第八十七話【この国】
「――アンスーリァについて知りたい……ですか。それは……ごほん。また、難しい問いかけですね」
「そんなに大事に捉えなくていいよ。ヨロクとかカンビレッジとか、いろんなとこ行ったけどさ、ほかの街はどんなとこかなって。それが知りたいんだ」
パールかリリィに話を聞きたい。話を聞いて、この国について、いろんな街について知って、何かアイデアのきっかけにしたい。
それを頼んでから三日。昼のご飯を運んでくるフィリアの隣に、パールの姿があった。
最初は戸惑った様子だったけど、ちょっと事情を説明すればそれだけですぐに納得してくれて、苦笑いを浮かべながらでも了承してくれた。
もしかすると、いつもこうしてふたりでご飯食べてるのか……とか、そこに困惑してたのかも。まあ……王様としてはかなりの奇行だよな、これ。俺も未だにわけわかんないし。
けど、やっぱりパールは大人だし、頼もしいな。すぐに受け入れて、文句も不満もあるだろうに、俺の話を聞いてくれたんだ。
「ほら。結局、前までと状況は何も変わってないだろ? となったら、やりかた変えないと結果も変わんないままだ。でも、試行錯誤なんてとっくに繰り返したあとだからさ」
「……ふう。なんとも耳の痛い話ですが、その通りです。陛下の奮闘も空しく、魔獣の問題も、盗賊の問題も、目下進めている課題のほとんどに明確な成果が出ていません」
どっちかって言うと感情を表に出さないイメージのパールでも、結果が渋いって言われるとため息も出るんだな。
でも、すぐに真剣な顔になって、俺の言葉の意図を汲み取り、そのあとに言いたいことも理解してくれるんだろう。
「ユーゴ。貴方はこれまで、主に魔獣との戦闘において成果を挙げられました。反面、それ以外の理由での外出はほとんどしてこなかった。いえ……」
させてあげられなかった。って、パールは珍しくかしこまってない口調でそう言うと、力の抜けた顔で頭を下げた。
でもそれは、不自由させて申し訳ないとか、そういうのじゃないと思った。この人は俺に対して、フィリアほど子供扱いしないでくれるって知ってるからな。
「貴方を見くびっていた……わけではなかったのです。しかし、貴方にこの国を、社会を学ばせることが、事態を解決する推進力を生むとは考えませんでした。これは事実です」
子供扱いしないから、変におだてないし、頼ってなかった部分を隠そうともしない。
まっすぐに俺を見たまま、今まではさしてアテにしてなかった……って、そういうことを言う姿は、そういう人が俺と向き合ってくれてることは、ちょっと……うれしいかな。
「我々の不足について、後始末を任せるつもりはありません。ですが、新たな視点からの補佐を買って出てくれると言うのならば、どうかその責を任せたい」
「うん、任せろ……って、言いたいけど、自信はない。いまさら俺が見つけるものなんて、みんなが調べ終わったものばっかりだろうし。でも……」
今はどんな形であっても前に進みたい。手探りでもなんでもいいから、もがき続けていたい。でないと、ゲロ男にも認めさせられないし。
だから、フィリアは言った。泣き言みたいに、やけくそ気味に、したいことでもいいからアイデアはないか、って。
なら俺は、そのやけくそくらいは叶えてやりたい。王様が本気で悩まなくちゃならないことにはまだ手助け出来そうにないから、せめてこのくらいはな。
「どんな形でも、俺が魔獣を倒して、ほんのわずかなあいだでも街が平和になったら。誰かが何かを思いつくかもしれない。俺からしてやれることって、それくらいだから」
「……ふ。それくらい……ですか」
それくらい……だろ、実際に。俺はたしかに強いけど、でも……王様がいるこの場所で、宮で、俺に出来ることは魔獣を倒すことだけなんだ。なら、それくらい、だろ。
でも、パールはそう思ってない……のかな。もっとほかのことでも役に立てるって思ってくれてるのか。それとも、魔獣退治が俺の思ってる以上に重要なことだったのか。
「では……手始めに、現在のアンスーリァの国土について、正しく理解していただくところから始めましょう。かつて切り離された領土も含めた、この島の全容について」
「わかった。なんとなくは知ってるつもりだけど、詳しい地図とかは見てないし、教わってもないからな。ヨロクなんて結構行ったのに、国のどの辺なのかも知らないし」
地図とか見ても、手書きだしな。写真じゃない地図とか見たことないし、ズーム出来ないし、細かいとこまでは書いてないしで、全然わかんない。
って、俺としてはそういうギャップがあってわかんなかった……って話のつもりだったんだけど。
パールは隣で静かに話を聞いてたフィリアを睨んで、小さくため息をついた。いや、その……まあ、そういうの教えてくれなかったのは事実だけどさ……
「……ごほん。まず、近郊の地理から。初めに貴方が解放してくださったラピエス地区とは、チシィという街を中心として……」
そうして、パールによる地理の勉強が始まった。地図を広げる前から先に情報を詰め込み始めて……そ、そういうのはゆっくりやって欲しい。
フィリアはのんき過ぎだけど、パールはちょっとスパルタだな……
見せて貰った地図に描かれたアンスーリァって国は、なんか……さつまいもみたいな形の島国だった。ちょっと下膨れでデコボコした、いびつな長方形みたいな島。
その島の真ん中よりもいくらか北に、今いるこの街……国の首都、ランデルがある。これすら初めて知ったな。
そのランデルを中心に、いくつかの地区がある。街じゃなくて、街をいくつかまとめた単位として。都道府県みたいなもの……なのかな? 街が市とか村だとすれば、だけど。
そこらへんはまだ広さの感覚を掴めてないし、そもそも生まれ育った県の広さをイメージしたこともないから、わかんないや。
そして、ランデルからちょっと北に行った場所に、ヨロクの街が……今の、北端の街がある。
反対に、カンビレッジはそれなりに遠い。まあ、実際に移動してみて、南に行ったときのほうが時間かかったから。それはなんとなくわかってた。
けど……そうやって説明されてみれば、この国が……島が、あんまり大きくないこともすぐにわかった。
だって、馬車で三日とかで着く街が北端って……たぶん、車なら一日くらいで着くだろ。新幹線なら半日かかんないと思う。わかんないけど。
でも、その小さな島の領土すら、全部は守れないって諦めなくちゃいけなかったんだな。だとしたら、前の王様……フィリアの父親は、すごく悔しかっただろうな。
で、ここまでが、最初に見せて貰った地図での話。俺がそれをなんとなく理解したのを察してからパールが次に出してきたのは……
「……これ……そっか。なんか……フィリアが盗賊団に協力を求めてる理由がわかった気がする。これはたしかに……」
さっきのさつまいもよりずっと細長い島国が……本当のアンスーリァが描かれた、古い地図だった。
「……嘆かわしい話ですが、今ではこれを公的な地図として扱えない事実は拭えません。我々は現状、かつてあった国土の内、六割以上を放棄した状態なのです」
その地図で見たランデルは、たしかに島の真ん中あたりに存在した。むしろ、ちょっとだけ南寄りかもしれない。
ヨロクから北には陸地が細長くずーっと続いてて、反対に南側は扇状にぶわっと広がってる。
だから、最初に受けたさつまいもみたいって印象より、箒みたいな形の島って言うべきかも。
でも、その箒の持つところと掃くところの両方を諦めちゃった……いや、この表現だと気が抜けるからやめよ。
「……っ! ここ……アルドイブラ……って……」
そんな箒の島をじっと見ていたら……その細く伸びた北のほうに、ヨロクよりも外に、唯一知ってる名前を見つけた。
アルドイブラ。ゲロ男が……ジャンセンが生まれ育った場所。そこは……ランデルからはずっと遠くて、ヨロクまでの距離を、もう三回は足さないと届かない場所だった。
この平和なランデルから、そんなにも離れてしまったら。そして……もう、国ではないと切り捨てられてしまったら。俺にはもう想像することも出来なかった。
そんなにも過酷な場所で生まれ育ったアイツに、なんとかして信用して貰わなくちゃいけない……のか……




