第九十九話【ナリッドの現状】
ナリッドの街は無事だった。ボロボロだったし、人もみんな元気なかったけど、それでも無事に生活を続けている。
到着してすぐに抱いた感想、そして少し話を聞いて知った事実は、どちらもそこに着地した。
ただ……話を聞いているうちに、いくつかの疑問が……不可解な点と言うか、奇妙な部分が浮かび上がる。
それは、この街が無事だったことに直結する問題……なんだけど。どうにもそれが、喜べるものかどうかわかんなくて……
「……魔獣にはあまり襲われなかった……ですか。ええと……しかし、ここへ来るまでには……」
「そうです、林には魔獣がいたんです。けれど、それが中へ入ってくることはなくて……」
どうやらこの街は、魔獣に侵入されたことがほとんどないらしい。それは、あまりにも意外な事実だ。
柵があるから入られなかった……なんて、そんな単純な話じゃない。そもそも、柵よりも丈夫で分厚い壁があってもヨロクは襲われたんだから。
それに、魔獣の中には空を飛ぶやつもいるし、木で出来た柵なら爪を立てて登るやつだっている。
それでも、魔獣が街の中へ入ることはほとんどなかった……って、誰に聞いてもそんな答えが返ってきた。
それは……結果としては喜べるものなんだけど、原因がわかんないと……困るんだよな。
「……ヨロクでもさ、魔獣が人も襲わずにどこかへ向かってるとこを見たんだ。それと似たことがあった……のかな?」
「ええと……つまり、林の中にいる魔獣は、街を襲うことよりも優先すべきことがあって、そのためにここが無事だったかもしれない……と?」
その、優先すべきことがなんなのかはわかんないけど。でも、目の前の獲物を無視する前例があったなら、柵を壊すなんて面倒を避ける理由もきっとあるだろう。
まあ……ヨロクでのその一件も原因がわかってないから、こっちも何もわかんないんだけどさ。
「おーい、ユーゴ。こっちもひと通り話聞いて来たぞ。やっぱり、街の中に魔獣が入ったことはないらしい。それどころか、外の魔獣も減りつつあるなんて言うやつもいた」
「外の……林の魔獣が? 減って……減ってもあれだけいる、のか」
フィリアとふたりで悩んでると、同じように街で話を聞き回ってたグリフィー達も合流して、似たような話をしてくれた。
でも、その中にはこれまた信じられないものがあって、なんでも街の外の魔獣の数は、昔と比べるとかなり減ってる……とのことだ。
「絶対数が少ないのならば、餌を奪い合う必要性も薄く、街が襲われなかった理由も理解出来ます。ですが、今回に限ってはむしろ逆……」
「……だよな。ここへ来るまででも結構見たから、むしろとんでもない数の魔獣がいたことになる。でも、そいつらさえ襲って来なかったのは……うーん」
ダメだ、わかんない。俺もフィリアも、グリフィー達も、みんな揃ってお手上げって感じ。
魔獣が減ったから最近は襲われなくなった……なら、わかるんだよ。ずっと襲われてなくて、そのうえで魔獣も数を減らしてる……ってのも、まあ理解出来る。
だけど、その減らしたあとの数がそれなりに多くて、それよりもずっと多かったころから襲われてないってのが……どうにもこうにも、理屈が合わない。
柵や壁も壊したり乗り越えたりして襲ってくる魔獣が、どうしてこの街だけ襲わなかったのか。
「……どれだけ考えても結論は出ません。ですが、ひとつ明確な結果はここにあります。街は無事で、私達はここまで被害を出さずに辿り着けた。今はそれで良しとしましょう」
「……ま、そうだな。街の人も含めて全員無事だったんだから、ひとまず作戦は成功だ」
原因がわかってないから安心は出来ないけど、それでも結果は結果。とりあえず、無事なナリッドの街まで辿り着けたんだ。そこは喜ぼう。
それに、原因不明も悪いことばっかりじゃない。わかんなかったことがあるなら、次はそれを調べればいいんだから。
どうせこの一回で俺達を認めるなんてこともないだろうし、ゲロ男に突きつける成果をもうひとつ増やすチャンスがあると思えば、それもそれでよしだろ。
魔獣が襲わなかった理由……ってなると不穏だけど、魔獣に襲われずに済んだ要因と思えば、このあとにも活かせるものだしな。
いろんな意味で調べ甲斐があるってもんだ。まあ、それを調べる手がかりはないんだけど。
「っと、そうだ。フィリア、港ってどこだ? さっき上から見た感じだと、街の中にそれっぽいものはなかったけど」
「街の東側にある……のですが、どうでしょう。あるいは、生活の規模を縮小するうちに、街から切り離されてしまっているかもしれません」
街から……? 切り離すってどういうことだろ。そんな切って貼って出来るもんなのか?
シンプルにイメージが出来ないから聞いてみたんだけど、フィリアはどうにも苦い顔をして、頭を抱えながら答えてくれた。
「……もう、船は来ませんからね。ならば、畑や河川など、生きるのに欠かせない地点を優先して、街を小さくしたのではないか、と」
「……そっか。漁に出て魚を獲ったりも大事だけど、もっと大事なものがあって……」
本当なら両立しなくちゃいけないところを、諦める必要があった……かもしれない、か。
さっき見たのは一瞬だったし、街の中のほうを優先して見てたから、港に繋がる道がどうなってるかまではわかんない。
わかんないけど……諦めてても変ではないよな。フィリアの言う通り、飲み水の確保のほうが優先順位が高いわけだし。
「どちらにせよ、調べて解放する必要があります。もしも生活圏から切り離されているのならば、なおのこと私達がそれを取り戻さなくては」
「そうだな、そもそもはそこが目的だもんな。となれば……」
さっさと行って調べるか。幸い、ゲロ男にもバレてたしな。ナリッドの港を解放するつもりだろう、だから手伝ってやれ。って、手紙に書いてあったし。
なら、グリフィー達にも声かけて、街に数人残して東側の調査に向かおう。今からならまだ日暮れに間に合うだろ。
それに、街がこれだけ無事だったなら、今日のうちにチエスコまで戻る必要もないもんな。
ここで寝泊まり出来るとなれば、結構しっかり調べられるかも。
「グリフィー、もう一回馬車を出して欲しい。東へ行って、港がどうなってるか確認したいんだ。そもそもの目的はそっちだしな」
「おう、わかってる。でも……あんまりそういうこと言うなよ。そんなつもりはないだろうけど、その言いかたじゃ街はどうなっててもいいみたいだぞ」
む。まあ……そっか。今のは言葉が間違ってたな。ごめん。
もちろん、街が無事であるに越したことはない。でも、街が無事じゃない可能性も考えてたからさ。
だから、ここがこれだけ無事だったのは、むしろ棚ぼたって言うか、うれしいんだけど、いい意味で予想外だったんだよな。
「よし。それじゃ、何人か残して外へ出るか。いきなり全員引き上げたんじゃ、街の連中もがっかりするだろうからな」
「そうだな。やっぱり見捨てられたかも……なんて、間違っても思わせたくない。出来れば、チエスコに戻るときにも何人か残して行きたいけど……」
それはさすがに無理かな? こいつらだって人数に余裕があるわけじゃないだろうし。
グリフィーは俺の提案に頭を抱えて、しばらく考えてから、それは出発のときに決めるって答えを出した。
難しいけど、そうしたほうがいいってグリフィーも思ってるんだろう。思ってても、出来ないことってあるから。それがまた難しい。
そうして、ひとまずの安心のあとに、俺達はもう一度だけ街の外へと出た。目的地の港……は、やっぱり林の向こう側らしい。
もともとその林も含めて街だったらしくて、そこはもう柵の外側になっちゃってるんだって。
じゃあ……今日行っていきなり使えるようにする……のは、さすがに無理か。どれだけ魔獣を倒しても、ちょっとしたらまた棲みつくし。うーん……




