第八話【希望と信用】
ネズミの魔獣も結構倒して、街の上にまで飛んで来た魔獣も全部倒した。
それで……だけど。なんとなく、フィリアから与えられた力について、ちょっとだけ理解が深まった気がする。
出来るかも。と、思った。漫画やアニメでそういうシーンがあるから、それが物理的に出来ないことだってわかってても、出来るかもと思った。
壁を走ったんだ。壁を、足だけで、垂直に走って登った。その事実を、そしてそれを実行しようと思った動機を鑑みて、俺の中にひとつの答えが出た。
フィリアが俺にくれた力は……この世のあらゆるものより強いという力は、力が強くなるとか、運動神経がよくなるとか、そういうものじゃなさそうだ。
そもそも、走り回っても、剣を振り回しても、全然疲れないし、身体が痛くならないから。普通に強くなってるわけじゃないよな……とは思ってたけど。
今回のことで確信した。どうやら俺は、理屈や理論を無視して、いろんなことが出来るようになっているみたいだ。
でも、なんでも出来るわけじゃない……と思う。だって、空は飛べないし。
飛ぼうとしたことがないから飛べないだけ……かもしれないけど、でも、とりあえず今は飛べない。
もしかしたら、倒した敵の種類によって出来ることが変わるのかも。ゲームだとそういうのもあったし。
今までは身体が大きいくらいしか強みがない魔獣ばっかり倒してたから、攻撃力ばっかり上がってた、とか。
それが今回は、空を飛ぶやつが現れたから。壁を登ったりジャンプしたり、そういうスキルが手に入って、これを鍛えると空も飛べるようになる……とか?
もちろん、そんなに都合よく行くとは思ってない。ゲームみたいな力だし、アニメみたいな世界に来たけど、ここもまたれっきとした現実なんだから。
だから、きっと限度はある。あるけど……その上限は、文字通りこの世のあらゆるものよりも強いところまであるんだろう。
「……だとしたら、ボスとか倒したら……」
あるいは、ボスみたいな魔獣が現れたら。それを倒すための力が手に入る……のかな?
もしそうだとしたら、やっぱりもっと強いやつと戦いたい。早いところ強いスキルを手に入れて、雑魚なんてついでで蹴散らせるようになるんだ。
「――――救世主だ――っ。女王様は救世主を連れて来てくださったんだ!」
だとしたら、いつまでもこんなとこであんな雑魚ネズミを倒してる場合じゃない。って、そう思ってたら、いきなり後ろから大きな声が聞こえてきた。
それは……たぶん、街の人……フィリアが話をしてた、街の中では偉い人……なんだと思う。
で……その人が、大人が、そういうのはもう卒業したハズのいい大人が、いきなり……救世主……とかなんとか、変なこと言い出して……
その声がみんなのもとに届いたそのとき、その瞬間。それがわかるくらい一斉に、周りにいた大勢が大きな声を上げた。
それは……喜んでいる……何かを称える、言葉にならない声だった。
「……フィリア。救世主って……俺は……」
そしてその声が、その感情が、全部自分に向いていることにもすぐに気づいた。
大人が、俺よりもずっと歳上の、さっき街に来たときには俺のことなんて見もしなかった人達が、目を輝かせて俺を見てる。
俺を見て……そして、まるでワールドカップで日本がゴール決めたときみたいに大はしゃぎして、みんなで両手を上げて喜んでいた。
「……はい。貴女は、この街の人々を救いました。そんなあなたの姿に、皆が期待を抱いたのですよ」
俺に……期待を……? 俺が……この街の、この人達の、救世主……?
あんまりピンと来なかった。だって、今までこんなことなかったから。今までも同じように魔獣を倒してたのに、こんなふうにはなったことがなくて……
もしかして……今までも、こうだった……のか? ただ、俺が戦ってるところを見てたやつがほとんどいなかったから。だから、こんなに大きな声にならなかっただけで。
もしかして、今まで一緒について来てた兵士は……それに、フィリアは……
「……っ。お、俺はそんなのどうでもいい」
みんな……喜んでくれてた……のかな? みんな、俺の強さに期待してくれてたのかな。
そう思ったら……嬉しかった。嬉しかったけど、別にそういうののためにやってたわけじゃないから、そういうふうに考えてるって思われたくなくて……
なんかフィリアがにこにこしながらこっちを見てるから、それもムカついて……
「っ。そ、外行くぞ、フィリア。あのネズミ全部片づけて、森にいるデカいやつも倒すんだろ」
「はい。ですが、一度休憩にしましょう。食事もとらずでは、貴方と言えど……」
なんか、そこにいるのがちょっと気恥ずかしくて。飯なんて今はいらないって、また魔獣を倒すために街の外へと急いだ。
なんだよ、全然信用してなかったくせに。信用してるって、そういう感じじゃなかったのに。
ちゃんと……フィリアもちゃんと、喜んでくれてたんだな。
「――っ。はああ!」
ウザい。なんか気持ち悪い。ムカつく。だからとりあえず……ウザいから、街の近くにいるネズミ魔獣は全部倒す。
走って街を出て、また群れが隠れてるところに飛び込んで、飛びかかっても来ない雑魚ネズミを片っ端から蹴り飛ばす。
こいつらは弱い。弱いから、あんまり……戦ってていい気分じゃない。いい気分じゃないけど、こいつらはあの街のみんなを襲うから。
だから俺は、弱くても、汚くても、出来れば触りたくなくても、ネズミ魔獣を全部蹴飛ばした。
そうしてひとつめの群れを……ここへ来てからで数えるともうどれだけかもわからないネズミ魔獣を倒し終わると、やっとフィリア達が追いついた。
遅い! って、怒鳴ったけど、よく考えたらフィリア達が来ないほうが楽だったんだよな。
でも、俺はフィリアから頼まれたところでしか戦えないから……ああ、いや。街の周りのはどっちみち倒す予定だったから、それは別にいいのか。
まあいいや。なんにしても、この調子なら雑魚ネズミは日が暮れるより前に全部倒せそうだ。少なくとも、街の周りにいるやつは。
もっと離れたところにも巣があるかもしれないけど……それは、デカいのを倒すときについでで倒しちゃおう。
「――お疲れさまでした。今日はもう休みましょう。今から森へ向かっていては、またここへ戻るころには、陽が沈んで昇り直してしまいます」
そして、ネズミ魔獣をあらかた倒し終えたころ、フィリアは大きな声でそう呼びかけた。
のろまだし、どんくさいけど、意外と大きい声出るんだよな。いつも話しかたが穏やかだから、ちょっとびっくりする。
「別に……俺は平気なのに……」
でも、その提案は飲みたくないものだった。
だって、日が沈んでも俺は戦えるんだ。カスタードの洞窟に行ったときにわかったけど、どれだけ暗くても周りの様子はなんとなくわかるんだよ。
だから、今から森へ行って、真っ暗な中でも魔獣を倒して、朝になる前に街に戻ってくる……くらいはきっと出来る……のに……
「……ユーゴは本当に頼もしいですね。ですが、無理はいけません」
無理なんてしてない。って、言おうと思ったけど、フィリアがちょっと真面目な顔をしてたから、静かに聞いてることにした。
この顔をしてるときのフィリアは、いつもののんきなフィリアじゃなくて、王様として仕事してるときのフィリアな気がするから。
じゃあ、このときのフィリアとケンカすると、きっと信用は得られない。なら、しばらくはこういうときだけ我慢しよう。
「貴方の代わりはいないのです。貴方だけが、あれだけの魔獣を一度に倒してしまえる」
貴方にしか出来なかったのです。この街の人々から、魔獣の脅威を遠ざけることは。
フィリアはそう言うと、いつもののんきな笑顔に戻って手を差し出した。一緒に帰ろう……って言われたみたいだった。
そりゃあ……俺は特別だから。フィリアが特別な力をくれたから。だから、そのくらいは出来て当たり前なんだ。
むしろ、俺にしか出来ないんだから。だったら、俺がもっと戦って、どんどん魔獣を倒していかないと……
「……別に、そんなのどうでもいいってば」
……でも、今日のところは言うことを聞いたほうがいいか。って、そう思った。
それは……本当になんとなく、さっきの出来事がまだ胸の奥に残ってたからだった。
みんな、俺を救世主だって言ってた。救世主が現れた……じゃなくて。フィリアが、救世主を連れて来たんだ……って。
そうだ。俺がここでたくさんの魔獣を倒したことは、そうして大勢が守られたことは、全部フィリアの作戦通りだったんだ。
なら……フィリアの言うことはもうちょっと聞いたほうがいい……んだろう。
少なくとも、俺がやみくもに戦うだけよりはずっと効率がいい……と思う。ムカつくけど。
そうしてフィリアの言う通りにその日は休んで、次の日にまた森の奥の魔獣を倒しに出発した。
なんか、先遣隊とか、調査とか、余計なことしてたけど……でも、フィリアがそうするべきだと思ったなら、まあ……いいか。
だけど……森の奥にいたデカい魔獣が全然強くなかったのは……ムカつく。なんだよ、全然ボスじゃないじゃん。ちぇっ。




