第九十六話【従えるかのように】
馬車はしばらく順調に走り続けた。カンビレッジの南側には魔獣もいなくて、障害になるものが現れないから。
けど……それもずっとは続かない。しばらくの平穏はいきなり聞こえた怒号に吹き飛ばされて、隊列の先頭が魔獣を見つけたことがわかった。
「……フィリア、なんかあったら大声で呼べ。表を片付けてくる」
「はい、お願いします。どうか、皆を守ってください」
……そのみんながお前を裏切るようなことがあったら……って、そういうつもりで言ったんだけどな。ほんと、危機感とかないのかな。王様なのに。
それでも、ここでフィリアだけを守ってちゃ意味がない。それじゃ俺の価値を示せない、恩を売れないから。
ここにいる盗賊団を全員守って、チエスコまで無事に送り届ける。それが出来たうえでナリッドの解放も済ませなくちゃ、ゲロ男の手の上で踊る甲斐もない。
「全員、魔獣は無視して進み続けろ。俺が全部倒す」
馬車を飛び出して、一番前に合流して、馬の上で剣を振り回すやつらにそう言えば、みんなして余計にパニックに陥ってしまった。
な、なんだこいつら。もしかして、魔獣と戦う経験はあんまりなかったのか? もうすでにいっぱいいっぱいで、変なこと言われて容量オーバーになってる顔だ。
「……安全な街にいる連中は、盗み以外にする必要なかった……のか。納得したけど、だったら……」
だったらこんなの寄越すな! あのクズ! 足手纏いだろ! 荷物ばっかり増やしやがって!
まあ、こいつらがいなかったらチエスコに行くことも、そこの砦を使うことも出来ないから、必要なのは間違いないんだけどさ。ムカつく。
「ああもう! 落ち着け! ザコ! 全部俺がやるから! すっこんでろ!」
「な――何言ってやがんだこのガキ! 戦わなきゃ食われるだけじゃねえか! バカなこと言ってんじゃねえよ!」
ああもう、ぎゃあぎゃあうるさいな。こういうの、しばらくなかったから……懐かしくもなんともない。やっぱりうざい。
だけど、これを静かにさせる方法は知ってる。もうやったことだから。昔、フィリア達の前でやったことをもう一回やるだけだ。
「――邪魔だ――っ!」
半狂乱のチンピラより前に飛び出して、向かってくる魔獣の群れを薙ぎ払う。
握り締めた剣を振り抜いて、剣のリーチよりも広い範囲を一気に吹き飛ばす。
やっぱり……ヨロクでの戦いでやれることが増えてるな。このくらいの雑魚は前から余裕だったけど、なんか……
「前より軽い……動きやすくなった気がする」
マリアノの真似をしたからなのか、それは関係ないのか。走る、跳ぶ、剣を振る動きのそれぞれが、ちょっとずつ速くなってる。
ここのところは雑魚としか戦ってなかったけど、それでも経験値にはなってたのかな。マリアノの真似っていうスキルの習熟……みたいな感じで。
「――ぉお――うぉおお! すげえ! すげえぞこのガキ!」
「う、うるさ。おい! 誰がガキだ! ザコ!」
って、考えごとする暇もないな。魔獣の群れを蹴散らした途端、チンピラ盗賊団が騒ぎ出して……おい、これどうやって収拾つけるんだ。
さっきまで揃ってパニくってたくせに、みんなしてへらへら笑って……
「おい! 静かにしろ! 魔獣に見つかるぞ! ちょっとくらい考えろ! ザコ!」
「見つかったって平気じゃねえか! 頭はさすがだぜ! 姉さん以外にもこんなバケモン見つけてくるなんてな!」
誰が化け物だ! それと、ゲロ男の手下みたいに言うな! ムカつく!
ダメだこいつら、全員フィリアみたいになってる。能天気で楽天的で、これっぽっちも状況がわかってない。
もう魔獣がいない区画は出てるんだ。となったら、ここから先は魔獣の巣がいくつもあるだろう。
そしてその中には、あのタヌキ魔獣みたいな厄介なのがいないとも限らない。
そりゃ、いまさらあんなの出てももう苦戦しないけど。でも……こいつらが邪魔で強さのイメージが出来ない……とかなったら、守れない可能性だってある。
「進め進め! 俺達にはすげえバケモンがついてんだ! これなら姉さん抜きでもナリッドまで行けちまうかもしんねえぞ!」
「うざい! うるさい! バケモンじゃない! お前らがザコなだけだ! それと、最初からナリッドまで行くつもりだ! アホ!」
なのに……そんなこと知るわけもないから、チンピラどもはみんな浮かれてて……はあ。
実際のとこ、ずっとあの砦にいたなら、魔獣と戦う機会も多くなかったんだろうな。それこそ、マリアノが戦ってる姿もあんま見てないのかも。
だとしたら、この盛り上がりも納得ではある。わかんなくて怖かったことが、目に見えて安全になったんだから。
けど……もうちょっと静かにしてくんないかな。群がってバカみたいに騒いでるの、頭悪いやつみたいで恥ずかしい。
グリフィーとか、結構賢そうなやつもいたハズなのに。なんでこうなってんだろ。
「……ああ、そうか。賢いやつは表に出ないのか」
賢いやつは馬車の中で指示出したり作戦考えてるから、表で剣振り回してるのは残りのアホばっか……ってことか。納得。
まあいいや。今のところはデカい気配もヤバいニオイもしない。それに、そういうのが出たら流石のこいつらも静かになるだろ。
としたら、このまま勢いに乗って進ませるほうがいいか。変に慎重になって到着が遅れると……帰りも遅くなって、言い訳考えるのがめんどくさくなるし。
「……はあ。おい! 魔獣は全部俺が倒すから、お前らは馬車だけちゃんと守ってろ! それと、もうちょっと静かにしろ! みっともない!」
指揮執ったつもりはなかったけど、俺の言葉に全員がデカい声で返事して……うるさ……耳痛い……っ。
とりあえず、チンピラ群団の士気は高まったっぽい。それはいいこと……だろうから、まあいいか。
それに……もしかしたらって思って警戒してたけど、群団の中からも、馬車の中からも、嫌な気配は漂ってこない。
フィリアの周りに護衛はいない……盗賊団から守ってくれる味方はいない。それが唯一の気がかりだったけど、どうやらそれも大丈夫そうだ。
こいつら、本当にゲロ男の指示に従順なんだな。手紙に書いてあっただけなのに、ここまでちゃんと手伝ってくれるとか。
それだけ信頼されてるんだな、アイツ。あんな人間のクズの手本みたいなやつなのに。
「……ムカつく」
賢いから……だけじゃないよな。賢いから、こうやって全員に慕われるような振る舞いをしてるから、だけじゃないんだ。
アイツはフィリアと同じで、みんなもうれしい理想を掲げて、それが実現出来そうなところも見せてる。
ただ強いだけじゃない、ただ賢いだけじゃない、ただずるいだけじゃない。アイツはそういうのを全部持ってて、その全部をみんなのために使うから信頼されるんだ。
ただ……まあ、そのみんなってのが、盗賊団のみんな……でしかないから。
フィリアは、国のみんな……いや。国じゃなくなったところに住んでる人も含めたみんな、だからな。そこはフィリアのほうが格上だ。身の程知らずとも言うけど……
でも……その身の程知らずの理想は、俺が叶えてやるんだ。なら、やっぱりアイツよりフィリアのほうが……
「……いや、別に、フィリアのほうが凄かったらなんだって話だけど……」
それに、たとえ凄かったとしても、フィリアのほうがアホなのは間違いないしな。
と、そんなどうでもいいこと考えてるうちに、遠くのほうから魔獣の気配が迫ってくる。どうやらこっちに気づいたっぽいな。
さて……また群れが見えたらこいつらビビるかな。それとも、調子に乗って騒ぐかな。どっちにしてもめんどくさい……から、先に片づけてくるか。
幸い、フィリアになんかするつもりもないみたいだしな。じゃあ、この作戦のあいだくらいは任せよう。
部隊からちょっと前を先行して、魔獣の群れを蹴散らしながら南へ南へと進む。
そうして日が暮れるよりも前に声をかけられれば、チエスコに建てられた盗賊団の砦が見えてきた。
ここも無理矢理改造されたボロ砦だったけど、それが街を守ってることは見てわかる。
街を、街に住む人を、そしてその生活を守る、盗賊団の戦いの証だ。




