第九十五話【国賊の侵攻】
カンビレッジに来て、盗賊団の砦でゲロ男の置き手紙を読んでから二日経った。
そう、二日。たった二日しか経っていないのに、俺達の作戦はきちんと前に進み始めている。
「……どんだけザルな警備なんだ。いくらなんでも手早過ぎるだろ」
「なんと……なんと頭の痛い話でしょう。何よりも、今はそれを都合がいいと思ってしまうことが……」
たった二日のあいだに、フィリアから……国から持ち出したい物資のほとんどが、盗賊団によって盗まれた……もとい、運び出された。
なんて言うか、いくらなんでも鮮やかにしてやられ過ぎだろ。見張り、立ってるよな。どこにどのくらいいるとか教えたにしても、こんな簡単に何もかも盗られるなよ。
と、まあそれも今は都合がいいんだけどさ。都合いい……けど、都合だけの話をしないなら、王様としてはこの体たらくを嘆くしかないわけで。
内側からの手引きがあったにしても、それなりの量の食糧と弾薬を、たった二日で盗まれるなよ……
そしてもちろん、そんなことがあってしまったからには……それも、王様が視察に来てるときに限ってそんな失態をさらしてしまったからにはというもの。
役場はもう大パニックで、みんな真っ青な顔をしてて、怒号が飛び交ってた。これ、俺達のせいなんだよな……ごめん……
「……うん。何から何まで都合がいい。もしかしたら、こういうやりかたを思いつくとこまで計算されてた……なんてのは、さすがに考え過ぎか」
「どうでしょうか。少なくとも、あのかたは自らが率いる組織の力を十全に把握しているわけですから。するか否かは別にして、これが可能なことだとは理解していたでしょう」
その、するか否かの部分にある程度確信を持ってなかったら、あんな手紙は残さないと思う。そう言えば、フィリアも頭を抱えてしまった。
けど、本当に全部都合よく進んでる。盗賊団が荷物を運び出してくれたことも、そのおかげでパニックが起こって、俺達がこっそり抜け出してもバレなさそうなことも。
「混乱に乗じて……じゃないけどさ。これまた都合いいことに、一緒に来たのはギルマン達だけだ。なら、街の警備を厚くするとかなんとか言えば……」
「私達ふたりで魔獣退治に出かける言い訳になる。そして、その言い訳を現実的なものと誤認してくれる味方が揃っている……ですか。なんとも……」
貴方も大概、悪知恵が働きますね。って、フィリアはちょっと呆れた顔で言った……けど、それ、ゲロ男と比べてるのか……? やめろ、あんなクズと一緒にすんな。
ま、そんな話はほどほどにして。相談した通り、街の警備をみんなに頼んで、俺達はそのあいだに魔獣のいない区画での魔獣退治に出発する。
ほんと、何から何まで都合がよくて……ほんとのほんとに全部計算通りだったらどうしようかって不安になってきた。
護衛を連れて行かないことの理由になるんだもんな、魔獣のいない場所の調査って名目も。いくらなんでも、話がスムーズに進み過ぎてる気さえする。
しかし、だからって足を止める理由はない。って言うか、ここまでやってやっぱりやめとこう……は、むしろ無理だろう。
計算されたものとはいえ、街に被害は出てるわけだし。いや……街に被害を出したわけだから……な。なら、それに見合うだけの成果を持ち帰らないと。
「……来たか。まさか、頼んだ物資を全部準備して貰えるとは思わなかったぜ。頭がナリッド解放の核に選ぶだけのことはあるな」
「別に、俺は何もしてない。いや……俺達は、何もしてないぞ。ただちょっと、最近は物騒になったな、カンビレッジも。空き巣が多発してるらしい。気をつけろよ」
別に、下手な演技でかっこつけたかったわけじゃないんだけどさ。ただ……俺達が手引きしたって実際に口に出すのは……さすがに憚られたから。
だから、まあ、結果としてはあからさま過ぎるすっとぼけになっちゃったんだけど。
それを見たグリフィーがゲラゲラ笑うから……笑いごとじゃないってちょっと怒鳴りそうになる。
「……ごほん。さて……この度はご協力感謝いたします、アンスーリァ国王陛下。あるいは、この場ではそうお呼びしないほうがよろしいでしょうか」
「いえ、構いません。私は王として……この国を守るものとして、皆の力を借りるために参ったのです。何を誤魔化す必要がありましょう」
でも、俺には軽い態度だったグリフィーが真面目な顔でフィリアと向かい合ったから、ここからはもう遊びなしの作戦が始まるんだなって理解する。
今からこいつらと一緒に南へ向かって、一度チエスコって街……の、こいつらが管理してる砦で準備をする。
それから改めてナリッドを目指して……その結果がどうなるかは、まだ誰にもわからない。
「おし……お前ら! 今回は頭も姉さんもいねえ! だが、国王様がいらっしゃる! この意味を頭に叩き込んどけ!」
馬車に荷物が積み込まれ、出発の準備が整ったのを見ると、グリフィーは全体に向けて号令を出し始める。
目的地、それまでの推定所要時間、そのあいだに起こり得るトラブルの確認。そして魔獣の有無。そういったものへの意識の共有……みたいな感じ。
フィリアがやるような号令とはちょっと違う……って、そう思ったけど、実際にはどうなんだろ。
フィリアはあくまでも、命令を下す、そのうえで士気を高める……って感じだけど。グリフィーのはもうちょっと……
「ゲロ男がいなくても機能するように、団員同士は対等な関係なのかな。あんまり上下がある感じじゃないよな」
「そう……ですね。指揮を執っているのはあのグリフィーという男性ですが、しかし彼が指揮官であるような素振りでもありませんでしたから」
指揮官……ボスはあくまでもゲロ男。その補佐をするのはマリアノ。このふたりが一番上にいることは絶対としても、そこ以外は臨機応変……って感じなのかな。
なんて言うか……あくまでも、みんなで一丸となって……的な、そういう熱の入りかたに見える。雑にまとめると、体育会系の部活みたいだ。
「……案外、大きな組織ではないのでしょうか。こういった集団が点在してはいるものの、それぞれ横のつながりは薄い……とか。あるいは……」
そんな姿を見て、フィリアはひとりでぶつぶつと悩み始めたけど……ぼそっと聞こえた言葉には、俺もちょっと納得した。
上限関係を厳しくしてきっちり縛らなくても平気な規模でしかない……なら、ゲロ男以外の指揮官は必要ないもんな。
でも……ただ、そうじゃなかった場合……は、だ。
「……あるいは、それだけゲロ男とマリアノの支配力が……影響力が高いか、だな」
「支配……ですか。言い得て妙ですが、あまりそういった言葉を使わないようにしましょう。以前に見た振る舞い、関係性を思えば、彼らは固い絆で結ばれているのですから」
頼るアテのないもの同士、分け合いながら生きる選択をした結果……って、ゲロ男も言ってたっけ。
じゃあ……そうだな。こいつらの関係性は、上下にはわかれてないんだろう。
フィリアも分け隔てなく対等に接しようとするけど……まあ、王様って立場がある以上は、どうしてもな。
そういう意味では、ゲロ男とグリフィー達のあいだにある信頼と、フィリアとギルマン達のあいだにあるものとでは、大きな差があるのかもしれない。
なんて、そんなこと考えてるうちに号令は終わって、盗賊団は威勢よく馬車へと乗り込み、小さな隊列の先頭から出発し始めた。
俺達が乗り込んだ馬車もすぐに動き出して……そして、チエスコって街を目指し走り始める。
カンビレッジの南には魔獣がいない。でも……チエスコはその区画よりももっと南だ。
ここにいるのは、ギルマン達と比べて装備も不完全なら技術や体格も劣る、ただのならず者集団。
フィリアを守るためにも、こいつらに恩を売るためにも、俺の出番は多くなりそうだな。




