第八十一話【八方塞がり】
そうなるかもしれないと身構えてた。そうなったらなんとかする自信もあった。でも……そうならないで欲しいって、気づいたらそう思うようになってた。
「――悪いけど、俺達は俺達のやりかたしか出来ないからさ。だから、フィリアちゃんとは仲良く出来ない。ごめんね」
そいつは盗賊だ。そいつは悪党だ。そいつは何回も嘘をついた。そいつは一度、俺達のことを裏切ったやつだ。
だから、そうなることに不思議はない。そうなってもいいようにって、ずっと警戒し続けていればいいって、そう考えてた。
考えて……ずっと、気を張ってた……つもりだった。
それでも、今、目の前で起こってることに理解が追いついていない。
こいつは……盗賊のボス、ジャンセンは、悪意も敵意も感じさせないまま、それを味方にすら悟らせないまま、この瞬間に裏切ってみせた。
いや、違う。この瞬間の裏切りを成功させるために、入念に準備を重ね……そのうえで、そんなことは絶対にしないって、悪意を封じ込めたまま俺達をここへ案内したんだ。
そこまで執着を……警戒心を、俺は、これっぽっちも想像出来ていなかった。覚悟なんて、こいつの半分も持ってなかったんだ。
「姉さんもごめんね、いきなりで。でもさ、こうしないと……」
「わかってる、言わなくていい。テメエのそういうとこを買ってんだ、オレも。振り回されるのには慣れてる」
そして、まだ取り巻きは動揺してる中でも、マリアノだけは一足早く冷静さを取り戻していた。
剣をこっちへ向けて、いつでも反撃出来るように……俺の足を一瞬だけでも止められるように、万全の状態を作ってる。
しかも、さっきの威嚇射撃……どこから来たかわからなかった。わからなかったら、この状態のマリアノ倒しながらフィリアを守るなんて出来ない。
やばい……こいつら、俺の強さを、出来ることを、完全に把握してる。今の俺じゃ対処出来ないように、徹底的に弱点を突かれてる。
「……お前……っ。ジャンセン、お前最初から……」
「最初から……ではあるね。でも、そうじゃない。というか、それじゃあお前に感付かれる。だから――たった今だ。たった今、俺はお前らを罠にかけることにしたんだ」
っ。やっぱり……って、今更驚きもしない。やっぱりこいつ、俺達よりもずっとずっと賢い。
そして……その頭の良さを、他人を陥れるために容赦なく使える非道さも持ち合わせてる。
「――ったく、お前がバケモン過ぎるのが悪いんだよ。姉さんのギラギラした感じは流石に俺でもわかる。でも、そうじゃないやつらでもお前はわかっちまう」
「酒場でちらっとだけ試しといて正解だったわ。お前、ちょっとした敵意にも――無差別な害意にも反応するんだもんな。苦労したぜ、こんだけ準備するのにも」
「――っ。だから……だから、あのとき砦でマリアノにフィリアを襲わせたのか……っ。襲う真似させて、俺が反応出来るのか試して……」
涼しい顔でとんでもないこと言ってやがる。悪意も敵意もなしに、罠を準備出来るもんか。こいつにとってのそれは、やって当然、日常の一部分になってるってことだ。
罠を作ることじゃない。こいつは、他人を陥れること、他人を出し抜くこと、他人の能力を計算し尽くすことが、ご飯を食うのと変わらないくらい当たり前のことなんだ。
ああ、イライラする。初めて会ったとき、初めて話をしたときよりも、ずっと強い怒りがこみあげてくる。
俺は……自分よりもずっと賢いってわかってた相手に、どれだけ迂闊に手の内を見せてたんだ……っ。
この状況を招いたのは、対抗意識を向け過ぎたせいだ。ムカつくって、イライラするって、こんなやつが俺より賢いなんて許せない……って。
全部、最初からずっと、煽られて、挑発されて、いいように転がされてた。それがハッキリしたから、身体の内側から焼けるような怒りが湧いてるんだ。
「……ジャンセンさん。どうしてですか。どうして……貴方はこんな真似を……」
「ん。やっぱり、フィリアちゃんってまあまあ間抜けだよね。さっきも言ったでしょ。俺達は俺達のやりかたしか出来ないって。それはね、お国のやりかたに合わせられないって話じゃない」
「俺達は俺達以外を信じてない。信じない。だから――いつまた裏切られるかわかんない国なんかに着くわけないでしょ」
でも……っ。イライラも、ムカつきも、腹の中の熱さも、全部どうでもいい。
そんなことよりもっともっと許せないことがあって、それは……ジャンセンが、フィリアを裏切ったことだ。
フィリアの掲げた理想を、もうちょっとで叶うかもしれなかった望みを、裏切って、台なしにしたことだけは許しちゃいけない。
だってフィリアは、こんなやつでも、本気で信じて――
「……私は……いいえ。私も、ユーゴも、貴方を信じていました。貴方の実力を信頼して、貴方の人柄を信用して、そしてここまでついて来ました。それは……そんな私達は……」
「そうだね。言葉にするまでもないだろうけど、単なるバカとしか言い表しようがない」
――っ。イライラする。ムカつく。でも、それどころじゃない。冷静になんてなれなくても、やるべきことは間違えるな。
「……フィリア。絶対に動くな、なんかする気配を見せるな。俺がお前を担いで跳ぶ。マリアノ以外は雑魚だし、林から出れば銃も怖くない」
「――っ。ユーゴ……」
俺は、フィリアの夢を壊したこいつを許せない。でも……こいつを倒すためにフィリアを失ったら、それこそ元も子もない。
俺がするべきことは、この場からフィリアを連れ出すこと。フィリアを守って、盗賊団から逃げ切ることだ。
今の段階で見えてる障害は……ジャンセンの言葉を信じていいなら、三方向に潜んでる鉄砲部隊。そして、目の前で俺を睨んでるマリアノ。このふたつか。
どう潜り抜ける。どうすれば、この状況を打破出来る。どうすれば、マリアノの攻撃を避けながら、鉄砲隊の居場所を完璧に把握出来る。
「……で、だ。さっきも言ったけど、取引をしよう。俺達はフィリアちゃん達に何かしてあげられるわけじゃない。でも、そっちにはちょっとだけ譲歩して貰いたい」
「生かして帰してあげるから、命が対価ならそれなりの要求は飲んでくれるよね」
どうすればいい。フィリアを抱え上げて跳び上がるか。いや、ダメだ。雑魚だけならまだしも、マリアノもいたんじゃ着地を狙われる。
一瞬でも足を止めたら撃たれる可能性がある。誤射しないように気をつけてくれればいいけど、マリアノに構わず撃たれたら……っ。
「っ。取引……いえ、一方的な要求、ですか。わかりました、聞かせてください。貴方が何を企んでこのようなことをしたのか――」
どうすればいい――って、考え続けているところに、また……すぐ近くで破裂音がした。そして、またしても木の幹が爆ぜて、それから着弾を知る。
ダメだ……どこから撃たれたかもわからない。今の俺には、鉄砲を相手に戦う強さはない。いつだって、魔獣と戦う想定だけして強くなってきたから。
「ユーゴ。変なこと考えんなって。お前の強さは理解してるよ。姉さんからの情報も貰ってるし、直接目でも見てる」
「お前は基本的に、強いやつを相手にしないと強くならない。それはさ、目で見て分かる強さじゃなきゃダメなんだ。目で見てわかる危機じゃないと強くならない」
「そんで――今、現在のお前じゃ、この状況は脱せられない」
「――っ! 何言ってんだ。このくらい、いくらでも……」
ぱちん。と、ジャンセンが指を鳴らせば、また別の……けど、すぐ近くの木に着弾した。やっぱり、どこから狙われてるかはわからなかった。
「お前だけならな。でも、この場にはフィリアちゃんがいる。抱えて逃げたんじゃ後ろから撃たれ放題だ」
「そもそも、担ぎ上げる瞬間には穴だらけ。それに、そんなお荷物抱えたままじゃ、姉さん無視して逃げ切るのも無理でしょ」
だから、お前がフィリアちゃんを見捨てない限りは無理だよ。ジャンセンの言葉は、反論を考える余地もないくらい明らかだった。
全部言う通りだ。全部、全部、全部。何もかも、ジャンセンの計算通りになってる。
俺が思いついた出来なさそうな理由、全部、こいつも見抜いてる。それが、出来なさそうな理由が、出来ない理由として手足を縛りつける。
ダメだ。どうやってもフィリアを守れない。フィリアを守らなくちゃ意味がないのに。フィリアを守れないなら、俺がここにいる意味も――
「――でも、それはお前には出来ない。お前にとって、それは何よりも忌むべき行動だ」
「女王様を見捨てるから、じゃない。大切な仲間を見捨てるから、でもない。お前はお前を肯定してくれる人間を――自分に都合の良い人間を他に知らないんだ。だから、そこの依存から抜け出せない。違うか」
「――っ! お前……何言ってんだよ。そんなんじゃない。俺は……俺は、別にフィリアを……」
ずぐ……と、胸の一番深いところを、何か尖ったもので抉られた気がした。
俺は……フィリアに呼ばれたから、助けて欲しいって頼まれたから、だから戦うんだ。それが、俺がここにいる理由だから。
それに、俺は強いから。強い……力を、貰ったから。だから……怖いやつにならないためにも、その力を正しく使う必要がある。それを、フィリアに示して貰う必要が。
そうだ。俺がフィリアのために戦う理由は――
「俺達の要求はただひとつ。こっちには干渉しないで欲しい」
「こっちはこっち、もうお国の領土じゃない。だってそうでしょ。捨てたのはそっちが先。なら、文句なんて言われる筋合いもない。簡単な道理だし、簡単なお願いでしょ」
脚に力が入らなくなった。いつでも逃げられるように……って、身構えてたのに。いつ襲われてもなんとか出来るように……まで、準備が後ろに下がった気がする。
マリアノに襲われても大丈夫だ。鉄砲で撃たれても……なんとかしてみせる。でも……そのふたつを掻い潜って逃げ出す、そういう準備が……胸の中から消えてしまった。
もう、ジャンセンは俺のことなんて見てもない。一番厄介な敵だ……って、自分で言うのも変だけど、でも、一番強いハズの俺を、気にかけてない。
ああ。もう、わかってるんだ。こいつには、もう、全部、見抜かれて……
声は聞こえてた。でも、何を言ってるのかは、わからなかった。
ジャンセンが何か言って、フィリアがそれに応えて。でも……その話し合いに決着はなくて。決着してないことを、次に聞こえたジャンセンの声で理解して。
「――――っ」
身体の奥のほう……いいや、違う。記憶の奥のほうから、ぞわぞわと嫌なものが這い出てくるのがわかった。
それは……怒りじゃない。悲しみでもない。憎しみでも、ましてや喜びであるわけがない。
「――っ――か――ふっ――ヒュゥ――」
息が詰まった。吐くことも、吸うこともままならずに、だんだんと目の端が暗くなってくる。これを、俺は昔にも感じてる。
怒りじゃない。悲しみじゃない。憎しみでもない。顔の上を虫が這うようなこの不快感の正体は――




