02
「……嫌な、夢……」
刺繍展に行った翌々日の月曜日、由衣夏と共に部室に顔を出すとどこか陰鬱な声が聞こえ、ぴくりと頬を引き攣らせた。美沙希は素直な人で、その夢の内容で一喜一憂する。今の美沙希はひどく落ち込んでいるようで、由衣夏と顔を見合わせた。ものすごく嫌な予感がする。
「美沙希先輩?」
まだ他の人が来ていないらしく、一人で雑談スペースになっているソファに座ってノートを広げている美沙希の目が昏く濁っているように見えた。美沙希の書いている夢ノート、美沙希以外に通じない内容であるのは重々承知だが、それでも覗き込む。他に今の状況を知る手立てはない。
ノートに書かれているのはいつも通り、文章ですらない単語の羅列とよくわからないイラスト? のような何かだ。
『森の中 鹿 女の子 怖い 苦しい 助けて 出して 色々な声』
イラストは背景が薄い緑で塗りつぶされていて、茶色に塗り潰された歪な長方形、その上に濃い緑に塗られている歪んだ楕円形(木、だろうか?)が何本かあり、丸の下に三角形……女の子? 細長い楕円形の下に二本の縦の細長い楕円形……鹿? が描いてある。はっきり言ってそれぞれが何を指しているのかは予測がつくが、イメージがわかない。元になったモチーフが何かわかればまだイメージが湧くかもしれないが今はよくわからない。
もう少し美沙希が楽しそうならいじるところだが、今の陰鬱な様子の美沙希はいじれない。美桜が入ってからは一度もなかったので初めて見る様子だが、ふざけた様子が一切ない時の美沙希が見た夢は胸糞悪い結果になることが多いと聞いたことがある。並んでいる単語から、すでに不穏だ。
「美沙希、何がモチーフになってると思う?」
いつの間に入ってきたのか紫苑が真剣な雰囲気で声をかけてきた。他のメンバーも集まってきているが、いつものふざけた様子はない。
「……一昨日見た、刺繍展……」
「木……何本かあるから、森? あと、鹿と女の子……似たような構図はいくつか展示されてたと思うけど……」
紫苑が部室に常備されているスケッチブックと色鉛筆を取り出してサラサラと何枚かの絵を描いていく。今回は色をつけているので一昨日見たよりもより実物に近く感じるが、やはり心に訴えかけてくるものはない。芸術家と呼ばれる人がすごいのは技術力よりも、心がこもった作品だから、なのだろう。
紫苑が三枚目のイラスト、皇太后大夫俊成の句を思い出したあのイラストを描いていると、美沙希が小さく声を上げた。
「それ」
「これって、美桜が描いた百人一首のに似てるって言ってたやつ?」
「私のは女の子はいないですけど……それに、今回引き金になったのは私のイラストじゃないから私の思考は関係ないかと……」
「これ……刺繍展? チケット渡した、五条さんの? 確か週末に見に行ったんだったか?」
「はい。生き物の刺繍は動くものと動かないものがある、と聞いていましたが……これは背景も女の子も、鹿も動いていました」
刺繍された鹿や女の子が小さく動いていて、音声があるわけではなかったが、戯れている印象でホッコリとした気分で眺めていた。まだ見てから一日半しか経っていないので、その時に感じた感情も含めてよく覚えている。
刺繍にはタイトルがついていたが、『鹿と少女の戯れ』というなんのひねりもないものだった。だが、その分、刺繍の状況をよく言い表しているように感じた。
「……不穏ね。急いだ方がいいかも……先生、一応、研究所に話、通しておいてもらえますか?」
「わかった」
榊原も先輩たちもすぐに理解したようだが、美桜と由衣夏の一年生組はよくわからなくて、不思議そうな表情で顔を見合わせた。
「不要かもしれないけど……もしかしたら研究所の協力が必要になるじゃもしれないから、一応、ね」
首を傾げている一年生組に紫苑が説明してくれた。研究所の助けが必要になるような事態にならなければいいと願う反面、きっとその願いは叶わない、そんな予感がした。




