりは少し年下くらいに見える。
「この人は……誰?」
花たちが知っているかはわからない。でもインターネットも通じず、外と連絡がとれないこの状況下で景都ができる情報収集はこれだけだった。
「シンジだよ」
「シンジ?」
「そう、シンジ」
「可愛いのが好きなの」
「だから結婚したの」
「だから選んだの」
「悲しんでるの」
「ごめんね、ごめんね,って」
幼くて、単語の羅列ばかりで、詳細はわからないが、彼らがこの男性を本当に大切にしているのは伝わってくる。
「ミャー」
男性と花たちを見つめる景都の耳に小さく猫の鳴き声が聞こえてきた。
真っ黒な猫……老夫婦が可愛がっている猫。確か、ミイちゃん。自分たちのことは何一つ覚えていないという彼らが唯一覚えていた子。
「戻って」
「あの子が来ちゃう」
「気づかれちゃダメなの」
ミイちゃんはまだこちらに気づいていない。状況はさっぱりわからないが、あの子がここにきてはいけないことだけはわかった。
花畑を出てミイちゃんをそっと抱き上げた。そして、振り向いたら、そこにはもう、花畑はなかった。深い森がどこまでも続いているだけだ。




