第八十四話【すれ違う手】
ゲロ男……ジャンセンは、どうやらフィリアのことが怖かったらしい。フィリアの、どう見てもただのアホで、お人好しで、底なしな優しさが、理解出来なかったんだ。
だから、信じられなかった。フィリアの提示した条件が、あまりにも自分達に都合のいい約束が、どうしても信じ切れなかった。
だって、そんなことは今までに一度もなかったんだ。生まれたときにはもう国から切り捨てられていて、奪ってでも生き残るしか道が残されていなかった。
そんなあいつらにとっては、フィリアの言葉は全部嘘に思えてしまったんだろう。だから、信じられなかったし、裏切るしか方法を見つけられなかった。
だけど……だけど、断言してもいい。フィリアの隣にいる俺が、これだけはハッキリと確信してる。
フィリアは裏切らない。アホだから。裏切って自分が得をしようとか、そんなまともな思考回路は持ってない。
それを伝えて……そして……
「――おはようございます。フィリア=ネイです。ジャンセンさんはいらっしゃいますか」
「……それは違うと思うんだよな、やっぱり」
カンビレッジ南部。かつて、国営の防衛砦だったもの。そして今は、“盗賊団”の活動拠点となっている場所。
俺達は今朝もそこを訪ねていた。そう。今朝、も。
魔獣のいない林で、俺達は罠にはめられた。でも……ジャンセンは俺達を解放した。
睨み合って、いつでも互いに攻撃出来る状況にあって。それでも、そのまま素直に帰らせたんだ。
俺の説得に耳を貸してくれた……わけじゃないと思う。やけくそになったフィリアの姿に同情した……とか、そういうのでもないだろう。
ただあいつらは……いや。ジャンセンは、思うところがあったってだけ。もうちょっと様子を見て、ちゃんと考えてから結論を出すつもりなんだ。
まだ、裏切るには早い。もうちょっと泳がせて、利用価値があるかどうかの判断と、フィリアが自分達を本当に使い捨てるつもりなのかを見極める。
そのために、もうちょっと時間が必要になっただけ……なんだろうな。
そんなだから、とりあえずは街に帰ることを許されて、でも、次にはいつどこで話をしようとか、そういうのも決めないで。
とにかく、まだ仲間とは呼べない関係に戻ったところで、協力も裏切りも全部うやむやになってしまった……って感じ。
そう。うやむやになった……なら、フィリアはそうするよな、って。
「……おはよう、フィリアちゃん。その……あれだね。よくもまあ……昨日の今日で……」
昨日、自分の言葉を信じてくれなかった相手のところへ、平気な顔で尋ねて、のんきにドアを叩けてしまう。それがフィリアの……アホなところだから。
実際に俺達を殺す準備なんてなかった。それが出来るほどの力はなかった。って、それはわかってても、そのときは本気で追い詰められたと思ったんだ。
それなのに、こうして平気な顔で会いに来てしまう。そんなだから怖がられるんだろうな。
「言っただろ、フィリアはこうなんだ。本気でお前らと協力したいって言ってるし、本気だからあんなことがあってもこうしてのんきな顔が出来る。俺もちょっと意味わからん」
「……お前、ガキのくせにとんでもねえ苦労抱えてんなぁ。同情するよ、そういうとこは」
同情とかいいから。そんなことしてる暇があるなら、さっさとフィリアの手を取ってくれ。めんどくさいんだ、連れ回されるの。
「いつまでもビビってんな、めんどくさい。フィリアはちゃんとアホだから、安心しろ。悪いことはこれっぽっちも考えてない」
「んまあ……そうだな。悪だくみが出来るタイプじゃないのはなんとなくわかる。けど……」
こういうこと言ってると、フィリアはまた言葉遣いがどうとか文句言うけど、こいつらが気にしてるのはフィリアのそういうとこだからな。
こいつらにとって、フィリアは……王様は、ずっと上の立場から命令したり、敵対組織として断罪しようとする存在……のハズなんだ。それがそんなだから……
「ユーゴ。いけません、ユーゴ。私達は協力を要請するために……」
「ああもう! うるさい! アホ! そういうとこだって! ずっと言ってるだろ! こいつら自身が! いっそ偉そうに命令したほうが素直に言うこと聞くぞ! たぶん!」
こんなだから、疑ってなくちゃ気が済まないんだろうが。アホ。デブ。まぬけ。
全然話を聞かないよな、フィリアは。話し合いがしたいって言ってる割に、相手の意見を理解出来てない。アホ。
「……ま、そうだね。悪いけど、そこの口うるさいガキんちょの言う通りだよ。フィリアちゃんに何言われても、俺達はそれを信じられない。だから、協力は出来ない」
「……はい。そのことは重々理解しているつもりです。だからこそ、自ら訪ね、頭を下げ続けねばならない、と……」
だから! って、俺が大きい声を出したからか、ゲロ男は苦笑いで、でも……ちょっと楽しそうに笑った。
そんなゲロ男を見て、フィリアもなんか勝手に満足した顔してるから……こら。嫌われてはなさそうだ。とか、そんなんで勝手に満足すんな。
「悪いな、ユーゴ。これでも俺は、小さいながらも組織の長だ。どれだけ魅力的な提案だとしても、それが実現可能かどうかもわからないうちからは首を縦には振れねえ」
「……うざ。その言いかた、俺達がまだ大して役に立ちそうにないって言ってるように聞こえるな」
聞こえるんじゃなくて、そういうつもりで言ってるんだろうけど。でも、ゲロ男はそれについて、肯定も否定もしなかった。
フィリアの手前、悪い意味に捉えられかねない言いかたは避けてるんだろう。つまり、まだ嫌われるわけにはいかないって、向こうもそう考えてるんだ。
まあ……それについては、素顔を知られた国家権力に失礼な態度を取ると、見定める余地なく捕まえられかねない……とか、そういう計算もあるんだろうな。
フィリアにそんなつもりなんてこれっぽっちもないって、どれだけ言っても伝わらない……信じようがない、か。
「……だけど、これだけはハッキリと伝えておくよ。フィリアちゃん。真意がどうであれ、手を差し伸べてくれたことには感謝してる。本当にありがとう」
「いえ……いいえ。感謝ならば、こちらからどれだけ伝えても足りないほどです。貴方達が守ってくださらなければ、どれだけの街が魔獣に踏み荒らされていたでしょうか」
信じられない……ままでも、ゲロ男はフィリアに頭を下げる。協力は出来ない。それでも、その申し出はうれしかった、って。
そんなゲロ男に、フィリアもまた深く頭を下げる。国の代わりに多くの街を守ってくれていたことに、心からの感謝を込めて。
「……いつか、素直にフィリアちゃんの言葉を信じられる日が来たら。そんな日が来たら……そのときは、こっちからお願いしに行くよ。どうか俺達を助けてくれ、って」
「はい、いつでもいらしてください。私も、これから何回だって、どうか手を取ってくださいと頼みに参るつもりですから」
そんな暇はないだろ、いくらなんでも。って、つっこむまでもなくゲロ男が困り果ててるから……フィリアは本気だな、これ。やめさせないと……
けど、とりあえずはこれで一段落……なのかな。
盗賊団。そのボス、ジャンセン。こいつらとの和解、協力は成り立たなかった。それでも、敵対という関係は解消出来た……と、思う。
それでもたぶん、こいつらは生きるために盗みをしなくちゃならないし、フィリアは犯人が誰かわかってたうえで、それに後手の対処を強いられるだろう。
ある意味では、フィリア自身が国を裏切ってるような格好になるんだよな。はあ……バレたらヤバいだろ、これ。
なんにしても、これで全部ダメになるわけでも、解決するわけでもない。あくまでも、問題を取り除くための一手が、望んだ形では決着しなかっただけ、だから。
だから、俺達はこれからも魔獣と戦うし、魔獣以外の問題とも向き合わなくちゃならない。
本当だったら、味方が大勢増えたハズだったのにな。これだと、苦労した割には何も変わんないや。
マリアノも味方になってないし、あんまりランデルを離れ過ぎるわけにはいかないまま、か。
「……? あれ……?」
本当だったら……って、あれ? 俺、いつのまにあいつらと和解が成立するつもりでいたんだろ。ってか、成立して欲しかったのか?
ムカつくけど賢いやつとか、うるさいけど頼もしいやつとか、そりゃ……ちょっと話をしただけだけど、それくらいはわかってるから。
だから、味方になってくれたら……って……?




