第八十話【唯一の機会】
砦を出発した馬車は、街の外を東側へと回り込んだ。
和解が成立した、協力関係が結ばれたとはいえ、まだ公に知られたことじゃないから。街の中を突っ切るわけにもいかない。ちょっと遠回りだけど、しょうがないか。
そして、目的地へ……魔獣の気配のない地点へと到着すれば、誰が何を言うよりも前に、みんなして荷物を降ろし始める。
前もって決めてあったにしても、手際がいい……ってより、ゲロ男の指示が行き届いてるんだろう。ムカつくけど、俺達より連携の面では圧倒的に上だな、こいつら。
けど、そこにイラついてる余裕はない。今からやるのは、魔獣がいない場所で、そもそもあるかもわからない原因を突き止めること。
余計なことに気を向けてると、大事なものを見落としかねない。で……見落としてたかどうかわかんなかったら、調べた意味もなくなるから。ちゃんとしないと。
ただ……まあ、なんて言うか。そういう前提があったとしても……だ。
「……どうですか、ユーゴ。やはり、今日も……」
「いないな。魔獣もいないし、ただの動物の気配もない」
魔獣の気配はあいかわらずないし、そもそもここへ来るまでにも危険そうな感じはどこにもなかった。
集中してなくちゃいけない、見落としがなかったかどうかも判断しなくちゃいけない。そういう前提があったとしても、何もないんじゃそれ以上のことは言えないんだよな。
だけど……一個だけ、前と違うところがあって、それだけがちょっと引っかかってはいる。
引っかかってるけど……引っかかってるだけで、問題になるとは思えない。思えないのが、またちょっと……違和感なんだよな。
「……前来たときとはちょっと違う。安全だってわかったから……なのか、人の気配がある」
「人の気配……ね。そりゃまた、困った話があるもんだ」
街の外には魔獣がいて危ないから、間違っても装備なしで林に踏み込むなんてことはしない……のが、当たり前。なのに、林の中に人の気配がある。
もしかしたら、ゲロ男が何か仕組んでるのかな……って、そうも思った。罠とか、待ち伏せとか、そういうことかなって。
でも……俺が人の気配を察知出来ることは知ってるんだよ。散々見せてるし、見られてるから。
それに、林の奥から感じる気配には、悪意みたいなものがないんだ。
マリアノの凶暴さとか、ゲロ男の意地の汚さとか、嫌な気配は感じられるんだけど。でも、ここにはそれがない。
じゃあ……危険がないって知った一般人が、こっそり忍び込んだだけ……なのかな。
どっちにしても、巻き込みかねない場所に誰かいるのは問題だよな。
「では、探して避難指示を出しましょうか。いえ、しかし……」
「残念ながら国軍の紋章はついてない、ならず者のボロ装備だ。何言ったって聞き入れて貰えないだろうよ」
フィリアの提案に、ゲロ男は……ってより、提案したフィリア本人も揃って、避難して貰うのも難しいって結論を出す。
フィリアは王様だけど、王様であることを証明するものは持ち歩いてない。ランデルならいざ知らず、遠い街では顔も知られてないしな。
「迂回する……のも変な話か。ちょっとだけ音立てながら行こう。そしたら、まともなやつなら逃げてってくれるだろうし」
「魔獣だと思えば近寄らない。もしも人の姿が見えても、こんな集団に関わるなんて愚もいいとこ。そんでも逃げないとしたら……」
じゃあどうするか。って、悩むよりも前に、ゲロ男が案を出す。音を出しながら進めば、向こうから気づいてくれるだろうって。
一般人なら逃げるし、敵なら襲って来るし、たしかにそれでいいか。いいけど……こいつの言う通りにするのは癪だな。ムカつく。
「……? フィリア陛下、どうかなすった? 微妙に顔色が悪いけど」
「い、いえ。その……もしも無辜の民であるなら、絶対に傷付けてはなりません。そうなると、やはり国軍という肩書きなしにはやりかたも限られますから……」
そんなゲロ男の案にフィリアも思うところがあるのか、ちょっと険しい顔で、でも、文句は言わずに考え込んでた。
で、ゲロ男に催促される形で、その考えてたことを打ち明ける。一般人だったらなんとかして避難させたいけど、もうちょっといい方法はないものか、って。
でも……たぶんそれは建前で、本当に悩んでた部分はきっと違う。フィリアが考えてたのは、ゲロ男には相談出来ないことだ。
「……フィリア。気を抜くなよ。人だとは思うけど、もしかしたら人に化けた魔獣かもしれないぞ。そういうのの気配がどう感知出来るのかは知らないんだ、まだ」
「っ。そうですね。貴方ひとりに全て任せていては意味がありませんから」
思い出すまでもなくずっと警戒している問題。カスタードから聞かされた、人の心を操る魔術を使うやつがいるかもしれない……って話だろう、フィリアの懸念は。
カスタードはその問題について、まず何よりも先に、すでに身の回りに操られた人間が紛れ込んでいるかもしれないことに注意した。
国軍の兵士や役人、あるいは街の人はもちろんのこと、パールやリリィにさえ相談せず、俺とフィリアのあいだだけの話に留めるくらい、徹底的に。
それは当然、ゲロ男やマリアノ……この盗賊団を相手にも同じことが言える。いや……むしろ、こいつらにこそ絶対に気取られちゃいけない話だろう。
なんたって、人を操るその魔術師は、こいつらが戦ってる相手の中にいるんだ。なら、もう操られてて、スパイとして使われてるやつがいてもおかしくない。
こんなとこに人が……一般人が紛れ込んでるのなら、それは……やっぱり、偵察の可能性を考える必要もある。
フィリアはそれを懸念して、でも……相談も出来ないから、困り果ててるんだ。
「……そうだ、ユーゴ。貴方は以前、ヨロク北方の林の奥に、何かの気配を感じ取っていましたね。こちらではそういったものは感じられませんか? あのときは、随分と遠くの時点で察知していましたが……」
「いや、何も。俺も、もしかしたらとは思ったんだけどな。あっちに行ってからわかるようになったんじゃなくて、ただ単に、ここはもっと遠いか、他の理由があるのかもしれないな」
で……そういう事情を見抜かれるわけにもいかないから。フィリアはヘタクソなりにうまいこと誤魔化そうとしてるわけだ。それこそ、無理矢理話題を変えてでも。
もっとも、完全な嘘……誤魔化すためだけの建前じゃないから、ゲロ男もあんまり深く突っ込んだりはしない、出来ないだろう。
そもそも、隠しごとがあるのは当たり前の関係性だからな。だから、たとえこいつが操られてたとしても、何に悩んでるかなんてわかりっこない。
「ただ……このあいだは俺が気づくより前に、あのデカいのが現れてるからな。もしかしたら、あんまりアテにならない力なのかもしれないし」
「んお? なんだなんだ、弱気発言だな。お前、そういう奴だったか? んまあ、ガキのくせに冷めてるなとは思ったけど」
弱気じゃない! うざい! 話に混ざってくんな! って、まあそこまでは言わないけど。
建前の話題として違和感ないように話を続けてたら、なんか変な噛みつきかたされて……ムカつく。死ね。
「……抜け穴があるのは思い知らされたからな。さっきも言っただろ、人に化けてる魔獣とかだったら知らないって。だから、あのデカいのも……」
「人の姿で街に侵入し、そしてあの場で元の姿へと戻ったかもしれない……と。そ、それは……」
それと……フィリアまで心配そうな顔してるのが腹立つ。腹立つし……これが伝わってるか、むしろ俺が心配なんだけど。
そうだ。俺は魔獣の気配を察知出来るし、嫌なやつの気配もなんとなくわかる。でも、操られてるやつの気配わからない……かもしれない。
操られてるのが悪いやつなら、きっとわかる。それが操られてるかどうかはわからなくても、警戒するべきかはわかるからきっと大丈夫。
でも……そうじゃなかったら、近づかれても気づけない可能性は高い。
それをこのあいだのデカい魔獣に例えて話したつもりだったけど……言葉の通りに受け取られた可能性があるな。
まあ……あれもあれで問題だったから、そっちにも警戒してくれるぶんにはいいんだけどさ……
「――ハン。上等じゃねえか。おい、テメエら。もしテメエらン中に魔獣がいるんだったら、今のうちに白状しとけよ。あとになって襲って来やがったら、生きたまますり潰して団子にしてやるからな」
「今言っても絶対殺すだろ、お前。まあ、俺もだけどさ。変身の途中でも真っ二つにしてやる」
って、そんな話を聞いて、マリアノが変に盛り上がり始めちゃった。まあ、こいつもあの場に居合わせたから、思うところはあるんだろうな。
でも……こうも変なふうに盛り上がられると、フィリアが絶対に真意に辿り着けないから……まあいいや、あとで相談すれば。
「ま、やるとしたら、フィリアだけになったときだろうな。こうやって人に化けてる時点で、それなりに頭はいいわけだし。フィリアと違って」
「そうだな。話が出来るってのは、獣としちゃまずあり得ない。少なくとも、どっかで人間の言葉を覚えてこなくちゃならねえからな。そうなったら、テメエよりずっとマシな頭なのは間違いねえぞ、ジャンセン」
伝わってなさそうなフィリアへの嫌味のつもりで言ったら、マリアノも乗っかってきた。もしかして、俺達の立場って似てるのか……?
でも、フィリアもゲロ男もその評価が不服らしくて、声を揃えて抗議した。なんか、こいつらもちょっと似てるな。いや、フィリアはゲロ男よりずっとアホだけど。
「……近いな。フィリア、お前は一応顔隠しとけ。これで兵士だったら面倒だろ。よく考えたら、黙って出て来てるんだから、探しに来ててもおかしくないし」
「そ、そう言われてみれば……ならば、それはユーゴも同じでしょう」
と、そんなボケを……話をしてたら、林の中に感じた気配が、いつの間にか近づいてた。
いや、こっちから近づいてるのか。向こうがこっちに迫ってくる様子はないから……偶然、進路の近くにいる……のかな。
まあ、敵じゃないならそれでいい。でも、味方の場合は……ちょっと困る。具体的には、黙ってふたりだけでここへ来てることがバレると……めんどくさい。
だから、ちょっと迂回したほうがいいかな……なんて、フィリアと相談するんだけど……
「……いんや、そのまま行っちゃいましょ。おい、お前ら。陛下とユーゴを囲め。それでとりあえず姿は隠せるだろ」
そんな俺達を、ゲロ男は部下に取り囲ませた。まあ、たしかに、遠目からならこれでわかんない……か。でも……
「ジャンセンさん。その……まだ、正式に取り決めたわけではない……決定を報告していませんから。この状況、もしも踏み込まれて私達の姿を見られでもしたら……」
「女王陛下の御身を拉致する暴漢に見間違えられる……? あはは、確かに確かに」
怪しまれて近づかれたら……一発アウトだろ。おい、笑いごとじゃないぞ。
でも、そんなの問題視する様子もなく、ゲロ男はしばらく笑うと、それから小さなため息をついて……
「――ま、いいんじゃない? だってそれ、別に勘違いでもなんでもないんだし――」
――パァン――と、火薬の爆ぜる音が聞こえて、すぐにゲロ男の表情が……醸す空気が、周りの温度が変わった。
それと同時に、すぐそばの木の幹が抉れて、穴が空いて……っ!
「――おい、お前ら。作戦変更。たった今から、このふたりは敵な。だから、もう取り囲まなくていい。おら、さっさと動け」
撃たれてる。狙われてる。もう、完全に包囲されてる。そのことに気づいたのは、ゲロ男の部下が俺達からちょっと離れて、マリアノが剣を構えたのを見たときだった。
だけど……
「動くなよ、ユーゴ。いくらお前でも、三方向からいっぺんに撃たれたら守り切れないだろ」
少し離れて取り囲む盗賊達に、剣を構えて睨むマリアノに、小さくない動揺が見られるのに気づけば、これが事前に決められた作戦じゃないこともすぐにわかった。
そして、それが意味するものは……っ。コイツ……
「――っ。ジャンセン――お前――っ!」
「――取引しよっか、フィリアちゃん」
こいつ……悪意は俺に察知されるってわかってて――どのくらいまで察知されるか測っておいて、今になるまで全部隠してやがったんだ。
今、このとき、この場所で、裏切ることを決めた。まるでその場の思いつきでやったみたいに、何もかもを入念に準備して――




