第八十八話【目星】
パールから借りた地図を見ながら、ひとりになったあとにもこの国のことを……アンスーリァって場所のことを調べ続けた。
この国は、日本じゃない。当たり前だけど、形として目にすると、それがより強く意識される。
意識すると、何がどう違って、違ったらどうなのか……に、興味が湧く。湧くだけで、いきなり理解出来たりはしないけど。
まず単純に、めちゃくちゃ小さい島だ、ここは。
ヨロクからランデルまで馬車で三日。ランデルからカンビレッジまでは二日だけど、こっちは途中で足を止めないからってだけ。
単純に馬車を走らせてる時間を足したら、合わせて五十時間くらいかな。もうちょっとかかってるかも。計ったわけじゃないから、あってるかはわからない。
でも、たった五十時間だ。たった五十時間で縦断出来てしまうくらい小さな国なんだ、ここは。
そしてそれは、今は国の外になっちゃってる部分を含めても、ほぼ倍にしかならない。
つまり、道路の整備とか、馬車を停められる街の有無とか、そういうのを全部無視して考えたら、百時間でこの島をひとつ渡り切ってしまえるわけだ。
それも、ただの百時間じゃない。自動車に比べてずっと遅い馬車での、のんびりした百時間。
ヨロクの近くとか、魔獣が多くて危険なところは速く走らせるけど、そうじゃなければ人が走るのとそんなに変わんないから……平均したら、自転車くらいなのかな?
とにもかくにも、アンスーリァって国は、かなり小さいことが判明した。それでも、歩き回って魔獣を倒そうと思ったら、とんでもなく広いんだけど。
でも……たとえば気候とか、生き物の分布とか、そういうので考えたら、そんなに大きな差が生まれることはないのかな……って。そういうふうにも考えられる。
で、なんでこんなこと考えてるのか……って言うと。まあ、主には暇が原因なんだけど。それだけじゃなくて……
「……そっか。えっと……じゃあ、こいつが……」
パールが地図を置いてってくれたように、フィリアも俺にちょっと分厚い紙の束を貸してくれたんだ。それは……これまでに倒した魔獣の資料だった。
もちろん、どんなのがいたのかくらいはなんとなく覚えてる。でも、それがどこにいて、どこからどこに移動したら見なくなったのかまではわかってなかったから。
だから、フィリアがくれたその資料と地図を見比べて、どういう場所にどういう魔獣がいたのかを見直してるところ。
なんか……昔、昆虫図鑑とか、図書室で読みながらこういうことしたな。
近所に雑木林とかなかったから、虫取りに行く機会はなかったんだけど。でも、山のほうへ行けばデカいクワガタとかいるんだな……とか、そういうのは考えたっけ。
今はその逆、デカい魔獣を見かけた場所を、地図の上から探し出すんだ。
そうすれば、自ずと俺のやりたいことも浮かび上がってくる。それと同時に、俺がやらなくちゃいけないことも。
「……やっぱり、ヨロクのあたりはちゃんと調べるべき……だとして。それ以外に、アレが出てくる可能性があるのは……」
フィリアは言った。したいことでいいから指針をくれって。なら俺は、あのデカい魔獣とか、タヌキ魔獣とか、とにかく厄介だった魔獣を倒したい。
あれは普通の兵士には倒せない。マリアノみたいなのがいるなら話は別だけど、仮にいたとしても苦戦はするハズ。なら、俺はそれを倒さなくちゃならない。
ただの暇つぶしじゃなくて、俺ひとりの娯楽でもなくて、この国に住んでる人のためになること。そして、ゲロ男が協力を申し出たくなる要因のひとつ。
やっぱり俺は、フィリアから貰ったこの強さを、完璧に使いこなす必要があると思う。
「……よし」
そして、地図の上にいくつか印をつけ……るのは、さすがに借り物だからやめといて。
候補になりそうな地名をいくつか頭に入れて、頭の中で何回も復唱しながら布団に入った。なんだかんだで日が暮れちゃったな。
明日、フィリアに頼んでみよう。忙しいから、すぐに出かけるのは難しいだろうけど。
でも、あのデカい魔獣がいるかもしれないって聞かされれば、フィリアも……と言うか、フィリアを止めようとする人達も、送り出さざるを得ないだろう。
なんか……ちょっとだけ、やりかたがズルくなった気がする。ゲロ男の性格の悪さが伝染ったか……? それとも、微妙にセコいフィリアの性格か……?
そして翌朝。日が昇る前から目を覚まして、けど疲れてるだろうフィリアを叩き起こしに行くわけにもいかなくて。うずうずしながら時間を待った。
こういうの、結構久しぶりかも。最初のころは、やることなさ過ぎてずーっとじれったかったんだよな。早く魔獣と戦わせてくれないかなー……って。
でも、今は違う。なんとなく力を振り回したかったあのころと違って、やるべきこととして明確に認識出来てる。
あのころも、一応はやるべきこと……フィリアに頼まれたこととしては理解してたけどさ。それでも、責任感みたいなものはほとんどなかったから。
「――おはようございます、ユーゴ。もう起きていますか」
「っ! 起きてるぞ、あたりまえだろ」
っと。じーっと待ち続けて、じれったくて、なんかちょっとイライラして、やっぱりフィリアを叩き起こしてやろうかって思い始めたころ。ドアの向こうから声が聞こえた。
それはやっぱりフィリアの声で、今朝もご飯を運んできてくれたところだった。それ……やっぱり王様がすることじゃないよな……?
「どうですか。ひと晩考えて、何か妙案は浮かびましたか。今日はパールもリリィも来られませんが、食事の時間には私が顔を出しますから、一緒に考え……」
「もう決めた、案ならもう出てる。だから、さっさと座れ。ぼさっとすんな」
王様がすることじゃない……けど、今はこうしてのんきにご飯運んできてくれてるのがありがたい。いや、毎日ありがたいけどさ。
俺が急かせば、フィリアは目を丸くして、もう目星をつけたのですか? なんて言いながら、のそのそとご飯をテーブルの上に……広げんな! 今から話するって言ってんだろ! アホ!
「デカい魔獣だ。それか、タヌキ魔獣。とにかく、これまでに戦った中で、ちょっと厄介だった魔獣。それがいそうな場所を調べたい」
「……巨大な魔獣に、あの弾丸のように転がる小型の魔獣……ですか。たしかに、あれらは貴方の力なくして到底敵う相手ではありませんから……」
まだいるのなら、貴方に倒して貰うほかにありませんが……と、フィリアは俺の案を肯定しつつも、難しい顔で首をかしげてしまった。
これは……あれか。言いたいことはわかるけど、いるかどうかもわからないものを探すだけじゃ、王様を連れ出す言い訳としては弱い……って悩んでるのかな。
「出来ればヨロクの周りを徹底的に調べたい……けど、それはやっぱり難しいのかなって。遠いし、それに……」
「例の組織との戦線が近いですから、盗賊団も……ジャンセンさんも、出来ることなら波風を立てられたくないでしょうね」
ゲロ男になんて気を遣ってやる必要はないんだけどさ、本当なら。でも、今はそういうわけにもいかない。
出来ることなら、やっぱりあいつらとは協力関係を結びたい。フィリアがそれを望んだってのもあるけど、戦力として大きいから。そこは否定出来ない。
となったら、あいつらの足を引っ張ることはしたくない。なら、困らせるようなことは避けるべきだ。
それに……もしも人の心を操る魔術ってのが、顔も見てない状態から使えるなら。そっちに近づけば近づくだけリスクは高くなるわけだし。
俺とフィリアが直接操られなくても、それこそギルマンとか、一緒に行った誰かが操られて、宮でのフィリアの行動を全部知られるようなことになれば……
「だから、まずは……南だ。最初にあのバカデカい魔獣を見つけたのは、カンビレッジからの帰り道だった」
北へはまだ近づかない。そのうえで、厄介ごとの種を探す。その一歩目は、やっぱりあのデカい魔獣について調べるところからだ。
フィリアもそれには同意してくれたみたいで、真面目な顔で力強くうなずくと……またのそのそとテーブルの上にご飯を広げ始めた。
だから、邪魔だから広げるなって……もしかして……腹減ってるの、我慢してたのか……? ごめん……




