第九十話【消失】
カスタードへの連絡を済ませ、それからまた数日。フィリアの仕事に区切りがついたらしいタイミングで、俺達はまたカンビレッジを訪れた。
ずっと忙しそうだったし、パールもリリィも大変そうだったから、本当に区切りがついたのか、それともただ休みたくなっただけなのかは……まあ、詮索しないでおくか。
なにはともあれ、あのデカい魔獣について調査を進めないと。なんでもいいからとりあえず手をつけたことだけど、やるからには成果を出したいもんな。
「……さすがにもう残ってなかったな、死骸。食われたのか?」
「いくらかはそうでしょうが、おそらくは片づけたのでしょう。それこそ、巨大な餌を求めて魔獣が集まると困りますから」
で、だ。前にデカい魔獣を見つけたのは、カンビレッジからの帰り道だった。つまり、街へ来るまでにその場所は通ってるわけだ。
それでも、そのときの死骸は残ってなかったし、ニオイとかもほとんど感じ取れなかった。つまり、手がかりらしいものはなかったってことだ。
フィリアの言う通り、あんなデカいのが死んでそのままじゃ、臭いし汚いし、魔獣も群がってくるしで、片づけないわけにもいかない。
あたりまえのことだけど……じゃあ、あのときちゃんと調べておくべきだったかなって、ちょっと後悔してる。
「安心してください、ユーゴ。片づけたということは、解剖して調べられたということでもあります。大きさが大きさですから、すべてを……とはいかなかったでしょうが」
「……そっか。じゃあ、どっかにそれを調べた資料とかが残ってるんだな」
あるいは、まだどこかで調べている最中かもしれません。って、フィリアはそれを、どこか期待した顔で言った。
そういう指示を出したわけじゃないから、絶対じゃないとは思ってるんだ。でも、可能性は高いって、そう思ってるのかな。
「ひとまず役場で聞いてみましょう。あれだけの巨体でしたから、誰に聞いてもある程度は知っていると思いますし」
「そうだな、あんなの誰も見てないわけないもんな。片づけなくちゃいけなかったなら、なおさら役場の誰かは関わってるだろうし」
誰も自分から片づけたいとは思わないもんな、あんなデカいの。じゃあ、役場から指示を出して片づけさせたって考えるべきか。
よし、そうと決まれば。って、俺もフィリアも役場へと向かって、到着次第すぐに話を聞いた。
前にとんでもないサイズの魔獣が現れたハズだ。それをそのあとどうしたのか。まだ調査中なら、参加させては貰えないかって。
でも……聞かされた返事は、思っていたのとは違うものだった。
「……記録がない……ですか。いえ、そんなハズはありません。この街からさして離れていない場所に、林から頭が出るほどの魔獣がいたのですから」
「も、申し訳ございません、陛下。しかしながら……我々のもとに、そのような記録はなく、また目撃証言も……」
あれだけデカいんだから誰か見てただろう。死骸が残ってなかったんだから誰か片づけたんだろう。
そんな目算をひっくり返すように、街にはデカい魔獣の出現さえ記録されていなかったんだ。
あんなものをどうして見落とせるんだ。って、怒って詰め寄ってもしょうがない。だから、フィリアも俺も、その場では引き下がるしかなかった。
でも……引き下がったとて、何もないって事実を受け入れられるわけもなく。ふたりで首をかしげて、何も考えられずに混乱してしまった。
「まさか……あの大きさの魔獣が現れて、それが誰の目にも止まらないうちに食い荒らされてしまった……などと、そんな話があるでしょうか。いえ……」
「魔獣が食ったなら、その食った魔獣が街の近くまで来てるハズ。なら、魔獣の目撃情報は増えてるんじゃないか? そういうのも確認した……んだよな?」
フィリアは役場で、あの魔獣についてだけを聞いたわけじゃなかった。デカい魔獣が現れたんだから、それに伴って別の被害もあっただろうと、そういう聞きかたをしたんだ。
けど、役場で……魔獣の被害やその対処、現在の状況についてちゃんとまとめてるハズの施設で、以前と何も変わってないって報告を受けてしまった。
「……もしかして、アイツらか? ゲロ男達が片づけたんだとしたら、役場から指示が出てなくてもおかしくない……よな」
「そう……ですね。盗賊団による解決だったならば……いえ、いいえ。人の手で片づけられたのならば、やはり時間がかかった筈です。ならば、そのあいだに目撃されないなど……」
あのデカい魔獣は、カンビレッジから帰るときに見つけたものだ。帰り道に、変な寄り道をせずに戦った敵だ。
なら、街と街とを行き交う馬車が見つけてないわけがない。正規の行商とか、それこそ連絡のためにランデルから出てる馬車が、絶対にそれを見てるハズ。
いや……そうだ。そうだよ。俺とフィリアが魔獣退治に来るとき以外にも、ランデルからはしょっちゅう馬車が通ったハズなんだ。
だとしたら……あのデカい魔獣の死骸は、俺達が帰ったそのあと、そう長い時間をかけずに消えてなくなってしまった……ってことか……?
「ヨロクではどうしたっけ。あのときは……俺が真っ二つにして、それで……」
「街の復興を急いでいましたから、おそらくは燃やして廃棄した……かと。ですが、それにも時間がかかった筈です」
そうだよな。そんな、片手間でぱぱっと片づけられるものじゃなかったよな。
それに、ヨロクでは街のど真ん中に出たんだ。出て、その場所で倒しちゃった。だから、そこから退かすことを優先する必要があったんだ。
だからこそ、俺達がランデルへ帰るときには、とりあえずその場からはなくなってただけで、全部燃やしたり、解体したりは間に合わなかったハズで……
「なのに……街から離れてて、急ぐ必要があったとはいえ、かかりっきりで作業出来るわけじゃない場所の死骸が、記録も取れないくらいすぐに消えてなくなった……なんて」
「あり得ません。そんなこと、普通にやっていては起こり得ません。ならば、これは……」
なんらかの意図があって、デカい魔獣の痕跡を消したやつがいる……ってこと、か?
ふたりともその結論に至って、そして……でも、それをするメリットが思い浮かばなくて、揃って頭を抱えてしまう。
役場の人間が隠す理由はない。盗賊団がそれをしても利益は出ない。だとしたら、そんなことするほかの候補は……
「……アイツらが戦ってる北の組織……が、実はもうこっちのほうまで入り込んでた……とすれば……」
「どうでしょうか。そちらについても、あれを片づけてしまう理由があるとは思えませんが……」
現時点で浮かび上がっている敵、味方の中に、それをしなくちゃならなかったものはひとつも思い当たらない。
まさかとは思うけど、北に謎の組織があるように、南にも厄介な敵がいる……なんて、そんな話じゃないだろうな。
「強い敵とは戦いたいけど、隠れてこそこそしてる悪者が大勢いるのは望んでないぞ。これ……カスタードに調べて貰わなくちゃダメ……か?」
「……これ以上の負担を増やすのは避けたいところ……ですが、あのかた以外にこの不明を解決出来る力を知りませんから。そうするほかにないでしょう」
カスタードには北の情報を集めて貰ってる。ゲロ男達を味方に引き入れるために、そっちの問題を解決するのが優先だと思ったから。
でも、それに加えて南まで調べて貰う……となると、流石に厳しいか。報酬の話じゃなくて、いくらあのおっさんでも、手が回らないんじゃないか、って。
でも、頼むだけは頼んでおかないと。出来る出来ないはこっちじゃ判断しきれないし。
そんなわけで、まだ来たばかりだけど、急いで帰らなくちゃならない事情が出来てしまった。
ランデルへ戻ればまたフィリアは仕事に追われることになる……か。こんなだったら、先に調べて貰ってから来るべきだったな……




