第八十六話【足が止まるなら手を、手が止まるなら頭を】
魔獣の問題は何も解決していない。北にある盗賊団とは別の敵についても、決定的な手がかりは手に入っていない。
こんな状況で次に打つべき手を考えるのは、きっと簡単なことじゃないだろう。
それでもフィリアは、決断を下さなくちゃならない。それは、フィリアが王様だから。だけど、王様だから……だけが理由じゃない。
「……ふー……困り果ててしまいました。ユーゴ、貴方から意見はありませんか。こうすべきだ……というものでなくても構いません。どうしたいか……と、そういうものでも」
「意見って言われてもな……俺は今まで通り、強いやつと戦いたい。魔獣を倒したい。出来れば、それで誰かが守られたらいいな……くらいしかないぞ」
フィリアが決めないと、俺が戦う場所がない。せっかく呼び出した、この世のあらゆるものよりも強い力を腐らせることになる。
それに、成果を挙げて力を見せつけないと、ゲロ男にもう一度協力を要請することもままならない。
さらに言えば、カスタードが調べてくれてる北の組織の情報についても、今のままじゃ手に入ったところで持て余すだけだ。
そう。今のフィリアは、自分だけが選択権を持っているものが多過ぎるんだ。まあ、王様だからこそのもの……でもあるんだけどさ。
だけど、たぶん、普通は王様にこんないろいろと任せないと思う。本当だったら、秘書とか、副官とか、補佐とか、そういう人に仕事を割り振ってるハズ。
でも、それは出来ない。しちゃいけない。厄介なことに、そういう事情がある。
北の組織に属するらしい、人の心を操る魔術師。そんなのの存在を知ってしまったからには、たとえパールやリリィ相手でも迂闊なことは言えないんだ。
「大変そう……じゃなくて、本当に大変だな。まさか、パールにも頼れないなんて。それじゃあフィリアなんて、ちょっと身体がデカいだけのアホでしかないのに」
「……こほん。私の未熟もパールの頼もしさもその通りですが……いえ。立ち行かない事実がありますから、強く否定出来ないことが余計に頭を痛くさせます……」
はあ。と、大きなため息をつくと、フィリアはさっきまでご飯が乗ってた食器をかちゃかちゃとつつき回した。
こら、行儀悪いぞ。って、そんなの俺から言うのも変だな。変だけど……アホなりに、今まではそういうの突っ込む機会なんてなかったんだよな。
当たり前だけどさ、そんなの。フィリアは王様……貴族で、マナーみたいなのは身についてるだろうし。
そんなフィリアが、行儀の悪いことをついしちゃうくらい追い詰められてる……顔には出てないけど、イライラしてるってことだ。
ただでさえ王様としての仕事も忙しいだろうし、それに相談出来ない問題ごとまで山ほど抱えてたら……
「……よし、わかった。したいことでいいなら考えとく。だから、フィリアはちょっとそのこと忘れろ。どっちみち、大したアイデアも出ないだろ」
「ユーゴ…………あの、それは私を慮っての発言ですよね? どうしてでしょうか、なぜか罵倒された気がするのですが……」
あ、いや、まあ……いつもの癖みたいなものが、つい。最近はずっと毒舌みたいなの言ってるから、お約束みたいになってた。
でも、フィリアが結構不満げな顔で睨むから……ごめんって。それと……睨むと本当に顔怖いからやめて欲しい。目つき悪いんだよ。ただでさえデカくて威圧感あるんだから。
「……しかし、そうですね。貴方の言う通りです。今の私では、どれだけ悩んだとて妙案など思いつかないでしょう。ならば、この件は一時貴方に委ねます」
「ん、任せろ。って言っても、別に俺なら解決出来るってもんでもないけどな。ちょっと頭をリセットする時間を作るくらいに思ってくれればいいよ」
さて。それでも、やっぱりフィリアの負担は減らしてやりたい。それは本気で思ってることだし。なら、手伝えることは手伝ってやろう。
取り急ぎ、背負い過ぎてる問題の一部を預かるから。まあ、預かれてるかはわかんないけどさ。王様の責任なんて、俺に肩代わり出来るわけないし。
いつか、ちゃんと手伝ってやれるようになったらな……って、これもずっと考えてる気がする。
そのために信用を勝ち取って、パールにいろいろ教わりながら仕事を覚えて……って、そういう段取りも考えてたのに。結局、それどころじゃなくなっちゃった。
「パールかリリィ、どっちか借りてもいいか? ふたりが暇してる時間とか、ご飯の時間とか。ちょっと話をするだけ。負担にはならないようにするから」
「はい、構いませんよ……と、それを私から許可するのも変ですか。そうですね……食事をこちらへ運ぶ際に同席して貰いましょうか。それならば時間も作れるでしょう」
けれど……と、フィリアはちょっとだけ不安そうな顔になって、躊躇とまでは言わないけど、どうしようかと悩んでるみたいだった。
まあ、そうだよな。ふたりも忙しくしてて、出来れば余計な仕事は増やしたくないもんな。それに……
「わかってる。例の組織についての話さえしなければ問題ないだろ。むしろ、本当に操られてる可能性を考えるなら、変に距離を取るほうが不自然だ」
カスタードに言われて意識しちゃってるから、身近な相手にこそ相談しにくいところはあるのかな。
でも、俺がしたい話はそんなに踏み込んだところじゃない。もう一歩手前の、魔獣の問題についてだ。
盗賊団の協力も得られなかった以上、今までと出来ることは変わってないからさ。なら、出来ることを増やすには、今から何をするべきなのか……って。
魔獣は俺が倒せばいい……けど、倒しても倒してもキリがない。もう山ほど倒してるのに、それで何かが変わったって報告はほとんど聞かない。
ランデルから近い区画の安全を確保した……とかは、初めのうちにはあった。あったけど、それもすっかりなくなってしまった。
たぶん、俺ひとりでなんとか出来る範囲はもう全部なんとかしたんだと思う。こんなにすぐになんとかなる程度しか、俺ひとりじゃ守れないってことなんだ。
少なくとも、ヨロクへ行く道のりに出る魔獣は、もう何往復したかも覚えてないくらい倒したんだ。
それでも大群が街を襲ったんだから、成果としては本当に微々たるものだったんだろう。
「ゲロ男達には協力して貰えなかった。でも……今、フィリアの味方をしてないやつらの中には、アイツらと変わらないくらい優秀な組織があるかもしれないだろ」
「……なるほど。ヨロク以北、カンビレッジ以南にも、国から別離した経済圏が存在するのはジャンセンさんもおっしゃっていましたから。では、そこを統治する者も……」
いるかもしれない。って、そう言ったところで、フィリアは頭を抱えて、また大きなため息をこぼす。
まあ……その話が本当なら、国が見捨てた地域に、自力で魔獣を退けてるやつらが大勢いるってことになるから。王様としては頭が痛いよな。
でも、もしも本当にいるなら、なんとかして味方に出来ないかな。マリアノみたいなのはさすがにいないかもしれないけど、人が増えたらそれだけやれることも増えるし。
それに、盗賊団と違って悪さもしてなければ敵対もしてない。なら、協力に反対されることもないだろ。
「パールにさ、この国のこと、いっぱい聞いてみるよ。フィリアにも聞くけど、パールのが歳も上だし、こういう仕事も長いんだよな。なら、フィリアより詳しいだろ」
「そうですね、パールは先王のころから仕えてくれていますから。ひとつの街を詳しく知るのではなく、多くの街の特色を知りたいのなら、間違いなく適任でしょう」
よし、じゃあしばらくはそれをしよう。それをして……ちょっとフィリアに休んで貰いつつ、次の一手を決めるアイデア探しをするんだ。
それに……たぶん、ゲロ男も、俺達がちゃんとしたら、また手伝ってくれるような気がする。
今はまだ、向こうにも余裕がないし、こっちから提示出来るものが嘘くさ過ぎるから。だから、フィリアの誘いに乗れなかっただけだと思うんだ。
別の協力者を見つけて、結果を出して、そのうえでそいつらにもちゃんと報酬を出せば……そういう実績を作れば、認めざるを得ないだろ。
フィリアは本気で国を守るつもりだ、って。北も南も、昔に切り捨てちゃった街の全部を含めた、本当のアンスーリァ全土を。取り戻して、守るつもりなんだって。




