07
次の休み、伊織は一人で松峰壮の裏に桜の木を見に来ていた。鏡に映る桜の纏う光はやはり元気がないように見えた。霊力を桜に移すイメージを頭に思い描いて、桜の木に触れてみたがダメだった。伊織の力は鏡面を使って発揮するので、木に力を分け与えることはできないし、何よりも伊織の霊力程度では大した力にもならないだろう。
「いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな」
ここにくるまで、何度も見ていたので、簡単にそらんじることができた。なぜ、その句が口をついて出たのか、伊織にはわからない。でも、その瞬間、体から何かが抜き取られるかのような感覚を感じた。
強い光が、木から溢れ出る。
「それ以上はダメ」
どこか弱々しい、今にも泣きそうな声音が聞こえた。すぐ隣に着物姿の女性が立っていた。強い、目を焼くような光なのに、なぜかその女性の姿だけははっきりと見ることができた。
手に持っている鏡が熱を持っている。鏡は見えないが、なぜか鏡からその目の前の女性についての情報を感じることができた。
「伊勢……大輔……のかけら……」
目の前にいるのはこの桜の句を読んだ伊勢大輔のかけら。伊勢大輔の想いと、松峰家のご先祖さまの力が結びついてできたもの。力が実体化した、と言った方がわかりやすいかもしれない。
「お願い……」
悲しげな顔で首を振る女性。その女性の言葉は最後まで聞こえなかった。でも、彼女の伝えたいことが伊織にはわかった。
伊織に伝わったことに気付いたのだろう。優しげに笑って、その女性の幻影は消えた。
そして、伊織の意識もまた、闇に飲まれていった。




