第九話【なんかズレてる】
バリスって街でネズミ魔獣を倒してから三日が経った。そしてその三日のあいだに、バリスに行くまでの魔獣もたくさん倒した。
フィリアがちゃんと仕事を終わらせたから……なのか。それとも、仕事をしている場合じゃないくらい被害が出てたのか。どっちだろ。
とにかく、珍しく毎日毎日戦いに連れて行って貰えた。強い敵はいなかったけど、ゴロゴロするしかないよりはずっといい。
それで……その三日、そして今日を入れて四日。なんか知らないけど……フィリアが変になった。
いや、もともと変な人なんだけどさ、フィリアは。王様のくせに全然偉そうに見えないし、どんくさいし、まぬけだし。
「……おい。フィリア。なんか最近変だぞ」
「変……ですか? そうでしょうか」
そんな、もともと変なフィリアが、ここ数日はさらに変になってしまった。
俺としては……これ以上フィリアが変なやつになって、王様でいられなくなって、戦う機会も住むところもなくなったら……すごく困る。
困るから……出来ればちゃんとして欲しいんだけど……
「……ユーゴ。大切な話があります。どうか、共に席に着いてください。食事はそのついでで構いません」
「いや、俺が構うんだってば。ひとりで食べたいって言ってるだろ」
バリスから戻ったその日から、どうしてか、フィリアは俺の部屋でご飯を食べ始めたんだ。
そもそも、王様が俺のご飯を運んでたこと自体がもうおかしいんだけど、そこからさらに変になるとは思ってなかった。
しかも、何を思ったか床に座って食べ始めたんだよな。王様が。ナイフとフォークを上手に使って、音も立てずに、床で食べてたんだ。
それはさすがに……俺でも気が引けたから、次の日にもまた来たときは、ちゃんとテーブルで食べるように言った。代わりに俺が床で食べるから、って。
でも、フィリアはそれを聞かなかった。聞かなかったから……その次の日には、無理矢理椅子に座らせて、テーブルで食べさせた。
なんでこんな……わがままな子供の相手みたいなことをしてるんだ、俺が。
それで今日。四日目にして、ようやくこの奇行の理由を説明してくれる気になった……ってことでいいのか?
正直、ちょっと怖いんだよな。目つきも悪いし、身体も大きいし。そもそも、大人だし。
だから、その大切な話ってのをさっさと終わらせて、また静かにご飯を食べさせて欲しいんだけど……
「ユーゴ。貴方のことを教えて欲しいのです。これから共に戦う間柄ですから、関係は良好なほうが望ましいでしょう」
で……ちょっと遠くから様子を窺ってると、フィリアはこっちを見ながらそう言った。
ご飯を食べるのをやめて、ナイフもフォークも置いて、俺のほうをちゃんと見ながら。
それが……また一層怖い。なんだろ、怒ってる……のかな。怒らせたら……流石にまずいよな。だって、あんなんでも王様だし……
だけど……話の内容は……全然そういうのじゃなさそうな、いつもの……王様っぽくない、どんくさいフィリアって感じの話で……
「もしも苦手なものがあったとしても、それを知っていればカバーすることが出来ます。なので、どうか共に食卓についてください」
「……いきなり変になったと思ったら……もしかして、この前の魔獣に齧られてたのか……?」
なるほど。って、一瞬だけ納得しかけた。たしかに、俺が一番強いんだから、俺に弱点があったら困るのはフィリアやほかの大人だ。
だから、そういう話を、自分の力をちゃんと説明しろ……って、そういうことだろう。
今まで信用されてなかったことを考えると、これはそれを解消する一歩なのかもしれない。フィリアは俺を信じてみようって思ってくれたのかも。
でも…………それがどうして、一緒にご飯を食べようって話になるんだ……?
「私はなんともありません。至って健康で、至って真面目です。さあ、ユーゴ。そんな冷たい床で食べてないで、どうかこちらへ」
「……フィリアが出てったら、こんな冷たい床で食べなくて済むんだよ」
なんともないならもうちょっと脈絡のある話をして欲しい。真面目にする話じゃないだろ、どう考えても。
フィリアはいったい何を考えてるんだろう。もしかして、私生活から俺の人間性を確認しようとしてるのかな?
でも……戦うのに必要なのは強さで、それはバリスでの戦いや、これまでにも十分証明されてるのに。
そもそも、こんなやけくそな強さをくれたのはフィリア自身なんだから、いまさら何を……
「ユーゴ。食事とは、本来ひとりでするものではありません。家族とテーブルを囲み、団欒の中で絆を育む。ならば……」
「じゃあ、なおさらひとりで食べるよ。家族なんて、いないんだし」
本当に、いまさら何を言ってるんだ……? 別の世界から呼び出したんだから、家族なんているわけないって知ってるだろ。
いや、まあ……家族がいなくてさみしいだろう……みたいなこと思われてるんだとしたら……納得ではあるんだけどさ。
でも、じゃあ、それこそなんでいまさら……? しかも、なんか真面目な話をするような前フリまでして……
「……いいえ。なおさらという話なら、むしろユーゴは私と共に食事をすべきです。貴方にとって、この宮は家です。そして、その家の家長は女王である私です」
ならば、私はユーゴの母親に相当する筈でしょう。なんてことまで言いだすもんだから……なんだろう、ちょっとムカついてきた。
これ、あれだ。たぶん……いや、絶対。子供扱いされてるんだ。子供だと思って、心配してるんだ。
しかも……母親って。フィリア、俺よりそんなに歳上じゃないだろ、絶対。だったらせめて、姉弟とか……じゃなくって!
「……やっぱり齧られたのか……?」
ムカつく。ウザい。なんか……やっぱりそうだ。フィリアのこういうところ、変な距離感。親戚のおばさんみたいで……キモい。
一番ムカつくのは、フィリアがおばさんってほど歳が離れてないこと。大人は大人だけど……だけど……フィリアは、そういうのじゃなくて……
「……なんかあったのかよ。その……今までのやりかたじゃダメなのか? 俺が戦って、それで終わりじゃ……」
「っ。そう……ですね。重要な出来事があったのです」
ムカつく。ウザい。キモい。魔獣に齧られて変になった。でも……こうまでしつこいと、ちゃんと話を聞いたほうがいいのかなって気にもなる。
バリスで街が魔獣に襲われずに済んだのも、一応はフィリアの作戦通りに俺が戦ったから……だし。じゃあ……こんなんでも、本当にちゃんとした話を……
「――女王陛下。お食事が済んだのでしたら、すぐに公務にお戻りください。いつまでも遊んでいる場合ではありませんよ」
聞いてもいいかな。って、そう思ってたら、ドアの向こうから知らない女の人の声が聞こえてきた。
それで……その声を聞いたフィリアが慌て始めたから……もしかして、こいつ……
「……仕事から逃げて来たのか……?」
入っていいなんてひと言も言ってないのにその人はドアを開けて、紙束を抱えて入って来た。
それで……フィリアと言い争いが始まったから、本当に仕事から逃げた王様を連れ戻しに来たんだな……って。
なんか……いや、逆に安心した。そうか、フィリアは今まで通りだったんだ。今まで通り、ちゃんと変な王様だったんだ。
「……ゆ、ユーゴ……貴方からも何か言ってください……」
「な、なんで俺に振るんだよ」
で、その女の人に言い負かされそうになったのか、フィリアは泣きそうな顔で俺に助けを求めた。
その……たしかに、フィリアのことは助けるって、手伝うって決めたけど……これは違うだろ。
それに、フィリアをどっかへやってくれるなら、俺はそのほうが助かるんだし……
「……初めまして、ではありませんよね。しかし、面と向かって話をするのは初めてですね。私はリリィ=クーと申します」
「っ⁈ あ、あっそ」
やばい、なんか知らないけどこっちに飛び火した。フィリアがちゃんとしないから、俺まで巻き込まれそうになってる。
その人はにこにこ笑ってて……でも、フィリアの笑顔とは違う、まぬけさものんきさもない、笑ってない笑顔で……
「――なっていませんね。あまりにも教育がなっていません。ユーゴさん。貴方、ここでそんな態度を取って、それが何を意味するか理解出来ていますか?」
なんか……お説教みたいなこと言いながら、つかつか近づいて来て……
「――い、いてててっ⁈ なんだよ、何するんだよっ! は、放せよ!」
俺の頬をつねり上げて、笑ったまま俺のことを睨みつけた。こ、この人……フィリアみたいに目つきも悪くないのに、めっちゃ……怖い……
「まず、言葉遣いがなっていません。相手が女王陛下だと理解しての言動ですか? それとも――」
痛い痛い、怖い。なんかわかんないけど、この人のほうが母親っぽい。
それどころじゃなさ過ぎて話は入ってこないけど、とりあえず……この人の前でフィリアに失礼なことするとやばい。
とりあえずここは言うことを聞こう。でないと……か、顔が千切れる! 痛い痛いっ!
「――わ、わかった! わかったってば!」
「……わかっていただけたのなら幸いです」
なんにもわからなかったけど、わかったって言ったらその人は手を放してくれた。この世界に来てから一番痛かったし、魔獣より怖かった……
でも……その人はさっきまで頬をつねってた手で頭を撫でて、今度は怖くない笑顔を向けてくれる。それも……それのほうが余計に怖い……
「……アンタ、よくそんなこと出来るな。俺のほうがずっと強いのに。怖くないのかよ。俺に殴られたら、たぶんアンタ――」
「――リリィです。リリィ=クーです、覚えてください。そして……貴方なんて、これっぽっちも怖くないです」
俺がその気になったら、簡単に殺されるのに。怖くないのか。って、半分脅しみたいなつもりで聞いた。聞こうとした。
でも、その人は……リリィは、なんの躊躇もなく、怖くないって言いきった。
もう、笑ってなかった。笑顔じゃなかった。でも……そのときのリリィの顔は、怖くはなかった。
「貴方を怒らせて殺されてしまうことなんて、これっぽっちも怖くなんてありません。私が怖いのは、貴方がダメになって国が救われないことだけ。女王陛下の望みが成就しない、その最低の結末だけです」
であれば、私は臆することなく貴方に説教をします。必要だと思えば、折檻も厭わないつもりです。って、そう言って、リリィはまた俺の頭を撫でた。
もう、その人は怖くなかった。たぶん、理解出来たからだ。
わかんなかったから怖かっただけで、リリィがどういう人か……どうして怒ったのかがわかったから、怖くなくなった。
リリィも俺と同じ……ううん、違う。俺よりもずっと強く、ずっと長く、フィリアを助けたいって思ってたんだ。今も、思い続けてるんだ。
だから、同じ気持ちを、半端にしか持ってないように見えた俺のことが、許せなかったんだろう。
それがわかったら……怖くなくなった。とりあえずこの人は、俺のことを信用しようとしてくれてるんだ……って、それが伝わってきたから。
そしてリリィはフィリアを引っ張って……自分より大きい、しかも偉い人を引きずって、部屋から出て行った。
静かになった部屋の中でひとりだけ残された俺は……
「……怒らせるとやばいな……」
怖い人じゃないとは思うけど、怖いイメージはついちゃったから。とりあえず、怒らせないようにしないとな……って、そう決めた。
じゃあ……明日から、フィリアと一緒にご飯食べる……のか。いや、でも……それは違う気がするんだよな……




